醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

ふぁんたず

文字の大きさ
19 / 97
第二章 異世界で死に物狂いで貯金をします

6.ジジ抜きよりもババ抜き派です

しおりを挟む
 目の前には、ガラス細工のような絶世の美少年がいる。
 その美しい緑色の瞳をたわませて、微笑んでいる。
 少年から青年への過渡期だけにある、倦んだような儚さと、孵化していく男の色気の混在。

 私にはそれが、悪魔の微笑みに見えてならない。

 そっと、彼の持つ二枚の札のうちの右側に手を伸ばし――

 一気に抜いて裏返す。
 そこにあるのは、へたくそなピエロの絵。
 人目をはばからず叫んだ。

「また負けた!」
「縁子、そんなに悔しがらず。運ですよ」
「ぜったい違う。月花ユエホワはすでに、独自の必勝法を編み出している! 私、何連敗目?」
「14連敗ですね」
「くぬう」

 そう、これは私プロデュースによる、ババ抜きだ。
 最初は手ごろな広葉樹の葉っぱにマークを入れてやっていたが、凝り症らしい月花が、どこからか木の廃材の板を持ってきて、器用にもトランプを作成してしまったのだ。

 ババ抜き、スピード、大富豪。
 七ならべ、ポーカー、ブタのしっぽ。

 どれもこれも、惨敗です。

「まだやってるのか。よほど好きなんだな」

 庭には私の要望で、キャンプ場にあるような木製のテーブルといすが設置されている。
 廊下を通りがかった阿止里あとりさんが書物を片手に声をかけてきた。
 トランプは全員に教えたけど、興味を示したのは月花ぐらいだった。やっぱりトランプで盛り上がるのって高校生くらいまでなのかな?
 私はいつでも全力投球だけど。

「阿止里さん、だめです。月花は何をやっても強すぎます」

 私がまいったというように漏らせば、そうだろうな、と阿止里さんはなんでもないふうに頷いた。

「月花の頭脳は、ギルドでも重宝されている。この年で戦術書もよく頭に入っている。縁子は分が悪い」

 阿止里さんの飾り気のない口調は、その言葉が与えてくる衝撃も大きい。
 ええっ、そんなすごい子だったの。
 聞いてないよ、勝てるはずがない。
 私のジト目に、月花は慌てて両手を振った。

「阿止里、よしてほしい。それは買いかぶりというもので」
「そうかな」

 鷹揚に微笑んで、阿止里さんは仕事部屋に行ってしまった。
 彼はめったに微笑まないけれど、そのぶん笑顔のつかいどころというのが、非常にうまい気がする。
 普段は無表情だからこそ、そのたまに見せてくれる微笑のために、ついがんばってしまいたくなるような。
 彼の指示したことなら、何だって疑わずに従ってしまいたくなる。そういう上司って、ごくたまにしかいないけど、彼はそういう雰囲気を持っている。

「……真に受けないでね、縁子。阿止里のほうが、ずっとすごいんだから」
「真に受けてほしくなかったら、勝つコツを教えてくださいよ。このままじゃ終われない」

 ちょっとすねた口調になってしまった私に、月花は目元を綻ばせた。
 彼はいつも、こんなふうに控えめに微笑む。

 月花はよく、本を読んでいる。
 とは言ってもこの世界、紙というものは存在しない。中世のように、獣の皮を剥いで、それに書き付けたものを長くつなぎ合わせ、平安時代の絵巻物のように丸める。
 なので見た目はちっとも本ではないのだが、私は便宜上、その巻物も「本」と読んでいる。

 もちろん、非常に高価なことはすぐに知れる。
 この世界、本を買うよりも借りることのほうが主流だ。江戸時代のように、貸本屋は奥まった店舗にもよく見かける。
 月花は――その容姿から――借りることはできない。
 だから収入の大部分を、本に投資しているのかもしれない、なんてちょっと思っていたりする。

 一度、どんな内容のものを読むの、と聞いたことがある。
 月花は笑って、ものの長さの測り方ですと答えたので、そんなことに興味があるのかと私はあいまいに相槌を打った。
 ただ後日、それをユーリオットさんに聞くと、それはただの「測り方」の本ではなかった。

 それはまとめると、こういうことだ。
 推測にすぎないが、どうやら彼が読み込んでいるのは――三角比のような技法を使った測量法や、音の伝わり方の計算。微分積分もどきからの、ものごとの変化を時間軸でとらえて測る手法。
 云々。

 なるほど、そっち系の方でしたか。

 万年偏差値50の私は、さいんコサインたんじぇんと、と呟いてみた。
 もちろん何のことだったかすら、覚えていないわけだが。ていうかあれらはどう実生活に活かされているのだろう。

