我輩は紳士である(猫なのに、異世界召喚されたのだが)

星宮歌

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第一章 アルトルム王国の病

第五話 必殺っ

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 暗い通気孔を突き進み、巡回している兵の目を掻い潜った我輩は、ようやく、レディの居る扉の前に辿り着く。そう、扉の前までは、辿り着けたのだが……。


「にゃあ…(ここに来て、入れないとは…)」


 猫の手では、どう頑張っても、この巨大な扉は開けられない。しかも、中に入れそうな通気孔には鉄格子があって、こちらも使用できそうにない。


「にゃあっ(むむむむむっ)」


 しばらくどうしたものかと考えてみるものの、答えは出ない。
 仕方なく、我輩は先程もらった能力を確認して一度、気分転換を行うことにする。『良い考えが浮かばない時は、気分転換に限る』とは、飼い主が言っていたことなのだ。だから、間違いなど、あろうはずもない。

 召喚された際に確認した能力は、今は良いとして、新たな能力が気になる。そのため、召喚された直後のように、我輩は能力名を唱えてみる。


「にゃあ? (悪食とは?)」

《『サポートシステム』起動します。これより、能力説明を行います。 
 『悪食』とは、本来食用とされているものから そうでないものまで、全てのものを食らうことができる能力です。なお、『悪食』で食らったものは全て美味と感じます》


 『悪食』という能力を思い浮かべて出てきた内容は、そんな事柄だった。我輩は、これで、飼い主が食べていたものと同じものを食べられるらしい。ただ、『食用とされているものから、そうでないものまで』という言葉が気になるが……。


「にゃあ……(まさか、あの鉄格子を食べられたりはしないとは思うのだが……)」


 そう思いながらも、我輩は高い場所に見える通気孔の鉄格子を眺め、食べることを思い浮かべてみる。すると……。


「にゃ…にゃにゃっ!? (今っ、何か体の中に…鉄格子がなくなった!?)」


 一瞬、体の中に何かエネルギーらしきものが流れ込んだと思えば、鉄格子が跡形もなく消え失せる。混乱する我輩だったが、この『悪食』の能力を理解することはできた。


「にゃあ……にゃ(まさか、本当に何でも食べられるとは……しかも美味であるし)」


 鉄格子が消えたことで混乱に陥った直後、我輩はスパイシーな味を堪能することとなった。どうやら、『悪食』で食べたものは、味を認識するまでにタイムラグがあるらしい。


「にゃっ(しかし、これでレディの元へ行けるのだっ)」


 やはり、飼い主は偉大だ。気分転換することによって、こんなにも大きな成果が出たのだから。


「にゃあっ(今行くぞっ)」


 我輩、ようやくレディと対面できるとあって、少しはしゃいでしまう。

 ……後から思えば、それがいけなかったのだろう。


「にゃっ(とうっ)」


 我輩は華麗な身のこなしで、鉄格子がなくなった通気孔目掛けてジャンプする。そして……。


「にゃぐっ(うぐっ)」


 詰まった。

 それはもう、見事なまでに、我輩は、通気孔に詰まってしまった。原因は、我輩のプリティーなボディが、ちょっとばかりふっくらしていたせいなのだが……。


「……にゃにゃあ(……先程の通気孔よりも、この通気孔の方が狭かったというわけか)」


 こう、何というか、現実を直視したくない我輩は、紳士にあるまじき現実逃避という手段に出てしまう。だが、どうか許してほしい。我輩、ここに挟まるほど太っているとは思いたくないのだ。


「にゃー(どうしたものか)」


 前足だけでどうにか体を押し出そうとするものの、上手くはいかない。我輩にできるのは、物悲しく鳴き声を上げることくらいなのかもしれない。


「にゃー(誰か、助けてほしいのだ)」


 こんなとき、飼い主ならば、すぐさま我輩を助けてくれるのだが、無い物ねだりはできない。ゆえに、我輩は、誰か親切な人間が居ないであろうかと鳴く。
 そして、その目論みは、見事に達成された。


「猫?」


 幼い少女の声に視線をそちらへと向けると、そこには、元の世界では見たことのないような、きらびやかな黄色のドレス姿を纏い、顔を赤くし、咳き込む少女がこちらを見上げていた。


