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幕間の話4
くらげの惑星 ―ある昼下がり―
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「月花、次はこの絵本をお願いします」
またですかと呆れたように、それでもどこかうれしそうに眉尻を下げる月花に、縁子は持っていた巻物を両手で広げ見せた。
朝の掃除を終え、買い出しに出かける縁子。そのとき通りがかる小路にある貸本屋で、子ども向けの巻物をいくつか借りるのが、すっかり習慣になっていた。
ちょっとした家での空き時間は、縁子が発案した遊びに興じることも多い。
トランプ、すごろく、ダーツ、オセロ、しりとり……。縁子の世界から持ち込まれたそれらを、実はみんなそれなりに興味深く見つめて味わっているのだが、いかんせん飲み込みが早い。すぐに縁子のほうが負け続け、しょんぼりと終わりを迎えることも多かった。
トランプやオセロといった知能系は、ナラ・ガルを除いて三人が得意だったし、ダーツは逆にナラ・ガルがずば抜けてうまかった。すごろくは運ではあるが、縁子手作りの、木を削って作ったさいころはいささか不平等で、出やすい目の癖がわかってしまったりもする。しりとりに限っては、お互い知らない単語を言えば、なんとも言えない沈黙が落ちる。縁子が「スケートリンク」と言い、「クタルキュンマ」と返されたところを想像してみてほしい。さもあらん。
そんな中、縁子が熱中できたのが、この「絵本読み聞かせ」である。
もともと読書が好きな縁子は、へたをするとそこらの子ども以上に没頭する。
とはいっても縁子は自分では文字を読めない。ゆえに誰かしらに読み聞かせをねだる。
ユーリオットは不機嫌そうに、あるいは恥ずかしそうに首を振るし、ナラ・ガルはククルージャでの文字は苦手なので(時間をかければ、たどたどしくも読み書きはできるのだが)、すまなそうに眉を下げる。
そんな中、阿止里は一度試したことがある。しかし彼の性格上なのか、物語へ感情移入をしないため、どうしても乾いた声での音読となる。子ども向けの物語、それを呪いのように淡々と読まれては、これいかに。その抑揚のなさに、縁子から、実に控えめではあるが、苦情が出た。阿止里はわかりきっていたように肩をすくめた。それを最後に、お鉢は月花へと回ったのだ。
にこにこと付き合ってくれるのはもっぱら月花。それが日常だった。
今日も渡された巻物を見て、目じりをほどく。
「ああこれは、ずいぶん遠い山岳のものがたりですね。異国の神の巻物を置いているとは、興味深い」
一神教が広く信じられるこの世界。それでも遠く離れた異国では異なる神が崇められてもいる。けれどその異教の神の概念はある意味禁忌で、過激な街では焚書ものである。神とは唯一のものなのだ。それがいくつもおわすということは、父親や母親が何人もいるのと似てありえない。ひいては強い混乱を招く。しかしククルージャではそこまで取り締まりは厳しくはないということなのだろう。
仕方ないなあと、頬をゆるめて中庭に出る月花に、縁子はうれしそうについていく。
ほかの三人もまた、庭には出ないものの、聞こえてくる物語にはいつも耳を傾けている。月花はとても情緒豊かに朗読するのだ。
「どれどれ。『コクーナと出会ったビュンゴ』……むかし、あるところに……」
縁子は真剣に巻物を眺めている。机には巻物が縦に広げられていて、その細長い紙に、絵が下へ下へと続いていく。縁子いわく、「消しゴムの消しカスを組み合わせた」ような文字が、その左だったり右だったりに添えられている。
どのかたちの文字がどう発音され、何を意味するのか。それを飲み込もうと必死なのだ。
けれどそれも物語の序盤までである。中盤からはたいてい話の中身に熱中して展開を追ってしまうのである。
「……めでたし、めでたし」
月花が、幼子へ読み聞かせるように話を読み終えた。縁子もそこでほうっと大きく息をつき、巻物をくるくる滑らせて、余韻に浸りながら場面を巻き戻した。
「不思議だねえ。これって日本むかし話でもよくある展開。多神教ならではなのかな」
「縁子の国の話ですか?」
「うん、そう。ちょっと似ていて」
