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三章 異世界からの脱出を目指すにあたり、男になります
4.佐藤縁子、男になる
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そういうわけでチームワークのかけらもない即席パーティーが出来上がった。
構成は、私。(常夏仕様の格好。持ち物:肉とレタスとパン)
それから、たま。(腕輪。持ち物:なけなしの魔力)
現在地は、極寒の地。(地名も何も、まったく不明)
目的地は、アレクシスのいるスヌキシュ。(ここからどのくらいの距離かもわからない)
……いやこれ、即全滅できるでしょ。
※
どっちの方角へどのくらい進めばスヌキシュなのか、たまにもわからないらしい。
これって致命的だよね。
しかも私にかけてくれたこたつ魔法も切れかけなのか、だんだん寒くなってきた。
お金も食べ物もない。生の肉とレタスでは、どうにもならない。
「たま、困ったね。私には打つ手がないように思えるよ」
(小娘、まったく同感だ。このままだと雪像になってしまう)
せめて、誰か通りかかるような街道でもあればよかったのに。獣すら通らないような場所なのである。
立ち上がってどこかへ向かおうにも、見渡す限りの大雪原でその気も失せる。私はこのまま、ここで動けずにいるのだろうか。
というか、もしも四人に逃げ出したと思われていたらどうしよう。私はその可能性に気づいて、血の気が引く思いがした。
私を買ってくれたお金は貯まったら返す予定だったので、まだ一銭も支払っていない。客観的に考えて、買い物の途中で消えた私って借金踏み倒しの上に逃亡奴隷では。
私は違うんですこれは抜き差しならない理由がありましてと頭の中で必死に弁解したけれど、それが彼らに届くはずもなく。
なんだか疲れてひざに頭を乗っけて目を閉じた。そういえば、いつか彼らに抱かれるという契約でもあったのだった。
一緒に暮らしていたのに、彼らは無理強いするどころか触ってくるようなこともなかった。ときおり、幼子のように髪を撫でてくれたり手を握ったりしてきたけど、艶めいたものはなかったように思う。
もしかして女扱いされてなかったとか。私はどう贔屓目にみても、グラマラスでセクシーな女ではない。胸だってささやかなものだし、ウエストは日々の労働のおかげでくびれてはきたが、いかんせんおしりのラインが弱すぎる。わりと電柱っぽい体型で……いやいや、でもふくらはぎのラインはわりといけるはず、などと自分でフォローをしながら悲しくなってきた。本気で女として見られてなかったのかもしれない。私の年齢を伝えても信じてくれなかったしなあ。いくらなんでも10代には見えないでしょうに。
なんだか、眠くなってきた。
拓斗をおなかに抱いて寝るときの暖かさが、懐かしい――
そう思ったとき、たまが叫んだ。
(――娘! 人の気配だ。あたりに目を凝らせ!)
死にたいのかと怒鳴られたとき、代わり映えのしない地平線にうごめく影を、私は見た。
身体を前のめりにして、目を凝らす。
遠すぎて、ゴマのようなサイズの影だ。視力は両目1.5あるけど、それでもぜんぜん見えないよ!
ぎゅっと目を細めて、焦点を合わせてみる。どうやらトナカイのような家畜がそりを引いている。
そりの上に人がいるのはわかるが、果たして人かどうか。獣人ということもありうる。
「たま。誰かが、そりを引かせている」
(小娘、何をしている。飛べ、叫べ! 声の限りに呼び、味方につけろ。このような荒地を通るものなどもうおらぬぞ)
そのとおりだ。思い切り叫ぼうと息を吸い込んだ。
だけど直後に私はあること思いついて、慌ててたまに視線を戻す。
「ねえ、たま。あんたの魔法で、私を男に変えられない?」
(なに?)
「だって、女ってだけで私は売られたし奴隷にされた。今も負債はあるわけで。今は女だといいことないの。お願い、せめて声とか、最低限の部分だけでいいから!」
そう、残念ながら、女は男には敵わない。
一方的に物扱いされたうえ処分されるのはもう二度とごめんなのだ。
私にだって意志はある。
たまは逡巡したけれど、決断は早かった。
(よかろう。ただし、最小限の魔力しか割けぬぞ。声を低いものにし、身体にあるぎりぎり女らしい部分を、男に見えるようにしてやろう)
「つまり、触られたらわかってしまうってこと?」
(そうだ。ゆめゆめ忘れるな)
わかった。と私が言い終わらないうちに、手のひらのたまが熱を帯びた。
その熱が皮膚をつたい、肘や肩をめぐって、全身にいきわたった。それはまるで静電気がはじけるような一瞬のことだった。
「――すごい」
私が自分を見下ろしても、なけなしの胸は完璧なぺったんこに。
おしりのかすかな丸みも、ごつごつとした男らしいものに。
声は、声変わりを終えたくらいのものに変化していた。
そして私は、生まれていちばんの大声で助けを叫んだ。のど、裂けてない、これ?
