醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

ふぁんたず

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第七章 異世界であろうと、夢は見るようです

4.いっけん穏やかな人ほど、頑固だったりするものです

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 働かざるもの食うべからず。

 数十年生きてきた私の信条である。食べるという喜びを得るためには代償なり対価なりが必要なのだ。

 しかし今その信条は危機を迎えている。

 働かせてくれないのだ。このフェミニストは。







「薪割りをしたいです。怖いもの見たさの憧れがあります」
「腕を痛めてしまうだろう。繕い物のほうがいい」
「繕いもの……あの、本当に苦手で」

 こっそりナラ・ガルさんがいない間に薪割りに挑戦したけど、これがすっごい難しかった! 斧を振り上げて、立たせた丸太にえいやっと振り下ろすけど、斜めに刺さろうものならもうアウト。力が繊維方向に伝わらないから押しても引いても動かなくて泣きを見た。そこに彼が帰ってきて無言の圧力。謝罪はするが反省はしていない。

 じゃあ畑の手入れはどうだとアピール。

「こう見えても土いじりには自信があります」
「その指先が傷だらけになってしまう。毛布を編むのはどうだろう」
「編みもの……」

 そう言われても、そもそもがバドミントンコート一面ぶんもない畑なのだ。雑草取りや虫取りなんてすぐ済んでしまうんだから、それぐらいいいじゃないかと、これもこっそり畑の手入れをしたらすぐに見つかった。遠くで羊の見張りしてたからばれないと思ったのに、目がよすぎませんか。

 ほかにも。

「山菜には! なんの危険もありませんよ」
「触るとかぶれてしまう草や、毒性のある植物もある。肩掛けショールに刺繍してみないか」
「……」

 あまりにも何もさせてくれないのでちょっと意地になった私である。ナラ・ガルさんが水汲みに泉へ降りている間に家からわりとすぐの林というか藪に行ってみた。そしたら山菜があるわあるわ! 目をきらきらさせて採集したけど、カムグエンで教わったものとは生える種類が完全に違うので役立たずでした。

 中でも私が大量にもいできたのはくしゃみが止まらなくなるシイタケみたいな見た目のキノコだったので、土間でふたりしてくしゃみをしながら説教されたのはほろ苦い思い出である。見た目は絶対シイタケだったのになあ。

 なにかにつけて私の苦手分野をおすすめしてくるのも困りものである。編み物とかお金を払ってでもやりたくないくらいつらい。ああいう地道な作業を楽しみながらえんえん繰り返すことができる人を心から尊敬する。

 だから今のところ、私はあくびを噛み殺しながら、刈ってある羊の毛を糸にる作業ばかりやっている。

 飽きる!







 いろんなところに飛ばされていいことなんかない。

 ないのだけど、その土地の食べ物に触れられるのだけはちょっとした楽しみだ。人生から食事の楽しみを取ったらすなわち絶望である。

 ルガジラでは基本的には鍋オンリー。水も貴重だし油もないからかも。

 いちおう羊の乳を加工したバターもどきはあるのだが、バケツいっぱいの乳から出来上がるのは小石みたいなサイズで、手間もかかるからあまり作らないっぽい。だから絞った乳はもっぱらチーズになる。これもまたものすごく時間がかかるしちっぽけな量になっちゃうんだけどね。

 手作り乳製品って響きはいいけど、大量の乳が必要なうえに作るのがそんなにめんどくさいと初めて知った。

 夕食はいつもナラ・ガルさんが作る。さすがに居候させてもらってからの数日は、ここでの道具の扱いや食材の分量がわからないから観察してたよ。でもなんとなくわかってきて作りましょうかと立候補しても、彼は目も合わせずに首を振る。だから手持ち無沙汰にただ横で見ているしかない。

 やることもなく居心地悪い中、座っている絨毯を指でいじる。正しく言うならそれは絨毯ではなく、絨毯だったものと言うべきか。いっそどこかの博物館に展示してもいいくらいの劣化っぷりで、毛足なんてものはその片鱗も見出せず、泥を固めて日干しした板と言われほうが納得できる。いったい何十年放っておけば、こうまで変質するのだろう。

 私がそんなことを考えている間にも、ナラ・ガルさんは手早く火を強くして、上から吊るした鍋に少量の水を入れて沸かす。煮立ってきたところでダイコンっぽい野菜を小さく切って入れていく。りんごを剥くように、まな板を使わず器用に処理している。

 無表情の横顔をそっと見ながら、私は伺うように口火を切った。

「……あの、ナラ・ガルさん」
「うん」

 そっけないかわりに拒絶も含まない声。私は思い切って聞いてみる。

「その、ここルガジラには、もう長いこと住んでいるんですか?」

 彼の見た目からは最後に会ったときから変わっていない。でももしかしたらちょっと過去だったり、あるいはすごく未来だったりするのかと、ずっと気になっていたのだ。

 彼はダイコンを切り終えて、今度はそばに持ってきてあったタマネギもどきに手を伸ばす。皮くらい私にも剥けるので手伝おうかと手を伸ばすが、ナラ・ガルさんは小さく首を振ってそれを拒んだ。

「それをあなたに言う必要があるとは思わないが」

 にべもない。

 そう、ククルージャで出会ったときとはうって変わって、ここでのナラ・ガルさんからは明確な壁を感じている。

 転移してからのユーリオットさんや月花のように、あからさまに言葉や態度に出すわけではないのだが、大人のビジネスライクな距離感とでも言おうか。

 もちろんここに置いてもらえただけでありがたいわけなのだが、かつての朗らかな笑顔と包容力ある雰囲気を知っているぶん寂しさが大きい。
 落ち込みそうになるが、彼にとっては初対面なのだから警戒するのは当然なのだ。そう考えて紛らわせている。