月花はそこで、おもしろそうにその賢そうな瞳を瞬かせた。
「この話。僕にはあまり理解できないです。そもそも神とは姿のないものだし、こんなふうに人を試すようなことはしません」
話の筋はこうである。
山岳で暮らす少年・ビュンゴ。彼は山羊を五頭飼っていた。
ある日、一頭がいなくなり探しに出かける。
するといなくなった山羊ではなく、兎の子どもを見つける。
山羊が見つかったら、お母さんを探してあげようと兎の子どもをやさしく抱きしめてあげるビュンゴ。
すると兎は姿を替え、神のひとりであるコクーナになる。
やさしい行いをしたビュンゴに、いなくなった山羊と金銀とを与えた。そういう話である。
「ふうん。私にはすごくしっくりくるけどね。日本のむかし話ってすごく多いから、むかし聞いたことのあるどれかに似ていたのかも」
えっ、と月花は目を見開いた。
「縁子の世界では、そんなにたくさんお話があるんですか」
「あるねえ。日本のみならず、グリム童話とかアンデルセン童話とか。神話も入れるならいろんな国の話があるよ」
「聞きたいです」
「聞きたい?」
「縁子の国の話」
「私の国の話」
「あなたのことも、知りたい」
「私のこと」
常とは異なりぐいぐい来る月花の勢い。知的好奇心というものが溢れてとめどないようだ。縁子がついおうむ返しになってしまったところで、家の中から三人がいそいそとやってきた。
「俺も縁子の国の話を聞きたいな。それを聞いて育ったんだろう? 幼き日の縁子を想像しながら聞いてみたい」
「な、ナラ・ガルさんってば」
「おれは幼いおまえを想像なんか、しないからな。ただ異国の話は興味深いってだけで」
「あっ、はい、ユーリオットさん」
「知らぬことなどなくしてしまいたい」
「阿止里さん。それってむかし話の話題で合ってますよね?」
さんさんと日差しが輝く昼下がり。
五人は「かぐや姫」の物語に、これから熱い議論を交わすことになる。
※
ナ「どういうことだ……!? 月に王国が、文明があるというのか」
ユ「その王国の医術書が欲しい。雲にのって地上まで来られるというのなら、医療も天と地ほどに差があるに違いない」
月「それよりも。竹に閉じ込められた赤子ですよ。いったいどういう技を使って入れたのでしょう。砂塵レベルまで小さくする技でも? それになんの目的で」
阿「求婚した男どもは愚かだな。惚れた女のために欲しがるものを取りに行くなど。ほかに方法はいろいろあるだろうに」
縁子はがっくりと肩を落とした。楽しみ方が期待とはまるで違ったのだろう。
加えて日本の物語を話す難しさも味わった。竹という植物が存在しないこの異世界。あの節くれだって中に空洞のある木を説明するも、いまいち伝わらない。改めて異文化で理解しあうことのままならなさを痛感したのだ。
だがそれが縁子の何かを刺激した。四人に目を輝かせて「面白い!」と言ってもらえる話をと、ここからむかし話の洪水となる。
桃太郎。
ナ「拾った老女だけど、川の中ほどまで入って、よくもその巨大な桃を岸に上げられたものだ。どういうトレーニングをしているのかな」
ユ「ありえないだろ。桃の中に赤子がいたとして、それは水には浮かばず沈む計算になる」
月「動物を意のままに操れるきび団子……!? 魔獣にも作用するのでしょうか。ほしい! 研究したい!」
阿「桃を切るときに赤子が無事なのもおかしな話だ。ふつう腸が飛び出るぞ」
縁「……」
浦島太郎。
ナ「オトヒメとは、そんなに雅な衣を纏っていたのかな? ぜひ、ぜひ刺繍の模様を拝見したい」
ユ「一瞬で老いさせる葛篭か……。逆に老化を戻せるものがあるとしたら面白いのだが」
月「海の中、浦島太郎はどう呼吸を? それに水の中深くでは、身体に負担もあるはずです」
阿「結局地上に戻って老人となるのだろう? 亀は礼をしたのではなく、罰したかのようだ」
縁「……」
その後も縁子は努力した。それはもう、辛抱強く。四人に日本の子どものように純粋に楽しんでほしかったのだ。
だがそれもことごとく失敗した。かさ地蔵、鶴の恩返し、一寸法師……どれも、今までと同じようにばっさりと一刀両断、ぼこ殴りである。
縁子はとうとうぐぬぬと唸り、そろいもそろって現実的すぎ! と叫んだ。
