我輩は紳士である(猫なのに、異世界召喚されたのだが)

星宮歌

文字の大きさ
10 / 574
第一章 アルトルム王国の病

第九話 集会所の交渉

しおりを挟む
 この世界での一日を、マウマウの強襲を幾度も受けて立ち、楽しく遊ん、ゲフンゲフン、戦いを終えた我輩は、眠りについた。そうして、今また、陽が昇り、新たな一日の始まりに、あくびをしながら微睡む。


「にゃー(師匠、起きてくださいー)」


 もう一眠りといきたいところであったが、そんなチャーの声で、我輩の意識は覚醒する。


「にゃあ(チャーか、おはようなのだ)」

「にゃ。にゃっ(おはようございます。師匠っ)」


 そうして向かうのは、昨日話した集会所。路地裏にある広場がそれらしく、我輩、ワクワクしながらチャーの後を着いていく。
 朝であるにもかかわらず、どことなく暗い路地裏を、トコトコトコトコ歩き続けて数十分。見えてきたのは、猫、猫、猫と、かなり大勢の同胞が集まる広場だった。


「にゃあ……(これは、なんとも……)」


 我輩が居た世界、日本でも、これだけの猫の集まりを見たことはなかった。しかも、環境が違うせいなのか、実に色とりどりの同胞が集まっている。赤に黄色に緑に紫、青や桃色なんてものも居る。


「にゃー(おい、なんだそいつは)」

「にゃっ。にゃーにゃ(あっ、ココさん。この方は、昨日、よそから来たタロさんです)」


 目の前の光景に気を取られていると、何やら小柄な緑の同胞がチャーへと話しかけていた。


「にゃあ。にゃっ。にゃーにゃあっ(そうか。おい、よそ者っ。ボスんとこに挨拶に行くから、着いてこいっ)」

「にゃあ(うむ、よろしく頼むのだ)」


 どうやら、緑の同胞は、ボスへの案内係らしい。プイッとすぐに後ろを向いてしまったが、きっと親切な同胞なのだろう。ちゃんと、我輩が着いてきているか、チラチラと何度も確認している。
 そんなこんなでたどり着いた先には…………燃えるように真っ赤な同胞が、桃色の同胞二人を従えて、ゴミ箱の上から見下ろしてきた。


「にゃあ(そんなところに居て、臭くはないのか?)」


 ゴミ箱から、ちょっとばかし漂ってくる腐臭に、我輩、純粋な疑問をぶつけてみる。
 しかし、その瞬間、様々な同胞達がギョッとしたようにこちらを向いたのは、何となく、心外だ。ついでに、緑の同胞は、我輩の言葉を聞いた辺りから、完全に動きを止めている。一歩足を踏み出そうと宙に浮かせたまま停止する同胞の体勢は、ちょっと辛そうだ。


「にゃっ(はっ、これだからよそ者はっ)」

「「にゃっ(はっ、これだからよそ者はっ)」」


 燃えるように真っ赤な同胞が、視線を泳がせながら言ったことに対して、桃色の二人の同胞は、真っ赤な同胞の言葉を自信満々に唱和する。


 うむ、真っ赤な同胞は、臭いを気にしているようなのだ。


「にゃあ? にゃ? (体が臭いと、レディにモテないと思うのだが? こちらでは違うのだろうか?)」


 少なくとも、我輩が暮らしていた日本では、あまりに臭いと、同胞の間で嫌煙されていたはずだ。さすがに、野生で生きていれば、様々な臭いがついてしまうものではあるものの、それにしたってここの臭いは酷い。我輩の自慢の鼻が曲がりそうなのだ。


「ふにゃーっ。にゃっ(べ、別に、モテたいなんて思ってねぇーよっ。これだから、よそ者はっ)」

「「にゃっ(これだから、よそ者はっ)」」

「にゃあにゃにゃあっ。にゃー? (おぉっ、モテたいと思わないと言う同胞とは初めて出会ったのだっ。むっ、そうなると、赤の同胞は、レディの争奪戦のボスではないのか?)」


 力のある同胞は、レディへのアプローチを一番に行える。それが我輩の常識だったのだが、もしかしたら、この世界の同胞は違うのかもしれない。
 そう思い、じーっと赤の同胞を見つめると、赤の同胞はまたもや視線を泳がせながら答える。


「に、にゃあ。にゃにゃっ。にゃっ(そ、そりゃあ、確かにそういう意味でのボスで間違いねぇけどよ。まだ、俺様にふさわしいメスが居ねぇんだっ。これだから、よそ者はっ)」

「「にゃっ(これだから、よそ者はっ)」」


 ここまでで分かったことといえば、赤の同胞は臭いを気にしている上、レディにモテたいと思っているということと、ボスであるがゆえか、素直ではないということ。ついでに、桃色の同胞達は、完全に赤の同胞の腰巾着だということも分かった。


 我輩、たまに天然だとか言われることはあるものの、このくらいのことは、ちゃんと理解できるのだ。
 あとは、どうにかして赤の同胞に我輩のことを認めさせれば良いのだが……ふむ。


「にゃ……にゃ?(話は変わるが、マウマウについて、赤の同胞は……って、どうしたのだ?)」


 いよいよ本題を切り出そうとしたところで、赤の同胞はとてつもなく挙動不審になる。いや、赤の同胞だけではない。集会所に集まった同胞全てが動揺しているように見える。


「にゃっ。ふしゃーっ(テ、テメェっ、不用意に奴らのことを口にすんじゃねぇっ。見つかったらどうするつもりだっ)」

「「に、にゃー(ど、どうしゅるつもりだっ)」」


 思っていた以上に、マウマウというものは、同胞達に恐怖を与えていたらしい。赤の同胞は毛を逆立て、桃色の同胞達は、ヒシッとお互いに抱き合って震えている。他にも、後方で、何やらトラウマが云々と言っているのも聞こえる。あんなに面白い玩具なのに、こんなにも怯えるなんて、難儀なものだ。だが、ここまで怯えるならば、我輩にもやりようがあるというものだ。


「にゃ。にゃあ? (何を恐れる必要がある。我輩、昨日は大量のマウマウを狩ってきたのだぞ?)」

「「「にゃっ? (はっ?)」」」


 おぉっ、初めて赤の同胞と桃色の同胞の声が揃ったのだっ! はっ、いや、そうではなくて……。


 我輩、ちょこっと感動していたのだが、それどころではないとすぐに思い直し、首を振る。


「にゃあ、にゃにゃー。にゃにゃ? (だから、我輩は、マウマウを狩ったのだ。証言してくれる者も、居るはずだが?)」


 そう言ってみると、ポツポツと後方の同胞達が話し出す。そして、そのどれもが、見慣れない同胞にマウマウから助けられたというものだ。そう、昨日の我輩は、遊んでいただけではないのだ。マウマウに襲われている同胞を見つけ、何度も救っていたのだ。

 チャー以外の同胞とは、言葉を交わすこともなく去っていたので、どのように思われていたかまでは知らなかったが、声を聞く限り、皆、感謝してくれているらしい。そして、徐々に状況を……自分が、マウマウを倒せるだけの者と対峙しているという事態を呑み込めた赤の同胞は、我輩を睨み付け、おもむろに口を開く。


「にゃー? (テメェの望みはなんだ?)」

「「にゃっ!? (ボスっ!?)」」


 我輩、どうやら交渉に勝てそうなのだ。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...