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第8話 物件交渉
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焔帝竜の一人娘であるステラと出会い、そしてB級ギルド【憩いのオアシス】のギルドマスターであるゼイルからの協力を得た日の、翌日の朝。
俺は、ステラと共にアグニエル王国の東区にある、人通りの少ない通りを進んでいた。
「ねぇ、ノア。今日って、立ち上げるギルドの物件を探しに来ているのよね?」
「あぁ。そのつもりだが……なにか、不満でもあるのか?」
「不満ではないけれど……物件を探すのなら、普通は不動産会社に頼るのが一般的よね。いくら宛があるにしても、やっぱり効率が悪いわ」
確かに、これに関してはステラの言う通りだ。
しかし、ここで俺が不動産会社に頼らないのは、ある大きな理由があった。
「なぁ、ステラ。昨日俺たちが足を運んだ【憩いのオアシス】は、どんなところにあった?」
「えっ? えーと……確か、南区の大通り前よね。周りには色々なお店が建っていたわ」
「そう。それは【憩いのオアシス】だけじゃない。他のギルドも、基本的には人通りの多い大通り付近にギルドを構えている。そうすることで、人はギルドに足を運びやすくなるからな」
つまるところ、人の目に付くような場所でギルドを構えれば、その分そのギルドは人々に認知されるようになるのだ。
以前俺が所属していた【強者の楽園】なんて、中央区に建てられた超好物件である。
東区、西区、南区、北区のどこからでも人が足を運べるギルドなんて、アグニエル王国の中ではきっとスヴェンの統べる【強者の楽園】だけだろう。
「まぁ、つまりだ。不動産会社に頼ることは、決して悪いことではない。だが基本的に、優良な物件なんて高値でしか取り扱っていない。お金に余裕があるなら大丈夫だが、今の俺たちにはそんな余裕はない」
「なるほどね。それで、今向かっている物件っていい立地条件なのかしら?」
「んー……立地条件的には、そこまでいいわけではない。だが、決して悪くもない。まぁ、かなりの訳あり物件ではあるんだけどな」
そう説明をしながらも、俺たちは坂道の多い東区の道をただひたすらに進んでいく。
そしてたどり着いた場所は、アグニエル王国の景色を一望できるほどの高台にある場所であり、そこには大きな建築物がポツンと建てられていた。
しかしその建築物はかなり年季が入っているのか薄汚れており、見方によれば廃墟のようにも見える場所であった。
「……ね、ねぇ。本当に、ここで合ってるの……?」
「あぁ、見た目はこんなだが大丈夫だ。安心してくれ」
不安そうに俺を見つめてくるステラを安心させながらも、俺は薄汚れた両開きの扉を二回ほどノックし、扉を押して中に足を踏み入れる。
その先には薄暗い空間が広がっていたが、だからといって埃まみれだとか、蜘蛛の巣だらけといったことはなく、明らかに人の手によって掃除された痕跡が残っていた。
「おーい。ナルメアさーん? いるんだろー?」
静寂に包まれた空間に、俺の声だけが響き渡る。
すると、突然壁にかけられていたランプに明かりが灯っていき、部屋の奥からボサボサの髪を掻き分ける一人の女性が姿を現していた。
「……なんだ、ノアかい。せっかく、不審者撃退用の魔道具を持ってきたのに」
「おいおい、物騒だな。今日は客人として来たんだから、もてなしてくれよ」
「はぁ~……はいよ。粗茶しかないけど、それで我慢しな」
そう言って、少しばかり嫌そうにお茶の用意をするのは、頭に大きな紫色の魔女帽子を被ったガラガラ声の女性──ナルメアである。
そんなナルメアは目の下にできた大きなクマが特徴的な女性であり、紫色の輝く煙管をふかしながら、俺とステラの前にお茶を運んできてくれた。
「はい。銅貨一枚で買えるくらいのやっすいお茶だよ」
「ありがとう。ほら、ステラもいただくんだ」
「え、えぇ……その、それはいいのだけれど……」
お茶の注がれた湯呑みを持ちながらも、どこか気恥しそうに視線を左右に動かすステラ。
そんなステラを横目見ながらも、俺はやけにぬるいお茶を口に運ぶ。
