王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢

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2.マリウス・ド・ファンドミオン

内向的な……?

「ファンドミオン子爵のご子息のマリウスだね。今日は王太子妃の茶会に来てくれたのかな?」

 リーリウスが話しかけると、マリウスはすごい勢いでお辞儀をした。上げた顔が真っ赤だ。

「し、失礼いたしました、王子殿下。ご機嫌うるわしゅう……」
「そんなに畏まらず、リーリウスと呼んでおくれ。薔薇の鑑賞は楽しめたかい?」
「は、はい。大変すばらしいお庭で……えっと……」

 口ごもる青年に、思わず笑いがこぼれる。
 園芸や庭造りが趣味でもない限り、女性たちのお付き合いで花見に連れ出されても退屈なだけだろう。
 茶会となれば、なおのこと。
 リーリウスなら百人の女性に囲まれようと楽しく会話する自信があるが、ひとり離れて隠れるように突っ立っていたマリウスの様子を見れば、茶会を避けていたのは一目瞭然。

(どうやって連れ出そうかと思っていたが、こんな幸運に恵まれるとは)

 リーリウスは思いっきり甘ったるく、マリウスの瞳を覗き込む角度で微笑んだ。

「もし良ければ、私の散歩に付き合ってくれるかい? 少し遠いけど、一般には公開していない庭があってね。静かで落ち着くから、ひと休みするには最適なんだ。もちろん、お母上と先約があるのなら遠慮せず断ってくれてかまわないよ」

 マリウスは潤んだ瞳でぼーっとリーリウスを見つめ返してきたが、ハッとした様子でブンブン首を横に振った。

「い、いえ! 母と約束などしておりません! 必ず茶会に参加するようにとか、まったく言われておりませんので! ぜひ殿下のお供をさせていただきたいです……!」



 そんなわけでリーリウスは、マリウスを連れ出すことに成功した。
「ひと休みするには最適」な庭とはすなわち、「人気が無いから、ひとときの逢瀬を楽しむのに最適」ということである。

 丈高のハーブが多種多様に咲き誇り、ナラやブナなどの古木が存分に枝を伸ばしているこの庭は、「自然そのままに見える」よう手入れされている。意匠を凝らして整えられた庭よりも、リーリウスの好みに合っていた。
 最初はカチコチに緊張していたマリウスも、

「ここはなんだか落ち着きますね」

 言葉通り、肩の力が抜けている。
 リーリウスはそんな彼を、改めてまじまじと観察した。

 身長は、成人男性としては小柄なほうだ。
 リーリウスの「運命の人」は、リーリウスの鼻先くらいまである背丈だとシュナイゼたちにも伝えていたのだが、「女性に扮していたとしたら、踵の高い靴を履いたかもしれません」との理由で、候補に加えたと聞いている。

(でも……明らかに似ていないねぇ)

 内心で苦笑した。
 着衣の状態でも相手の体型寸法が概ねわかってしまうリーリウスは(レダリオからは「エロ王子」呼ばわりされる特技だが)、『踊る精霊の庭』でマリウスを見た時点で、「運命の人」と比べて華奢な骨格を見抜いていた。

 別人であることは最初からわかっていたものの、もの憂げに何度もため息をつく様子が気になり、連れ出すことにしたのだ。

(何やら訳アリの気配がする)

 リーリウスは人間観察が好きだ。
 王族としても遊び人としても数多の人間と交流してきたが、特に「クセの強い人」に興味を引かれる。

 そんなリーリウスが推察するに、マリウスは彼の父が言うような単なる内向的な性質と言うより、何か複雑なものを抱えているように感じた。
 緊張や恥じらいは見て取れるが、王子の誘いに興味津々乗って来たのを見ても、人付き合い自体を厭うているわけではないようだ。

(むしろ磨けば光る、オモシロイ人の予感)

