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しおりを挟むベッドの縁に座るおれを仁王立ちした奈留くんが見下ろしている。
とてつもなく怒り散らしていらっしゃるわこれ。おれ奈留くんをキレさせる天才かもしれん。
現実逃避してる場合じゃない。
普段から奈留くんに都合の悪そうな事は問い質されない限りダンマリを決め込んでいたが、問われた事は嘘無く全て報告してきた。
嘘を吐いたのは最初の告白だけだ。アレで懲りた。
つまり何が言いたいかと言うと、おれには洗いざらい吐くしか選択肢がないということだ。
「……バイト先が被っちゃってさ」
「……それで?」
「前はお金持ってなかったから今慰謝料払えって」
「……」
「だからカツアゲじゃないよ」
「いくら取られたの」
「…………えーと」
「過剰に奪われてるってわかってるんでしょ」
奈留くんは淡々と理詰めっぽく説教してくる。試験の成績こそおれと大して変わんないくせに、こういう時だけ頭大回転するんだこいつは。
引きつった笑いを浮かべるおれを呆れたような軽蔑したような、とにかくいい感情ではないんだろうなって顔で睨め付けている。
あー、違うな。この顔はおれに向けてるんじゃない、多分。
奈留くん自身に向いてるんだ。
「何笑ってるんだ、アンタ俺のせいでそうなってるって理解してるの?」
「きっかけが何でも最初に手ェ上げたのおれだよ、反省してる」
「払い続けてる事を言ってるんだよ」
「……なるく、」
「あいつらの目が俺に向かないように体張ってる」
「……」
「違う?」
違わなかった。あの時なるべく騒いで俺だけに注目させるようにしたけど、大声で奈留くんに叫んじゃったせいで一瞬あのおっさんたちが奈留くんを認識した。
おれから毟り取れなくなったら、奈留くんに矛先が向かうかもしれない。向かわないかもしれない。かと言って楽観的になって肝心なものを守れなかったら意味が無い。
あとあの場にバイト仲間のミソラさんも居たしね。歯向かうより言うこと聞いて少しずつ仲良くなって同情を引いて懐に入り込む。
うちの境遇を憐れとみなしたカネコさんに気付いた馬鹿なおれが唯一思いついた、最もマシな解決策だった。
結局キャパ越えてぶっ倒れたんだから、おれはしくじったんだと思う。
あるいは最初に殴ったところから不正解だったんだろう。きっともっと上手い方法があったんだ。
「……ち、」
違う、と言わなきゃいけなかった。でも言えない。奈留くんに嘘は吐けない、吐きたくない。
上手い返しも出てこず苦し紛れに俯いたおれの頭を、奈留くんの両腕が優しく抱え込んだ。
まだ絶賛怒り中だろうに、壊れ物を扱うような手つきだ。
あの日と真逆だ。奈留くんが泣いた日と。
家族が死んだ時すらひとすじ分も泣かなかったおれが涙を流すことはなかったけど。
ただ失敗ばかりのおれなんかに優しくしてくれるその姿が尊くて、抱き返したいのに、おれが触るのは罪深いように感じてしまって、腕が上がらなかった。
もしかしたら、あの日の奈留くんも同じような気持ちだったんだろうか。
「……もういいよ、ごめん」
掠れた声がおれの後頭部辺りから降りてくる。
おれは目を見開いて硬直した。初めて奈留くんが謝ったからだ。
どれだけ後悔しても、決して謝らなかった奈留くんが。
「もう頑張らなくていい」
「……奈留くん」
「終わっていいよ。解放してあげる」
ああ、聞きたくない。
奈留くんはおれの顔を両手で包んで、上向かせた。
見たこともないほど穏やかな表情をしている奈留くん。
おれは今どんな顔してるんだろう。見られたくないなあ。
ゆっくり唇が合わさる。
もう眼鏡をかけてても、顔に当たることは無い。
それだけ沢山してきた。おれたちは確かに恋人だった。
「アンタなんか大嫌いだ」
だけど、今日で終わる。
いつも伏せ目がちだった奈留くんの瞳が、真っ直ぐおれに向いている。そこから小さな涙が一粒、零れ落ちた。
おれはなるべく笑顔を作って、「わかった」と「今までありがとう」を伝えた。それしか言葉が出なかった。
奈留くんが踵を返して、おれから離れていく。
引き止めたい気持ちを気合いで抑える。自分で言ったことだ。別れたくなったらそうしろって。おれに駄々をこねる資格は無い。
誰もいなくなった保健室は何の音もしなかった。
「……クリスマス、無くなっちゃったな」
結局祝日以外もやる事やってたけど、それでも楽しみにしてた。
一緒にアニメを見る約束も、もう無い。おれが自分で駄目にした。
立ち上がる気になれなくて、ぼんやりと上靴を見つめる。
どこを間違えなければ失わずに済んだのだろうか。
早めに相談すればよかったのかな。やっぱり殴らなきゃよかった。あの道を通らなければ。
いや、きっとそうじゃない。そもそも最初から全部間違いだったんだ。
最初からここまで。
これらの全部が、おれの罪滅ぼしだ。
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