すると、突然隣で座っていたステラが湯呑みを机の上に置いたと思えば、勢いよく立ち上がってナルメアに向けてビシッと指をさしていた。
「──いつまでもノアが突っ込まないから言わせてもらうけど、どうしてこの人は下着姿なの!?」
顔を少し赤らめながらも、声を大にしてそう口にするステラ。
だが一方のナルメアは、一体この娘はなにを言っているんだと言わんばかりに煙管を吹かしており、ため息と共に白い煙を口から吐き出していた。
「はぁ……どうしてと言われてもねぇ。この姿が一番楽だし、洗濯物も少なくていいからとしか言えないわね」
「で、でもノアの……男の前なのよ!? は、恥ずかしくないの!?」
「別に恥ずかしくなんてないわよ。誰かに乳や尻を見られたって、どうでもいいしね。それに、あたしはもう三十四のおばさんだ。こんな老いた体に興味を持つ物好きなんて、いるわけないじゃないか」
ハッハッハ。と、ガラガラな笑い声を上げながら、かなり大きめに実った自分の胸を持ち上げる、ナルメア。
しかしこんなことを言うのはなんだが、正直なところ俺は慣れてしまっただけで、普通の男ならきっとナルメアを直視することができないだろう。
大きなクマやガラガラな声が特徴的なナルメアだが、煙管を吸う仕草やそのスタイルの良さは、大人の危ない色気がこれでもかと溢れ出ている。
そんなナルメアを一言で例えるのなら、きっと『妖艶』という言葉が一番似合うであろう。
「は、破廉恥だわ……! ノア、本当にこの人大丈夫なの……?」
「だから言っただろ。性格に難ありだって。だが、こう見えてナルメアさんは魔道具開発の天才だ。アースドラゴンの素材を入れてた『魔法の袋』を開発したのは、このナルメアさんなんだぞ?」
俺の言葉を聞いて、絶句したように口を開いて俺とナルメアを交互に見つめるステラ。
無理もない。ナルメアを知らない人からしたら、明らかにナルメアはただの『痴女』か『変態』に見えるだろう。
しかし、ナルメアがこんな風になってしまったのも、少し前に起きたとある事件がきっかけなのである。
「それで、いきなりどうしたんだい。その様子だと、世間話をしに来たわけでもないんだろう?」
艶めかしく足を組みながらも、煙管を吹かしながらそんなことを口にするナルメア。
俺は、ナルメアが回りくどい話を苦手としていることを知っていた。そのため、俺は単刀直入に本題を切り出すことにした。
「実は、俺は昨日【強者の楽園】から追放されてしまったんだ。だが、俺は冒険者を諦めることができなかった」
「ほう。それで?」
「単刀直入に言う。俺は、ギルドを立ち上げるつもりだ。だから、この建物──いや、A級ギルド【蒼炎の灯火】の跡地であるここを譲ってほしい」
ナルメアにそう告げながら、俺は頭を深く下げる。
すると、なぜか隣で座っていたステラは息を呑んでおり、俺の肩を早いペースでトントントンと叩いてきた。
「ノ、ノア! 【蒼炎の灯火】って、S級昇格前に消えたあの幻のギルドよね!? ここが、そのギルド跡地だっていうの!?」
「あぁ。そして、今俺たちの目の前にいるのは、そんな【蒼炎の灯火】でギルドマスターをしていた、真紅の魔術師ナルメア・スカーレットだ」
ナルメア・スカーレット。
彼女はアグニエル王国で魔術を研究していた元研究者であり、それでいて冒険者ギルド史上最短の三年でS級昇格までギルドを導いた伝説の魔術師だ。
そんな【蒼炎の灯火】は【強者の楽園】とは違って、僅か十名の冒険者しか所属していない、少数精鋭のギルドとしても有名であった。
しかも、所属していた冒険者は皆S級冒険者であり、いづれ冒険者ギルドのトップに君臨するであろうと言われていた、まさに伝説のギルドなのである。
しかしそんな【蒼炎の灯火】は、S級ギルドへの昇格を叶えずして消息を絶ってしまった。
その理由を、世間は内部分裂だとか、元々飽き性であったナルメアが飽きたからだとか、一時期は多くの推測で盛り上がっていた。
だが誰も、この話の真実を知らない。
世界最強の称号を掲げていた【蒼炎の灯火】が、突如として消息を絶った理由。
それは、決して内部分裂を起こしたわけでも、ナルメアが飽きて職務を放棄したからでもない。
