152 / 574
第二章 反撃のサナフ教国
第百五十一話 ままならないもの
しおりを挟む
「クソッ! なぜ、上は分からないんだっ」
壁を殴り付ける僕は、ままならない事態に苛立ちを隠せないでいた。
「なぜっ、こんな時に帰還命令なんだっ」
苛立ちの原因は、レジスタンスのアジト壊滅の報告の後にもたらされたミルテナ帝国からの命令。曰く、『レジスタンスのアジト壊滅に伴い、レイグ・アルディー大隊長率いる大隊は、二個中退を残しミルテナ帝国騎士団本部へ帰還する旨を申し渡す』とのこと。レイグ・アルディー大隊長というのは僕のことで、ミルテナ帝国に忠誠を誓う者として、命令に背くことはできない。しかし、しかしだ。
「なぜっ、今なんだっ」
レジスタンスのアジトを壊滅させたことは報告した。しかし、奴らが新たなアジトを作ってしまったことも報告はしているのだ。叩くなら今。まだ浮き足立っている今をおいて、他にない。それなのに、帰還命令ときたものだ。
せめて、一番の脅威であろうあの猫を仕留めようと、急いで少数精鋭の部隊を送り込んだが、それは誰一人として帰ってこない。作戦は失敗したとみて間違いなかった。
「それでも、今以外に打撃を与えられる機会なんてないのにっ」
時間が経てば経つほど、レジスタンスの防衛は強固なものとなるだろう。旗頭である子供を生け捕りにしろという命令が下っている以上、それを殺すことはできないものの、今動ければレジスタンスの幹部を皆殺しにするくらいはできるかもしれない。しかし、その時間は、与えられていなかった。
「それに、あのタイミングでの脱走者も気になる」
五日前、セイクリア教国へ向かう脱走者が出た。それを、あろうことか警備にあたっていた中隊が取り逃がしたのだ。レジスタンスで話し合われていた作戦では、セイクリア教国へ助力を求めに行く者達は四日前に発つ予定だとされていたが、その四日前には特に脱走者はいなかった。それを考えると、五日前のそれがレジスタンスのメンバーだった可能性が高い。
「馬を奪われたことを考えて……一週間、くらいか?」
もしも、そいつらがレジスタンスのメンバーだったとして、普通に駆ければ一週間ほどでセイクリア教国に着いてしまうだろう。それから謁見を申し込み、すぐに聖騎士の部隊を送り込むとすれば、早くても二週間。現在、五日経っていることを考えると、あと九日しか猶予がない。それなのに、今、大隊を帰還させ、部隊を入れ換えるなど、危険極まりない。
「本当に、上は何を考えているんだっ」
もしや、新たなアジトを作ったという報告を読んでいないのだろうか? 脱走者のことも報告はしたが、それに関する返答はない。もしかすると、上は事態を軽く見ているのではないだろうか?
「し、失礼しますっ」
「何?」
報告で入ってきたのであろう中隊長を見て、僕は低い声で問いただす。
「はっ! 先程、宙に何かが飛んでいたとの報告がありまして……」
「それが、何?」
そんなことで、いちいち報告するなと言いたいのをグッと堪え、僕は怯える中隊長に問う。
「そ、それが、動物のようだったと……」
「……動物? まさか、あのレジスタンスの?」
そうだとするなら、これは最後のチャンスかもしれない。
「い、いえ、遠目で白と黒の動物というような報告は上がっておりますが、断定はできないかと」
あの時出会った猫は、白猫だった。黒の紳士服を着た、白猫だった。つまりは……。
「急いで捜せっ! そして、見つけ次第報告しろっ!」
「はっ!」
これで何もできなければ、僕は、今日、このまま帰還することになる。残った中隊の指揮権は、新たにこちらへ来るという人間に移譲される。どういう目的で僕を帰還させ、新たに人間を寄越すのかまでは分からないが、その人間がすぐに使い物になるとも思えない。
「あぁ、それと、例の場所からも増援を出せ。何としても、見つけるんだ。良いな?」
「はっ!」
例の場所とは、なぜか守るように命令されている詰め所の奥にある建物だ。中に何があるのかは知らないし、詮索するのはやぶ蛇だろうとは分かっているものの、どうやら何かの生き物を連れてきては、そこに閉じ込めるなりなんなりしているらしいということだけは分かっている。もしかしたら、何かの動物実験でも行っているのかもしれなかった。
しかし、そんな場所を守護するよりも、今はあの猫の方が重要だ。何としても、見つけなければならない。
僕は、まさかその猫が例の場所を調べているとは思わずに、指示を出し、動く。レジスタンスのアジトの詳しい位置が分からない以上、できることはそれだけだった。結果として、僕は猫を見つけることもできずに帰還することになるのだが……僕は、またいずれ、あの猫と再会するような気がしてならなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回は敵視点……やっと、大隊長の名前が出てきました。
あの黒の甲冑の騎士のことです!
そして、今回の『サナフ教国の反撃』におけるレイグの活躍(?)はここでおしまいです。
また、別の場面での活躍の場を用意する予定です。
それでは、また!
