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第四章 異世界でも、借りた貸しはきちんと返しましょう
1.あらぬ疑いをすぐに否定すると、逆に怪しまれることもあります
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「なにも身体を作り変えろというわけじゃない」
女になってもらうという爆弾発言のあとで、ギィは真剣な表情のまま補足した。
「これから話す。大事な話だ。場所を変える。会わせるべき人間もいる」
寡黙なギィの忙しない話し方から、私はことの重大さを少しずつ感じていた。
さっきもとても危険なことだと言っていたが、そもそも私につとまるのだろうか。
不安に思ってそう告げると、ギィは小さくうなずいた。
「あんたが男だから頼むんだ。ただ、」
そう言って、ギィはその長身を折り曲げるようにして、私の顔を覗き込む。
前髪が触れてしまうような距離にある、彼の瞳に浮かんでいるもの。それはまるで、霧のたち込む崖を渡る虎のようだ。
よく見えない。でもそこに道はある。ただ用心をしなければ谷底へ落ちてしまう――。そういう種類の疑惑だった。
「あんたが俺に隠し事をしているのはわかっている。だがあんたに頼みごとをしようと決めたのは、その隠し事に俺への悪意が感じられないからだ」
ばれている。私は息が詰まって、おなかのあたりが熱くなった。
「話を聞くならもう逃がさない。最後だ、選べ」
ここで自由にしてやってもかまわない。ギィはそう言って最後の選択を私に迫った。
この人って本当に、普通にいい人だ。
きっとこれからものすごく彼の人生において重要な何かをするっていうときなのに。こんな知り合ったばかりの人間を巻き込むことに罪悪感を感じている。
ただ男ではないんだよなあ、私。
これって隠したままでいいのだろうか。
左腕につけたままのたまの様子を、ちらりと伺う。
しかしたまはすねたように、あるいはふてくされたように、決意ある沈黙の中にいた。
私は小さく息を吐いてギィを見る。
「で、どこで話そうっていうんです」
※
夜の闇に吸い込まれるような背中を追う。そうして辿り着いたのは、この石造りの町の外側の城壁が迫る、町のはずれもはずれだった。
町の広場からは坂を下りきって、ぐるりと入り口の反対側へ回りこむような印象である。表通りからはあまり見えないような、ごみごみとした汚い狭い道にも驚いた。
道には生ごみと思われるものもあるし、このあたりの建物は材料である石の大きさもまちまちだ。いかにも残り物の石を組み合わせたよ! という感じ。
建物自体もずいぶんと汚れて落書きもされているようだ。つまるところここは、「裕福ではない」ひとたちが肩を寄せ合う、長屋のような一角らしい。
どこの世界のどこの町にも、こういう場所は存在するものだ。
並ぶ扉の大きさもまばらである。たてつけまで悪そうな入り口が、チーズの穴ぼこのように気まぐれに並んでいて、適当に蓋をしたような扉。そのうちの一つを、ギィは何度か叩いた。
不規則なのに慎重な叩き方から、もしかしたら暗号のようなものかと思ってしまう。
まさかそんなスパイみたいなことがあるわけないか。
ちょっと間を置いてから、扉はかすかに開かれた。取っ手にかけられた手の甲が見える。骨ばって男らしい手だ。その取っ手は黒ずんだ赤銅色をしていて、こういった金属もククルージャには見られないものだった。鋳造する技術もあるのかな。
「遅かったね」
「何度か吹雪に当たったせいだ。だが修正できる範囲内だろう」
「うん。当日のぶんの情報も、ちゃんとあるよ」
「上々」
「それより、その人って……」
そこまで会話したところで、ギィは突然私のマフラーをひっぱって家の中へ放り込んだ。
完璧に油断していた私は、そのまま床にべしゃっとつぶれた。蛙のような格好だ。
