完結■罪滅ぼしをエンジョイする陽キャ

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 と。
 ひとしきりド凹みしたおれは生憎自分でももう少し後ろを振り返れと思っている程度に前向きなのである。
 バイトをしながら物思いに耽った結果、人生初めての交際が終わってしまったのは残念だし普通にしんどいけど、今からは人生初めての片想いとなるのだ。
 そりゃおれも時間が経って奈留なるくんと疎遠になれば、徐々に思い出も風化していって、いつかそんなこともあったなあって酒の席でこぼすような過去になるんだろう。
 でも今はまだまだ全然好きだった。
 初動こそ「付き合うなら全力で大好きになろう」というある種の義務感に則った感情だったのに。気が付くとどこもかしこも好きなとこだらけだった。
 いつ見ても不機嫌そうな眉も、遠くを見る時に細める目も、ほくろの付いた口も、大きな手も、ひょろ長い足も。
 口が悪いところも、頑固なところも、結構ワンマンなところも、それでいて趣味の話してる時は心底楽しそうにするところも。
 怒りっぽいところも、すぐ後悔して落ち込むところも、格好良いところも格好悪いところも全てが愛おしかった。
 別れた瞬間からじゃあ他人ねって出来ないなら、別に好きなままでもいいじゃんって気付いたんだ。
 奈留くんが推してるっぽいポニテのアニメキャラだって奈留くんを好きになったりしない。認知すらしてくれない。それでも奈留くんは彼女について幸せそうに語っていた。おれもそれになればいい。
 今日から奈留くんの彼氏じゃなくて、奈留くんのファンになればいいんだ。
 まあ流石のおれも昨日の今日で奈留くんと顔を合わせるのは覚悟がいったので、倒れた日が金曜日でマジ助かったといったところである。
 その代わり最も苦手な人と会うわけですけどね。

「おうスズくん顔色わっりィな」
「あーカネコさんハザマス」

 バイト中は鼻ピを外す所だけは最低限常識的で好……あー、苦手じゃない。
 ただおれを見かける度に肩ホールドするのはやめて欲しい。首狙われるの地味に恐怖なんだよね。力強いし。

「悩み事かァ? 人生の先輩に相談してみろや、ん?」

 あんたがおれの給料持ってくから寝不足なんですとも言えず、曖昧にヘラついておく。
 奈留くんは、奈留くんが居なかったらおれがこいつから逃げられると思ったみたいだけど、実際今から逃げられるかっつったら難しいんだよな。
 見た目こそチャラッチャラでも中身は平和主義者なんだおれは。揉めたくないし痛いのも嫌い。
 なのでもう金は払わん!とは言えないのである。人間ってそんなもんよ。

「ちょっと振られちゃって」

 極力情けない顔に見えるよう笑うと、カネコさんは途端に嬉しいと見下したいの半々みたいなニヤケ顔になった。わかりやすいっすね本当。

「ほーん、お前モテねぇのか、面だけじゃどうにもなんねーのな」
「そうみたいす」
「仕方ねえなあ、今日は金勘弁してやるよ。ヤケ食いに付き合ってやる。やっさしいなあ俺、なあ?」
「……はは、あざます……」

 死ぬほど嫌だったけど仕方ない。こうやって少しづつ給料取られないように誘導していこう。

 カネコさんは一人で六千円分ほど食べおれに払わせた挙句、一万円札出したお釣りから「ほら、釣りやるよ」と何故か二千円だけ返してきた。バイト代上回ってんじゃねえかクソ。
 おれは絶対こんな大人にはならない。
 おれは卵焼きだけ食べたよ。美味しかった。



 明けて月曜日の朝、木ノ重このえ吾妻あづまに別れた事を知らせた。加害者仲間だからね。
 にれとはちょっとどう接していいかわかんなかったのでとりあえず後回し。いっぺんに処理できねえよ楡は。
 可哀想なものを見る目を向けてきやがる木ノ重と真逆に、吾妻は腑に落ちないといった顰め面をしていた。

「結局どうして付き合うことになってたの?」
「どうしてって言われても……おれが初っ端罰ゲームだってバラしたからかなあ」
「そんなことしてたんだ……よく怒られなかったね……」
「めちゃめちゃ怒ってた」
「おああ……もう……腹いせだったって事ね……」

 九郎に全部押し付けてごめん、と律儀に謝るのが吾妻のいいとこだ。木ノ重も叱られた子供みたいな顔をしている。

「でもさあ本気で好きになっちゃったんだよなあ」

 しかしおれの一言で二人は同時に目玉をひん剥いたのであった。



 木ノ重も吾妻も揃って「こっから入れる保険はありませんね」とぶん投げやがった。知ってるよ。いいんだ片想いを満喫するから。
 先週までと打って変わって奈留くんと一切会話しないおれを怪訝に思ったのか、昼休みに奈留くんファン同志の鎌谷かまたにさんも心配して昼飯に誘ってくれた。この子ホント良い子だな。
 正直に別れちゃったって言ったら、自分のことみたいに泣き出しちゃってんの。女子の泣き顔はマジどうしていいかわかんなくなるね。
 もう隠すこともねえかと思って、今日までの自業自得物語を教えた。軽蔑される覚悟でいたのに、「でも二人ともすごく楽しそうだったのに……」って。
 楽しかったのは大体おれだけだと思うよ。
 ……周りからは奈留くんも楽しそうに映ってたのかな。だったらおれがちょっぴり幸せになるぞ。

