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7.その後のふたりの話
「え? そういう事、慣れてるんですか?」
「…………な、れては、無い……」
(あの一回以外した事もないし……)
俺とまだしたい事があるんじゃないのか、と、遠まわしに眠る前のアルベルトを誘ってみた。
今までならそう言えば大抵の男が鼻の下を伸ばして、喜んだ。勝手にあれこれを期待して、それでセックスをする事は一度だってなかったが、大抵そういう気を持たされるような事を男は好むのだと知っている。だからアルベルトも喜んでくれるかと、そう思っての提案だった。
番が相手なのだから、アルベルトが望むならセックスをしたって良かった。
「では自分の見た目に自信があってそう言ってます?」
「……………い、や……」
どこか刺々しいように感じる言葉に戸惑いながら、薄暗い部屋でこちらを向いているアルベルトを見上げる。ちょっとぴりついた空気に、早くも余計な事をしなければ良かったと後悔している。けれど、こうでもしなければ、アルベルトはリネーに触れないのではないかと思ったのだ。
同じベッドで眠るようになって数週間が経つのに、あの日のように触れられない理由がわからなかった。
そもそもようやく穏やかな生活を送れるようになって、アルベルトも以前よりも家にいてくれるようになった。
けれどそれと同時に一緒に過ごす時間が増えたことで、リネーは戸惑っている。どう接していいかがわからないからだ。別邸で暮らしていた頃はラニ以外と話す事がなかった。ラニはまたこの屋敷に戻ってきて側に仕えてくれているが、夜は街で結婚した相手と暮らしている。
つまり、この屋敷でリネーは必然とアルベルトと夜の時間を過ごす事が増えた。
日中はいい。お互いに仕事もある。それなりに忙しくて、やることも多い。アルベルトについて市中を見て回る事も増えた。けれど夜は、端的に言えばすることがなくて気まずいのだ。普通の家族が夜をどう過ごすのかをしらない。新婚の夫婦がどんな会話をするのかを知らない。それ以前に、自分以外との他人との会話の仕方を知らない。
社交界では話しかけられることに笑顔で応じていればよかった。
もしくは父親に言われた通りに、男の気を持たせるような事を言うだけでよかった。
「はぁ、貴方がそうやって過去の男を誘惑していたのを想像すると腹が立つ。貴方の周りにいた男は喜んでいたでしょう。何を期待していたかは知りません。うーん、まぁ、でも俺も例に漏れず喜びます。実際喜びましたし。ああ、でも、そうですね。もうちょっと、俺が喜ぶ事考えてみてください」
「…………もうちょっと……」
「楽しみにしてますよ、リネー」
珍しくもひどく機嫌の良さそうな、悪戯の成功した子どものような表情でアルベルトが笑ってベッドに寝転がる。
「……そういうのは得意じゃないって知ってるだろ」
「知ってます。でも、俺を喜ばせたいんでしょう?」
先ほどの発言も、慣れないながらにアルベルトを喜ばせたくて、触れて欲しくて口にした言葉なのだとわかられているようで気恥ずかしい。
「………………うん」
◆◆◆
「想像以上に可愛い、純粋すぎる」
「……真顔でそんな事言わないで下さいよ」
「本当は番う気なんかなかったからヒートが来にくくなる薬を飲ませてたなんて死んでも言えない」
「言わないで下さいよ。絶対に」
アルベルトは、この事態が収束すればリネーとは離縁をして、他国へ嫁がせるつもりだった。
そのつもりでマグヌスには嫁ぎ先を探させていた。父親が除爵となればリネーへの貴族社会での風当たりは強くなる。当然父親がそうだったならリネーもそうだったのでは、という疑惑が産まれるのは当然のことだ。だから、この国に住んでいない方がいい、他国の方がリネーが過ごしやすいだろうと思ってのことだったのに。
「貴方が決めたんですよ」
「……いや、だってさ、……俺のものにしたくなっちゃったんだよな」
