醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

ふぁんたず

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第二章 異世界で死に物狂いで貯金をします

1.人は三ヶ月もあれば慣れるものと、よく言います

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 ぴるるるるるる、という音で、私は目を覚ます。
 夜明けのころの空を飛ぶ、ピュルカという鳥の声だ。

 砂漠の朝は、遮るもののない日の光が、四角い窓からまっすぐに差し込んでくる。
 透き通った水色の空には、刷毛はけで掃いたように薄い雲が、さりげなく浮かんでいた。

 私は手早く身を起こし、簡単に寝台を整える。
 四つある寝台の部屋には、相変わらず私が一人だ。
 どう交渉しても、彼らは私を床で寝ることを許さないし、かといって他の寝台でも寝てくれないのだ。
 四人はそれぞれ小さな私室を持っている。寝室ではなくって、机作業用の小部屋だ。
 私が物置のようなところにベッドを移すから、いままでどおり共用の寝室で寝てくれと頼んでも、許可しなかった。なので、その私室にじゅうたんを敷き、おのおの眠っている。
 ひろびろとした部屋に私一人で寝ているので、いまだに落ち着かない。だからだろうか、日本では寝汚いぎたなかった私も、あっさり目覚めることができている。

 起きたら、外にある水甕から小さめのたらいにいくらか移し、顔を洗う。
 かまどに火を入れ、昨日ののこりのパンを暖め、干し肉と卵を塩で炒める。
 コーヒーやお茶というものはない。ここでは葡萄酒を水で薄めて水代わりにするのが一般的なのだ。
 アルコール分も、そうするとほとんどなくなる。それを杯に注ぎ、盛り付ける皿も用意する。

「おはよう、縁子」
「おはようございます、ナラ・ガルさん」

 いちばん最初に起きてくるのは、いつもナラ・ガルさんだ。私が挨拶すると、困ったように微笑んで、顔を洗いに外へ出て行く。

 ナラ・ガルさんは、おそらく四人の中で年長だ。大柄、短髪の赤髪と、勇ましい見た目とは裏腹にとても穏やかで、フェミニスト。
 私と目が合うと、いまだに照れたように眉尻を下げて、目を細める。それが、なんとも他意のない笑顔なので、私もいつもつられて笑ってしまう。
 それから、私の名前を日本人みたいなアクセント呼べるようになったのも、彼がいちばん早かった。器用なのかもしれない。

「縁子、おはようございます」
月花ユエホワ、おはようございます」
「僕にそういう言葉遣いは、不要というのに」

 今日は月花が次に起きてきた。
 緑っぽいふわふわ黒髪は、ちょっと寝癖がついていてかわいい。かなり年下なので(たしか、まだ高校生くらいだ)、つい敬称をぬきで月花と呼んでしまう。謝罪すると、慌てたように首を振るのだ。どうか呼び捨てにしてほしいと頼んでくる。
 性格はおっとりとしていて、やや内向的のようだった。かといって流されやすいというのではなく、大切だと思ったことはきちんと伝えてくれる。
 私がこの世界の爪を上手に整えられなかったとき、(爪きりというはさみ状のものは、ない。とがった石で、がりがり削るのだ)削れればいいやと思い適当に使っていると、ものすごく理路整然とやり方を教えてくれた。
 まだ若いにも関わらず、相手にどの程度の情報を与えるべきか、という指示の出し方がとてもうまいのだ。
 やわらかい見た目とは裏腹に、きっと頭はそうとういいと思う。

 そんな彼は、今はそのかわいさを存分に発揮し――こてんと首を傾けて――炒め物をしている私の隣にそっと立つ。

「おいしそうですね」
「ようやく焦げ付かないようにできるようになりました」

 そう言ってちょっと笑うと、眩しげに目を細めて、はにかみながら外へ出ていってしまう。

「――今朝は、何だ」
「干し肉と卵のいり卵に、大麦のパン、干しなつめです。ユーリオットさん」

 おはようございますと声をかければ、ん、とちょっとうなずいてくれる。
 これは困っているのでも、嫌がっているのでなく、どうしたらいいか戸惑っているだけなのだと、最近ようやくわかってきた。

 彼はたぶん、20歳を超えたかどうかくらいな気がする。
 私に限らず、人嫌いなところがあり、表情はいつも硬い。そのせいでちょっと老成して見えてしまうけど、驚いたときのびっくり顔とか、笑うのを堪えて怒り顔を作るところとか、そういう瞬間は年相応で、高校生をすぎたばかりの、まだ尖っている青年、という印象を与えてくる。
 小麦色の肌と瞳が、ヨーロッパ的な顔立ちとあいまって、やや中性的なところ感じたり。
 前に月花が倒れたときに感じたことは正解で、医者に近い知識を持っているらしい。
 らしい、というのはつまり、専門的な学校には入らせてもらえず、書物や自分で実験したりして、知識を身につけたようなのだ。脱帽です。
 四人の中では、だんとつで会話が少ない。かといって嫌われているのかと思えば、すぐ手の届くところにそっぽを向いて座っていたりする。
 そういうときはあえて話しかけず、静かに過ごすのが正解だ。話しかけると、困るのを隠すように怒ってどこかへ行ってしまう。

「どうした、機嫌がよさそうだ」
「ええ、とってもいいですよ。阿止里あとりさんがひとりで起きてくれましたので」

 意外にも朝がいちばん弱いのはこの人、阿止里さんだ。
 日本のテレビに出たら、間違いなく時代の寵児になるような美貌だけど、朝の彼の目は死んでいる。
 きっと低血圧なのだろう。
 たぶん、ナラ・ガルさんよりはいくらか年下だろう。私と同じくらいかな。口数は少なく、口調も堅いけど、鋼のような意志を伝える、強い瞳を持っている。
 だからかな、四人の中でリーダーのような位置にいるのって。

「顔を洗ってきてください。すぐに席について。冷めたパンは悲しいです」

 うん、とうなずいて、のそのそと外へ出て行く。その彼に顔拭き用の布を背中から肩に投げかけるのは、もう恒例だ。それから、炒め物を皿に盛り付ける。
 洗いもの節約で、大皿にぐわっと乗せるだけだ。

「食べますよー」

 席に着くのが遅れる阿止里さんが、小走りで座りにくる。大柄な男がせかせかしていると、なんだかほほえましい。
 他の三人と私はすでに手を合わせている。

「いただきます」

 みんなで合掌して、さあ、食べよう!

 ……生活になじみすぎてて、ちょっと自分が怖いです。




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