この話の真実。それは、今もなお世界に名を轟かせている【強者の楽園】のギルドマスターである、スヴェンの存在が大きく関わっているのだ──
俺は、ステラと共にアグニエル王国の東区にある、人通りの少ない通りを進んでいた。
「ねぇ、ノア。今日って、立ち上げるギルドの物件を探しに来ているのよね?」
「あぁ。そのつもりだが……なにか、不満でもあるのか?」
「不満ではないけれど……物件を探すのなら、普通は不動産会社に頼るのが一般的よね。いくら宛があるにしても、やっぱり効率が悪いわ」
確かに、これに関してはステラの言う通りだ。
しかし、ここで俺が不動産会社に頼らないのは、ある大きな理由があった。
「なぁ、ステラ。昨日俺たちが足を運んだ【憩いのオアシス】は、どんなところにあった?」
「えっ? えーと……確か、南区の大通り前よね。周りには色々なお店が建っていたわ」
「そう。それは【憩いのオアシス】だけじゃない。他のギルドも、基本的には人通りの多い大通り付近にギルドを構えている。そうすることで、人はギルドに足を運びやすくなるからな」
つまるところ、人の目に付くような場所でギルドを構えれば、その分そのギルドは人々に認知されるようになるのだ。
以前俺が所属していた【強者の楽園】なんて、中央区に建てられた超好物件である。
東区、西区、南区、北区のどこからでも人が足を運べるギルドなんて、アグニエル王国の中ではきっとスヴェンの統べる【強者の楽園】だけだろう。
「まぁ、つまりだ。不動産会社に頼ることは、決して悪いことではない。だが基本的に、優良な物件なんて高値でしか取り扱っていない。お金に余裕があるなら大丈夫だが、今の俺たちにはそんな余裕はない」
「なるほどね。それで、今向かっている物件っていい立地条件なのかしら?」
「んー……立地条件的には、そこまでいいわけではない。だが、決して悪くもない。まぁ、かなりの訳あり物件ではあるんだけどな」
そう説明をしながらも、俺たちは坂道の多い東区の道をただひたすらに進んでいく。
そしてたどり着いた場所は、アグニエル王国の景色を一望できるほどの高台にある場所であり、そこには大きな建築物がポツンと建てられていた。
しかしその建築物はかなり年季が入っているのか薄汚れており、見方によれば廃墟のようにも見える場所であった。
「……ね、ねぇ。本当に、ここで合ってるの……?」
「あぁ、見た目はこんなだが大丈夫だ。安心してくれ」
不安そうに俺を見つめてくるステラを安心させながらも、俺は薄汚れた両開きの扉を二回ほどノックし、扉を押して中に足を踏み入れる。
その先には薄暗い空間が広がっていたが、だからといって埃まみれだとか、蜘蛛の巣だらけといったことはなく、明らかに人の手によって掃除された痕跡が残っていた。
「おーい。ナルメアさーん? いるんだろー?」
静寂に包まれた空間に、俺の声だけが響き渡る。
すると、突然壁にかけられていたランプに明かりが灯っていき、部屋の奥からボサボサの髪を掻き分ける一人の女性が姿を現していた。
「……なんだ、ノアかい。せっかく、不審者撃退用の魔道具を持ってきたのに」
「おいおい、物騒だな。今日は客人として来たんだから、もてなしてくれよ」
「はぁ~……はいよ。粗茶しかないけど、それで我慢しな」
そう言って、少しばかり嫌そうにお茶の用意をするのは、頭に大きな紫色の魔女帽子を被ったガラガラ声の女性──ナルメアである。
そんなナルメアは目の下にできた大きなクマが特徴的な女性であり、紫色の輝く煙管をふかしながら、俺とステラの前にお茶を運んできてくれた。
「はい。銅貨一枚で買えるくらいのやっすいお茶だよ」
「ありがとう。ほら、ステラもいただくんだ」
「え、えぇ……その、それはいいのだけれど……」
お茶の注がれた湯呑みを持ちながらも、どこか気恥しそうに視線を左右に動かすステラ。
そんなステラを横目見ながらも、俺はやけにぬるいお茶を口に運ぶ。
すると、突然隣で座っていたステラが湯呑みを机の上に置いたと思えば、勢いよく立ち上がってナルメアに向けてビシッと指をさしていた。
「──いつまでもノアが突っ込まないから言わせてもらうけど、どうしてこの人は下着姿なの!?」
