我輩は紳士である(猫なのに、異世界召喚されたのだが)

星宮歌

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第一章 アルトルム王国の病

第十三話 行き倒れの元へ

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「ふにゃっ(ひ、ひぅっ)」

「にゃっ、ふしゃー(く、来るなっ、来るなぁっ)」


 薄暗い路地の一角、翡翠色の毛並みを持つ猫の姉妹は、恐怖に震えていた。
 目の前にあるものは、明らかな絶望。集団で獲物をいたぶり、喰らうことを目的とする悪魔のような存在、灰色の体毛のマウマウどもが居るのだ。
 揃いも揃ってギラギラとした目で睨むマウマウに、怖がって悲鳴もまともに上げられない状態の妹を守るべく、その妹によく似た姉の猫が前に出て威嚇する。しかし、マウマウどもはそんな姉猫を嘲笑うかのようにドンドン距離を詰めていく。背後は壁。逃げ場など、もう、ない。


「みにゃ、にゃあ(うぅっ、来るなぁ)」


 『もはや、自分達は助からない』。認識したくなくとも、それは自明のことであり、二匹の震えは更に大きくなる。


 もう、ダメ……。


 二匹がそう諦めた瞬間だった、その声が聞こえたのは。


「にゃおーんっ! (猫流奥義、ガリガリ連舞っ!)」

「「「ヂューッ」」」


 突如として響いたオスの声の後に、マウマウどもの断末魔が響く。


「に、にゃ? (な、何が起こってるの?)」

「にゃー…(お姉ちゃん…)」


 前方の奥の方で起こっているらしい戦いに、姉妹猫は困惑しながら立ち尽くす。
 そして、マウマウの方は、自分達の後方に現れた敵へと、一斉に意識を向け、どんどんそちらへと向かっていく。つまりは、姉妹猫から離れていくのだ。
 幾度か『猫流奥義』と称した何かが叫ばれ、その度にマウマウは数を減らしていく。次第にマウマウに満たされていた視界は開け、戦っているオスの正体があらわになる。


「にゃあ…(あれって、今日、ボスに反発してた…)」

「にゃ(すごいの)」


 そこには、黒い紳士服を纏った、奇妙な白猫が居た。その姿は、確かに、今日、ボスに楯突いていたよそ者の猫だ。
 白猫が身軽にマウマウの攻撃をいなし、戦っていく様子を呆然と眺めていると、ふと、仲間とは異なる者の声が聞こえた。


「ディアム、私、マウマウは猫の天敵だと思っていたのですけれど……」

「……同意」


 そこには、姉妹猫と同様に呆然とした様子の人族。マウマウの臭い体臭で分かりにくいが、その人族は、変わった匂いのする人族として、猫社会で噂になっている者達だろう。
 そうしている間にも、マウマウは次々に断末魔を上げて倒れていく。ついに、最後の一匹が倒れたところで、あの白い変わり者の猫が姉妹猫の方へと向かう。


「にゃあ? (お二人とも、お怪我はありませんか?)」

「にゃ、にゃぁ(え、えぇ、大丈夫よ)」

「にゃー。にゃにゃーっ(だいじょーぶ。お兄ちゃんすごかったっ)」


 随分と丁寧な物言いをする白猫に、姉猫は戸惑い、妹猫は純粋にその力を讃える。


「にゃあ。にゃっ(怪我がなくて良かった。それでは、我輩、急ぎの用があるので、これにて失礼させていただく)」

「にゃっ……にゃあ(えっ、ちょっと待っ……行っちゃった)」


 お礼を言う間もなく、白猫は変わった匂いの人族の元へと向かうと、そのまま走り去り、人族達もそれに着いていってしまう。そして、その場は、先程までの緊張感が嘘のようになくなり、平和を取り戻す。物騒なのは、マウマウの死骸が山積みになっている光景だけだ。


「にゃ…にゃあ(あれが噂のよそ者…かっこ良かった)」


 ポツリと呟く姉猫の瞳は、憧れと恋に染まっていた。


「にゃー(お姉ちゃん、帰ろー)」

「にゃー(えぇ、そうね)」


 こうして、変わった白猫、タロは、また一匹ひとり、その窮地を救い、乙女の心を射止めたのだった。










「にゃあ(お待たせして申し訳ないのだ)」

「さっきのは、バルに聞きましょう。きっと、バルなら何か知っていますわ」

「了解」


 我輩はつい先程、同胞のレディ達を助けたところだ。多勢に無勢とばかりに麗しいレディを襲ったマウマウどもは、我輩の爪で叩きのめしてきた。
 本来ならば、紳士として、レディ達を安全な場所に送り届けるべきだったのだろうが、残念ながら我輩は土地勘がない。しかも、アプローチするわけでもないのに、同胞のレディに近づくことは、あまりよろしくない。そう考えると、我輩は素早くその場を去ることしかできなかった。また、この黒ずくめの者達を待たせるわけにもいかないという理由があったのも確かだ。
 仲間の元へ案内するという役割を全うしようとする我輩は、言葉が通じないのをもどかしく思いながらも走る。
 この二人は、どうやら随分と体力があるらしく、我輩がずっと走っていても、息切れ一つせずに着いてきている。この分なら、すぐにあの行き倒れの男の元へ辿り着けることだろう。


「にゃあ(ここなのだ)」

「やっと、見つけたわ」

「ん? ラーミアとディアムか?」


 しばらくして、我輩達は、あの行き倒れが居た場所へと辿り着く。そこには、現在は倒れていないものの、壁にもたれて座り込む男の姿があった。


「全く、随分と捜させてくれましたわね」

「これ以上、逃がさない」

「あぁ、逃げないから……何か、食べ物、くれないか?」


 どこか切羽詰まった声で二人に頼む男は、見ていて憐れに思える。しかし、我輩は知っている。この者は、我輩を一度食べようとしたことを…。警戒するに越したことはない。


「にゃあ(我輩は食べ物ではないからなっ)」

「はぁ、とりあえず、パンとリンゴくらいならありますので、食べて、話を聞かせてください」

「おぉっ、ありがとうっ。あっ、それと、猫も二人を連れてきてくれたことに感謝する」


 食べ物を差し出された途端、男は元気を取り戻したらしく、我輩にも感謝の言葉を述べる。


 ……出会いは最悪だったが、案外、悪い者ではないのかもしれないのだ。


 パンとリンゴを貪るように食らう男を見ながら、我輩は認識を改める。と、同時に、これなら病のことを尋ねることもできそうだと判断する。


 我輩、頼まれたことは、ちゃんと最後までやり抜く主義なのだっ。


「にゃあー。にゃーにゃー(我輩も聞きたいことがあるのだ。話が終わってからで良いから、時間を作ってもらえないだろうか?)」

「むぐっ、分かった」


 突然の男の言葉に、ラーミアという名のレディと、ディアムという名の男は一瞬『なぜ?』という顔をしていたが、我輩と話したことが分かったのか、我輩の顔を見て得心したように頷く。
 だが、これで、約束は取り付けられた。あとは、話を聞き、病に関しての有益な情報を得られることを祈るのみだ。
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