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6.結末
軟禁、いや、監禁に近い生活だった。
部屋から出るなと言われた通り、リネーはあれから一歩も部屋を出ずに過ごしていた。部屋から出たところで、する事もない。
ヒートが落ち着くとすぐに、父親の悪事の所業をすべて書き連ねる事となった。思いつく限り、幼い頃からのものも含めて書いてほしいと言われて、時間を掛けて書き上げた。その間、部屋に入って来たのはアルベルトとマグネスのみで、食事を運んでくるのも身支度を手伝うのも、二人以外は誰一人もこの部屋に入って来ていない。
「飽きて来ましたか? リネー」
「いや、…………こうなって、安心してる」
この部屋にいる限りは、誰もリネーを脅かさない。
あれほど恐れていた父親との接点も強制的に遮断されていた。手紙も届かない。直接会いに来られる事もない。外の世界の情報が何もない。父親の悪行を思いつく限り書き連ねた書面をマグヌスに託した後は、やる事もなくなってずっとアルベルトの部屋にある本を読んでいるくらいしかする事が無い。
「良かった。もうちょっと待っててください。あとちょっとなので」
「……何が『あとちょっと』なのかはいずれ聞かせてくれるのか」
「もちろん」
腰を引き寄せられて、抱きしめられる。嗅ぎなれたアルベルトの香水の匂いがする。
ヒートの時に嗅いだフェロモンの匂いとはまた別の、落ち着いた匂いだ。性欲を煽られるような匂いではなくて、よく知っている、深い森のような香りだ。ここ数日で随分とこの匂いにも慣らされてしまった。
「首を見せてください」
「ああ」
少しだけ襟首にかかる髪をかき上げてやると、視線がそこに注がれるのを感じる。
「……ちゃんと馴染んできてる。もう少しで傷も治りますね」
アルファの噛み痕は、出血してかさぶたになり、かさぶたが取れると歯形の痣が残るらしい。
ちょうど今、そのかさぶたが取れそうな頃だった。
「ん……」
どうにもアルベルトの態度が甘くてむず痒い。この部屋に来てから、正確にはあのヒートの終わり際、リネーが謝罪をして許されてから。
リネーを気遣う姿勢は今まで通り変わらない。けれども、こうして触れてくることが多くなった。隙あればキスをされるし、気が付けば視線を感じる
今まではそんな事は無かったはずだ。優しかったけれど、どちらかというと距離を取られていると感じていた。ヒートが来るまでは、と言う事を口実にして、近寄らないようにでもしているかのような、それくらいの距離を感じていた。
少なくともアルベルトはいつだって優しかったが、それはただの万人に対してのやさしさと同じで、リネーだけに注がれるものではなかったはずだ。
(居た堪れない……)
どういう心境の変化なのかはわからない。けれど明確に、たぶんアルベルトの中で、リネーの立ち位置が変わったのだろう。
「もう今日からこの部屋を出ても大丈夫ですよ」
今まで毎日厳重に外側から鍵がかけられていた扉が開かれて、外へと誘導される。
「……いいのか」
「大丈夫です。それから、貴方の父親は数々の罪を重ねていた事が公になり、裁判中です。もう貴方と会うこともないでしょう」
「そうか」
「実は元々、私はその調査をしていたんですよ。それもこの後話しますね」
どうやら『あとちょっと』だった何かが終わったらしい。
手を引かれて、ティールームへと連れて行かれる。すでにそこではマグヌスが茶器の準備を終えていて、促されて席につくと、暖かい紅茶が注がれた。
「マグヌス」
アルベルトが名を呼ぶと、マグヌスは少し席を外し、戻って来た頃には手元に厚い書類の束を持っていた。
「リネー様、こちらを」
