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第一章 アルトルム王国の病
第八話 街と猫(三)
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茶白の同胞を弟子にすると決めた後、とりとめのない話(紳士講座)を続けていた我輩は、しばらくして、自身に課せられた大きな役目について思い出す。
「にゃあ。にゃー? (ところで、チャーよ。我輩、この国に蔓延する病について調べているのだが、何か知らないだろうか?)」
ちなみに、『チャー』というのは、茶白の同胞の名前だ。話をしている内に、教えてもらえたのだ。
「にゃっ。にゃあにゃにゃーっ(はいっ、師匠っ。そのことに関しては、俺、『宵闇の一日』の後に人族が病気になったことくらいしか知りませんっ)」
我輩の弟子となったチャーは、出会った時の口の悪さがどこかに行ってしまったのだと思うほどに、丁寧に対応してくる。
「にゃにゃあ? (では、その『宵闇の一日』の前後に、何か変わったことはなかっただろうか?)」
病というものは、必ず、何らかのきっかけがあるものだと、飼い主は言っていた。流行するような病ならば、感染者がその場所を訪れたからだとか、病の元となるものが流出したからだとか、そうした理由があることもあるらしい。もちろん、ウイルスの変質が起こった結果の流行や、ただ個人の体調が優れないから感染するなどのこともあるそうだが、そちらの場合は、我輩が原因究明できるものではない。
「にゃあ? にゃーにゃ(変わったことですか? 俺は、花屋の姐さんが落ち込んでたことくらいしか知らないです)」
どうやら、チャーからは有力な情報を得られそうにない。
「にゃー(ううむ、もう少し、情報がほしいところだな)」
「? にゃあ? (? 情報がほしいなら、集会所で聞いてみませんか?)」
コテンと首をかしげるチャーはきっと、猫の集会所のことを言っているのだろう。我輩達、猫にとっては、集会所での情報収集がもっとも重要となってくるから、チャーの提案は妥当だ。しかし…。
「にゃ。にゃあにゃ? (チャーよ。やはり我輩は、よそ者として警戒されるのであろうか?)」
別に、よそ者だからといって、集会所に行ってはいけないわけではない。ただ、行ったところで、よそ者というのは警戒される。必然的に、情報は集まらないという状況に陥るのが一般的だ。
「にゃあ。にゃーにゃ? にゃっ(それについては、俺が、情報収集を担当します。師匠は、ボスに顔見せしなきゃいけないでしょう? 俺、頑張りますよっ)」
どうやら、チャーは、それなりに察しが良いらしい。我輩の言葉から、どんな懸念があるのかをしっかりと導き出し、解決策まで述べてくれている。となれば、本来は。このままチャーの言葉に甘えるのが一番であろう。
しかし、それは、まず、我輩ができる全てを試してからでも遅くはない。
「にゃあ。にゃにゃあ(顔見せについては、もちろん伺おう。しかし、我輩、情報収集もしっかりとやりとげてみせるのだ)」
「にゃ? (どうするおつもりですか?)」
純粋な瞳で見つめるチャーに、我輩は、悪い顔になっているのを自覚しながらも、そのままニヤリと笑う。
「にゃー(チャーは我輩の隣で見ていればいいのだ)」
我輩、これでも交渉事は得意なのだ。ここは、我輩の腕の見せどころ。初めての弟子への見せ場なのだ。
「にゃ(集会の日時と場所を教えてほしいのだ)」
「にゃっ(了解ですっ)」
全てを告げることのない我輩に、チャーは一切の不満も抱くことなく、了承する。
我輩、案外良い拾い物をしたかもしれないのだ。そうして、我輩は、頭の中で作戦を練りながら、チャーの話を聞くのだった。
「何か、何か、方法はないか」
栗色の頭を抱え、執務用の机に肘を着くのは、アルトルムの王。 セルバスだ。
魔王討伐の部隊からは、連絡が途絶えて久しく、勇者召喚も失敗した。大切な娘であるサリアーシャは病に倒れ、重鎮も何人かが倒れたせいで、国政も滞り始めている。病の収束は、今や急務となっていた。
「魔王の討伐も、意味があるのだろうか……」
アルトルム全土に広がる病の原因は、未だ、解明されていない。
ただ、折よく『宵闇の一日』が終わった後に流行し出したことを考えれば、真っ先に莫大な力を持つ、即位したばかりの魔王が疑われる。そう、魔王が原因という言葉が、ただの噂でしかないことくらい、セルバスも理解はしていたのだ。
既存の薬が効かない。死者は増える一方。そんな状況下で魔王が原因だと取り沙汰されたのならば、藁にもすがる気持ちで討伐したくなるのも無理はない。
