古狼と獣憑き

ヒノ

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第一章『旅立ちの朝』

運命の朝、祝福の儀

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 十歳を迎える朝は、人々にとって誕生日以上の特別な意味を持っている。その日が近づくにつれ、子供も親も、期待と不安とが同居した高揚感に浮き足立った。

「クローヴィオ、クローヴィア、準備はできたね」
「はい、お父様」

 父親の問いに、十歳を迎えた双子の兄弟は声を合わせ返事をする。母親譲りの翡翠の瞳が四つ輝いていた。

「ん、クローヴィアは少し髪が跳ねているな。メイドに直させなかったのか?」

 そう言って父親は弟の方、クローヴィアの金の髪を撫でつける。兄のクローヴィオは父親と同じダークブラウンの髪だったが、クローヴィアは髪まで母親と同じだった。

「これでよろしい、では出発しよう」

 父親は満足そうに頷き、三人は使用人の開けた扉から館を出た。

 館の前には彼ら三人を乗せる車が用意されていた。
 車といっても人が乗り込める籠に車輪が付けられているだけで、自力では動力を生み出せない。そんな車を引くのは錬成士と呼ばれる者達が生み出すゴーレムだ。
 車の前には車輪のような足を持った、体高一・五メートルほどの黒い石製のゴーレムが控えており、御者台にもゴーレムを操る錬成士が待機している。親子が揃って車に乗り込むと、ゴーレムは錬成士の命令に従って車輪の足をごろごろ回し、石造りの街の中車を引き始めた。
 大通りでは客引きの声が賑わい始める時間帯だが、この辺りはそういった区画からは少し離れている。朝の爽やかな日差しに相応しい静かな通りだ。

「クローヴィア、緊張してるんだろ。顔が引きつってるぞ」
「兄さんだって、なんだか上手く笑えてないよ」

 目的地へ向かう車の中、日頃は鷹揚に構えるよう求められる兄弟も、今日に限っては年相応にはしゃいでいた。しかしそれは彼らの人生におけるこの日の意味を考えれば無理もないことだ。

「二人とも、浮き足立つのはわかるが神官の前ではそういった態度を見せないように。お前たちのどちらかが私の後を継ぎ、この市を治めるのだから。いずれ人の上に立つに相応しい振る舞いをしなさい」
「はい。ごめんなさい、お父様」

 たしなめられた兄弟は少しだけしゅんとしたように下を向く。そんな様子に父親はふっと笑いをこぼした。

「私もお前たちがどんな祝福を授かるかと、ここ数日は楽しみで仕方がなかったよ。お前たちは私の自慢の子だ。きっと素晴らしい贈り物を賜っているだろう」

 それを聞いた兄弟の顔はぱっと明るくなった。

 車の行き先は教会、今日は十歳を迎えた兄弟が神々の祝福を受ける日である。



「それではこれより、祝福の儀を執り行わせていただきます」

 教会の一室、緑と白の神官服に身を包んだ初老の男の前には二つの椅子が用意されており、双子の兄弟、兄のクローヴィオと弟のクローヴィアが座っていた。その数歩奥では兄弟の父親が儀式の様子を見守っている。
 神官はまず兄のクローヴィオの前に立つと、幾つもの宝石が散りばめられた金の爪を嵌めた右手をクローヴィオの頭にかざした。クローヴィオは金の爪に期待を込めた眼差しを向け、神官の言葉を待った。

 神の祝福、それは十歳を迎えた子どもが神から授かる贈り物だとされている。戦の神、魔導の神、学問の神など、それら様々な神々からひとつだけ贈り物を受け取るのだ。
 例えば戦の神の祝福を受けた子供は、身体能力の成長が早くなる。魔導の神なら魔力の扱いに優れ、風の神なら大気の流れを掴めるようになる。そういったふうに与える神に応じた才能を得ることができた。
 故に、どの神から祝福を授かったかということは、そのままその子がどの道で大成できるかということを示している。祝福の儀は授けられた祝福がどの神からのものかを鑑定する重要な儀式なのだ。

 頭にかざされた金の爪が緑色のオーラを纏う。鑑定の魔道具が作用している証だ。

「むむ……ほほう。ご子息は魔導の神、アーメロイ様の祝福を濃く賜っておりますぞ」
「魔導の神、それは素晴らしい」

 父は眼を見開き感嘆した。
 魔導の道とは険しいものだ。魔法の源泉となる魔力は誰しもの身体を巡っているが、それを使いこなすには相当の修練と、そして才能がいる。数々の魔法を習得するには努力だけでは越えられない壁があるのだ。
 実戦レベルの魔導士はどの都市においても重宝されるものだが、そこに至れる者のほとんどが魔導の神の祝福を受けている。兄、クローヴィオの授かった祝福は人によっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
 
 クローヴィオは口元をほころばせる。それは素晴らしい祝福を授かったと同時に、父の期待に応えられたことへの喜びだった。
 兄弟にとって、この祝福の儀はどちらが家を継ぐかを決めるうえで重要な意味を持つ。魔導の神の祝福がこのレースにおいて大きく有利を取ることは間違いない。

「次はクローヴィアの番だよ」
「うん」

 興奮気味に声を掛ける兄に、弟は緊張の面持ちで答えた。
 神官が弟、クローヴィアの前に立つ。

  同じ血が流れるからといって授かる祝福まで同じとは限らない。魔導士の子が戦士になるということは往々にしてあるし、それどころか使い道の乏しい祝福を授かることさえある。こればかりは運なのだ。

 神官の右手がクローヴィアの頭にかざされる。金の爪が緑のオーラを纏うと、クローヴィアはたまらず目を瞑った。
 背中に父の期待の眼差しを感じる。兄は父の期待にしっかりと応えて見せた。ならば自分も、兄に負けたくない、父を失望させたくない、様々な想いが少年の小さな胸を渦巻いていた。
 張り詰めた静寂はどれだけ続いただろう。時の流れが異様なまでにゆっくりに感じられ、そしてついに、運命の時は訪れる。

「――っ……!」

 目の前に立つ神官が声にならない息を吐き、一歩後ずさった。その勢いは目を瞑っていてもはっきりとわかるほどだ。
 クローヴィアがおそるおそる瞼を開くと、神官は金の爪を嵌めた右手を左手で抑え、険しい表情でこちらを睨んでいた。口を歪め、見開かれた目には嫌悪の色を宿している。不倶戴天の敵に向ける、そういう類のものだ。

 クローヴィアは息を忘れ硬直した。
 三十ばかりも年上の男にそのような視線で射抜かれた少年が身もすくむ想いだったことは言うまでもない。ただ、クローヴィアの感じた恐怖はそれだけではなかった。

「神官?」

 父親の声音は攻撃的だった。神官の態度に不快感を覚えたのだろう。為政者であるという立場上、必要以上の敵は作らないよう行動する彼にしては珍しいことだった。

 敵意を向けられた神官はおそるおそる、しかしはっきりと断言した。

「大変申し上げにくいことですが、間違いありません。彼は獣の神、ジャハールタに魅入られています」



 帰りの車の中は終始無言だった。行きは隣同士に座っていた兄弟は席を分けられ、兄は父親の隣に座っていた。兄も弟もそのことに口を挟まなかった。挟めるような雰囲気ではなかった、という方が正しいかもしれない。

 部屋に戻って待機していること。館に戻ると父親は簡潔にそう命じ、会議のため出かけていった。

 クローヴィアは言いつけ通り、三階の自室に戻った。扉を閉じると同時に、自分が世界から隔絶されたような錯覚を覚えた。いや、錯覚でも何でもなく実際にそうだったのかもしれない。

 窓に目をやれば、遠くに周囲の建物より一段高い尖塔を持った教会が見えた。神官のあの目が、最悪の宣告が、鮮明に蘇り喉をつまらせる。決して口外するな、そう神官に厳命する父の声が未だに耳に残っていた。

「僕は、穢れてるんだ」

 獣とは人類の敵であり、人類の繁栄を阻む不浄な存在である。それが教会の教えであり、人々の共通認識だった。

 そもそもの始まりは数千年前に起こったという神々の戦争だ。獣の神ジャハールタは他の神々と神々に祝福される人間を憎み、数多の眷属、獣を率いて争いを起こした。
 結果ジャハールタは敗北し封印されたが、地上には多くの獣たちが残され、今なお人類との争いが絶えない。

 それゆえジャハールタの祝福を受けることは、その眷属である獣と同じ、不浄な存在であることに等しいとされていた。
 人間の器にありながら邪神に魅入られし魂、それは人間の敵とは言わないまでも、忌避されるべき穢れた存在だった。
 
 クローヴィアは腕に爪を立てた。全身がかゆくて仕方がなかった。獣に魅入られた身が途端に不浄なものに思えて気持ちが悪い。父も自分への態度を変えるはずだ。自分は獣と同じ、穢れているのだから。

 両手で身体を抱えたまま床に倒れ込んだ。
 何がいけなかったのだろう。クローヴィアは物心ついてからの五年余り、父の期待に応えるに相応しい努力をしてきたつもりだった。兄と自分、どちらも家を継げるよう切磋してきたつもりだった。
 しかし、その結果がこれだ。兄は父の期待に応え魔導の神に愛された。僕は――。

 ――コンコン。

 クローヴィアは扉が叩かれる音で意識を取り戻した。どれほど時間が経ったのか、窓の外は暗く、燭台に明かりも灯していない部屋は闇に閉ざされていた。

「私だ」

 父の声、扉越しの声音が突き放すように聞こえるのは自責の念がそうさせるのか。

 扉が開かれる。しかし父は一歩も部屋に入ろうとはしなかった。

「クローヴィア、ヘリッジは知っているね」
「……はい」
 
 ヘリッジ、大陸東部にある小都市の名前だ。ヘリッジに暮らす人々のほとんどはクローヴィアと同じように獣の神に魅入られた者達であり、魂の穢れを祓うため慎ましい生活と厳しい修行の日々を送っているという。
 父が何を言わんとしているかは想像するまでもない。

「車を用意したから、お前は明日の朝ヘリッジに向け出発しなさい。そして獣に魅入られた身体をきちんと清め、天界へと魂が昇れるよう励みなさい。いいね?」
「わかりました。お父様」

 クローヴィアに異論はなかった。
 獣に魅入られた穢れた魂は死後、天界に受け入れては貰えない。行き場を失った彷徨える魂はやがてジャハールタに囚われ、眷属たる獣の姿に変えられてしまうのだ。それは誰しもにとって最もおぞましいことだった。
 子の幸せを願う親なら、魅入られた我が子をヘリッジへと送ることは当然のことなのだ。

 ただそれはクローヴィアにとって、この家との、家族との永遠の別れにも等しいことだった。ヘリッジでの禊は一生をかけて行われ、途中で投げ出せば全てはふいになってしまう。
 それはわかっている。わかっていてなお、やはり寂しさが勝った。

 父は告げるべきことを言い終えると、扉を閉め部屋を後にした。部屋は暗闇の中、再び静まり返る。

 その夜クローヴィアは、ベッドに伏しただ静かに泣いていた。
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