手渡された資料をめくると、そこには父親の犯した罪が羅列されていた。被告人の欄に父親の名前がある。それから、そこにはアルベルト暗殺を企てた事、その他、いくつかリネーも知る悪事が記載されていたが、幼い子供を誘拐して、他国へ人身売買に出していたなど、初めて目にするものも多く書き連ねられていた。
「…………こんなに、」
「叩けば叩くほど出て来ましてね、これではさすがに、除爵せざるを得ない」
伯爵家が除爵されるなど前代未聞だ。おそらく貴族の間ではとんでもない騒ぎになっているだろうことが想像に難くない。
義母や義弟も、もうこの国に住んではいられないだろう。
ゆっくりとリネーの側に来たアルベルトが、目の前で跪く。それからリネーの手を取って、その手の甲にキスをした。
「リネー、私もあなたを騙していたので謝ります」
「…………どうぞ」
「私は正式には子爵ではありません。ヴェクテル子爵に無理を言って、一時的に金で爵位を買わせて頂いたのです。リンデホルムも偽名の家名です」
「……は」
驚いた表情のまま、アルベルトを凝視してしまう。リネーのしていた事に比べれば、身分を偽っていた事は些末なことかもしれないが、貴族ではないのに貴族を名乗るのは大罪だ。それこそ裁きを受ける可能性もある。結局また、ここでも安寧の人生は遅れないのかと、リネーが動きの鈍くなった考えを巡らせようとしたとき、ちょうど後ろから別の人物が部屋に入って来た。
この部屋には、基本的にアルベルトと二人きりで過ごすことばかりだったので、第三者の気配に驚いて、足音だけでびくりと身体を揺らしてしまう。
「ああ、驚かせてすまない」
声のする方に視線を巡らせて、また驚くことになる。
「………………国王陛下」
「ああ、良い、良い。そのままで、アルベルト、続けなさい」
いつもならアルベルトの座る、リネーの向かいの席に、どっかりと腰をかける。その人は、この国の最上位の権力者だ。
なぜヴィルヘルム国王陛下がこんなところへ、と問いかける前に、アルベルトに手を握られる。
「リネー、隠していてすみません。けれどこれは国王陛下との密約でした」
「密約」
そんな話を聞いてもいいのか、視線を泳がせると、向かいに座るヴィルヘルムは目を閉じてゆっくりと頷いた。
「話せば長くなりますが、俺は事情があって国外で暮らしていました。ヴィルヘルム国王陛下は伯父にあたります。父親同士が兄弟で、本来だったら私は国外で暮らしたままのはずだったんですが、陛下に何かあったときのバックアップとしてこの国に帰ってきました。帰って来たと言っても、この国に住むのは初めてでしたけど」
「……伯父」
「私が頼んだんだよ。跡継ぎもいないし、私の子が出来るまでの間はこの国にいて欲しいとね。けれど私のバックアップとして帰って来たところですることもないから、それならこの国の立て直しに協力して欲しいと頼んだんだ。ここのところ、貴族の奔放なふるまいがいささか目に付くようになっていたからね」
口を開いた国王陛下は、口元に蓄えた髭を撫でながら、目を細めるようにしてそう言った。
「良い働きをしてくれた。アルベルト、私には同じようにはできなかった」
「まぁ適材適所ですよ、伯父上。俺は今回のような裏面工作が得意なので」
二人を見比べてもとても似てはいないが、アルベルトが国王陛下にとても気安く話しかけているところをみると、親戚だと言うのは本当らしい。
「リネー、私の身分は正しくは王族ということになります。ですので、貴方も王族に嫁いだ以上、王族と言う事です」
「そんな……」
とてもじゃないが受け入れられない。父親は除爵され、後ろ盾のないリネーを伴侶にするメリットはない。
それどころか王室に批判が集中する可能性すらある。
「ああ、でも安心してください。これからも王族としての身分はしばらくは明かしません。実は国王陛下直轄の特務機関で働いているのです。貴方の父親も、調査の対象でした」
