27 / 97
三章 異世界からの脱出を目指すにあたり、男になります
5.新たなイケメンに、私が男に見えているか不安です
しおりを挟む
そりが近づいてくるにつれて、私は胸の奥に新たな不安がもわもわと膨らんできた。
さっきまでは、このまま誰も通らなかったら冷凍銅像になるという恐怖ばかりだったのに。
わがままな話だ。人間ってどう転んでも不安に支配される生き物なのかな。
向かってきている人間が、奴隷商人よりももっとひどい男だったらどうしようとか、この場でみぞおち殴られたらとか、あることないこと妄想してしまう。
でも今の私はそれこそ貧相な男のなりだし、どう考えても金持ちには見えないからなるようになるだろう。
そして、そりが目の前で止まった。
そりを引いていたのは、トナカイの亜種のような獣だった。
鹿のような草食動物の面持ちだけれど、その身体は別物。四肢は北極クマのように逞しく、太い。
何より印象的なのはその毛だ。
茶色い長い毛は、もっふもふのふっわふわだ。全身を覆うその体毛には付着した雪が溶けてきらめき、白い蒸気が立ち上っている。
こちらを見つめる賢そうな瞳は興味深そうに瞬いている。
だっ、抱きつきたい! その毛に私を巻き込んで!
(小娘め、こんな従獣がそれほどかわいいか)
我輩だって真の姿は気高く美しいのだぞ、とかぶつぶつ言い始めたたまである。
いや、腕輪に張り合われても。
そのトナカイを引いていた人が、そりからこちらを伺うようにその身体を動かした。
とても大きな身体が器用に折りたたまれて、狭い操縦席に収まっている。
毛皮の帽子を目深くかぶり、鼻先までネックウォーマーのようなもので覆われた顔。全身は斑点のある毛皮に包まれていて、長靴のようなブーツまで皮製だ。
とにかく全身毛皮に包まれている。
どうやら長身の男のようだけれど、老いも若きもわからない。
「あっ、あの、助けてください!」
情けないことにそれしか言えなかった。必死で叫んで発見されたはいいものの、なんて言うべきかは考えていなかったのだ。
一面の雪原、歩いてきた足跡もない中にたたずむ、常夏向けの狂った格好の男が私だ。もし私がそんな男を発見したら間違いなくスルーだ。怪しすぎる。
なんでこんなところにいるか聞かれたらどう答えればいいのだろう?
とにかく先手を打たなければ、と私は息巻いた。
「この近くの町まででもいいんです。乗せていってくれませんか。怪しく見えるかもしれませんが、けっして怪しくは」
怪しく見えるとは思うけど。
私が鼻息荒くそう言い終わってから一拍。
男はトナカイの手綱を引き――向きを変えて出発してしまった。
私はぽかんと口を開けて固まった。
小娘! というたまの叫びで我に返り、理解する。
男に無視されたあげく、置き去りにされようとしているのだ。
慌てて追いすがった。
「ちょっと、まっ、待ってくださいよ! さすがに一言、あってもいいんじゃ!」
聞こえているだろうに、まったく反応してくれない。そりはどんどん離れていってしまう。
私はもうやけになって、最後の力を振り絞って思い切りダッシュした。
この男を逃したら間違いなくお陀仏だ。指先を失い血の気を失い、かちこちの冷凍死など、ごめんこうむる!
ふわふわする足元の雪がうっとうしい。雪なんか大嫌いだ。そりまでいい感じの距離になったところで、渾身の力で踏み込んで男の背中に飛びこんでしがみつく。離しませんよ、離しませんよ!
さすがに後方からのタックルは予想していなかったのだろう。男は驚いたように息を呑んで、バランスを崩した。私もろともそりから転げ落ちた。
ごろごろと、もつれたまま雪の上を沈みながら転がる。顔についた雪が溶けて水になり首筋をつたう感覚に鳥肌がたつ。
そっと目を開ければ、雪よりもなお冷たい、氷柱のような視線とかち合った。
「――殺されたいのか」
ぞっと、全身の毛穴が引き締まったのは、向けられた視線のその強さ――含まれる害意に、なんのためらいもなかったからだろう。
私はあお向けに雪に埋もれる男に、真上からのしかかるようにして彼の顔を見下ろしている。
男の鼻から下を覆っていたネックウォーマーは、私がいざこざの中で引きおろしてしまっていたらしい。
彼を見て、私は雷に打たれたように硬直した。
男らしい眉の下には、アーモンドのように完璧な形の瞳。鼻筋は通り、ちょっと薄めの唇は酷薄そうな印象を与えるが、引き締められた口元がそれを打ち消している。無国籍というかエスニックというか、拠りどころのない面立ちだ。
瞳もかすかに見える髪も、深みのある濃い茶色。胡桃の殻のような。しかしその瞳に浮かぶ、この世のすべてに興味がないような渇きこそ私が恐怖を覚える理由だろう。
あらわになった男の風貌はとにかく、目もくらむような、天からの贈り物のような、美しさであった。
さっきまでは、このまま誰も通らなかったら冷凍銅像になるという恐怖ばかりだったのに。
わがままな話だ。人間ってどう転んでも不安に支配される生き物なのかな。
向かってきている人間が、奴隷商人よりももっとひどい男だったらどうしようとか、この場でみぞおち殴られたらとか、あることないこと妄想してしまう。
でも今の私はそれこそ貧相な男のなりだし、どう考えても金持ちには見えないからなるようになるだろう。
そして、そりが目の前で止まった。
そりを引いていたのは、トナカイの亜種のような獣だった。
鹿のような草食動物の面持ちだけれど、その身体は別物。四肢は北極クマのように逞しく、太い。
何より印象的なのはその毛だ。
茶色い長い毛は、もっふもふのふっわふわだ。全身を覆うその体毛には付着した雪が溶けてきらめき、白い蒸気が立ち上っている。
こちらを見つめる賢そうな瞳は興味深そうに瞬いている。
だっ、抱きつきたい! その毛に私を巻き込んで!