椅子から立ち上がって、ぺしぺしと机を叩いた。庭に座る四人を見下ろしてじとりと眺める。まるで公園で紙芝居をして、それに群がる子どもたちのような構図である。
「なんなんですか。これはお話ですよ! 子どもに読み聞かせて、わくわくどきどき、楽しむべきもの! みなさんとっぷりとこの世界観に身を浸して楽しみましょうよ! 鶴、恩返しのためにすごーい、とか。一寸法師、鬼に食べられながらもかっこいーい、とか!」
ちなみにかさ地蔵は、「重い石像が自ら動くだと……!?」とか、鶴の恩返しでは「身を削って編むなど、逆に呪いでは」とかの苦情が出ていた。一寸法師に至っては、「鬼に食べられたときに、噛み砕かれなかったのか」ときた。さすがの縁子も、もう辛抱たまらんかったのである。
ぷんぷんしている縁子を前に、四人はちょっと目配せをし合ってうなずいた。
縁子が気持ちよく楽しく話してくれるように、次の話は四の五の言わずに聞いていよう。そういう連携が垣間見える目配せだった。
「じゃあ、じゃあ。最後はこれ! さるかに合戦!」
結果や、いかに。
※
ナ「そもそもカニが、そんな山奥を歩いているのもおかしな話だねえ。あれは海の生き物だろうに」
ユ「それよりも、牛の糞が歩けるとは。世界は広いな」
月「カニの母君は……その、ずいぶんと脆いのですね。殻に包まれているのだから、柿を投げられて亡くなるのは、いささか弱いのでは」
阿「復讐はひとりですべきでは? まあ、それでカニの子の溜飲が下がるならいいのだが」
縁子はぷるぷるとその拳を震わせた。
そしてくるりと家へ入り、厨房でなにやらがったんばったんと音を立て始めた。
残された四人は縁子が語った話について、まだ議論を交わしている。
しばらくして昼食の時間になった。
乙姫は浦島太郎に実は深い恨みがあったのだとか、桃太郎は神の化身だったとか、四人はわいわい話しながら中へ入った。
厨房の机の上に、茹でただけのじゃがいも(皮付き)と塩とが盛られている。
土の床には、棒でがりがり書かれた文字――「今日の昼食はこれだけです」とあるのだが、もちろんそれは日本語だったので、四人はちっともわからないまま首を傾げて、ほんのすこしだけひもじい思いをすることになったのである。
またですかと呆れたように、それでもどこかうれしそうに眉尻を下げる月花に、縁子は持っていた巻物を両手で広げ見せた。
朝の掃除を終え、買い出しに出かける縁子。そのとき通りがかる小路にある貸本屋で、子ども向けの巻物をいくつか借りるのが、すっかり習慣になっていた。
ちょっとした家での空き時間は、縁子が発案した遊びに興じることも多い。
トランプ、すごろく、ダーツ、オセロ、しりとり……。縁子の世界から持ち込まれたそれらを、実はみんなそれなりに興味深く見つめて味わっているのだが、いかんせん飲み込みが早い。すぐに縁子のほうが負け続け、しょんぼりと終わりを迎えることも多かった。
トランプやオセロといった知能系は、ナラ・ガルを除いて三人が得意だったし、ダーツは逆にナラ・ガルがずば抜けてうまかった。すごろくは運ではあるが、縁子手作りの、木を削って作ったさいころはいささか不平等で、出やすい目の癖がわかってしまったりもする。しりとりに限っては、お互い知らない単語を言えば、なんとも言えない沈黙が落ちる。縁子が「スケートリンク」と言い、「クタルキュンマ」と返されたところを想像してみてほしい。さもあらん。
そんな中、縁子が熱中できたのが、この「絵本読み聞かせ」である。
もともと読書が好きな縁子は、へたをするとそこらの子ども以上に没頭する。
とはいっても縁子は自分では文字を読めない。ゆえに誰かしらに読み聞かせをねだる。
ユーリオットは不機嫌そうに、あるいは恥ずかしそうに首を振るし、ナラ・ガルはククルージャでの文字は苦手なので(時間をかければ、たどたどしくも読み書きはできるのだが)、すまなそうに眉を下げる。
そんな中、阿止里は一度試したことがある。しかし彼の性格上なのか、物語へ感情移入をしないため、どうしても乾いた声での音読となる。子ども向けの物語、それを呪いのように淡々と読まれては、これいかに。その抑揚のなさに、縁子から、実に控えめではあるが、苦情が出た。阿止里はわかりきっていたように肩をすくめた。それを最後に、お鉢は月花へと回ったのだ。
