忍びしのぶれど

裳下徹和

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第二章

8 高田馬場の決闘第二弾

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 四人は岩倉邸からさほど離れていない水稲荷神社に移り、人気のない社殿の裏に身をひそめる。
 持っている情報を、石走に粗方伝えると、眉間に皺をよせ黙りこくった。川路が何か企んでいるのには勘付いていたようだが、西郷に害を及ぼすものだとは思っていなかったのだ。
「そんなに落ち込むな芋猿。川路が西郷を裏切ったとは決まっていない。それに西郷の韓国訪問が内定しているが、西郷は戦争のきっかけをつくる為、そこで殺されるつもりだ。この勅書で西郷の権威が落ちて、韓国訪問がなくなれば、西郷は生き永らえるのではないか。俺としては死んでもらった方が良いけどな」
 藤田の言葉に、石走が怒りを見せる。
「西郷閣下を愚弄するな」
「愚弄する価値もないくずだろうが。そもそも赤報隊の書状がみつかったところで西郷の評価が落ちるとは思えん。もともとくそ野郎で有名だからな」
 それを聞いて石走が三尺棒に手をかけ、腰を落とす。体からは怒気が湧き上がっていた。
「黙れ負け犬」
 石走の怒りに物怖じせず、藤田も三尺棒に手をかけ悪態を続ける。
「何度でも言ってやる。西郷は大物気取りのくそ野郎だ」
 石走が棒を構え、それに応じて藤田も構える。
「やるのか? 殺し合うにはもってこいの場所だ。高田馬場の決闘第二弾だな」
 今いる水稲荷神社は、元禄の時代に堀部安兵衛が、菅野六郎左衛門の助太刀をした高田馬場の決闘が行われた場所の近くではある。第二弾の決闘の経緯は、甚だ馬鹿馬鹿しい。
 跳が止めようとするが、二人の殺気に割り込むことが出来ない。
「おやめ下さい」
 栄雲が二人を止めようとするが、熱くなった藤田が栄雲にすら牙をむく。
「神仏分離だろ。神社の中では黙っていろ坊主」
 地獄行きは決定のようだ。
 石走が棒を構えたまま藤田ににじり寄っていく。
「お前の死肉を犬に食わせ、その犬を俺が食べることにしよう」
「てめえなんぞに食われてたまるか。てめえらがぬくぬくと芋と肉食っていた時、こっちは木の根をかじっていたんだ。食えるものは何でも食ったが、飢えで次々と仲間が死んでいった。てめえにも同じ苦しみを味あわせてやる。死なないように手足を切り落とし、飢え死にするのを見届けてやる」
 藤田は新撰組が崩壊した後、会津藩と共に官軍と戦った。敗戦後は奥州斗南藩へ送られ、何もない土地で飢えと寒さに苦しめられることになる。戦争なのだから勝ち負けはつくものだが、江戸開城の後に行われた会津戦争は大義ある戦いとは言い難いし、敗戦後の処遇も苛酷だ。藤田が敵の親玉である西郷隆盛を恨むのも、致し方なきことではある。
「いい加減にしろ!」
 跳は拳銃を引き抜き、銃口を二人の間に向けた。
 二人は怒りが収まらない様子ではあるが、一応棒を降ろす。
 気まずい沈黙は、二人の男の熱くなった頭を少しずつ冷ましていった。
 ある程度落ち着いた石走が、つぶやくように問いかけてくる。
「川路さんは何を企んでいると思う?」
 西郷を敬愛し従うのなら、勅書を燃やして栄雲を亡き者にすれば良い話だ。川路が自分の手の届くところに置いていたのは、魂胆があるとしか思えない。しかも直接自分のところではなく、いつでも切り捨てられる栄雲に持たせ、連絡には前島を介して、ばれても言い訳出来るようにしている。
「二人に溝が出来て、川路が西郷を失脚させようとしているのか?」
 昨日の敵は今日の友。逆もまた然りだ。進む方向が違えば、かつての仲間と決別する時が来る。
「今回の海外遠征も、既に人選が終わっていたところに、川路邏卒総長が後からねじ込まれたらしい。ねじ込んだのは、西郷閣下だ。かつての部下の為を思っての行動かと思っていたが、政局が混乱する中、敵にまわりそうな川路邏卒総長を遠ざける思惑があったのかもしれない」
 跳の推測に、石走は無言だが、藤田はうなずく。
「そうかもしれんな……」
 赤報隊の残党や勅書に対しても、軍は組織立って動いているのに対し、警察はまとまりに欠いている。川路が海外にいて、たやすく連絡がとれないことが影響しているように思われる。
「もしかして、田満村の実相寺が焼かれたのも、西郷の思惑だったのか? 出家した栄雲が、勅書を仏像に隠しているという情報を得て、神仏分離令の誤った解釈で村人を誘導し、寺を焼かせたのでは…」
 跳のさらなる憶測に、今度は藤田が首をひねる。
「さすがにそれはこじつけ感が否めないな」
 ライ麦の毒という要因も抜け落ちているし、いくらなんでも強引な考えか。相手を大きくとらえ過ぎて、想像に潰されていては仕方ない。だが、西郷は常人では成し得ぬことを成しそうな雰囲気があるのだ。
「とにかく現時点では、川路邏卒総長の指示を待っても仕方ない。自分達で考えるしかない」
 そうは言ったものの、跳自身もどうしたら良いのかわからない。
 この勅書をめぐって、赤報隊の残党、軍、警察が争っているが、本当に重要なものなのだろうか。これが表に出たところで、西郷が一笑にふして終わりなのではないだろうか。いや、これが公けになることで西郷が失脚し、歴史が大きく変わっていくのかもしれない。
 跳は思い悩むが、自分が見えている範囲の情報からでは、結論なんて出るわけもない。
 ただ小さいことに振り回されているのか。歴史が大きく変わる局面に接しているのか。
 もっと高いところから広い視野で見ることが出来たら。未来から過去を振り返るように現在を見ることが出来たら、正しい判断が下せるのに。
 石走が怒気を含んだ声で、尋ねてくる。
「それが出来たら貧乏邏卒などしておらん。お前はどうすれば良いかわかるのか?」
「わからん」
 跳の返事を聞いて石走は、視線を落とす。
 言葉もなく、ただ重苦しい空気を吸って吐く。見えるものが限られた状態で考えても、正解にたどり着けない。
「大きな目線で考えることが出来ないから下っ端にいて、下っ端にいるから、さらにものが見えなくなる。俺達はこのまま生きて、このまま死んでいく」
 自虐的な跳の言葉に、色々な感情が場に渦巻き、石走と藤田が発していた闘志も完全に消えた。
「ずっと下っ端のままなら、せめて俺達が生きのびられる道を選ぼう」
 しかし、個人が生きのびる道すらわからなくなってくる。
 勅書を赤報隊の残党に奪われるのはもっての他だが、軍にとられても、反政府の片棒を担いだとか濡れ衣を着せられて消されそうだし、警察が手に入れたとしても、政局しだいで責任を押し付けられ、処刑されそうだ。栄雲の望みは岩倉具視に勅書を渡すことだが、岩倉は孝明天皇を毒殺したと噂される程の曲者だ。勅書を政治利用にだけ使い、赤報隊の名誉回復など捨て置かれる可能性もある。
 考えれば考える程、正しき道が遠のいていく気がした。
「誇りを胸に、玉砕したくなってくるな……」
 藤田のつぶやきに、肯定の返事をする者はいないが、皆少なからず同じ思いを抱いていた。
 誰も言葉を発しない沈痛な場の中で、跳の耳に大勢の足音が近付いてくる音が聞こえた。
「誰かが近付いてくる。結構な人数だ。靴を履いているようだ。赤報隊の残党ではなく、軍人だな。お前らが騒ぐからだ」
 藤田はそれを聞いて、顔をしかめる。
「仕方ねえ。俺と石走が引き付けておく。郵便屋と坊さんは隠れておいて、機を見て逃げろ。勅書は、岩倉のところでも、西郷のところでも好きなところに持っていけ」
 石走は、勅書を跳と栄雲に任せるのには納得しかねるようだが、自分でどうこうする心づもりも出来ぬようで、黙って軍人を迎え撃つ態勢をとった。
 跳と栄雲は、社殿裏にある納屋の陰に隠れる。水稲荷神社の塀の向こう側は、軍人達に囲まれたことが察せられた。二人に緊張が走る。
 隠れている跳の耳に、藤田と石走の会話が入ってきた。
「軍のやつらは西郷を守る為に勅書を手に入れようとしているのだろう。石走もそちら側なのではないのか?」
「まあな。だが、奴らには渡さん」
「なぜだ?」
「あいつらは好かん」
「お前が出世出来ないのがわかる」
 納屋の陰からこっそりとうかがっていると、藤田と石走の前に軍の一団がやってきたのが見えた。
「このあたりで政府への反逆を企てている僧侶をみなかったか?」
 先頭の葛淵が、敵意むき出しの口調で尋ねる。
 それに対し、藤田はおどけた口調で返す。
「いや見なかったな。切支丹の次は坊さんか。次は孔子でも殺しにいくのか?」
 葛淵の額に血管が浮き上がり、体が怒気に包まれる。後ろにひかえる部下達にも緊張が走っていた。
「横浜では大活躍だったそうだな。橋を落として神奈川県令から苦情がきたそうじゃないか。石橋を叩いて渡るつもりが叩き過ぎたか石走」
 葛淵の言葉に、後ろにひかえる部下達が、追従の笑い声をあげた。
「親父さんの背中に隠れてばかりいないで、たまには危ない橋を渡ってみたらどうだ」
 石走が落ち着いた口調で言うと、軍人達は静まり返り、隣にいた藤田は口元を歪ませて笑う。
 離れたところから見ている跳にも、一触即発の空気が良くわかった。
 葛淵が刀に手をかけ、腰を落とす。
 藤田と石走は体勢を変えず、棒を手にさげたまま、軍人達をねめつけ始めた。
 葛淵の後ろにいる軍人達は、戦う素振りを見せるものの、明らかに動揺していた。藤田と石走の武勇は知っているのだ。
 跳達は逃げ出す機運をつかめずに、状況を見守る。
 葛淵は危ない橋を渡らず、部下達にいかせようとするが、部下達は藤田と石走に怖気づいて、前に出ようとはしなかった。
 本当に武力衝突が起こっても困るのだが、現状をどうにか打開したい。跳が焦れてきた時、新たに何人か加わってきた。警官だ。藤田と石走の加勢に駆けつけてきたのだ。
 警官と軍人は治安を守るという同じ目的があるはずなのだが、仲は悪い。今日もにらみ合い出す。
 神社内の不穏な空気を感じ取り、外を固めていた軍人達が加勢に駆けつけてくる。おかげで包囲網に穴が開いた。
 跳と栄雲は納屋の陰から塀を乗り越え、神社の外へ出ることにする。
「やるのか? 殺し合うにはもってこいの場所だ。高田馬場の決闘第二弾だな」
 藤田が台詞を使い回すのを聞きながら、跳と栄雲は、水稲荷神社からこっそり脱出した。

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