(小娘め、こんな従獣がそれほどかわいいか)
我輩だって真の姿は気高く美しいのだぞ、とかぶつぶつ言い始めたたまである。
いや、腕輪に張り合われても。
そのトナカイを引いていた人が、そりからこちらを伺うようにその身体を動かした。
とても大きな身体が器用に折りたたまれて、狭い操縦席に収まっている。
毛皮の帽子を目深くかぶり、鼻先までネックウォーマーのようなもので覆われた顔。全身は斑点のある毛皮に包まれていて、長靴のようなブーツまで皮製だ。
とにかく全身毛皮に包まれている。
どうやら長身の男のようだけれど、老いも若きもわからない。
「あっ、あの、助けてください!」
情けないことにそれしか言えなかった。必死で叫んで発見されたはいいものの、なんて言うべきかは考えていなかったのだ。
一面の雪原、歩いてきた足跡もない中にたたずむ、常夏向けの狂った格好の男が私だ。もし私がそんな男を発見したら間違いなくスルーだ。怪しすぎる。
なんでこんなところにいるか聞かれたらどう答えればいいのだろう?
とにかく先手を打たなければ、と私は息巻いた。
「この近くの町まででもいいんです。乗せていってくれませんか。怪しく見えるかもしれませんが、けっして怪しくは」
怪しく見えるとは思うけど。
私が鼻息荒くそう言い終わってから一拍。
男はトナカイの手綱を引き――向きを変えて出発してしまった。
私はぽかんと口を開けて固まった。
小娘! というたまの叫びで我に返り、理解する。
男に無視されたあげく、置き去りにされようとしているのだ。
慌てて追いすがった。
「ちょっと、まっ、待ってくださいよ! さすがに一言、あってもいいんじゃ!」
聞こえているだろうに、まったく反応してくれない。そりはどんどん離れていってしまう。
私はもうやけになって、最後の力を振り絞って思い切りダッシュした。
この男を逃したら間違いなくお陀仏だ。指先を失い血の気を失い、かちこちの冷凍死など、ごめんこうむる!
ふわふわする足元の雪がうっとうしい。雪なんか大嫌いだ。そりまでいい感じの距離になったところで、渾身の力で踏み込んで男の背中に飛びこんでしがみつく。離しませんよ、離しませんよ!
さすがに後方からのタックルは予想していなかったのだろう。男は驚いたように息を呑んで、バランスを崩した。私もろともそりから転げ落ちた。
ごろごろと、もつれたまま雪の上を沈みながら転がる。顔についた雪が溶けて水になり首筋をつたう感覚に鳥肌がたつ。
そっと目を開ければ、雪よりもなお冷たい、氷柱のような視線とかち合った。
「――殺されたいのか」
ぞっと、全身の毛穴が引き締まったのは、向けられた視線のその強さ――含まれる害意に、なんのためらいもなかったからだろう。
私はあお向けに雪に埋もれる男に、真上からのしかかるようにして彼の顔を見下ろしている。
男の鼻から下を覆っていたネックウォーマーは、私がいざこざの中で引きおろしてしまっていたらしい。
彼を見て、私は雷に打たれたように硬直した。
男らしい眉の下には、アーモンドのように完璧な形の瞳。鼻筋は通り、ちょっと薄めの唇は酷薄そうな印象を与えるが、引き締められた口元がそれを打ち消している。無国籍というかエスニックというか、拠りどころのない面立ちだ。
瞳もかすかに見える髪も、深みのある濃い茶色。胡桃の殻のような。しかしその瞳に浮かぶ、この世のすべてに興味がないような渇きこそ私が恐怖を覚える理由だろう。
あらわになった男の風貌はとにかく、目もくらむような、天からの贈り物のような、美しさであった。
0
あなたにおすすめの小説
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける
朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン
絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。
「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」
「えっ!? ええぇぇえええ!!!」
この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
「シェイド様、大好き!!」
「〜〜〜〜っっっ!!???」
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。
【美醜逆転】ポジティブおばけヒナの勘違い家政婦生活(住み込み)
猫田
恋愛
『ここ、どこよ』
突然始まった宿なし、職なし、戸籍なし!?の異世界迷子生活!!
無いものじゃなく、有るものに目を向けるポジティブ地味子が選んだ生き方はーーーーまさかの、娼婦!?
ひょんなことから知り合ったハイスペお兄さんに狙いを定め……なんだかんだで最終的に、家政婦として(夜のお世話アリという名目で)、ちゃっかり住み込む事に成功☆
ヤル気があれば何でもできる!!を地で行く前向き女子と文句無しのハイスペ醜男(異世界基準)との、思い込み、勘違い山盛りの異文化交流が今、始まる……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる