生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第1章

命乞いに揺れる

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 -5階層-

 帰還用転移魔法陣があったため難易度が上がるのかと思いきや、本当にただの中間地点だったらしく、出現するモンスターの種類や量に変わりはなかった。

 強いて変わったことと言えばモンスターの強さが微弱だが上がっているような気がする、あくまで気がするだけだ。


 それにしても4階層で手に入れたガントレットはよく馴染む。

 剣を上手く扱えるようになるスキルはまだ無いため最悪殴った方がいいかもしれない。

 それにこの黒色がカッコイイ。

 なんというか厨二心をそそられるというか……白い謎のアクセサリーのおかげで黒色がより目立つというか……まぁ、カッコイイのだ。


「あとここに黒いマント……そして右眼を赤くすれば……ってこれ以上はいけないな」

 そう、この世界は元居た世界とは異なる世界線なのだ。

 つまり右手に宿る何かを放出することも出来るし右眼から邪竜を呼び出すことも出来る可能性がないことはない。

 男なら死ぬまで無くなることのない厨二の妄想がこの世界ではある程度叶えることが出来るというわけだ。


 そんな心が踊るような妄想をしていると聞きなれない音が聞こえ始める。

 『ヴヴヴヴ』と何か擦れるような……それに変な鳴き声も聞こえる。


「いっ!?」

 その音の正体は全長80cmほどの大きさのスズメバチのような蜂だった。

 悠真を見つけると顎をカチカチと鳴らし、尻から鋭い針をニュルリと出してくる。

 出てくるモンスターが変わらないって思った瞬間これか。
 でも新たなスキルを獲得できるチャンスでもある。


『ギィィィ!!』

 耳障りな羽根の擦れる音と共に急接近してくる。
 やはりさすが虫と言うべきか攻撃がとても鋭く速かった。

 だが今の悠真には火属性魔法がある。
 ──のだが……問題点は残魔力が少なく、次魔法を撃つと倒れかねないのだ。

 ソードゴブリンの剣は重いため、邪魔にならない位置に放り投げ、腰からダンジョン前の門番から借りた短剣を抜き出す。

 リーチと鋭さでは負けるのだがこの剣は軽いため、最悪斬るというよりも潰した方が楽かもしれない。


 不規則に右へ左へ、上へ下へと動き回る蜂に剣を振るうが華麗に躱される。

 蜂も尻から針を出し、急降下して接近し悠真の胸を捉える。

 だがソードゴブリンの剣すら弾いたガントレットで防御壁を作ると「ガキン!」と音を立てて針が折れて落ちる。

 とりあえず部位破壊に成功したと油断した悠真に再び蜂が接近してくる。

 折れたはずの針が根元から落ちると、新しい針が生えてきて悠真の右肩を突き刺してきた。


「ぐぅぅ……っ!」

 動きが止まった蜂を思いっきりぶん殴って吹き飛ばし、針を抜くと先端から透明な液体がポタポタと垂れてくる。

 毒かと思ったので頭の中でステータス画面を開くが、悠真は状態異常にかかっておらず普通の状態であることが確認できた。

 きっと毒ではなく蜂の体液か何かだったのだろう。
悠真は痛みが収まらない右肩を押さえながらある物を取り出す。


「火球は使えない……だったら!」

 地面に赤い石を叩きつけ、その石に向かって狙いを定めて短剣を振り下ろす。

 木っ端微塵になった赤い石は粉となり、短剣に纒わり付くと音を立て発火する。


 前回のソードゴブリン戦で火属性魔力を流さないと発火しない事に気づいたのだが、実はもう1つ気づいていたことがあった。

 ソードゴブリンの腹に埋め込む際にガントレットで何度も何度も叩きつけたのだが、その時火花が散り、ほんの少しだが赤い石が鮮明な赤に光っていたのだ。

 つまり結論付けたことは『赤い石を発火させるには火属性の魔力を流す、そして強い衝撃を与える』ということだった。


 燃え盛る短剣で殴られた衝撃によりフラフラと飛び回る蜂の体を叩き潰すように切りつける。


『ギィィィィィ!?』

 突然の衝撃に蜂は頭に響くような奇声をあげる。

 フラフラと飛び、尻から鋭い別の針を出して接近してくるが、力尽きたのか目の前で落下して動かなくなる。

 火は静かに消えていき、少しだけ焦げたが耐久性には異常のない短剣に戻った。

 そして期待通り『ピコーン』と音が鳴る、つまりスキルを取得したということだ。


[NS→[広角視覚こうかくしかく]目で見える範囲を広げる。(スキルレベルが上がると微弱ながら見える範囲が増える)イエローホーネットからの殺奪]


 うーん、なんか微妙な気がする。
 とりあえず試してみるに他はないだろう。


広角視覚こうかくしかく!」

 スキル名を唱えると視覚が驚くほど広くなる。
 このように自らを強化するようなスキルや魔法はわざわざそのスキル名を唱えなくてはならないのだ。

 例えば逆上や腕力などの特定の条件をクリアすることで発生するスキルなどは唱えなくてもいいのだ。

 おそらくこの世界には無詠唱的なスキルもあるはずだ。
 無詠唱が無くてもモンスターと戦えるのだが、知性の高いモンスター、あるいは人間相手には手の内を明かすことになる。

 まぁ、こんな平和な街だ。
 対人戦なんて今は考えなくてもいいだろう。


「これは……すごいな」

 正面を向いているはずなのに真上や真下が見える。
 そして横を見ると自分の耳が見えるのではないかぐらい視界が広がり、少し振り向くだけで真後ろも十分に見えた。

 そして魔力の消費が全くないのだ。
 こんな便利なスキルで魔力の代償もない、なんて素晴らしいスキルなんだろう。



 が、そんなことを考えているのもつかの間。

 悠真は身体の異常に気づき、すぐさま広角視覚のスキルを解除した。


「くっ……!」

 足元がおぼつかなくなり、壁を背にして座り込む。

 突然悠真の頭の中でガンガンと音がなり、酷い頭痛が起こり、意識が朦朧としてきたのだ。

 無理はないだろう。
 今まで通常の視覚で得た情報は脳が処理しているからだ。

 そんな中、突然視覚が広くなり、普段見えるはずのないものまで視覚で捉えることが出来てしまうと、脳が追いつかなくなりオーバーヒートしてしまう。

 脳に多大な負荷がかかる、そして急に広角視覚を解除したせいで脳が混乱してしまい、このような事を起こしてしまったのだ。


「このスキルは……極力使わないようにしようかな……」

 毎回毎回使った後にこうなってしまったら目も当てられない。
それがモンスターとの戦闘中なら尚更だ。

 毎日10秒でもいいから使い続ければ脳が慣れ、広角視覚を使い続けても大丈夫にはなると思うが全く負担が無くなるわけではない。

 使いどころには悩んでしまうがいざという時までこのスキルを使わないのはいい判断だろう。


 それよりふと思ったのだが何故刺された時、毒状態にならなかったのだろう。

 蜂の針と言えば毒があるというのがオーソドックスだろう。

 それにあんな大きな顎ではなく針で攻撃してきたあたり毒はあるはずだ。

 現に目の前で針の先端から出ている謎の液体はプクプクと泡を立てていた。

 蜂の体液ならいいのだが、蜂を切った時に青黒い血が吹き出たので毒と確定していいだろう。


 すぐ針を抜いたから?
 いや、抜いた時にあれだけ毒が出てたんだ、すぐに抜いても多少は人体に影響があるはず。

 自分の体に毒の抗体があるから?
 いや、この仮定は100%と言ってもいいほどありえないだろう。

 まぁモンスターから奪ったスキルに毒に対しての耐性があるスキルがあるとすれば別だがそんなスキルは取得していない。


 実は毒ではない?
 刺しどころが悪かった?
 針から毒が出る前に抜いた?

 などと色んな仮定を立てるがどれも当てはまらない。



 とりあえずまとまった結論は「運が良かった」と曖昧にして水を飲み、置いておいたソードゴブリンの剣を拾い上げて先に進むのであった。









 -6階層-

 5階層では最初に戦ったイエローホーネット以外全くモンスターの姿がなかった。

 宝箱もなくモンスタートラップもない、極めて平和な階層だった。

 そして今は6階層の道のど真ん中を歩いていた。


 曲がり角から「ヴヴヴ」と5階層で聞いたことのある音が聞こえたため、回れ右をして引き返し別の道を探す。

 5階層の時は火を纏った短剣で切ったのだが、その時の感触が虫とは思えないほど硬かったのだ。

 そのためこの短剣で切るには思いっきり叩き切る必要があり、その一撃を与えるためにはモンスターに隙を作らなければならないのだ。

 あの時は肩を刺されて飛び回らなくならなかったため力を込めて殴ることが出来たが、素早くランダムに動き回るので目で追うことが難しい。

 倒す度に肩や腕を刺されるのはゴメンだ。
 なので今は羽根の擦れる音が聞こえたらすぐに逃げるようにしていた。

 ちなみに刺された右肩の傷は回復薬で治療済みである。
 血が流れなくなり痛みも引いたのだが傷跡が出来てしまった。

 傷跡は傷ではないので回復薬では治らなかった。

 もしかしたら黄色い瓶に入った回復薬ならと考えたのだが勿体ないのでやめにした。


『グギャギャ! グギャ!』

 突如謎の奇声が聞こえたため振り向くと、頭に茶色い布を巻いたゴブリンが2匹こちらを向いていた。

 そのゴブリン達は右手に弓を所持しており、背中の矢筒から弓矢を取り出し、悠真に向けて弓を振り絞っていた。

 予想だが名前はおそらくゴブリンアーチャーだろう。
 ふと考えた刹那、正面から高速で矢が風を切り悠真に急接近してくる。

 急な出来事に体が反応し、紙一重で弓矢が悠真に命中せず通り過ぎる。

 ゴブリンの投擲が大したことなかっため油断していたのだが結構力もあるしコントロールもある。


 やはり5階層から敵の強さと種類が増えたらしい。
だから帰還用転移魔法陣が丁寧に用意されていたのだろう。

 またゴブリンアーチャーが弓を振り絞っていたため、見定めて2本の矢を躱し、矢を撃たせないように走って接近する。

 剣を握り、ゴブリンアーチャーの首を捉える。
やはり強くなってもゴブリンはゴブリンだ、接近するのだって簡単だ。


『ギャ! ギィィ!』

「なっ!?」

 横に払った剣はゴブリンアーチャーの首を切り落とすことはなく躱されてしまう。

 悠真の姿勢が崩れ、もう片方のゴブリンアーチャーの弓矢が悠真目掛けて飛んでくる。


 その矢に体が脊髄反射してしまい両腕がバッと出てしまう。

 だがそれが結果的に良くなったのか、ガントレットに弓矢が命中し地面にポトリと落ちる。


「剣よりも殴った方が……!」

 短剣を放り投げ、慣れない動きで拳を作りゴブリンアーチャーの頬を力任せに殴る。

 向こうの世界では殴ったことはなかったため不安だったのだがスキルのおかげでめちゃくちゃなパンチでもゴブリンを2mほど吹き飛ばすことが出来た。


『ギィィッ!!』

 仲間が攻撃されたせいなのかもう片方のゴブリンアーチャーが激昂し、弓を振り絞って狙いを定めくる。

 だがこの距離だ。
 力を貯める前にこのゴブリンアーチャーを殴ることが出来る。


『ギュイッ!?』

 弓矢を放とうとした瞬間ゴブリンアーチャーの視界が揺らぐ。
そのまま吹き飛ばされ、壁に思いっきり衝突して倒れ込む。

 最初に殴ったゴブリンアーチャーは仲間を見捨てていつの間にかどこかへ逃げてしまっていた。

 可哀想に、仲間に見捨てられてしまうなんて。


『ギャイイ! ギャギャ!』

 トドメを刺そうと剣を振りかぶり近づくと、目の前のゴブリンアーチャーは通常のゴブリンよりも知性があるのか命乞いをしてきた。

 手をスリスリと擦り合わせ、頭をペコペコと下げ、手に持っていた弓をポイッと遠くに捨てた。


「……はぁ、仕方ないなぁ」

 さすがにいくらモンスターであろうと命乞いをしてきたら躊躇ってしまう。

 悠真は罪悪感に塗れることがとても苦手なので剣を下ろすとゴブリンアーチャーは立ち上がり、ペコペコと頭を下げてどこかへ走っていった。


「僕もまだまだだな……」

 逃がしてしまったことに嫌な気はしない。
 むしろ心のどこかで今行ったことを誇らしく喜んでいる自分がいたのは事実であった。


















如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅰ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅰ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ

PS→NOSKILL

US→逆上Ⅰ

SS→殺奪
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