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しおりを挟む鼻ピ──カネコという名らしい──は、おれの首を屈強な二の腕でギリギリと締め付けてくる。
下手に抵抗すると更に痛い目に遭いそうだったので、呼吸だけに意識を集中した。
「まさかバ先が同じとはなァ、名前なんつうの?」
「……っ、はっ……」
「聞いてんだから答えろや」
「あぅ゙っ」
「す、清白くんです……!」
腹パンされたおれを見かねたミソラさんが助け舟を出してくれた。
真っ青になって震えながらも勇気を出してくれた彼女に感謝はするけど、危ないから見て見ぬふりをして欲しい。自分のせいで女の子に暴力が飛んだら申し訳ないどころの騒ぎじゃない。
「ふぅん、スズくんさあ、バイトしてんだからお金持ってるよね? 慰謝料払えるよね?」
「げほっ、けほっ、あ、の、」
「ンだよはっきり喋れや」
「……わか、り、ました」
おれの返事に満足したのか、カネコさんはようやく頭を解放しれくれた。
その日のバイト帰りに派遣先の事務所まで一緒に給料を貰いに行って、封筒ごと根こそぎ奪われる。
原因はこっちにあるんだから仕方ないとはいえ、バイト代が入らないのは地味に困る。
ついでに連絡先と家まで押さえられたが、こっちは不幸中の幸いというか、あまりにボロ屋だったお陰で給料を半分だけ返して貰えたのだ。
「俺も鬼じゃねえからよ、分割払いで許したるわ」
「あはは……あざす……」
「土日どこ入ってんだ?」
「サノ運輸の仕分けと……生協の検品す」
「ほーん、じゃ俺も合わせるわ。……逃げんなよ?」
「……っす」
どうやら暫く搾取されるみたいだ。
そうなってくると生活費が足りない。
仕方が無いので平日の深夜にもバイトを入れることにした。
学校に行って、帰りに奈留くんちに寄って、そのまま深夜バイトに向かって、帰宅したら数時間寝る暮らしになった。
当然睡眠が足りなくて、隈が取れなくなったおれを吾妻が心配してくれたが、上手いこと事情を説明できる気がしなかったので笑って誤魔化した。
奈留くんも最初は隈に対して不気味とかみっともないとか言ってたけど、どんどん酷くなってくのに気付いたのか最近は部屋で少しだけ寝かせてくれるようになった。言葉は刺々しいけど根本が優しいんだよな。だから好き。
体力面ではキツかったものの、元から仕事好きだったのと、カネコさんと過ごすうちにそこそこ普通に会話できるようになって、申し訳程度にあの男の好きな部分も見えてきたのもあって、精神的なダメージは見た目より全然軽かった。おれは良い所探しが得意なんだ。
それでも限界は来る。
今の生活が馴染んできた12月中旬、マラソンの授業中に、突如眩暈に襲われた。
頭がぐるりとひっくり返る感覚がして、膝からスっと力が抜けて、ああ、ダメだ倒れる、とぼんやり思ったが、予想していた衝撃は来なかった。
「クロー、」
楡だ。
久々に楡の声を聴いた気がする。
「先生、清白保健室に連れてきます」
そっか、お前、保健委員だっけ。
おれと1cmしか身長が変わらない楡は、それでも力強くおれの肩と腰を支えながら保健室まで連れて行ってくれた。
奈留くんに心配かけてないかな、と振り返りたかったのに、力の抜けた自分の身体は思ったように動いてくれなかった。
生憎保健の先生は保健室を出るところだった。下の学年で大怪我した奴がいて、そっちの手当に行くらしい。なんてタイミングの悪さだ。
先生は「ベッド使っていなさい、楡くんは授業に戻っていいよ」とだけ伝えると慌ただしく去っていったが、楡が戻る気配は無かった。どこか悲愴感を纏わせてこちらを睨みつけている。
「……お前何してんの」
「ごめん、なんかふらついちゃった」
「そうじゃない」
「……楡?」
「美空さんから聞いた」
楡の言葉に喉がぎゅっとなる。
ああ、そうだ、知り合いだっけそこ。
「喧嘩ふっかけたから自業自得だって言ってたって、言われたけど」
「うん」
「嘘だろ」
「……嘘じゃないよ」
気まずくなって思わず目を逸らす。嘘ではないが、真実でもなかった。
「クローが自分から揉め事起こすわけない」
「……」
「どうせ留目だろ」
「違うよ」
本当、無駄に鋭くて嫌になると思った。何だかんだ一番仲良しだっただけある。おれは楡の事をよく知ってるし、楡だっておれを誰よりも理解していた。そうだった筈なのに。
ぎ、とパイプで出来たベッドが軋む。横たわるおれの真上に楡が覆い被さる。楡の真っ黒な瞳がすぐ目の前にある。
「なあ、罰ゲームだったよな? なんでそんなに必死んなって嘘の恋人ごっこしてんだよ」
「おれにとっては嘘じゃない」
「嘘じゃん、お前は留目なんか好きじゃなかったろ」
「今は好きだよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃないってば……そんなに変かな……いや変なのは認めるけどさあ」
楡に肩を掴まれる。痛い。でもだるくて振り払うことも出来ない。睡眠って大事なんだな。
今にも叫び出しそうに顔をひしゃげさせた楡は、思い詰めた様子の彼は、少し逡巡した後意を決したように口を開いた。
「だってお前、俺の事好きって言ったじゃん……!」
「……………………なんて?」
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