我輩は紳士である(猫なのに、異世界召喚されたのだが)

星宮歌

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プロローグ

第零話 見知らぬ空間

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 我輩は紳士である。名前はタロ。 『優雅に、エレガントに』をモットーとして生きるしがない白猫だ。

 しかし、そんな我輩は、現在、非常に困っていた。なぜなら……。


「にゃ? (ここは、どこなのだ?)」


 そこは見たことのない真っ白な空間。真っ白すぎて、我輩の体がこの空間に溶けてしまいそうだが、紳士のたしなみとして、しっかりと紳士服を着用しているため、そこは問題ではない。
 問題は、この何もない空間では、世のレディ達に手を差し伸べられないということだ!


「にゃあ(ふむ、どうするべきか)」


 人間と同じように後ろ足二本で立ちながら、我輩は思考する。
 いつも頼りになる飼い主は側にいない。それどころか、ここがいったいどこなのかすら不明だ。


「あの……」


 そうして、にゃむにゃむと考え込んでいた我輩は、不覚にも、背後にレディがいたことに、声をかけられるまで気づけなかった。


 いや、別に、我輩の野生の本能が廃れてるとかではないのだぞ? これは……そうっ、『ついうっかり』というやつなのだ!


 内心でそんな言い訳をしながらも、我輩はそんなことを思っていただなんて、おくびにも出さない。いわゆる、『ポーカーフェイス』を浮かべる。
 飼い主が言うには、これも紳士のたしなみなのだっ!


「にゃ? にゃあ? (どうしましたか? レディ?)」


 薄く微笑みを浮かべて、我輩は背後のレディへと振り返り、応対する。

 『女性と子供には優しく』

 それが、飼い主が常日頃から掲げていた目標であり、我輩の信念の一つでもある。
 もちろん、男に対しては乱暴な対応でも良いというわけではない。その人格を尊重し、出来るだけ丁寧に対応することが、一流の紳士なのだ。


「え、えっと、あの、私、次元を司るロムと申します。この度は、あなたに力を与えて異世界のナーガへ送ることを任されまして……あうぅぅ、えっと、と、とにかくですね? 能力は召喚陣を潜れば自動的に付与されますのでっ、そこの召喚陣に向かってくださいっ!」


 オドオドしながらそう言う彼女は、眩いほどの金髪に、おっとりとした顔立ちの美しい女性だった。真っ白なワンピースらしきものを身に纏い、スラリと長い手足が目に毒と言えるほど輝いて見える。ついでに、その胸元は、包まれればさぞかし至福の時を味わえるだろうと思える豊満さで、いつか、飼い主に教えてもらった『女神』というものを彷彿とさせる。

 ただ、その背中には、あまり見慣れないものがあった。


「にゃ? (翼?)」


 そう、そこには、純白の翼があった。


 もしや、これは『コスプレ』なるものか? ふぅむ、レディのコスプレは愛らしいな。


 ついつい目を細めてその愛らしさを眺めていると、ロムという美女は何を思ったのか、その頬をポッと赤く染める。


「うぅ、猫さん、可愛いです。このままここに居てくれませんかね?」


 頬を赤く染めながら、どことなく狂気に駆られた目で我輩を見つめるロムに、我輩、ゾクゾクが止まらない。


 これは、あれだ。いわゆる『猫可愛がり』をしたいと考えるものが浮かべる表情だ。そして、この表情を前にしては、いかに我輩が紳士だとしても、撤退以外の道はない。


 熱に浮かされたような表情で手を伸ばすロムから、我輩は華麗な身のこなしで逃げる。


「あっ、待って……」

「にゃあ(申し訳ないが、それは出来ない)」


 逃げて逃げて逃げ続ける。そうして、恐らくはロムが言っていた『召喚陣』なるものの上に立つこととなった我輩は、一瞬目が眩むほどの光にビクッと反応し、次の瞬間には、あの真っ白な空間とは異なる場所に来ていた。

 そう、この時点で、我輩は異世界ナーガに召喚されたのであった。









「うぅ、行ってしまいました。猫さん、ここに居てくれたら嬉しかったんですけど……」


 真っ白な空間で立ち尽くすロム。彼女は、よほどタロを側に置いておきたかったのか、酷く残念そうにうなだれる。


「ロム、ちゃんと勇者は送り出せた?」


 と、次の瞬間、何も居なかったはずのロムの背後に、一つの気配が生じ、中性的な声で話しかけてくる。
 その声に慌てて振り返ったロムは、短く刈った金髪に蜂蜜色の瞳、色白でほっそりとした顔立ちの男神セイクリアの姿を目に留めて、どうにか返事をする。


「っ、は、はいっ、セイクリア様っ。ちゃんと送り出しましたっ。……ん? 勇者?」

「うん、勇者だよ? ナーガ世界で初の勇者召喚だから、僕もどんな子か見たかったんだけどなぁ……。他の仕事がどうしても終わらなくて……。で? 勇者はどうだった?」


 自分の送り出した存在が『勇者』であったことを知ったロムは、それが猫だったことに混乱しながらも、しどろもどろに言葉を紡ぐ。


「え、えっと、とても可愛らしかったです」

「へぇ、勇者なのに可愛いのか……女の子だったとか?」

「い、いえ、多分、男、です」

「多分? ってことは、男の娘ってやつ? うあーっ、やっぱり仕事放り出して見ておくんだった!」


 整った顔立ちで無邪気に悔しがるセイクリア。しかし、ロムはそれどころではない。もしかしなくとも、猫を送り出したのは失敗だったのかもしれないのだ。勇者といえば、人間であることがほとんどなのだから…。


「えっと、えっと……」

「ん? どうしたの? ロム? まさか、その勇者が嫌な奴だったとか?」

「い、いえ、そうではなくて、ですね」


 じっと見つめてくるセイクリアとは対称的に、ロムはキョロキョロと視線をさまよわせる。そして…。


「あ、あの……私が送り出したのは、人間ではなく、猫、だったのですけど…」

「……は?」


 新米次元神ロムの言葉に、ナーガ世界神セイクリアが固まる。


「猫?」

「はい」

「あの、『にゃーにゃー』鳴く?」

「はい。あっ、それと、なぜか燕尾服みたいなものを着ていました」


 そこまでの情報を聞くと、セイクリアは本格的に頭を抱える。


「あ、あの、知らなかったこととはいえ、猫を送り出してしまって、その、申し訳ありませんでしたっ!」

「……うん、まぁ、勇者だと伝えてなかった僕も悪いんだけどね。ちょっと召喚陣を見直す必要が出てきた」


 額を押さえながらも、この状況の原因を考えたセイクリアはため息を溢しながら新たにロムへと指示を与えることとする。


「ロム、君は召喚陣にどんな異常があるのかの見極めを、何人か魔方陣に詳しい奴らを寄越すから、そいつらとやってくれ。僕は、その猫にフォローをした後、心当たりをぶちのめしてくるから」

「は、はいぃぃっ!!」


 セイクリアの『心当たりを』以降の部分が、ドスの効いた声になっていたため、ロムはビクリと肩を震わせたが、返事だけはしっかりする。そうして、セイクリアやロムが住む神界は、しばらく忙しくなるのであった。
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