「にゃあ? (病気なのか?)」


 明らかに体調が悪そうな少女の様子に、我輩は自分の状況も忘れて少女の心配を口にする。とはいえ、もちろん、我輩の言葉が伝わることなどないのだが…。


「けほっ、ちょっと、待ってて」


 そう言うと、少女は部屋の奥へと姿を消し、戻ってきたときには、何やらフカフカのクッション付きの椅子を持ってきていた。そして、我輩の下に椅子を置くと、いそいそと靴を脱ぎ、椅子に足をかける。


「にゃっ。にゃあっ(ちょっと待つのだ、レディっ。その椅子は危ないと思うのだっ)」


 我輩、飼い主の家で見たような、座る部分がペッタンコの椅子を持ってきてくれたなら、何も心配しなかった。しかし、少女のそれは、座る部分がフカフカのクッションのようになっている。猫の我輩から見ても、バランスが悪いのは一目瞭然だった。


「んしょ、わわっ」

「にゃにゃーっ(頼むからその椅子は止めてほしいのだーっ)」


 そんな叫びも空しく、少女はどうにかバランスをとって椅子の上に立つ。我輩、少女が落ちるのではないかとヒヤヒヤだ。


「ん、けほっ、それじゃあ、引っ張るね?」

「にゃーっ。にゃっ!? (だから危ないのだっ。ってうおっ!?)」


 少女は我輩の前足を両方とも持つと、グイグイと引っ張ってくる。


「にゃっ、にゃあっ(ぐふっ、お腹がっ)」


 しかし、どういうわけか、スリムなはずの我輩のボディがつっかえて抜けない。


 ……昨日のささみがいけなかったとは思わないのだっ!


 昨日、飼い主にもらったささみのことを思い出したものの、我輩、それで太ったわけではないと即座に思い直す。


 そう、きっと、これは通気孔が小さかっただけなのだっ! 通気孔が広ければきっと……はっ!? そういえば、我輩、周りの石の壁を悪食で食らえば良いのではないだろうか?


 思いついた名案に、我輩はすぐさま行動に移す。


「にゃにゃーっ(我輩が抜けられるくらいに、周りの壁を食べるのだーっ)」


 通気孔から出る解決策として、我輩の方法は間違ってはいなかった。間違ってはいなかったのだが……レディが引っ張る中でそれを行ったらどうなるかまで、頭が回っていなかった。その結果……。


「えっ? きゃあっ!」

「ふにゃっ!?」

 まったりとした味わいを感じた直後、我輩は、レディと共に、勢いよく落下するのであった。


「いたた……」

「にゃあ(申し訳ないのだ。レディ)」


 椅子が倒れ、尻餅をつく形となったレディに、我輩は擦り寄って謝罪の意を示す。我輩は、レディを助けるどころか、レディに助けられてしまい、申し訳なさにシュンとなる。


「けほっ、やっぱり、猫。どこから来たのかしら?」


 幸いにして、レディも怪我はなかった様子で、すぐに我輩の頭を撫でてくる。


 むっ、そこっ、にゃふっ、むむむっ、このレディ、撫でるのが上手いのだ。ゴロゴロ。


「可愛い。こほっ、ほんとは、猫であっても、ここに居ちゃいけないんだと思うけど。もうちょっとだけ」


 にゃふぅ。ゴロゴロ……はっ! 我輩、こうしている場合ではないのだっ! レディを助けなければっ!


 我輩は自らの使命を思い出し、ピンッと耳を立てる。まずはレディの話を聞き、状況を把握しなければならないのだ。
 しかし、もちろんのことながら、我輩、人間と話せるわけではない。だから、できる限り話しをしやすい環境を整えるに限る。すなわちっ!


「にゃあ(必殺っ、頭スリスリなのだっ)」

「ふわっ」

「にゃー(そして、必殺っ、ゴロゴロなのだっ)」

「みにゃあっ(そしてそして、必殺っ、上目遣いなのだーっ)」


 行ったことは、全て簡単なこと。まずは、レディの体に頭をスリスリと擦り付ける。次に、ゴロリと腹を見せるように転がり、最後に、さぁ話してごらんとばかりに上目遣いを決める。
 これぞ、完璧な作戦である。


「ふふっ、人懐っこいのね。けほっ、誰かの飼い猫よね。服も着てるし……でも、ねぇ、私のお話、聞いてくれる?」


 作戦は、どうやら成功したらしい。だから、我輩は、『にゃー』と応えて、続きを促す。レディの相談ならば、いくらでも乗るのが、紳士の勤めなのだ。
 そうして話された内容に、我輩はこれからの方針を決めるのであった。
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