顔を少し赤らめながらも、声を大にしてそう口にするステラ。
だが一方のナルメアは、一体この娘はなにを言っているんだと言わんばかりに煙管を吹かしており、ため息と共に白い煙を口から吐き出していた。
「はぁ……どうしてと言われてもねぇ。この姿が一番楽だし、洗濯物も少なくていいからとしか言えないわね」
「で、でもノアの……男の前なのよ!? は、恥ずかしくないの!?」
「別に恥ずかしくなんてないわよ。誰かに乳や尻を見られたって、どうでもいいしね。それに、あたしはもう三十四のおばさんだ。こんな老いた体に興味を持つ物好きなんて、いるわけないじゃないか」
ハッハッハ。と、ガラガラな笑い声を上げながら、かなり大きめに実った自分の胸を持ち上げる、ナルメア。
しかしこんなことを言うのはなんだが、正直なところ俺は慣れてしまっただけで、普通の男ならきっとナルメアを直視することができないだろう。
大きなクマやガラガラな声が特徴的なナルメアだが、煙管を吸う仕草やそのスタイルの良さは、大人の危ない色気がこれでもかと溢れ出ている。
そんなナルメアを一言で例えるのなら、きっと『妖艶』という言葉が一番似合うであろう。
「は、破廉恥だわ……! ノア、本当にこの人大丈夫なの……?」
「だから言っただろ。性格に難ありだって。だが、こう見えてナルメアさんは魔道具開発の天才だ。アースドラゴンの素材を入れてた『魔法の袋』を開発したのは、このナルメアさんなんだぞ?」
俺の言葉を聞いて、絶句したように口を開いて俺とナルメアを交互に見つめるステラ。
無理もない。ナルメアを知らない人からしたら、明らかにナルメアはただの『痴女』か『変態』に見えるだろう。
しかし、ナルメアがこんな風になってしまったのも、少し前に起きたとある事件がきっかけなのである。
「それで、いきなりどうしたんだい。その様子だと、世間話をしに来たわけでもないんだろう?」
艶めかしく足を組みながらも、煙管を吹かしながらそんなことを口にするナルメア。
俺は、ナルメアが回りくどい話を苦手としていることを知っていた。そのため、俺は単刀直入に本題を切り出すことにした。
「実は、俺は昨日【強者の楽園】から追放されてしまったんだ。だが、俺は冒険者を諦めることができなかった」
「ほう。それで?」
「単刀直入に言う。俺は、ギルドを立ち上げるつもりだ。だから、この建物──いや、A級ギルド【蒼炎の灯火】の跡地であるここを譲ってほしい」
ナルメアにそう告げながら、俺は頭を深く下げる。
すると、なぜか隣で座っていたステラは息を呑んでおり、俺の肩を早いペースでトントントンと叩いてきた。
「ノ、ノア! 【蒼炎の灯火】って、S級昇格前に消えたあの幻のギルドよね!? ここが、そのギルド跡地だっていうの!?」
「あぁ。そして、今俺たちの目の前にいるのは、そんな【蒼炎の灯火】でギルドマスターをしていた、真紅の魔術師ナルメア・スカーレットだ」
ナルメア・スカーレット。
彼女はアグニエル王国で魔術を研究していた元研究者であり、それでいて冒険者ギルド史上最短の三年でS級昇格までギルドを導いた伝説の魔術師だ。
そんな【蒼炎の灯火】は【強者の楽園】とは違って、僅か十名の冒険者しか所属していない、少数精鋭のギルドとしても有名であった。
しかも、所属していた冒険者は皆S級冒険者であり、いづれ冒険者ギルドのトップに君臨するであろうと言われていた、まさに伝説のギルドなのである。
しかしそんな【蒼炎の灯火】は、S級ギルドへの昇格を叶えずして消息を絶ってしまった。
その理由を、世間は内部分裂だとか、元々飽き性であったナルメアが飽きたからだとか、一時期は多くの推測で盛り上がっていた。
だが誰も、この話の真実を知らない。
世界最強の称号を掲げていた【蒼炎の灯火】が、突如として消息を絶った理由。
それは、決して内部分裂を起こしたわけでも、ナルメアが飽きて職務を放棄したからでもない。
この話の真実。それは、今もなお世界に名を轟かせている【強者の楽園】のギルドマスターである、スヴェンの存在が大きく関わっているのだ──
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