 そう思って顔を上げると、ナラ・ガルさんは無表情に鍋を見ていた。

「――長いこと、遠くで用心棒のようなことをして食いつないでいた。けど最近、何か大切なものを失ってしまったように思えてね。それが何かはわからないまま、決定的にその何かが損なわれてしまったことだけは理解できた。俺はそれ以上そこに留まることはできなかった。だから久々の休暇がてらにこうして故郷に帰ってきてみた。ちょうど羊の面倒を見て欲しいという老夫婦もいたしな。まだここに戻ってきて数日も経っていない」

 聞いたところでつまらない話だろう、と言いながら静かに鍋をかき回す。

 私を遠ざけるくせ、こうして冷たくはしきれないという一面もある。

 こんなふうに人から距離を取りながらも気にかけるという彼の性格は、きっとククルージャにいたころからあったのだと思う。

 ただあそこではあくまで四人と私という集団で過ごしていたから見えてなかっただけで、こうやってふたりきりで向き合えばいずれ見えてくることだったのかもしれない。

 友達のグループでも、いざ二人で話すと別人のようになる子っていたもんなあ。
 多かれ少なかれ自分もそうなのだろうけど。本当に人って奥深い。

 そして彼の言葉から、ここが「現在」なのだろうとも思えた。
 
 私がククルージャの露店でたまを見つけて転移してから、現在という地点ではそう日は経っていないようだ。そしてナラ・ガルさんがルガジラへ戻ってきてまだ間もないために、この仮家(ガダ)も廃屋の名残りがあるのだろう。
 
「あなたを置いておくことはできるけど、この休暇の間だけだ。雪が積もる前には羊も持ち主に返すし、俺もここを去る」
「わかりました。あと縁子です」
「なに?」
「私の名前。初日からずっとお伝えしてますが」
「ほら、あなたのぶんだ。食べるといい」
「聞いてます?」

 私はナラ・ガルさんが鍋をよそってくれたいびつな器を受け取りながら、じっと彼を見る。その視線に気づいているだろうに、ナラ・ガルさんは頑なに私の名前を呼ばない。

「女性の名など、おいそれと呼べないだろう」
「よっ……!」

 呼んでいたくせに! という一言を私はなんとか飲み込んだ。

「あなたの仲間が迎えにきたら、女性としての振る舞いを教えるように伝えなければ。そんなままでは危険にすぎる」
「なんですか、その母親的ポジション」
「あるいは俺が教えるべきか。だが放ってはおけないからうちに置いているが、そこまでする間柄でもないわけで」
「心の声が漏れてます。ほんと根っからのフェミニストですね」

 遠ざけられたかと思えばこんなふうに、随所にナラ・ガルさんがナラ・ガルさんなところも伺える。

 ちなみにこの鍋も想像の数倍おいしかった。この世界に来てからというもの、オーガニックな食材しか食べていないからか素材の味に敏感になった気がする。ルガジラではお塩もあるし! ウサギジャーキーにも使われていたが、聞けば遠くに岩塩の出る岩場があるんだって。

 食器の洗い物という数少ない私の仕事を守るためにさっと食器を持って立ち上がる。ナラ・ガルさんのぶんも重ねて外へ出る。ちなみにドアなんてものはない。入り口には厚めの布地が地面まで垂れ下がっいて、これがドアがわり。ものすごくしっかりした作りで、そば屋さんの暖簾とはわけが違う。温度を逃がさないように厚く重い。体育のマット運動で使う、重くて臭いやつみたいに。

 冗談じゃなくこの出入りのせいで筋肉痛になったくらいだ。以前ナラ・ガルさんにそう言ったら、ベジタリアンですからと肉を断るワニを見る目をされた。

 ひんやり乾いた山の冷気に包まれながら、水瓶からちょっとだけ水をすくって手早く器を洗う。油を使っていないので、もともとそんなに汚れていない。これだけのことなのに、ナラ・ガルさんときたら初日などはうっかり割って破片で怪我でもしてはいけないと、仮家ガダの入り口の垂れ布からそっと覗いてきていた。

 歯ブラシっぽいものも与えてもらった。割り箸くらいの植物の枝だが、これをかじるようにして歯をきれいにするのだ。おそるおそる齧ると、青臭い植物の苦味とともに繊維が砕けて、噛み切れないゴボウのようになる。ナラ・ガルさんは滲む汁を飲まず、奥歯は角度を変えて齧るんだよと、丁寧に教えてくれた。後味あとあじの青臭さを消す香草ハーブまで畑からちぎってきてくれた。





 ナラ・ガルさんの私への態度は、一貫してこういう感じ。

 つまり矛盾している。

 私に対して関わらないようにしたいらしいが、フェミニズムのせいであれこれと世話を焼いてしまうというような。 

 だからといって私が話を振ったり、家事を手伝おうとすると怯えたようにするりと逃げてしまう。

 つかず離れず。いかんともしがたい関係のまま、ルガジラでの日々は過ぎていった。

 そして私はある日、奇妙な体験をする。

 ここルガジラでは魔力が響きにくいと言ったたま。今までにないそういう特殊な土地で、私はひとつの夢を見た。




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