そこからアルベルトが話してくれたのは、婚約前からすでに父親の罪を洗いだしていた事。屋敷に来ていた父親の動向も、手紙の内容もすべて見られていた事。リネーが父親に逆らえない環境にいたことも、すべて把握していたということだった。
「…………なんだ、じゃあ私は……一人で、馬鹿みたいに……」
「リネーが、ちゃんと父親に従って動いてくれなかったら事態は動かなかったので、それで良かったんです。けど、……貴方を泳がせて、貴方の父親を暴こうとした事は、貴方に知らせずに行っていたので、謝らせてください。貴方に辛い思いをさせているのも知っていました。それも含めて」
「アル……」
国の調査だったというのなら仕方のない事だ。そこにアルベルトが謝る必要はない。
謝らなくていい、と告げようとして、ふと思い当たる。
「私と番になったのは、良かったのか?」
「……ふ、それ聞きます?」
リネーのヒートは不定期で、婚約するときからいつ来るかわからないことは説明してあった。おおよそ三カ月に一度の周期ではあるが、半年間が空くこともある。
今回だってリネー自身でもわかっていないタイミングでのヒートだった。それに当てられたようにして番うことになったが、本当だったらリネーと番うのは、アルベルトにとって望んでいなかったのではないだろうか。王族ということなら、跡継ぎに罪人の血が混じっているのはまずいのではないか。
「……この国は一夫多妻制ではないから、離縁したいというなら」
「言ったでしょう。これから貴方は俺のものにするって」
「っ……私は、……! ……父上と等しく、罪人だ」
いくら父親に指示されていたといっても、犯した罪からは逃げられない。
同意を求めて国王陛下の方へ視線を向けるが、思いのほか同意は得られず、ただ優しく笑っているだけだった。
座り込んでいたアルベルトが立ち上がる。
「リネー、貴方が心配しているのは跡継ぎについてですね。伯父上、前に話した通り、伯父上が早くに跡継ぎを決めてくれたら俺は関係ないですもんね?」
「……はぁ、そう急かさないでくれ、アルベルト」
座ったままだった国王陛下はゆっくりと立ち上がって、アルベルトとリネーの側へと来た。慌てて立ち上がろうとするリネーを制して、ヴィルヘルムが話し始める。
「リネー、貴方の罪は確かに共犯としては重い。貴方がした事も犯罪だ。けれど、それはそれは、実質身分を偽って暮らすアルベルトと同じだ。心配しなくていい。いずれ私の跡継ぎができなければ、アルベルトが即位することになるが、そうだとしても短期間の予定だ。アルベルトは王位に興味がないらしい」
「この国に来る条件がそれでした。王位に即位しても長くても5年。つなぎの役目だけです。それもどうしてもその事態になった時だけ。基本的には伯父上が、血の繋がる跡継ぎを作るか、血が繋がらなくとも優秀な人材を養子として探すか、です。不慮の事故で伯父上が亡くなったりすれば、一旦俺が引き受けますけどね」
「それは……」
この国の最高権威に対してとても不敬なのではないか、と思うが、ヴィルヘルムは気に留めていないようだった。
「だから、リネー。心配しなくていいですよ。俺の子は出来たとしても跡継ぎにはならないし、王族としての責任もそれほど重いものじゃない。次の跡継ぎに引き継がれるまで、死ななければいいくらいのものだ。貴方は俺のものだから、離縁はしません。誰にももう手は出させないし、誰も貴方の生活を脅かさない」
その言葉を聞いて、胸が詰まって言葉が出なくなった。
それこそがリネーの本当に望んでいたものだ。
「…………私で、いいんですか」
「言ったでしょう? 貴方にひとめぼれでした。あれは嘘じゃない。ダンスパーティーで貴方と会った事があると言ったのは嘘でしたが、ダンスパーティーで踊る貴方をずっと貴賓席から見ていました。当時は私が王族と言う事はもちろん公表していなかったですし、誰にも挨拶なんかしてなかったですが。貴方が、私のもとに来てくれて嬉しいですよ、リネー」