「月花は、知らないことを知ることが好きなの?」

 私はふとそう尋ねた。
 勉強が好きというのは、残念ながら私には心底わからないのだ。

 月花は微笑む。

「知らないことを知って、それを使って目の前の生活をよりよくすることを考えるのが、好きなんです」

 それから、その微笑がふと強張った。
 口元の笑みは、風にさらわれる砂のように消えていって、残ったのは、混じりけのない無表情だった。

「――僕が、ひとつの畑に実る麦穂の数くらいたくさんの人を殺していたら、縁子はどう思うんだろう」

 その言葉が鼓膜を震わせ、脳に意味を伝えて、私が月花を見たときには、彼はもううつむいて、トランプをかき混ぜていた。
 トランプといっても紙ではなく厚めの木片なので、百人一首の木札がぶつかりあうような音がした。

 月花のつむじが見えている。
 かちゃかちゃと、乾いた木と木がぶつかる音がする。
 木片が強い太陽光を反射して、ちかちかと脳裏に焼きつく。

「……月花のつむじは、右巻きなんだ」

 そう言ってつむじを人差し指で押してみた。ぐりぐりと。
 月花は驚いて顔を上げた。
 見開かれたみどりの瞳は、まだ見ぬ宝石のように清らかだ。
 トランプを混ぜていた手を止めて、彼にしては珍しく、怒ったように顔を歪めた。
 いや、怒ったのではない。いろんな感情がごちゃごちゃになって、溢れ出る寸前の表情。

「揉んであげる」
「え?」
「頭」

 揉む? 頭を? と、目を白黒させる天才少年に、いいから、と背中を向けさせる。
 うしろからそうっと髪の毛に指を差し込んで、優しくマッサージするように、その小さな頭をほぐしていく。
 慣れないことをされて、最初は身体をこわばらせていた月花だったが、しばらくして、少しずつその力を抜いてくのがわかった。

「月花は、何も考えないことが苦手なのね」

 私は独り言のように呟く。
 賢いということは、いいことのように思えるが、当人がそれをコントロールできないと諸刃の剣だ。
 高校の友人に、ずばぬけて賢い子がいた。全国模試の上位は当たり前で、有名な大学からも声がかかっていた男の子。
 けれど彼はあまりに賢すぎて、ものごとを忘れることができない側面も持っていた。
 そんなに仲良くなかったから話したことは少ないけれど、賢く将来も有望と期待される彼は、日々を苦しそうに過ごしていた。
 他人に投げかけられた、無責任な言葉すら忘れられない苦悩を、人は「頭がいい」の一言で片付けるのだ。

 月花は、制御できるようになればいい。
 誰かにその賢さを利用させないように。傷つけられないように。
 なんて、お姉ちゃんは考えちゃうわけですよ。
 あっ、まだ、おばさんとは呼ばないで!

「……そうかも、しれませんね。いつも、ぐるぐると考えてしまう」
「ばかだなあ」
「ばか?」
「そうだよ」

 ばか、と、初めて聞くように口に出している。
 きっと、あまり言われたことがないのだろう。
 ばかになれればいいのにね。

「縁子は、僕がばかなほうが、いい?」
「どうだろう。月花がわくわくできるなら、それがいいかな」

 賢い子は、想像力が豊かなことが多い。想像力が豊かだと、何をするにも予測ができてしまう。ものごとに対して、わくわくしたり興味を持つ機会が失われることも多いのではないだろうか。

 ぐりぐりと頭を揉みこむと、急に月花がうつぶせにつぶれてしまった。全身の力を抜いた感じ。
 体重をかけていた私は、いきおい彼の背中に倒れこむ。座っていたベンチから二人とも落ちて、ぺしゃりとつぶれた。

「月花、ごめん、強すぎた?」

 慌てて尋ねると、月花は突っ伏したまま、ふるふると首を振った。

「いいえ、縁子。いいえ」

 そんな月花を見て、私は思わず天を仰いだ。心が洗われるような、澄み切った空。
 月のない空。うさぎはいない。かぐや姫も帰る場所はない。

 どこの世界だろうと、関係がないのだろう。
 誰も彼もが、愛情に飢えている。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

【美醜逆転】ポジティブおばけヒナの勘違い家政婦生活(住み込み)

猫田
恋愛
 『ここ、どこよ』 突然始まった宿なし、職なし、戸籍なし!?の異世界迷子生活!! 無いものじゃなく、有るものに目を向けるポジティブ地味子が選んだ生き方はーーーーまさかの、娼婦!? ひょんなことから知り合ったハイスペお兄さんに狙いを定め……なんだかんだで最終的に、家政婦として(夜のお世話アリという名目で)、ちゃっかり住み込む事に成功☆ ヤル気があれば何でもできる!!を地で行く前向き女子と文句無しのハイスペ醜男(異世界基準)との、思い込み、勘違い山盛りの異文化交流が今、始まる……

処理中です...