美しい人だとは思っていた。実際に話すようになって、意外と思ってることが顔に出るんだな、とか気の強そうな顔をしてる癖に、アルベルトが少し優しくするとそれをすっかり信じてしまって心配になった。とてもじゃないが他の誰かに渡せない。恋や愛というよりは庇護欲に近かったのかもしれない。リネーの父親の悪事を暴くにあたっては、色々とイレギュラーな事があったがリネーだけは常にアルベルト達の予想した通りに動いてくれていた。父親の言う通りになって、アルベルトの見せかけのやさしさにしっかり絆されてくれて、最初は『仕事が進めやすくて助かる』なんて思っていたのだが、いつからかこのままでは心配だと思うようになってしまった。
番にだってする気はなかった。
けれど薬の効きが悪くてヒートが来てしまったときに、緊急抑制剤でヒートを収めることだって出来たのに、そうしなかったのはアルベルトがそう望んだからだ。
「……すげー可愛いんだもん」
「はいはい、良かったですね」
ここのところは父親が訪ねて来なくなったこともあって穏やかな表情をしていて、それがまた愛らしい。気の抜けた表情でいる事も多い。
前はどことなく緊張して、張り詰めた空気をしている事も多かった。部屋にあった豪奢な装飾品は全て売ってしまって、売った金を孤児院の寄付に当てたことで、リネーの部屋はすっかりシンプルなものになってしまった。物欲は無いらしく、結局リネーが手元に残したのは実用的だった上等なガウンと、少しの布、それからアルベルトの贈った懐中時計だ。
あの懐中時計だって、リネーが予想外に逃げだしたりしたら追いかけられるように位置探査機を仕込んだものだったのだが、存外に気に入っているようで胸が痛む。
今もリネーの様子を伺いたければ位置探査機脳をオンにすればいいし、盗聴器も仕掛けてあるが使う予定は無い。リネーが大事にしすぎて毎日ベッドサイドの箱に片付けているのを知っているから、意味がないのだ。毎日取り出して、眠る前に良く眺めている。夜に部屋を訪ねるとよく慌てて隠している。
外で持ち歩けばいいのに、と言ったこともあるが、傷つけたり失くしたりするのが嫌だからこれでいいのだと言っていた。
伯爵家の長男だけあって、態度だけを見れば偉そうに見えることもあるのに、その実、繊細すぎて心配になる。特にアルベルトの前では心を許しきっているのか、考えていることが何でも表情に出るようになっている。マグヌスの前や、客人の前では相変わらず美しい笑顔で少しだけ笑みを浮かべて、何を考えているかわからないと言われていたはずなのに。
特に顕著なのが、ここ最近のリネーは、アルベルトとの距離に戸惑っているようだということだ。
二人でいると気まずそうにしている。話題がないかと探している。
二人でいて無言で過ごしていてもいいのに、まだそこまででは無いのだろう。今まで親しい人間と長く一緒にいる経験が無かったのだろうなとも思う。
だからこそリネーから『したい事があるんじゃないのか』と聞かれて驚いた。
したがっているようには見えなかったし、きっとたぶん、したいとも思っていないはずなのに。
けれど、アルベルトの表情を伺うようなその顔で、たぶん、アルベルトが喜ぶのを期待しているのだと言う事がわかてしまった。
(……いじらしい)
過去の男もそうやって誘っていたのかと聞けば、アルベルト以外とは寝た事がないと返事が返ってきて、内心胸をなでおろした。
知らなかったが、どうやら自分は結構嫉妬深いらしい。女を侍らせるよりも、仕事をしている方が楽しかった。だから、リネーを自分のものにしたいという欲に気が付いた時には戸惑った。戸惑ったし、自分のものにして、リネーが望むように接してやれるかがわからなかった。
おそらく普通の貴族の男よりもアルベルトは淡白だし、恋愛に重きを置いていない。手紙を小まめに出したり、会いに行ったり、相手を気遣ったりなんていうのは仕事でならできるが、自分の伴侶に対してもそれができるとは思っていなかった。自分の時間を削ってまで、他人を思いやれる気がしなかったのだ。
それが気が付けば、リネーが喜ぶようにしてやりたいと無意識に想うようになった。
リネーが過ごしやすいようにしてやりたいし、悲しませないようにしてやりたい。
ヴィルヘルム国王陛下から頼まれて、仕事の一環として面倒をみていたはずのリネーを、側に置いておきたいと思ってしまった。
だから、リネーは悪くない。
リネーが気まずいと思っているのは、同時にアルベルトも気まずいと思っているせいだ。
(どうしてやったらいいのかがわからない)
恋人のようにずっと側にいて愛を囁くなんていうのはできないし、遊び慣れた男のように振舞うこともできない。
リネーの問題が片付いて以来、同じ部屋の同じベッドで眠っている。普通の夫婦ならどれくらいの頻度でセックスをするのか、どれくらい眠る前に話をするのか、それもわからなくて結局早めに「おやすみなさい」と声を掛けて寝たふりをしてしまう。たぶん、リネーも同じはずだ。
夜が更けて、眠るリネーのまつげの影が頬に落ちているのを何度も見ている。
朝に弱くてなかなか起きてこない姿も知っている。
知っている事は増えていくのに、触れ方もわからなくて、ただずっと見ているだけになってしまっている。アルベルトが相手じゃなければ、きっと今頃リネーはもっと、愛されていると実感できていたのかもしれない。愛に飢えた子どものような人だから、本当はアルベルトの側にいるのは相応しくない。
もっと言葉を尽くして、触れて、愛を確かめさせてくれる相手の方がいいに決まっている。
「…………わかってるんだけどな」
守ってやりたいし、もっと自由に生きて欲しいと思ってしまった。もっと自由にして、心から安心して過ごしているリネーを見てみたいと思ってしまった。
これはアルベルトの自分勝手なエゴだ。
◆◆◆
「アルが喜ぶこと、考えたけど、……あんまり思い浮かばなくて」
そろそろ寝ましょう、とリネーに声をかけてベッドにもぐりこもうとしたところで、今日は話したい事があると言われたので、ベッドで互いに正座になって膝を突き合わせていた。
そう言って渡されたのは小さな黒い箱だった。中を開けると、銀細工の美しい代物が出てくる。アルベルトの名前が彫られた意匠は、リネーに贈ったものによく似ていた。
「ラニに相談したら、私が、一番されて嬉しかったことをしたらどうだって言われて」
「一番嬉しかったんですか」
「……そう」
同じ物を贈るのは芸がないかと思ったけど、でも時計なら持ち歩けるし、実用的だからと早口で述べたリネーは、贈ったものに自信がないのだろう。
目が合わないし、アルベルトの手元にある時計ばかりを見つめている。
「嬉しいですよ、ありがとう。リネー、大切にします」
リネーはその言葉にホッとしたようだった。
確かに時計ならば持ち歩けるし、マグヌスが時計を持っていたから、それで事足りていたが、自分用のがあれば便利には違いない。
美しい意匠は持っていて気持ちが清々しくなる。リネーから貰った物となれば、その価値も一つ上がる。
「…………あと、」
「はい?」
リネーの手がアルベルトの胸元へそっと置かれる。リネーから触れられたのは初めてだな、と思いながら、その手の行方を見つめていると、突然リネーの顔が目の前にきて唇にゆっくりと触れた。一度触れて、二度触れて、それから少しだけ吸い付いて、離れていく。
「…………嫌だったら、ごめん」
「……………………これは、俺が喜ぶと思って?」
「……違う、ごめん、やっぱり無……」
「喜んでるから無かった事にしないで」
リネーの腰を引き寄せて、唇を寄せる。キスをして、唇を割って、舌で口の中を舐めとっていく。上顎を撫でると、慣れないのか少しだけ抱きしめた身体が震えていた。
「……嬉しいですよ」
「…………恥ずかしい、」
そう言って顔を隠すリネーの手をほどいて、顔中にキスを落としてベッドへ押し倒していく。
「……俺も慣れなくて気まずいです、貴方といると」
「……………………嘘だ」
「本当です。何を話していいかもわからないのに、貴方といたいし、触れたい」
本心だった。触れたいと思うのに、気まずいと思ってしまうし、居心地が悪いのに、一緒にいたい。
「……家族と、どう過ごせばいいかわからないから、一緒に考えて欲しい」
「いいですね。俺もそうしたいです」
おわり
「…………な、れては、無い……」
(あの一回以外した事もないし……)
俺とまだしたい事があるんじゃないのか、と、遠まわしに眠る前のアルベルトを誘ってみた。
今までならそう言えば大抵の男が鼻の下を伸ばして、喜んだ。勝手にあれこれを期待して、それでセックスをする事は一度だってなかったが、大抵そういう気を持たされるような事を男は好むのだと知っている。だからアルベルトも喜んでくれるかと、そう思っての提案だった。
番が相手なのだから、アルベルトが望むならセックスをしたって良かった。
「では自分の見た目に自信があってそう言ってます?」
「……………い、や……」
どこか刺々しいように感じる言葉に戸惑いながら、薄暗い部屋でこちらを向いているアルベルトを見上げる。ちょっとぴりついた空気に、早くも余計な事をしなければ良かったと後悔している。けれど、こうでもしなければ、アルベルトはリネーに触れないのではないかと思ったのだ。
同じベッドで眠るようになって数週間が経つのに、あの日のように触れられない理由がわからなかった。
そもそもようやく穏やかな生活を送れるようになって、アルベルトも以前よりも家にいてくれるようになった。
けれどそれと同時に一緒に過ごす時間が増えたことで、リネーは戸惑っている。どう接していいかがわからないからだ。別邸で暮らしていた頃はラニ以外と話す事がなかった。ラニはまたこの屋敷に戻ってきて側に仕えてくれているが、夜は街で結婚した相手と暮らしている。
つまり、この屋敷でリネーは必然とアルベルトと夜の時間を過ごす事が増えた。
日中はいい。お互いに仕事もある。それなりに忙しくて、やることも多い。アルベルトについて市中を見て回る事も増えた。けれど夜は、端的に言えばすることがなくて気まずいのだ。普通の家族が夜をどう過ごすのかをしらない。新婚の夫婦がどんな会話をするのかを知らない。それ以前に、自分以外との他人との会話の仕方を知らない。
社交界では話しかけられることに笑顔で応じていればよかった。
もしくは父親に言われた通りに、男の気を持たせるような事を言うだけでよかった。
「はぁ、貴方がそうやって過去の男を誘惑していたのを想像すると腹が立つ。貴方の周りにいた男は喜んでいたでしょう。何を期待していたかは知りません。うーん、まぁ、でも俺も例に漏れず喜びます。実際喜びましたし。ああ、でも、そうですね。もうちょっと、俺が喜ぶ事考えてみてください」
「…………もうちょっと……」
「楽しみにしてますよ、リネー」
珍しくもひどく機嫌の良さそうな、悪戯の成功した子どものような表情でアルベルトが笑ってベッドに寝転がる。
「……そういうのは得意じゃないって知ってるだろ」
「知ってます。でも、俺を喜ばせたいんでしょう?」
先ほどの発言も、慣れないながらにアルベルトを喜ばせたくて、触れて欲しくて口にした言葉なのだとわかられているようで気恥ずかしい。
「………………うん」
◆◆◆
「想像以上に可愛い、純粋すぎる」
「……真顔でそんな事言わないで下さいよ」
「本当は番う気なんかなかったからヒートが来にくくなる薬を飲ませてたなんて死んでも言えない」
「言わないで下さいよ。絶対に」
アルベルトは、この事態が収束すればリネーとは離縁をして、他国へ嫁がせるつもりだった。
そのつもりでマグヌスには嫁ぎ先を探させていた。父親が除爵となればリネーへの貴族社会での風当たりは強くなる。当然父親がそうだったならリネーもそうだったのでは、という疑惑が産まれるのは当然のことだ。だから、この国に住んでいない方がいい、他国の方がリネーが過ごしやすいだろうと思ってのことだったのに。
「貴方が決めたんですよ」
「……いや、だってさ、……俺のものにしたくなっちゃったんだよな」
美しい人だとは思っていた。実際に話すようになって、意外と思ってることが顔に出るんだな、とか気の強そうな顔をしてる癖に、アルベルトが少し優しくするとそれをすっかり信じてしまって心配になった。とてもじゃないが他の誰かに渡せない。恋や愛というよりは庇護欲に近かったのかもしれない。リネーの父親の悪事を暴くにあたっては、色々とイレギュラーな事があったがリネーだけは常にアルベルト達の予想した通りに動いてくれていた。父親の言う通りになって、アルベルトの見せかけのやさしさにしっかり絆されてくれて、最初は『仕事が進めやすくて助かる』なんて思っていたのだが、いつからかこのままでは心配だと思うようになってしまった。
番にだってする気はなかった。
けれど薬の効きが悪くてヒートが来てしまったときに、緊急抑制剤でヒートを収めることだって出来たのに、そうしなかったのはアルベルトがそう望んだからだ。
「……すげー可愛いんだもん」
「はいはい、良かったですね」
ここのところは父親が訪ねて来なくなったこともあって穏やかな表情をしていて、それがまた愛らしい。気の抜けた表情でいる事も多い。
前はどことなく緊張して、張り詰めた空気をしている事も多かった。部屋にあった豪奢な装飾品は全て売ってしまって、売った金を孤児院の寄付に当てたことで、リネーの部屋はすっかりシンプルなものになってしまった。物欲は無いらしく、結局リネーが手元に残したのは実用的だった上等なガウンと、少しの布、それからアルベルトの贈った懐中時計だ。
あの懐中時計だって、リネーが予想外に逃げだしたりしたら追いかけられるように位置探査機を仕込んだものだったのだが、存外に気に入っているようで胸が痛む。
今もリネーの様子を伺いたければ位置探査機脳をオンにすればいいし、盗聴器も仕掛けてあるが使う予定は無い。リネーが大事にしすぎて毎日ベッドサイドの箱に片付けているのを知っているから、意味がないのだ。毎日取り出して、眠る前に良く眺めている。夜に部屋を訪ねるとよく慌てて隠している。
外で持ち歩けばいいのに、と言ったこともあるが、傷つけたり失くしたりするのが嫌だからこれでいいのだと言っていた。
伯爵家の長男だけあって、態度だけを見れば偉そうに見えることもあるのに、その実、繊細すぎて心配になる。特にアルベルトの前では心を許しきっているのか、考えていることが何でも表情に出るようになっている。マグヌスの前や、客人の前では相変わらず美しい笑顔で少しだけ笑みを浮かべて、何を考えているかわからないと言われていたはずなのに。
特に顕著なのが、ここ最近のリネーは、アルベルトとの距離に戸惑っているようだということだ。
二人でいると気まずそうにしている。話題がないかと探している。
二人でいて無言で過ごしていてもいいのに、まだそこまででは無いのだろう。今まで親しい人間と長く一緒にいる経験が無かったのだろうなとも思う。
だからこそリネーから『したい事があるんじゃないのか』と聞かれて驚いた。
したがっているようには見えなかったし、きっとたぶん、したいとも思っていないはずなのに。
けれど、アルベルトの表情を伺うようなその顔で、たぶん、アルベルトが喜ぶのを期待しているのだと言う事がわかてしまった。
(……いじらしい)
過去の男もそうやって誘っていたのかと聞けば、アルベルト以外とは寝た事がないと返事が返ってきて、内心胸をなでおろした。
知らなかったが、どうやら自分は結構嫉妬深いらしい。女を侍らせるよりも、仕事をしている方が楽しかった。だから、リネーを自分のものにしたいという欲に気が付いた時には戸惑った。戸惑ったし、自分のものにして、リネーが望むように接してやれるかがわからなかった。
おそらく普通の貴族の男よりもアルベルトは淡白だし、恋愛に重きを置いていない。手紙を小まめに出したり、会いに行ったり、相手を気遣ったりなんていうのは仕事でならできるが、自分の伴侶に対してもそれができるとは思っていなかった。自分の時間を削ってまで、他人を思いやれる気がしなかったのだ。
それが気が付けば、リネーが喜ぶようにしてやりたいと無意識に想うようになった。
リネーが過ごしやすいようにしてやりたいし、悲しませないようにしてやりたい。
ヴィルヘルム国王陛下から頼まれて、仕事の一環として面倒をみていたはずのリネーを、側に置いておきたいと思ってしまった。
だから、リネーは悪くない。
リネーが気まずいと思っているのは、同時にアルベルトも気まずいと思っているせいだ。
(どうしてやったらいいのかがわからない)
恋人のようにずっと側にいて愛を囁くなんていうのはできないし、遊び慣れた男のように振舞うこともできない。
リネーの問題が片付いて以来、同じ部屋の同じベッドで眠っている。普通の夫婦ならどれくらいの頻度でセックスをするのか、どれくらい眠る前に話をするのか、それもわからなくて結局早めに「おやすみなさい」と声を掛けて寝たふりをしてしまう。たぶん、リネーも同じはずだ。
夜が更けて、眠るリネーのまつげの影が頬に落ちているのを何度も見ている。
朝に弱くてなかなか起きてこない姿も知っている。
知っている事は増えていくのに、触れ方もわからなくて、ただずっと見ているだけになってしまっている。アルベルトが相手じゃなければ、きっと今頃リネーはもっと、愛されていると実感できていたのかもしれない。愛に飢えた子どものような人だから、本当はアルベルトの側にいるのは相応しくない。
もっと言葉を尽くして、触れて、愛を確かめさせてくれる相手の方がいいに決まっている。
「…………わかってるんだけどな」
守ってやりたいし、もっと自由に生きて欲しいと思ってしまった。もっと自由にして、心から安心して過ごしているリネーを見てみたいと思ってしまった。
これはアルベルトの自分勝手なエゴだ。
◆◆◆
「アルが喜ぶこと、考えたけど、……あんまり思い浮かばなくて」
そろそろ寝ましょう、とリネーに声をかけてベッドにもぐりこもうとしたところで、今日は話したい事があると言われたので、ベッドで互いに正座になって膝を突き合わせていた。
そう言って渡されたのは小さな黒い箱だった。中を開けると、銀細工の美しい代物が出てくる。アルベルトの名前が彫られた意匠は、リネーに贈ったものによく似ていた。
「ラニに相談したら、私が、一番されて嬉しかったことをしたらどうだって言われて」
「一番嬉しかったんですか」
「……そう」
同じ物を贈るのは芸がないかと思ったけど、でも時計なら持ち歩けるし、実用的だからと早口で述べたリネーは、贈ったものに自信がないのだろう。
目が合わないし、アルベルトの手元にある時計ばかりを見つめている。
「嬉しいですよ、ありがとう。リネー、大切にします」
リネーはその言葉にホッとしたようだった。
確かに時計ならば持ち歩けるし、マグヌスが時計を持っていたから、それで事足りていたが、自分用のがあれば便利には違いない。
美しい意匠は持っていて気持ちが清々しくなる。リネーから貰った物となれば、その価値も一つ上がる。
「…………あと、」
「はい?」
リネーの手がアルベルトの胸元へそっと置かれる。リネーから触れられたのは初めてだな、と思いながら、その手の行方を見つめていると、突然リネーの顔が目の前にきて唇にゆっくりと触れた。一度触れて、二度触れて、それから少しだけ吸い付いて、離れていく。
「…………嫌だったら、ごめん」
「……………………これは、俺が喜ぶと思って?」
「……違う、ごめん、やっぱり無……」
「喜んでるから無かった事にしないで」
リネーの腰を引き寄せて、唇を寄せる。キスをして、唇を割って、舌で口の中を舐めとっていく。上顎を撫でると、慣れないのか少しだけ抱きしめた身体が震えていた。
「……嬉しいですよ」
「…………恥ずかしい、」
そう言って顔を隠すリネーの手をほどいて、顔中にキスを落としてベッドへ押し倒していく。
「……俺も慣れなくて気まずいです、貴方といると」
「……………………嘘だ」
「本当です。何を話していいかもわからないのに、貴方といたいし、触れたい」
本心だった。触れたいと思うのに、気まずいと思ってしまうし、居心地が悪いのに、一緒にいたい。
「……家族と、どう過ごせばいいかわからないから、一緒に考えて欲しい」
「いいですね。俺もそうしたいです」
おわり
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応援させていただきました!楽しい時間をありがとうございました。
楽しんで読んで頂けて良かったです!感想ありがとうございます~!^^