そうまで言われてしまえば、リネーからそれ以上、何も言う事など無かった。
ヴィルヘルムは、今回の事態で巻きこんでしまったリネーへ謝罪をしたいとのことで屋敷を訪ねてきてくれたらしい。そのまま一緒に夕食を摂ることになり、打ち解けた空気の中で心地よい会話をしてその日はお開きとなった。
王室付きの執事に連れられてダイニングを出る国王陛下を見送ると、アルベルトはリネーの手を引いて部屋へと向かった。
「しばらく軟禁状態でしたから、ゆっくり休んでください」
「ああ」
部屋を出て久しぶりに吸った空気は、随分と軽やかに感じられた。肩の荷が下りたというのか、とにかくもう何も心配しなくていいのだと思うと、そう取り計らってくれたアルベルトに申し訳なくなる。きっとリネーの知らないところで苦労してくれたのだろう。
「リネー」
部屋に入って、改めてを御礼を言おうとしたところで、アルベルトに呼び止められる。
振り返ってアルベルトに向き合おうとしたところで手を取られた。
「はい、これ」
掌にそっと置かれたのは、見慣れた形の懐中時計だった。アルベルトがリネーに初めて贈った贈り物だ。
「これ……」
「貴方の父上が売り払ったものは全て取り戻しています。発信器をつけていたので」
美しい金細工の懐中時計は、一度、リネーの手元を離れて行ったものだ。何度も月明りに照らして見た形そのままだ。
「他にも貴方が手元に置いておきたいものがあれば……」
「これだけでいい」
リネー、と美しく彫られたその意匠が部屋の明かりにきらめく。
手に乗る重さはもう二度と戻らないと思っていた。
「ありがとう、アルベルト……その、何もかも、感謝してる」
「……驚いた。思ったよりも素直で」
本当に驚いたような表情をするので、腹が立って軽く足を蹴ってやった。
「素直だっただろ、ずっと」
「はは、冗談ですよ」
部屋から出るなと言われた通り、リネーはあれから一歩も部屋を出ずに過ごしていた。部屋から出たところで、する事もない。
ヒートが落ち着くとすぐに、父親の悪事の所業をすべて書き連ねる事となった。思いつく限り、幼い頃からのものも含めて書いてほしいと言われて、時間を掛けて書き上げた。その間、部屋に入って来たのはアルベルトとマグネスのみで、食事を運んでくるのも身支度を手伝うのも、二人以外は誰一人もこの部屋に入って来ていない。
「飽きて来ましたか? リネー」
「いや、…………こうなって、安心してる」
この部屋にいる限りは、誰もリネーを脅かさない。
あれほど恐れていた父親との接点も強制的に遮断されていた。手紙も届かない。直接会いに来られる事もない。外の世界の情報が何もない。父親の悪行を思いつく限り書き連ねた書面をマグヌスに託した後は、やる事もなくなってずっとアルベルトの部屋にある本を読んでいるくらいしかする事が無い。
「良かった。もうちょっと待っててください。あとちょっとなので」
「……何が『あとちょっと』なのかはいずれ聞かせてくれるのか」
「もちろん」
腰を引き寄せられて、抱きしめられる。嗅ぎなれたアルベルトの香水の匂いがする。
ヒートの時に嗅いだフェロモンの匂いとはまた別の、落ち着いた匂いだ。性欲を煽られるような匂いではなくて、よく知っている、深い森のような香りだ。ここ数日で随分とこの匂いにも慣らされてしまった。
「首を見せてください」
「ああ」
少しだけ襟首にかかる髪をかき上げてやると、視線がそこに注がれるのを感じる。
「……ちゃんと馴染んできてる。もう少しで傷も治りますね」
アルファの噛み痕は、出血してかさぶたになり、かさぶたが取れると歯形の痣が残るらしい。
ちょうど今、そのかさぶたが取れそうな頃だった。
「ん……」
どうにもアルベルトの態度が甘くてむず痒い。この部屋に来てから、正確にはあのヒートの終わり際、リネーが謝罪をして許されてから。
リネーを気遣う姿勢は今まで通り変わらない。けれども、こうして触れてくることが多くなった。隙あればキスをされるし、気が付けば視線を感じる
今まではそんな事は無かったはずだ。優しかったけれど、どちらかというと距離を取られていると感じていた。ヒートが来るまでは、と言う事を口実にして、近寄らないようにでもしているかのような、それくらいの距離を感じていた。
少なくともアルベルトはいつだって優しかったが、それはただの万人に対してのやさしさと同じで、リネーだけに注がれるものではなかったはずだ。
(居た堪れない……)
どういう心境の変化なのかはわからない。けれど明確に、たぶんアルベルトの中で、リネーの立ち位置が変わったのだろう。
「もう今日からこの部屋を出ても大丈夫ですよ」
今まで毎日厳重に外側から鍵がかけられていた扉が開かれて、外へと誘導される。
「……いいのか」
「大丈夫です。それから、貴方の父親は数々の罪を重ねていた事が公になり、裁判中です。もう貴方と会うこともないでしょう」
「そうか」
「実は元々、私はその調査をしていたんですよ。それもこの後話しますね」
どうやら『あとちょっと』だった何かが終わったらしい。
手を引かれて、ティールームへと連れて行かれる。すでにそこではマグヌスが茶器の準備を終えていて、促されて席につくと、暖かい紅茶が注がれた。
「マグヌス」
アルベルトが名を呼ぶと、マグヌスは少し席を外し、戻って来た頃には手元に厚い書類の束を持っていた。
「リネー様、こちらを」
手渡された資料をめくると、そこには父親の犯した罪が羅列されていた。被告人の欄に父親の名前がある。それから、そこにはアルベルト暗殺を企てた事、その他、いくつかリネーも知る悪事が記載されていたが、幼い子供を誘拐して、他国へ人身売買に出していたなど、初めて目にするものも多く書き連ねられていた。
「…………こんなに、」
「叩けば叩くほど出て来ましてね、これではさすがに、除爵せざるを得ない」
伯爵家が除爵されるなど前代未聞だ。おそらく貴族の間ではとんでもない騒ぎになっているだろうことが想像に難くない。
義母や義弟も、もうこの国に住んではいられないだろう。
ゆっくりとリネーの側に来たアルベルトが、目の前で跪く。それからリネーの手を取って、その手の甲にキスをした。
「リネー、私もあなたを騙していたので謝ります」
「…………どうぞ」
「私は正式には子爵ではありません。ヴェクテル子爵に無理を言って、一時的に金で爵位を買わせて頂いたのです。リンデホルムも偽名の家名です」
「……は」
驚いた表情のまま、アルベルトを凝視してしまう。リネーのしていた事に比べれば、身分を偽っていた事は些末なことかもしれないが、貴族ではないのに貴族を名乗るのは大罪だ。それこそ裁きを受ける可能性もある。結局また、ここでも安寧の人生は遅れないのかと、リネーが動きの鈍くなった考えを巡らせようとしたとき、ちょうど後ろから別の人物が部屋に入って来た。
この部屋には、基本的にアルベルトと二人きりで過ごすことばかりだったので、第三者の気配に驚いて、足音だけでびくりと身体を揺らしてしまう。
「ああ、驚かせてすまない」
声のする方に視線を巡らせて、また驚くことになる。
「………………国王陛下」
「ああ、良い、良い。そのままで、アルベルト、続けなさい」
いつもならアルベルトの座る、リネーの向かいの席に、どっかりと腰をかける。その人は、この国の最上位の権力者だ。
なぜヴィルヘルム国王陛下がこんなところへ、と問いかける前に、アルベルトに手を握られる。
「リネー、隠していてすみません。けれどこれは国王陛下との密約でした」
「密約」
そんな話を聞いてもいいのか、視線を泳がせると、向かいに座るヴィルヘルムは目を閉じてゆっくりと頷いた。
「話せば長くなりますが、俺は事情があって国外で暮らしていました。ヴィルヘルム国王陛下は伯父にあたります。父親同士が兄弟で、本来だったら私は国外で暮らしたままのはずだったんですが、陛下に何かあったときのバックアップとしてこの国に帰ってきました。帰って来たと言っても、この国に住むのは初めてでしたけど」
「……伯父」
「私が頼んだんだよ。跡継ぎもいないし、私の子が出来るまでの間はこの国にいて欲しいとね。けれど私のバックアップとして帰って来たところですることもないから、それならこの国の立て直しに協力して欲しいと頼んだんだ。ここのところ、貴族の奔放なふるまいがいささか目に付くようになっていたからね」
口を開いた国王陛下は、口元に蓄えた髭を撫でながら、目を細めるようにしてそう言った。
「良い働きをしてくれた。アルベルト、私には同じようにはできなかった」
「まぁ適材適所ですよ、伯父上。俺は今回のような裏面工作が得意なので」
二人を見比べてもとても似てはいないが、アルベルトが国王陛下にとても気安く話しかけているところをみると、親戚だと言うのは本当らしい。
「リネー、私の身分は正しくは王族ということになります。ですので、貴方も王族に嫁いだ以上、王族と言う事です」
「そんな……」
とてもじゃないが受け入れられない。父親は除爵され、後ろ盾のないリネーを伴侶にするメリットはない。
それどころか王室に批判が集中する可能性すらある。
「ああ、でも安心してください。これからも王族としての身分はしばらくは明かしません。実は国王陛下直轄の特務機関で働いているのです。貴方の父親も、調査の対象でした」
そこからアルベルトが話してくれたのは、婚約前からすでに父親の罪を洗いだしていた事。屋敷に来ていた父親の動向も、手紙の内容もすべて見られていた事。リネーが父親に逆らえない環境にいたことも、すべて把握していたということだった。
「…………なんだ、じゃあ私は……一人で、馬鹿みたいに……」
「リネーが、ちゃんと父親に従って動いてくれなかったら事態は動かなかったので、それで良かったんです。けど、……貴方を泳がせて、貴方の父親を暴こうとした事は、貴方に知らせずに行っていたので、謝らせてください。貴方に辛い思いをさせているのも知っていました。それも含めて」
「アル……」
国の調査だったというのなら仕方のない事だ。そこにアルベルトが謝る必要はない。
謝らなくていい、と告げようとして、ふと思い当たる。
「私と番になったのは、良かったのか?」
「……ふ、それ聞きます?」
リネーのヒートは不定期で、婚約するときからいつ来るかわからないことは説明してあった。おおよそ三カ月に一度の周期ではあるが、半年間が空くこともある。
今回だってリネー自身でもわかっていないタイミングでのヒートだった。それに当てられたようにして番うことになったが、本当だったらリネーと番うのは、アルベルトにとって望んでいなかったのではないだろうか。王族ということなら、跡継ぎに罪人の血が混じっているのはまずいのではないか。
「……この国は一夫多妻制ではないから、離縁したいというなら」
「言ったでしょう。これから貴方は俺のものにするって」
「っ……私は、……! ……父上と等しく、罪人だ」
いくら父親に指示されていたといっても、犯した罪からは逃げられない。
同意を求めて国王陛下の方へ視線を向けるが、思いのほか同意は得られず、ただ優しく笑っているだけだった。
座り込んでいたアルベルトが立ち上がる。
「リネー、貴方が心配しているのは跡継ぎについてですね。伯父上、前に話した通り、伯父上が早くに跡継ぎを決めてくれたら俺は関係ないですもんね?」