にこにこと付き合ってくれるのはもっぱら月花。それが日常だった。
今日も渡された巻物を見て、目じりをほどく。
「ああこれは、ずいぶん遠い山岳のものがたりですね。異国の神の巻物を置いているとは、興味深い」
一神教が広く信じられるこの世界。それでも遠く離れた異国では異なる神が崇められてもいる。けれどその異教の神の概念はある意味禁忌で、過激な街では焚書ものである。神とは唯一のものなのだ。それがいくつもおわすということは、父親や母親が何人もいるのと似てありえない。ひいては強い混乱を招く。しかしククルージャではそこまで取り締まりは厳しくはないということなのだろう。
仕方ないなあと、頬をゆるめて中庭に出る月花に、縁子はうれしそうについていく。
ほかの三人もまた、庭には出ないものの、聞こえてくる物語にはいつも耳を傾けている。月花はとても情緒豊かに朗読するのだ。
「どれどれ。『コクーナと出会ったビュンゴ』……むかし、あるところに……」
縁子は真剣に巻物を眺めている。机には巻物が縦に広げられていて、その細長い紙に、絵が下へ下へと続いていく。縁子いわく、「消しゴムの消しカスを組み合わせた」ような文字が、その左だったり右だったりに添えられている。
どのかたちの文字がどう発音され、何を意味するのか。それを飲み込もうと必死なのだ。
けれどそれも物語の序盤までである。中盤からはたいてい話の中身に熱中して展開を追ってしまうのである。
「……めでたし、めでたし」
月花が、幼子へ読み聞かせるように話を読み終えた。縁子もそこでほうっと大きく息をつき、巻物をくるくる滑らせて、余韻に浸りながら場面を巻き戻した。
「不思議だねえ。これって日本むかし話でもよくある展開。多神教ならではなのかな」
「縁子の国の話ですか?」
「うん、そう。ちょっと似ていて」
月花はそこで、おもしろそうにその賢そうな瞳を瞬かせた。
「この話。僕にはあまり理解できないです。そもそも神とは姿のないものだし、こんなふうに人を試すようなことはしません」
話の筋はこうである。
山岳で暮らす少年・ビュンゴ。彼は山羊を五頭飼っていた。
ある日、一頭がいなくなり探しに出かける。
するといなくなった山羊ではなく、兎の子どもを見つける。
山羊が見つかったら、お母さんを探してあげようと兎の子どもをやさしく抱きしめてあげるビュンゴ。
すると兎は姿を替え、神のひとりであるコクーナになる。
やさしい行いをしたビュンゴに、いなくなった山羊と金銀とを与えた。そういう話である。
「ふうん。私にはすごくしっくりくるけどね。日本のむかし話ってすごく多いから、むかし聞いたことのあるどれかに似ていたのかも」
えっ、と月花は目を見開いた。
「縁子の世界では、そんなにたくさんお話があるんですか」
「あるねえ。日本のみならず、グリム童話とかアンデルセン童話とか。神話も入れるならいろんな国の話があるよ」
「聞きたいです」
「聞きたい?」
「縁子の国の話」
「私の国の話」
「あなたのことも、知りたい」
「私のこと」
常とは異なりぐいぐい来る月花の勢い。知的好奇心というものが溢れてとめどないようだ。縁子がついおうむ返しになってしまったところで、家の中から三人がいそいそとやってきた。
「俺も縁子の国の話を聞きたいな。それを聞いて育ったんだろう? 幼き日の縁子を想像しながら聞いてみたい」
「な、ナラ・ガルさんってば」
「おれは幼いおまえを想像なんか、しないからな。ただ異国の話は興味深いってだけで」
「あっ、はい、ユーリオットさん」
「知らぬことなどなくしてしまいたい」
「阿止里さん。それってむかし話の話題で合ってますよね?」
さんさんと日差しが輝く昼下がり。
五人は「かぐや姫」の物語に、これから熱い議論を交わすことになる。
※
ナ「どういうことだ……!? 月に王国が、文明があるというのか」
ユ「その王国の医術書が欲しい。雲にのって地上まで来られるというのなら、医療も天と地ほどに差があるに違いない」
月「それよりも。竹に閉じ込められた赤子ですよ。いったいどういう技を使って入れたのでしょう。砂塵レベルまで小さくする技でも? それになんの目的で」