子蠅のような大きさの影は、その足を止めて、一拍の後――こちらへ舵を切ってくれた。
私は大きく、安堵の吐息を吐いた。
握り締めていたたまを、礼を伝えるようにひと撫でして、左腕にはめておく。
さて、あとは鬼が出るか蛇が出るか。
トナカイを操る素敵なおじいさんが、朗らかに私を救出し、あたたかなコーヒーとサンドイッチを渡してくれ、しかもスヌキシュへ運び届けてくれる――
なんてことには、まったくならなかったのだけれど。
構成は、私。(常夏仕様の格好。持ち物:肉とレタスとパン)
それから、たま。(腕輪。持ち物:なけなしの魔力)
現在地は、極寒の地。(地名も何も、まったく不明)
目的地は、アレクシスのいるスヌキシュ。(ここからどのくらいの距離かもわからない)
……いやこれ、即全滅できるでしょ。
※
どっちの方角へどのくらい進めばスヌキシュなのか、たまにもわからないらしい。
これって致命的だよね。
しかも私にかけてくれたこたつ魔法も切れかけなのか、だんだん寒くなってきた。
お金も食べ物もない。生の肉とレタスでは、どうにもならない。
「たま、困ったね。私には打つ手がないように思えるよ」
(小娘、まったく同感だ。このままだと雪像になってしまう)
せめて、誰か通りかかるような街道でもあればよかったのに。獣すら通らないような場所なのである。
立ち上がってどこかへ向かおうにも、見渡す限りの大雪原でその気も失せる。私はこのまま、ここで動けずにいるのだろうか。
というか、もしも四人に逃げ出したと思われていたらどうしよう。私はその可能性に気づいて、血の気が引く思いがした。
私を買ってくれたお金は貯まったら返す予定だったので、まだ一銭も支払っていない。客観的に考えて、買い物の途中で消えた私って借金踏み倒しの上に逃亡奴隷では。
私は違うんですこれは抜き差しならない理由がありましてと頭の中で必死に弁解したけれど、それが彼らに届くはずもなく。
なんだか疲れてひざに頭を乗っけて目を閉じた。そういえば、いつか彼らに抱かれるという契約でもあったのだった。
一緒に暮らしていたのに、彼らは無理強いするどころか触ってくるようなこともなかった。ときおり、幼子のように髪を撫でてくれたり手を握ったりしてきたけど、艶めいたものはなかったように思う。
もしかして女扱いされてなかったとか。私はどう贔屓目にみても、グラマラスでセクシーな女ではない。胸だってささやかなものだし、ウエストは日々の労働のおかげでくびれてはきたが、いかんせんおしりのラインが弱すぎる。わりと電柱っぽい体型で……いやいや、でもふくらはぎのラインはわりといけるはず、などと自分でフォローをしながら悲しくなってきた。本気で女として見られてなかったのかもしれない。私の年齢を伝えても信じてくれなかったしなあ。いくらなんでも10代には見えないでしょうに。
なんだか、眠くなってきた。
拓斗をおなかに抱いて寝るときの暖かさが、懐かしい――
そう思ったとき、たまが叫んだ。
(――娘! 人の気配だ。あたりに目を凝らせ!)
死にたいのかと怒鳴られたとき、代わり映えのしない地平線にうごめく影を、私は見た。
身体を前のめりにして、目を凝らす。
遠すぎて、ゴマのようなサイズの影だ。視力は両目1.5あるけど、それでもぜんぜん見えないよ!
ぎゅっと目を細めて、焦点を合わせてみる。どうやらトナカイのような家畜がそりを引いている。
そりの上に人がいるのはわかるが、果たして人かどうか。獣人ということもありうる。
「たま。誰かが、そりを引かせている」
(小娘、何をしている。飛べ、叫べ! 声の限りに呼び、味方につけろ。このような荒地を通るものなどもうおらぬぞ)
そのとおりだ。思い切り叫ぼうと息を吸い込んだ。
だけど直後に私はあること思いついて、慌ててたまに視線を戻す。
「ねえ、たま。あんたの魔法で、私を男に変えられない?」
(なに?)
「だって、女ってだけで私は売られたし奴隷にされた。今も負債はあるわけで。今は女だといいことないの。お願い、せめて声とか、最低限の部分だけでいいから!」
そう、残念ながら、女は男には敵わない。
一方的に物扱いされたうえ処分されるのはもう二度とごめんなのだ。
私にだって意志はある。
たまは逡巡したけれど、決断は早かった。
(よかろう。ただし、最小限の魔力しか割けぬぞ。声を低いものにし、身体にあるぎりぎり女らしい部分を、男に見えるようにしてやろう)
「つまり、触られたらわかってしまうってこと?」
(そうだ。ゆめゆめ忘れるな)
わかった。と私が言い終わらないうちに、手のひらのたまが熱を帯びた。
その熱が皮膚をつたい、肘や肩をめぐって、全身にいきわたった。それはまるで静電気がはじけるような一瞬のことだった。
「――すごい」
私が自分を見下ろしても、なけなしの胸は完璧なぺったんこに。
おしりのかすかな丸みも、ごつごつとした男らしいものに。
声は、声変わりを終えたくらいのものに変化していた。
そして私は、生まれていちばんの大声で助けを叫んだ。のど、裂けてない、これ?
子蠅のような大きさの影は、その足を止めて、一拍の後――こちらへ舵を切ってくれた。
私は大きく、安堵の吐息を吐いた。
握り締めていたたまを、礼を伝えるようにひと撫でして、左腕にはめておく。
さて、あとは鬼が出るか蛇が出るか。
トナカイを操る素敵なおじいさんが、朗らかに私を救出し、あたたかなコーヒーとサンドイッチを渡してくれ、しかもスヌキシュへ運び届けてくれる――
なんてことには、まったくならなかったのだけれど。
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