王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢

文字の大きさ
9 / 50
2.マリウス・ド・ファンドミオン

内向的なマリウス

「はあ……」 

 マリウスは鬱々とため息をこぼした。
 空は快晴、鮮やかな青。
 風がさやさやと梢を揺らし、咲き誇る薔薇と草木の香りが芳しい。
 どこまでも広く美しい王城の庭園。
 しかしマリウスの気は晴れない。  

「馬鹿だな……お城に来たからって、会えるわけじゃないのに」

 呟くと、葡萄の蔓みたいな巻き毛が頬をくすぐった。

「そろそろ茶会に顔を出さないと……」

 マリウスは本日、ファンドミオン子爵夫人である母のお供で登城した。と言うより、連行されてきた。
 遅くにできたひとり息子が可愛くてならない両親は、親馬鹿が過ぎる面があり、特に母親は「うちの息子自慢」をしたくてならないらしい。

『ああ、マリウス。本当になんて美しい子かしら。夢見るような若葉色の瞳も、艶やかな黒い巻き毛も、何もかもが可愛いわ。
 でもねマリウス。あなたは恥ずかし屋さん過ぎるの。そんなところも母様は大好きだけれど、社交界ではもっと堂々としていなければ、誰もあなたの良さに気づいてくれないのよ』

 そんなわけで、今日は王太子妃主催のお茶会に出席するよう、早々に約束させられていた。
 お茶の席で上流のご婦人たちに息子を紹介することで、良い縁談に繋がればという思惑が子爵夫人にはあり、マリウスもよくよく言い含められていた。

『あなたももう二十一歳。とうにお相手が決まっていてもいい年頃なのに、お父様や母様が薦めたご令嬢では気に入らないようだし……
 でもあなたの美しさはすでに評判になっているのだから、性格も愛らしいと知ってもらえれば、どなたかがきっと素晴らしい方を紹介してくれるはずよ!』

 息子が自分で恋人を捕まえてこないなら、見合いしかない。
 両親がそう考えるのも無理はない。
 マリウスとて、跡継ぎとして果たすべき役割も、若くはない両親が焦る気持ちも理解できる。二人に孫を見せて喜ばせてあげたいとも思うのだ。

 でも、茶会に行くのは気が重い。
 取り澄ましたご婦人たちに心にもないお世辞を言ったり、気の利いた会話ができず意味深に含み笑いされたりすることを考えると、刑場に引き出される囚人の気分になる。

(茶会であの方に会えるものなら、喜んで参加するけれど)

 マリウスは何十回目かのため息をつき、鮮烈な赤い薔薇を見つめながら、舞踏会の夜、百花より華やかだった人を想う。
 
(リーリウス王子殿下……)

 その名を想ってこぼしたため息は、しっとりと甘やかに変わった。

 国中が信奉者と言っても過言ではないほど人気者の王子は、太陽のごとく圧倒的な美貌ゆえ、「イルギアスの至宝」「存在自体が美の神」「見るだけで妊娠する」などと評され、姿を現した先々で大騒ぎになる。

 マリウスも以前、父のおかげでリーリウス王子に目通りする機会に恵まれたのだが、初めて間近で見る王子は本当に背が高くて、遠目にはすらりとして見えた胸板は厚く、肩幅も広く、鼻筋の通った顔は神々しいほど端整で、頭の中が

(尊い……!!!)

 そのひと言で埋め尽くされてしまった。
 彼を目にした女性たちが奇声を発して興奮する気持ちも、ものすごくよくわかった。むしろ自分も一緒に騒ぎたい。
 動揺のあまり、せっかく王子がにこやかに対応してくれたのに、ぼそぼそと挨拶するのがやっとだった。きっと良い印象は与えられなかっただろう。

 だから、仮装舞踏会には絶対、参加しようと決めていた。
 父に「王室の方々とお近づきになれる貴重な機会なのだから、きちんと準備しておくように」と説得されるまでもなく、行く気満々だったのだ。
 ――それも、妖艶な女性に扮して。

 いつも公の場に出たがらない息子が素直に参加を承諾し、デザイナーにドレスを提案するほど積極的だったので、当初、両親は驚き戸惑っていたが。

「女装したほうが、気軽に女性に話しかけられそうだから……」

 息子のそんな言い分に、「ようやく嫁さがしに本腰を入れる気になったか!」と大喜びしていた。

 ……実は、色白で男としては骨格の細い自分を見栄えよく目立たせるには、女装のほうが良いだろうと計算したからなのだが。

 リーリウス王子の周りは、並外れて綺麗な人や格好いい人ばかりだから。
 本人含めて美しい人を見慣れているであろう王子に、少しでもアピールしたくて。
 女性になりきれば、少しは近寄りやすいかもしれないと。
 上手くいけば、親しく話せる機会にも恵まれるかもしれないと。
 そんな野望を胸に、仮装舞踏会に臨んだのだった。

(父上と母上の期待に沿えなくて、ごめんなさい……)

 その点は胸が痛む。
 両親が息子を内向的と思い込んでいる最大の要因は、彼が積極的に女性と向き合わないことにある。
 結局、舞踏会でも両親の望む成果は得られなかったし。
 それどころか、言い寄ってくる女性たちから逃げ隠れして、挙動不審な人になってしまった。

 目の前の『踊る精霊たち』と題された石像を見上げながら、優雅に踊っていたリーリウス王子を思い出しては、またため息をついた。

(こうしていても仕方ない。いいかげん茶会に行かなきゃ)

 そう自分に言い聞かせていた、そのとき。
 ふと視線を感じ、振り返ると。

 生け垣の向こうに、まさに今、想い描いていた人がいた。
 記憶にあるのとすっかり同じ、蜂蜜みたいに輝く金髪に、青い瞳。
 ぞくりとするほど端正な王子殿下が、目の前に。

(……幻?)
 
 しばし呆然としてしまったけれど。
 目が合うと、相手がどんどん近寄って来て、その迫力の存在感で我に返った。

「本物?」

 思わず呟く。
 その声が届いたか、王子は鮮やかに微笑んだ。

「やあ、マリウス」

 彼に名前を呼ばれた瞬間、胸に矢でも刺さったように動揺し、マリウスは両手で胸を押さえた。
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】最初で最後の恋をしましょう

関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。 そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。 恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。 交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。 《ワンコ系王子×幸薄美人》

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。 皆さまありがとうございます。 「ねえ、私だけを見て」 これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。 エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。 「この恋、早く諦めなくちゃ……」 本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。 この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。 番外編。 リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。 ――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。  オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。  そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。 アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。  そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。 二人の想いは無事通じ合うのか。 現在、スピンオフ作品の ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。