阿「求婚した男どもは愚かだな。惚れた女のために欲しがるものを取りに行くなど。ほかに方法はいろいろあるだろうに」
縁子はがっくりと肩を落とした。楽しみ方が期待とはまるで違ったのだろう。
加えて日本の物語を話す難しさも味わった。竹という植物が存在しないこの異世界。あの節くれだって中に空洞のある木を説明するも、いまいち伝わらない。改めて異文化で理解しあうことのままならなさを痛感したのだ。
だがそれが縁子の何かを刺激した。四人に目を輝かせて「面白い!」と言ってもらえる話をと、ここからむかし話の洪水となる。
桃太郎。
ナ「拾った老女だけど、川の中ほどまで入って、よくもその巨大な桃を岸に上げられたものだ。どういうトレーニングをしているのかな」
ユ「ありえないだろ。桃の中に赤子がいたとして、それは水には浮かばず沈む計算になる」
月「動物を意のままに操れるきび団子……!? 魔獣にも作用するのでしょうか。ほしい! 研究したい!」
阿「桃を切るときに赤子が無事なのもおかしな話だ。ふつう腸が飛び出るぞ」
縁「……」
浦島太郎。
ナ「オトヒメとは、そんなに雅な衣を纏っていたのかな? ぜひ、ぜひ刺繍の模様を拝見したい」
ユ「一瞬で老いさせる葛篭か……。逆に老化を戻せるものがあるとしたら面白いのだが」
月「海の中、浦島太郎はどう呼吸を? それに水の中深くでは、身体に負担もあるはずです」
阿「結局地上に戻って老人となるのだろう? 亀は礼をしたのではなく、罰したかのようだ」
縁「……」
その後も縁子は努力した。それはもう、辛抱強く。四人に日本の子どものように純粋に楽しんでほしかったのだ。
だがそれもことごとく失敗した。かさ地蔵、鶴の恩返し、一寸法師……どれも、今までと同じようにばっさりと一刀両断、ぼこ殴りである。
縁子はとうとうぐぬぬと唸り、そろいもそろって現実的すぎ! と叫んだ。
椅子から立ち上がって、ぺしぺしと机を叩いた。庭に座る四人を見下ろしてじとりと眺める。まるで公園で紙芝居をして、それに群がる子どもたちのような構図である。
「なんなんですか。これはお話ですよ! 子どもに読み聞かせて、わくわくどきどき、楽しむべきもの! みなさんとっぷりとこの世界観に身を浸して楽しみましょうよ! 鶴、恩返しのためにすごーい、とか。一寸法師、鬼に食べられながらもかっこいーい、とか!」
ちなみにかさ地蔵は、「重い石像が自ら動くだと……!?」とか、鶴の恩返しでは「身を削って編むなど、逆に呪いでは」とかの苦情が出ていた。一寸法師に至っては、「鬼に食べられたときに、噛み砕かれなかったのか」ときた。さすがの縁子も、もう辛抱たまらんかったのである。
ぷんぷんしている縁子を前に、四人はちょっと目配せをし合ってうなずいた。
縁子が気持ちよく楽しく話してくれるように、次の話は四の五の言わずに聞いていよう。そういう連携が垣間見える目配せだった。
「じゃあ、じゃあ。最後はこれ! さるかに合戦!」
結果や、いかに。
※
ナ「そもそもカニが、そんな山奥を歩いているのもおかしな話だねえ。あれは海の生き物だろうに」
ユ「それよりも、牛の糞が歩けるとは。世界は広いな」
月「カニの母君は……その、ずいぶんと脆いのですね。殻に包まれているのだから、柿を投げられて亡くなるのは、いささか弱いのでは」
阿「復讐はひとりですべきでは? まあ、それでカニの子の溜飲が下がるならいいのだが」
縁子はぷるぷるとその拳を震わせた。
そしてくるりと家へ入り、厨房でなにやらがったんばったんと音を立て始めた。
残された四人は縁子が語った話について、まだ議論を交わしている。
しばらくして昼食の時間になった。
乙姫は浦島太郎に実は深い恨みがあったのだとか、桃太郎は神の化身だったとか、四人はわいわい話しながら中へ入った。
厨房の机の上に、茹でただけのじゃがいも(皮付き)と塩とが盛られている。
土の床には、棒でがりがり書かれた文字――「今日の昼食はこれだけです」とあるのだが、もちろんそれは日本語だったので、四人はちっともわからないまま首を傾げて、ほんのすこしだけひもじい思いをすることになったのである。
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