「今でも楽しいよ。恋するのってすっごい楽しいんだねえ」

 心から言ったのに鎌谷さんは本格的に号泣してしまった。ちょ、ちょっと、めっちゃ目立ってるやめて。
 泣きながらも食堂で注文したうどんは完食してた。女子って見た目より強かだね。



 懸念していた楡とのエンカウントは放課後になった。
 というか普通に下駄箱で待ち伏せされてた。教室では避けてたくせに現金な奴め。

「別れたんだよな?」
「そだね」
「だったら俺と付き合って」
「何からの『だったら』なんだよヤダよ」

 奈留くんという前科があるせいか、付き合いさえすればオトせると踏んだらしい。失礼にも程がある。
 お前おれのこと散々ホモだか何だか言って罵倒した癖にマジで調子いいな。
 なまじ帰り道が途中まで一緒なもんだから、延々猛アタックされ続けて最終的におれの語尾が「ごめんなさい」になった。あいつ全然お断りの返事聞いてくれねえ。
 ちなみに奈留くんちは正反対だった。家に身分証取りに行った時にバレて「毎回帰り道と真逆のうちまで寄って馬鹿じゃないの……」って満更でもなさそうに目尻を綻ばせるからむず痒い気持ちになったものだ。

「あのねえ楡、おれ今日授業中とか奈……留目とどめの背中見てあー好きだな~ってなった訳ですよ」
「でももう別れたんだろ」
「楡にはならないって話」
「笑顔で言うなよ! 人の心無いのか!!」

 くっそう、会話してるだけなら楽しいから困る。伊達に6年間弱もダチをやってないのだ。
 楡は中学の時から皮肉屋で強がりで、欲しかったものが手に入らなかったら酸っぱい葡萄ばりに砂かけまくってとっとと手放して忘れるような天邪鬼ボーイだった。
 そんな奴が諦めずに遮二無二しゃにむにしがみついてくる様子はちょっと何かこう……マジでおれのこと大好きなんだって、なんとも形容しがたい気持ちにはなるよ。
 だからといって恋情は湧かんけども。
 こういう感情って自分でコントロールできないんだな。初めて知った。
 あー、奈留くんと話したい。



 様子がおかしくなったのは翌週だった。
 バイト先にカネコさんが居ない。
 今日もバチクソ絡まれると思ったのに珍しい。
 結局その日……土曜も翌日の日曜もカネコさんとは会わず給料も奪われなかったので、平日の日雇いは入れずに済んだ。
 更に次の週もやっぱりカネコさんは居なかった。
 大晦日の近いこの時期は宅配系のバイト増えるから上手いことバッティングしなかったのかもと安心していたら、バイト仲間のミソラさんに会った。

「良かったあ今日あのオジサン居ないね」
「カネコさん? あっそうだミソラさん楡に相談してくれたん?」
「あ、おねーさんの方にしちゃった。言わない方が良かった?」
「んーん、心配してくれてありがとね」

 まあ言わないでいてくれた方が良かったけど、おれのこと気にしてくれたのは嬉しかったから素直に感謝する。

「先週クロちゃんと一緒に居なかったからもしかしてって思ったけど、もう飽きてくれたのかもね。あーもう二度と見たくないあの人!」
「あれ、先週ミソラさんいたっけ?」
「オジサンの方と被ったんだよぉ。何か上級チンピラと一緒に居て超怖かった」
「上級チンピラて」

 ミソラさんは待合室のベンチでだらしなく足を広げて座っている。仕草がいちいちオットコマエなんだよなあ。
 本当に飽きてくれたなら万々歳だ。
 急過ぎて何で? と思わないこともない。でも薮をつついて蛇を出したくないからもう何も考えず喜んでおこう。わーい。

 なんて悠長に構えていたおれが、何かが起きていることに気付いたのは、年が変わって初めてのバイトの朝だった。
 非常に残念ながらカネコさんと会ってしまったのである。
 バイト先は違ってたのに、送迎バスが複数の集荷センターを巡回するタイプだったんだよね。
 ただでさえ年末年始は学校が無くて奈留くんの姿を見られずくさくさしていたおれにとっては泣き面に蜂状態だ。新年早々ついてない。
 先にバスに乗っていたおれがビビって固まっているのにも構わず声をかけようと近寄るカネコさんを止め着席を促したのは、隣にいた背の高い男だった。

「早く詰めな、邪魔」
「へいへい」

 カネコさんをいとも簡単に御する、ラフなのにその筋の人ですとひと目でわかる厳つい服装をした男に、おれは絶句した。
 ウェーブのかかった前髪は上げられて様になってるし裸眼だし、そんな服見た事ないし、普通の声量で話してるのも普段からしたらありえないのに、おれの目も耳も本人だって認識してしまっている。

「…………な、んで」

 どうして奈留くんがそこにいるんだ。




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