「陛下。そろそろお休みください」
何が正しくて、何が間違いなのか分からない状況下で、唸っていたセルバスは、そっと息を殺して佇んでいたダウロスの言葉に少しだけ顔を上げる。
「休んでなどいられぬ。私はまだ、何も成していないのだからな」
結局のところ、全ての対策は空振りに終わっている。だからこそ、すぐにでも新たな手を打つ必要があった。
「……陛下が倒れては、元も子もありません」
「この程度で倒れるものか」
誰もがみな、この絶望的な病に恐れを抱きながら、それでもなお、少しでも何かできることはないかと奔走している。そんな中、この国の王たるセルバスは、休むことなど考えられなかった。だが、事態はさらに悪化する。
その報告は、息を切らした騎士が、持ってきた。
「報告しますっ! 魔王討伐部隊が全滅しましたっ」
「なっ」
「なんだとっ」
勇者召喚を行う前から放っていた魔王討伐部隊。精鋭を選りすぐった部隊が、全滅。
そんな恐ろしい報告に、セルバスは色を失う。それは、側に控えていたダウロスも同じで、絶句したまま言葉が続かない様子だ。
「討伐部隊は、鳥型の魔物に襲われたとのことで、すでに、このことは、騎士団長の命により、箝口令が敷かれております」
魔王ではなく、魔物に襲われ全滅というあり得ない事態に、セルバスは頭が痛くなる。しかし、騎士団長が先に箝口令を敷いてくれたのは助かる。このことは、とてもではないが国民に明かすことはできない。
「どこで、部隊は全滅した」
「はっ、ルーグ砂漠と聞き及んでおります」
「ルーグ砂漠だと? エルブ山脈でもローブル海域でもなく、か?」
本来、ファルシス魔国へと向かうには、エルブ山脈を越え、ローブル海域を通過する必要がある。しかし、報告する騎士は、エルブ山脈の東に位置するルーグ砂漠だと言う。
アルトルム王国から北西に向かったところが、エルブ山脈とローブル海域、そして、ファルシス魔国なのだが、ルーグ砂漠はエルブ山脈の東。つまり、アルトルム王国から北東に位置しており、そこからファルシス魔国に向かうには、いくつかの国を経由し、ローブル海域に出なければならない。普通ならば、ルーグ砂漠を用いるルートは、大きく迂回したルートなのだ。
「はっ、その件に関しては、現在、調査が入っております」
どうやら、理由は分からないらしい。しかし、これで、また一つ、病を治す手段がなくなった。セルバスは、素早い調査を指示すると、出ていった騎士を見送り、大きなため息を吐くのだった。
「にゃあ。にゃー? (ところで、チャーよ。我輩、この国に蔓延する病について調べているのだが、何か知らないだろうか?)」
ちなみに、『チャー』というのは、茶白の同胞の名前だ。話をしている内に、教えてもらえたのだ。
「にゃっ。にゃあにゃにゃーっ(はいっ、師匠っ。そのことに関しては、俺、『宵闇の一日』の後に人族が病気になったことくらいしか知りませんっ)」
我輩の弟子となったチャーは、出会った時の口の悪さがどこかに行ってしまったのだと思うほどに、丁寧に対応してくる。
「にゃにゃあ? (では、その『宵闇の一日』の前後に、何か変わったことはなかっただろうか?)」
病というものは、必ず、何らかのきっかけがあるものだと、飼い主は言っていた。流行するような病ならば、感染者がその場所を訪れたからだとか、病の元となるものが流出したからだとか、そうした理由があることもあるらしい。もちろん、ウイルスの変質が起こった結果の流行や、ただ個人の体調が優れないから感染するなどのこともあるそうだが、そちらの場合は、我輩が原因究明できるものではない。
「にゃあ? にゃーにゃ(変わったことですか? 俺は、花屋の姐さんが落ち込んでたことくらいしか知らないです)」
どうやら、チャーからは有力な情報を得られそうにない。
「にゃー(ううむ、もう少し、情報がほしいところだな)」
「? にゃあ? (? 情報がほしいなら、集会所で聞いてみませんか?)」
コテンと首をかしげるチャーはきっと、猫の集会所のことを言っているのだろう。我輩達、猫にとっては、集会所での情報収集がもっとも重要となってくるから、チャーの提案は妥当だ。しかし…。
「にゃ。にゃあにゃ? (チャーよ。やはり我輩は、よそ者として警戒されるのであろうか?)」
別に、よそ者だからといって、集会所に行ってはいけないわけではない。ただ、行ったところで、よそ者というのは警戒される。必然的に、情報は集まらないという状況に陥るのが一般的だ。