 人を見る目も直感も育みまくった者として、内心かなりわくわくしていた。
 とはいえ、茶会が終わる頃には子爵夫人のもとへ帰さねば、可愛いひとり息子が行方不明だと大騒ぎされかねないから、あまり時間はかけられない。
 リーリウスは手近なベンチにマリウスを座らせると、太腿が触れる近さで腰をおろし、単刀直入、尋ねてみた。

「マリウス。先刻はため息ばかりついていたけど、何か悩みごとでもあるのかい?」
「あ……」

 若葉色の瞳が、驚きに見ひらかれる。濃い睫毛に縁取られたタレ気味の大きな目が愛らしい。

「私でよければ、話を聞くよ?」

 細い肩に腕を回すと、泣き出しそうに瞳が潤んだ。睫毛を震わせ、「嬉しい」と呟く。

「ぼく、殿下から嫌われているとばかり思っていたので……まさか、こんなに優しくしていただけるなんて」
「え? ちっとも嫌っていないよ。なぜそう思ったんだい?」
「初めてお目にかかったとき、挨拶すらまともにできなかったので……」

 そうだったか? とリーリウスは記憶を辿る。
 脳裏に浮かぶのは、黒い巻き毛を葡萄の蔓みたいだと思ったことばかりだ。

「何も失礼なことなど無かったさ。もしかしてそのことを気に病んでいたから、元気がなかったの?」
「い、いえ! そうではありません。もちろん、殿下に失礼をお詫びしたいのにできなくて、それはずっと気がかりでした。その件を挽回したいがために舞踏会に参加したくらいです。でも、根本的な問題が……ほかにありまして……」

 そこで黙りこくってしまったマリウスに、「根本的な問題とは?」と励ます調子で促すと、白い喉がゴクリと鳴った。

「あの、ぼくは両親から、女性とお付き合いすることを強く望まれていて……できればすぐにでも婚約、結婚するようにと」
「うん。私の周りも私自身も、そういう話題は多いよ。でもすごく繊細な問題だよね」
「は、はい。あの……実はぼくは、女性ではダメなんです。恋愛対象は男性のみなんです」
「ああ、そうなんだね」

 別に珍しいことではない。
 リーリウスは両方ありがたくいただくタイプだが、イルギアスでは同性同士の結婚に何ら支障は無く、差別もない。
 ただ、王侯貴族のように後継者を必要とされる場合、結婚は異性が望まれがちだ。
 その上で、「欲求不満があるなら子づくりのあとで、適当に遊んで解消すれば良い」と考える者も多い。

「ご両親に、それを言えずに悩んでいるの?」
「いえ、あの……確かにまだ打ち明けてはいないのですが、根本的にぼくは、結婚に向いていないと思うのです」
「結婚自体、したくないと」

 マリウスはこくりとうなずく。
 後継者はいざとなれば養子という手があるし、本人が望まぬ婚姻は相手にとっても不幸であろうから、無理強いは良くないとリーリウスは思う。
 しかし女性と、ではなく、結婚自体が向いていないとは、どういうことだろうか。

「理由を訊いてもいいかい」

 さらに太腿をぴったり密着させて、回した腕で細い肩を心持ち引き寄せると、マリウスが「ああっ」と小さく声を上げた。顔をうつむけ、呼吸が乱れている。
 気分が悪いのだろうかと顔を覗き込むと、震えながらこちらを向いた頬が、真っ赤な薔薇色。

「リーリウス殿下……」
「どうしたマリウス。気分が悪いのか?」

 尋ねると、肩に回した手をぎゅっと握られた。
 細い指が汗ばんでいて、いよいよ熱でもあるのではと危惧する。
 が、遊び人の本能が、「ある可能性」を頭に過ぎらせた。

 無意識に、リーリウスの視線が相手の下半身に向かう。
 マリウスのすらりと細い脚にピッチリ寄り添った、濃紺のトラウザーズ。
 失礼ではあるがごく自然な流れで、股間に目が留まった。
 見間違えようなく、布地が突き上げられている。

(……すっごく勃ってる)
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