じゅうたんが敷いてあってよかった。擦過傷って小さな怪我ではあるけどひりひりするし、水がすっごく沁みて辛いんだよね。
「なっ、何するんです!」
それでもいくらかひりつく手のひらをこすりながら顔を上げると、ギィが家の外を鋭い目で見ながら扉を閉めたところだった。
なんだろう、誰かいたのかな。
そしてギィの脇に佇む男性はというと、びっくりしたように目を見開いて、私を見下ろしている。
ギィよりも薄い栗色の髪と瞳。背もギィよりは低いものの、それでも私からすれば頭ひとつぶんくらいは高い。
さらさらの前髪はまろやかな額を隠し、顔の輪郭をふちどっている。鼻も唇もとりたてて特徴はない。年齢は20代半ばといったところだろうか。ギィよりは幼く見える。
服装は、外を歩いていた私たちよりは薄着だけど、室内とは思えない厚着をしている。じっさいこの家の中って風は凌げるものの、気温は外と大差ないかも。
とにかく彼はこの世界で久々に目にした、完全なる「普通」の男の人だった。ものすごく安心感を与えるタイプである。
なんていうか、奥二重の瞳はかすかに目じりが下がっていて、いかにも優しそうなのだ。「人畜無害な男性を描いて」といわれたら、10人中8人はみんなこういう人を書く。そんな雰囲気。
実は私はこういう優しげな人に、ほんの少しだけ憧れがあったりする。
別に突出したイケメンじゃなくても、年収がものすごく高くなくても、穏やかに大切にしてくれる、優しい人ってよくないかな?
つらいことがあったときにそっと寄り添ってくれるような人って、素敵じゃないかな?
ゆっくりとお互いを理解し合って支えあう関係なわけで……。
そんなことをつらつらと考えていると、ギィが顔をゆがめた。この人は無表情だが、最近は実に豊かな表情で私を見る。今回はピンクのカタツムリでも見つけたような顔とでも言おうか。
その男性を背に隠すように一歩前に踏み出て、もしやとは思っていたが、と口を開く。
「あんた……男色家じゃあるまいな」
うっとりとこいつを見るな、と忠告された。
海よりも深い誤解です!
女になってもらうという爆弾発言のあとで、ギィは真剣な表情のまま補足した。
「これから話す。大事な話だ。場所を変える。会わせるべき人間もいる」
寡黙なギィの忙しない話し方から、私はことの重大さを少しずつ感じていた。
さっきもとても危険なことだと言っていたが、そもそも私につとまるのだろうか。
不安に思ってそう告げると、ギィは小さくうなずいた。
「あんたが男だから頼むんだ。ただ、」
そう言って、ギィはその長身を折り曲げるようにして、私の顔を覗き込む。
前髪が触れてしまうような距離にある、彼の瞳に浮かんでいるもの。それはまるで、霧のたち込む崖を渡る虎のようだ。
よく見えない。でもそこに道はある。ただ用心をしなければ谷底へ落ちてしまう――。そういう種類の疑惑だった。
「あんたが俺に隠し事をしているのはわかっている。だがあんたに頼みごとをしようと決めたのは、その隠し事に俺への悪意が感じられないからだ」
ばれている。私は息が詰まって、おなかのあたりが熱くなった。
「話を聞くならもう逃がさない。最後だ、選べ」
ここで自由にしてやってもかまわない。ギィはそう言って最後の選択を私に迫った。
この人って本当に、普通にいい人だ。
きっとこれからものすごく彼の人生において重要な何かをするっていうときなのに。こんな知り合ったばかりの人間を巻き込むことに罪悪感を感じている。
ただ男ではないんだよなあ、私。
これって隠したままでいいのだろうか。
左腕につけたままのたまの様子を、ちらりと伺う。
しかしたまはすねたように、あるいはふてくされたように、決意ある沈黙の中にいた。
私は小さく息を吐いてギィを見る。
「で、どこで話そうっていうんです」
※