「にゃあ。にゃーにゃ? にゃっ(それについては、俺が、情報収集を担当します。師匠は、ボスに顔見せしなきゃいけないでしょう? 俺、頑張りますよっ)」
どうやら、チャーは、それなりに察しが良いらしい。我輩の言葉から、どんな懸念があるのかをしっかりと導き出し、解決策まで述べてくれている。となれば、本来は。このままチャーの言葉に甘えるのが一番であろう。
しかし、それは、まず、我輩ができる全てを試してからでも遅くはない。
「にゃあ。にゃにゃあ(顔見せについては、もちろん伺おう。しかし、我輩、情報収集もしっかりとやりとげてみせるのだ)」
「にゃ? (どうするおつもりですか?)」
純粋な瞳で見つめるチャーに、我輩は、悪い顔になっているのを自覚しながらも、そのままニヤリと笑う。
「にゃー(チャーは我輩の隣で見ていればいいのだ)」
我輩、これでも交渉事は得意なのだ。ここは、我輩の腕の見せどころ。初めての弟子への見せ場なのだ。
「にゃ(集会の日時と場所を教えてほしいのだ)」
「にゃっ(了解ですっ)」
全てを告げることのない我輩に、チャーは一切の不満も抱くことなく、了承する。
我輩、案外良い拾い物をしたかもしれないのだ。そうして、我輩は、頭の中で作戦を練りながら、チャーの話を聞くのだった。
「何か、何か、方法はないか」
栗色の頭を抱え、執務用の机に肘を着くのは、アルトルムの王。 セルバスだ。
魔王討伐の部隊からは、連絡が途絶えて久しく、勇者召喚も失敗した。大切な娘であるサリアーシャは病に倒れ、重鎮も何人かが倒れたせいで、国政も滞り始めている。病の収束は、今や急務となっていた。
「魔王の討伐も、意味があるのだろうか……」
アルトルム全土に広がる病の原因は、未だ、解明されていない。
ただ、折よく『宵闇の一日』が終わった後に流行し出したことを考えれば、真っ先に莫大な力を持つ、即位したばかりの魔王が疑われる。そう、魔王が原因という言葉が、ただの噂でしかないことくらい、セルバスも理解はしていたのだ。
既存の薬が効かない。死者は増える一方。そんな状況下で魔王が原因だと取り沙汰されたのならば、藁にもすがる気持ちで討伐したくなるのも無理はない。
「陛下。そろそろお休みください」
何が正しくて、何が間違いなのか分からない状況下で、唸っていたセルバスは、そっと息を殺して佇んでいたダウロスの言葉に少しだけ顔を上げる。
「休んでなどいられぬ。私はまだ、何も成していないのだからな」
結局のところ、全ての対策は空振りに終わっている。だからこそ、すぐにでも新たな手を打つ必要があった。
「……陛下が倒れては、元も子もありません」
「この程度で倒れるものか」
誰もがみな、この絶望的な病に恐れを抱きながら、それでもなお、少しでも何かできることはないかと奔走している。そんな中、この国の王たるセルバスは、休むことなど考えられなかった。だが、事態はさらに悪化する。
その報告は、息を切らした騎士が、持ってきた。
「報告しますっ! 魔王討伐部隊が全滅しましたっ」
「なっ」
「なんだとっ」
勇者召喚を行う前から放っていた魔王討伐部隊。精鋭を選りすぐった部隊が、全滅。
そんな恐ろしい報告に、セルバスは色を失う。それは、側に控えていたダウロスも同じで、絶句したまま言葉が続かない様子だ。
「討伐部隊は、鳥型の魔物に襲われたとのことで、すでに、このことは、騎士団長の命により、箝口令が敷かれております」
魔王ではなく、魔物に襲われ全滅というあり得ない事態に、セルバスは頭が痛くなる。しかし、騎士団長が先に箝口令を敷いてくれたのは助かる。このことは、とてもではないが国民に明かすことはできない。
「どこで、部隊は全滅した」
「はっ、ルーグ砂漠と聞き及んでおります」
「ルーグ砂漠だと? エルブ山脈でもローブル海域でもなく、か?」
本来、ファルシス魔国へと向かうには、エルブ山脈を越え、ローブル海域を通過する必要がある。しかし、報告する騎士は、エルブ山脈の東に位置するルーグ砂漠だと言う。
アルトルム王国から北西に向かったところが、エルブ山脈とローブル海域、そして、ファルシス魔国なのだが、ルーグ砂漠はエルブ山脈の東。つまり、アルトルム王国から北東に位置しており、そこからファルシス魔国に向かうには、いくつかの国を経由し、ローブル海域に出なければならない。普通ならば、ルーグ砂漠を用いるルートは、大きく迂回したルートなのだ。
「はっ、その件に関しては、現在、調査が入っております」
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