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第一章
第四話 婚約者
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「たかだか黒豹というだけで、僕の番になれると思うな! お前とは、婚約破棄だ!!」
ゼラフ・ドーマックという名の婚約者からのその宣言に私はただ、『分かりました』とだけ告げる。
婚約してから十年。ゼラフの言葉に、私は全く、これっぽっちも、寂しさも悲しさも感じることなく、あっさりと受け入れたのだった。
……今日は、いよいよ初めての婚約者との顔合わせ。今まで、家族やジーナ達以外と接することのなかった私は、とても緊張していた。
「リコ? 大丈夫?」
「はい、だいじょーぶ」
「怖かったり、嫌だと思うことがあれば、すぐに言ってくれ。私が何としてでも婚約なんてさせないからね?」
「だいじょーぶ」
お母様とお父様が何度も何度も、似たような質問を繰り返す中、私は何度も何度も、『だいじょーぶ』と繰り返す。
それは当然、お母様とお父様に向けてのものであり、同時に、私自身へ向けてのものだ。
大丈夫、私には、お父様もお母様もジーナも居る。だから、大丈夫……。
今日だけで、何度『大丈夫』という言葉を思い浮かべたか分からない。
もうすぐ、婚約者予定の相手と、その両親がこの家にやってくる。私の役目は、それを出迎えて、丁寧に受け答えする程度のことだ。喧嘩をふっかけなければならないわけでも、媚を売らなければならないわけでもない。ただ、私が私のままで居れば良いだけなのだ。
「旦那様、そろそろ」
「っ、分かった」
ジーナがお父様に耳打ちをする姿を見て、とうとうその時が来たのだと、体が固くなる。
「リコ……」
「だいじょーぶ。いま、いくから」
ただ、お母様の表情を見れば、弱音など吐いてはいられない。心配そうにこちらを見つめているであろうお父様の顔をなるべく見ないようにしながら、そっと、お父様の側に寄る。
ゼラフ・ドーマックという名の婚約者候補は、私より二つ年上らしい。同年代どころか、どの年代の相手とも仲良くなった記憶などない私にとって、彼へ声をかけることはとてつもなく高いハードルだった。しかし……。
「ふんっ、おまえがぼくのこんやくしゃだと? うんめいでもないのに、えらそうだ!」
お父様に連れられて、お互いの両親が挨拶を交わした。
ゼラフという男の子は、その間ずっと、ニコニコと笑みを浮かべていて、もしかしたら、思っていたよりも良い関係を築けるかもしれないと、この時は思っていた。
その後、残りの時間は二人で友好を深めるようにとのドーマック公爵の計らいで、私達は庭園を散策することになったのだが……二人になった途端、そいつは本性を表した。
「いいか! おまえは、ぼくがうんめいをみつけるまでのかわりだ! ぜったい、おまえなんかとけっこんしないからなっ!!」
茶色の髪、瞳、耳の狐の獣人であるその子供の宣言に、私は話すはずだった内容を完全に忘れてしまう。あれだけ準備していたのに、この、ゼラフという子供の言葉は、それを突き崩すだけの威力を持ったものだった。
「おまえは、きょうから、ぼくのどれいだからなっ!!」
ここまで言われてもなお、彼の家柄を思うと、逆らうわけにはいかない。そんなことをすれば、きっと、お父様もお母様も苦しむのだから。
私にできることは、ただ、息を殺して、この時間が終わることを祈るだけだった。
ゼラフ・ドーマックという名の婚約者からのその宣言に私はただ、『分かりました』とだけ告げる。
婚約してから十年。ゼラフの言葉に、私は全く、これっぽっちも、寂しさも悲しさも感じることなく、あっさりと受け入れたのだった。
……今日は、いよいよ初めての婚約者との顔合わせ。今まで、家族やジーナ達以外と接することのなかった私は、とても緊張していた。
「リコ? 大丈夫?」
「はい、だいじょーぶ」
「怖かったり、嫌だと思うことがあれば、すぐに言ってくれ。私が何としてでも婚約なんてさせないからね?」
「だいじょーぶ」
お母様とお父様が何度も何度も、似たような質問を繰り返す中、私は何度も何度も、『だいじょーぶ』と繰り返す。
それは当然、お母様とお父様に向けてのものであり、同時に、私自身へ向けてのものだ。
大丈夫、私には、お父様もお母様もジーナも居る。だから、大丈夫……。
今日だけで、何度『大丈夫』という言葉を思い浮かべたか分からない。
もうすぐ、婚約者予定の相手と、その両親がこの家にやってくる。私の役目は、それを出迎えて、丁寧に受け答えする程度のことだ。喧嘩をふっかけなければならないわけでも、媚を売らなければならないわけでもない。ただ、私が私のままで居れば良いだけなのだ。
「旦那様、そろそろ」
「っ、分かった」
ジーナがお父様に耳打ちをする姿を見て、とうとうその時が来たのだと、体が固くなる。
「リコ……」
「だいじょーぶ。いま、いくから」
ただ、お母様の表情を見れば、弱音など吐いてはいられない。心配そうにこちらを見つめているであろうお父様の顔をなるべく見ないようにしながら、そっと、お父様の側に寄る。
ゼラフ・ドーマックという名の婚約者候補は、私より二つ年上らしい。同年代どころか、どの年代の相手とも仲良くなった記憶などない私にとって、彼へ声をかけることはとてつもなく高いハードルだった。しかし……。
「ふんっ、おまえがぼくのこんやくしゃだと? うんめいでもないのに、えらそうだ!」
お父様に連れられて、お互いの両親が挨拶を交わした。
ゼラフという男の子は、その間ずっと、ニコニコと笑みを浮かべていて、もしかしたら、思っていたよりも良い関係を築けるかもしれないと、この時は思っていた。
その後、残りの時間は二人で友好を深めるようにとのドーマック公爵の計らいで、私達は庭園を散策することになったのだが……二人になった途端、そいつは本性を表した。
「いいか! おまえは、ぼくがうんめいをみつけるまでのかわりだ! ぜったい、おまえなんかとけっこんしないからなっ!!」
茶色の髪、瞳、耳の狐の獣人であるその子供の宣言に、私は話すはずだった内容を完全に忘れてしまう。あれだけ準備していたのに、この、ゼラフという子供の言葉は、それを突き崩すだけの威力を持ったものだった。
「おまえは、きょうから、ぼくのどれいだからなっ!!」
ここまで言われてもなお、彼の家柄を思うと、逆らうわけにはいかない。そんなことをすれば、きっと、お父様もお母様も苦しむのだから。
私にできることは、ただ、息を殺して、この時間が終わることを祈るだけだった。
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