壁を殴り付ける僕は、ままならない事態に苛立ちを隠せないでいた。
「なぜっ、こんな時に帰還命令なんだっ」
苛立ちの原因は、レジスタンスのアジト壊滅の報告の後にもたらされたミルテナ帝国からの命令。曰く、『レジスタンスのアジト壊滅に伴い、レイグ・アルディー大隊長率いる大隊は、二個中退を残しミルテナ帝国騎士団本部へ帰還する旨を申し渡す』とのこと。レイグ・アルディー大隊長というのは僕のことで、ミルテナ帝国に忠誠を誓う者として、命令に背くことはできない。しかし、しかしだ。
「なぜっ、今なんだっ」
レジスタンスのアジトを壊滅させたことは報告した。しかし、奴らが新たなアジトを作ってしまったことも報告はしているのだ。叩くなら今。まだ浮き足立っている今をおいて、他にない。それなのに、帰還命令ときたものだ。
せめて、一番の脅威であろうあの猫を仕留めようと、急いで少数精鋭の部隊を送り込んだが、それは誰一人として帰ってこない。作戦は失敗したとみて間違いなかった。
「それでも、今以外に打撃を与えられる機会なんてないのにっ」
時間が経てば経つほど、レジスタンスの防衛は強固なものとなるだろう。旗頭である子供を生け捕りにしろという命令が下っている以上、それを殺すことはできないものの、今動ければレジスタンスの幹部を皆殺しにするくらいはできるかもしれない。しかし、その時間は、与えられていなかった。
「それに、あのタイミングでの脱走者も気になる」
五日前、セイクリア教国へ向かう脱走者が出た。それを、あろうことか警備にあたっていた中隊が取り逃がしたのだ。レジスタンスで話し合われていた作戦では、セイクリア教国へ助力を求めに行く者達は四日前に発つ予定だとされていたが、その四日前には特に脱走者はいなかった。それを考えると、五日前のそれがレジスタンスのメンバーだった可能性が高い。
「馬を奪われたことを考えて……一週間、くらいか?」
もしも、そいつらがレジスタンスのメンバーだったとして、普通に駆ければ一週間ほどでセイクリア教国に着いてしまうだろう。それから謁見を申し込み、すぐに聖騎士の部隊を送り込むとすれば、早くても二週間。現在、五日経っていることを考えると、あと九日しか猶予がない。それなのに、今、大隊を帰還させ、部隊を入れ換えるなど、危険極まりない。
「本当に、上は何を考えているんだっ」
もしや、新たなアジトを作ったという報告を読んでいないのだろうか? 脱走者のことも報告はしたが、それに関する返答はない。もしかすると、上は事態を軽く見ているのではないだろうか?
「し、失礼しますっ」
「何?」
報告で入ってきたのであろう中隊長を見て、僕は低い声で問いただす。
「はっ! 先程、宙に何かが飛んでいたとの報告がありまして……」
「それが、何?」
そんなことで、いちいち報告するなと言いたいのをグッと堪え、僕は怯える中隊長に問う。
「そ、それが、動物のようだったと……」
「……動物? まさか、あのレジスタンスの?」
そうだとするなら、これは最後のチャンスかもしれない。
「い、いえ、遠目で白と黒の動物というような報告は上がっておりますが、断定はできないかと」
あの時出会った猫は、白猫だった。黒の紳士服を着た、白猫だった。つまりは……。
「急いで捜せっ! そして、見つけ次第報告しろっ!」
「はっ!」
これで何もできなければ、僕は、今日、このまま帰還することになる。残った中隊の指揮権は、新たにこちらへ来るという人間に移譲される。どういう目的で僕を帰還させ、新たに人間を寄越すのかまでは分からないが、その人間がすぐに使い物になるとも思えない。
「あぁ、それと、例の場所からも増援を出せ。何としても、見つけるんだ。良いな?」
「はっ!」
例の場所とは、なぜか守るように命令されている詰め所の奥にある建物だ。中に何があるのかは知らないし、詮索するのはやぶ蛇だろうとは分かっているものの、どうやら何かの生き物を連れてきては、そこに閉じ込めるなりなんなりしているらしいということだけは分かっている。もしかしたら、何かの動物実験でも行っているのかもしれなかった。
しかし、そんな場所を守護するよりも、今はあの猫の方が重要だ。何としても、見つけなければならない。
僕は、まさかその猫が例の場所を調べているとは思わずに、指示を出し、動く。レジスタンスのアジトの詳しい位置が分からない以上、できることはそれだけだった。結果として、僕は猫を見つけることもできずに帰還することになるのだが……僕は、またいずれ、あの猫と再会するような気がしてならなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回は敵視点……やっと、大隊長の名前が出てきました。
あの黒の甲冑の騎士のことです!
そして、今回の『サナフ教国の反撃』におけるレイグの活躍(?)はここでおしまいです。
また、別の場面での活躍の場を用意する予定です。
それでは、また!
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる