王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢

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1.リーリウス王子、恋に落ちる

仮装舞踏会

 イルギアス国では一昨日まで、王族の始祖たる「建国王」の生誕祭が、七日に渡り開催されていた。

 建国王は、戦乱の世を勝ち抜き国を平定した血気盛んな男で、「英雄色を好む」を地で行く王だった。平和な御代となってもその色好みは続いたが、そんなところも民から愛された。

 乱世では、男も女も必死で生きて、子孫を残すべく励み、いつ命尽きても悔いの無いよう愛を育んだ。
 だからイルギアスの国民性は、今も恋愛や性行為に対して寛容で開放的なのだ。
 ……と、自分たちでは主張しているが、周辺国からは「単にセックス大好きな人たちの国」と捉えられがちで、

「イルギアス人は享楽的で破廉恥」
「退廃が過ぎる」

 などと非難されることもある。
 それでも子供の頃からしっかりと性教育をした上で、互いの同意と安全を大前提に、ご自由に自己責任でどうぞ、という姿勢は崩れない。

 そんなイルギアス王国を象徴する、建国王の生誕祭。
 この祭り期間は、いつからか

「意中の人に想いを伝える」
「なんならそれ以上の関係に発展する」

 そんな習わしができていた。
 特に貴族のあいだでは、最終日に王城でひらかれる仮装舞踏会において、盛り上がりは頂点に達する。 

 ――その、舞踏会の当夜。
 リーリウスは大階段の踊り場から、会場に集った人々を見渡していた。 

 宮廷楽団の賑やかな旋律で幕開けした舞踏会は、すでに大盛況。
 あでやかな歌姫に扮する者あり、道化師あり。恐ろしい魔獣が嬉しそうに砂糖菓子を食べているかと思えば、修道女に扮した男が酒を呷っていたりもする。

 貴族たちは、この夜のためだけにデザイナーを召し抱えるなどして、一年かけて仮装の準備をする。誰がどんな案を練っているか、情報戦にも余念がない。

 それほど力を入れるのは、王族を筆頭に、高位の貴族たちとお近づきになりたいと願うなら、この夜以上の社交場はないからだ。
 仮装をきっかけにすれば、会話も弾む。
 普段は近づけない人に、ダンスを申し込んだり。
 許されぬ相手に、愛を囁いたり。
 今宵一夜だけなら、それ以上のこともあり得る。
 
 仮装という非日常が皆を常より大胆にさせ、心をひらかせる。
 少々羽目をはずし過ぎている者もあれど、意匠を凝らした装いばかりで、実に見応えのある光景だった。 

 リーリウスは深紅の絨毯が敷き詰められた大階段をおりていく。
 仮装の場であるから、王族の来臨も国王夫妻以外は伏せられるのだが、いち早く彼に気づいた者たちが感嘆の声を上げ、ざわめきが波のように広がった。

「まあ、ご覧になって! リーリウス殿下のご登場よ」
「今宵は一段と麗しいこと」
「今年の仮装は『黒い森の魔物』なのね。あんな魅力的な魔物にならわたくし、今すぐ食べられてしまいたい!」

 リーリウスはこの夜、歌劇の中で数多の美女を喰らう魔物に扮していた。
 濃紫が基調の礼装に、目元を隠す仮面、そして黒い外套という装い。特に奇抜さは無いが、波打つ金髪が映える色合いで、派手な仮装の中ではかえって目を引くようだった。
 リーリウス王子の象徴と言われるこの髪と、平均的な成人男性より頭ひとつぶんは高い上背のために、毎年すぐに王子とバレてしまう。

 露骨な秋波を寄こす女性たちに微笑むと、黄色い声が上がった。その勢いのまま押し寄せようとする淑女たちを、近侍らがあわてて押しとどめる。

「殿下。警護に障りますからお控えください」

  渋い顔の老侍従長に「ああ、すまぬ」と謝りつつ、愛想良く手を振り続けてしまうのは、王族の職業病のようなものだ。メガネグマの着ぐるみがやたら似合っている老侍従長も、やれやれと苦笑している。 

(――しかし、つまらない)

 笑顔の裏で、リーリウスはため息をこぼした。

 誰もが枷を取っ払い、愛を求める特別な夜だというのに。
 現在のリーリウスには、それが難しい。

 なぜなら彼は今、結婚問題を抱えているから。 

 王太子である四つ年上の兄は、頑健で力強く誠実で、誰もが次代の王に相応しいと認めているし、リーリウスも心からそう思っている。
 兄は早々に結婚し、後継者となる男子を得ているので、リーリウス自身は独身のままでいいと考えてきたのだが。

 少年時代は通ったその主張も、成人後はそうもいかない。
 誰かと躰の関係を持てば、相手も周囲も「妃殿下候補」と捉えてしまう。

 昔からリーリウスが肌を重ねた相手は数えきれないけれど、互いに割り切って楽しめる者に限られていた。
 イルギアス人にとっては第二王子の夜遊びがお盛んだろうと非難材料にはならないし、それどころか、

「あんな魅力的な王子殿下がモテないほうがおかしい。遊びでいいから自分も抱いてほしい!」

 と、かえって人気が増すくらいなのだ。
 この国では恋愛対象が異性だろうと同性だろうとかまいはしないし、結婚だってできるため、「全国民から狙われている」とシュナイゼから揶揄されるほどのモテっぷりで、それはもう自由にのびのびと、花から花へと飛び回ってきたのに。

 今では「そろそろ落ち着け」とばかり、結婚の圧を受けている。
 国の内外を問わず、「王子にお似合いの」女性を次々紹介される。
 夜遊びに出ようとすれば、侍従長や女官長たちに妨害されるようにもなった。
 リーリウス自身、その気もないのに相手に結婚の期待は持たせられないと身がまえてしまう。

 鷹揚な父王や兄たちのおかげで、政略結婚を押しつけられないだけありがたいと思っているし、結婚したくなる相手に出会えたら幸運だけれど。
 あいにく、「王子の妃」という野望で目をギラつかせる令嬢たちの中には、今のところ、生涯添い遂げようと思える人がいない。

(――この人だ、という相手に出会えたなら)

 この先すべての夜と情熱を、捧げても悔いはないという人に出会えたなら。
 そうしたら、喜んで婚儀でも子づくりでもするのに。

 リーリウスは改めて華やかな会場を見渡し、苦笑する。
 そんな恋歌のような出会いも、夢のような人も存在しない。

 胸の内で肩を落としていたら、楽曲の終わりが近いことに気づいた。
 次は円舞曲。
 次々相手を変えて踊る、舞踏会の目玉。
 まず国王夫妻が、次に王太子夫妻とリーリウスが踊り、その後に皆が加わって、大円舞となる。

 リーリウスには特定のパートナーがいないから、例年、その場で誰かにダンス相手をお願いしていた。
 そのため、確実にリーリウスと踊れるその最初のひとりの座を狙って、殺気立った淑女たちが――一部紳士たちも混じって――じわじわと包囲網を狭めてきている。

 リーリウスは誰と踊るべきか考え、メガネグマ姿の老侍従長を選んでやろうと思いつき、笑いを噛み殺しながら大広間を見回した。

 そうして。
 人垣の遙か向こう、出入り口に近い壁際に、その人を見つけたのだ。

(――あそこに、花が咲いている)

 まるで月光から咲いた花。
 それが第一印象だった。
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