「……はぁ、そう急かさないでくれ、アルベルト」
座ったままだった国王陛下はゆっくりと立ち上がって、アルベルトとリネーの側へと来た。慌てて立ち上がろうとするリネーを制して、ヴィルヘルムが話し始める。
「リネー、貴方の罪は確かに共犯としては重い。貴方がした事も犯罪だ。けれど、それはそれは、実質身分を偽って暮らすアルベルトと同じだ。心配しなくていい。いずれ私の跡継ぎができなければ、アルベルトが即位することになるが、そうだとしても短期間の予定だ。アルベルトは王位に興味がないらしい」
「この国に来る条件がそれでした。王位に即位しても長くても5年。つなぎの役目だけです。それもどうしてもその事態になった時だけ。基本的には伯父上が、血の繋がる跡継ぎを作るか、血が繋がらなくとも優秀な人材を養子として探すか、です。不慮の事故で伯父上が亡くなったりすれば、一旦俺が引き受けますけどね」
「それは……」
この国の最高権威に対してとても不敬なのではないか、と思うが、ヴィルヘルムは気に留めていないようだった。
「だから、リネー。心配しなくていいですよ。俺の子は出来たとしても跡継ぎにはならないし、王族としての責任もそれほど重いものじゃない。次の跡継ぎに引き継がれるまで、死ななければいいくらいのものだ。貴方は俺のものだから、離縁はしません。誰にももう手は出させないし、誰も貴方の生活を脅かさない」
その言葉を聞いて、胸が詰まって言葉が出なくなった。
それこそがリネーの本当に望んでいたものだ。
「…………私で、いいんですか」
「言ったでしょう? 貴方にひとめぼれでした。あれは嘘じゃない。ダンスパーティーで貴方と会った事があると言ったのは嘘でしたが、ダンスパーティーで踊る貴方をずっと貴賓席から見ていました。当時は私が王族と言う事はもちろん公表していなかったですし、誰にも挨拶なんかしてなかったですが。貴方が、私のもとに来てくれて嬉しいですよ、リネー」
そうまで言われてしまえば、リネーからそれ以上、何も言う事など無かった。
ヴィルヘルムは、今回の事態で巻きこんでしまったリネーへ謝罪をしたいとのことで屋敷を訪ねてきてくれたらしい。そのまま一緒に夕食を摂ることになり、打ち解けた空気の中で心地よい会話をしてその日はお開きとなった。
王室付きの執事に連れられてダイニングを出る国王陛下を見送ると、アルベルトはリネーの手を引いて部屋へと向かった。
「しばらく軟禁状態でしたから、ゆっくり休んでください」
「ああ」
部屋を出て久しぶりに吸った空気は、随分と軽やかに感じられた。肩の荷が下りたというのか、とにかくもう何も心配しなくていいのだと思うと、そう取り計らってくれたアルベルトに申し訳なくなる。きっとリネーの知らないところで苦労してくれたのだろう。
「リネー」
部屋に入って、改めてを御礼を言おうとしたところで、アルベルトに呼び止められる。
振り返ってアルベルトに向き合おうとしたところで手を取られた。
「はい、これ」
掌にそっと置かれたのは、見慣れた形の懐中時計だった。アルベルトがリネーに初めて贈った贈り物だ。
「これ……」
「貴方の父上が売り払ったものは全て取り戻しています。発信器をつけていたので」
美しい金細工の懐中時計は、一度、リネーの手元を離れて行ったものだ。何度も月明りに照らして見た形そのままだ。
「他にも貴方が手元に置いておきたいものがあれば……」
「これだけでいい」
リネー、と美しく彫られたその意匠が部屋の明かりにきらめく。
手に乗る重さはもう二度と戻らないと思っていた。
「ありがとう、アルベルト……その、何もかも、感謝してる」
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