夜の闇に吸い込まれるような背中を追う。そうして辿り着いたのは、この石造りの町の外側の城壁が迫る、町のはずれもはずれだった。
町の広場からは坂を下りきって、ぐるりと入り口の反対側へ回りこむような印象である。表通りからはあまり見えないような、ごみごみとした汚い狭い道にも驚いた。
道には生ごみと思われるものもあるし、このあたりの建物は材料である石の大きさもまちまちだ。いかにも残り物の石を組み合わせたよ! という感じ。
建物自体もずいぶんと汚れて落書きもされているようだ。つまるところここは、「裕福ではない」ひとたちが肩を寄せ合う、長屋のような一角らしい。
どこの世界のどこの町にも、こういう場所は存在するものだ。
並ぶ扉の大きさもまばらである。たてつけまで悪そうな入り口が、チーズの穴ぼこのように気まぐれに並んでいて、適当に蓋をしたような扉。そのうちの一つを、ギィは何度か叩いた。
不規則なのに慎重な叩き方から、もしかしたら暗号のようなものかと思ってしまう。
まさかそんなスパイみたいなことがあるわけないか。
ちょっと間を置いてから、扉はかすかに開かれた。取っ手にかけられた手の甲が見える。骨ばって男らしい手だ。その取っ手は黒ずんだ赤銅色をしていて、こういった金属もククルージャには見られないものだった。鋳造する技術もあるのかな。
「遅かったね」
「何度か吹雪に当たったせいだ。だが修正できる範囲内だろう」
「うん。当日のぶんの情報も、ちゃんとあるよ」
「上々」
「それより、その人って……」
そこまで会話したところで、ギィは突然私のマフラーをひっぱって家の中へ放り込んだ。
完璧に油断していた私は、そのまま床にべしゃっとつぶれた。蛙のような格好だ。
じゅうたんが敷いてあってよかった。擦過傷って小さな怪我ではあるけどひりひりするし、水がすっごく沁みて辛いんだよね。
「なっ、何するんです!」
それでもいくらかひりつく手のひらをこすりながら顔を上げると、ギィが家の外を鋭い目で見ながら扉を閉めたところだった。
なんだろう、誰かいたのかな。
そしてギィの脇に佇む男性はというと、びっくりしたように目を見開いて、私を見下ろしている。
ギィよりも薄い栗色の髪と瞳。背もギィよりは低いものの、それでも私からすれば頭ひとつぶんくらいは高い。
さらさらの前髪はまろやかな額を隠し、顔の輪郭をふちどっている。鼻も唇もとりたてて特徴はない。年齢は20代半ばといったところだろうか。ギィよりは幼く見える。
服装は、外を歩いていた私たちよりは薄着だけど、室内とは思えない厚着をしている。じっさいこの家の中って風は凌げるものの、気温は外と大差ないかも。
とにかく彼はこの世界で久々に目にした、完全なる「普通」の男の人だった。ものすごく安心感を与えるタイプである。
なんていうか、奥二重の瞳はかすかに目じりが下がっていて、いかにも優しそうなのだ。「人畜無害な男性を描いて」といわれたら、10人中8人はみんなこういう人を書く。そんな雰囲気。
実は私はこういう優しげな人に、ほんの少しだけ憧れがあったりする。
別に突出したイケメンじゃなくても、年収がものすごく高くなくても、穏やかに大切にしてくれる、優しい人ってよくないかな?
つらいことがあったときにそっと寄り添ってくれるような人って、素敵じゃないかな?
ゆっくりとお互いを理解し合って支えあう関係なわけで……。
そんなことをつらつらと考えていると、ギィが顔をゆがめた。この人は無表情だが、最近は実に豊かな表情で私を見る。今回はピンクのカタツムリでも見つけたような顔とでも言おうか。
その男性を背に隠すように一歩前に踏み出て、もしやとは思っていたが、と口を開く。
「あんた……男色家じゃあるまいな」
うっとりとこいつを見るな、と忠告された。
海よりも深い誤解です!
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