王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢

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3.グレイグ・リヒテル・ド・ドーシア

またも喧嘩を売る男

 シュナイゼが肩をすくめて苦笑した。

「俺は殿下よりはグレイグの人となりを知っていますが……『一途』も『浮気者』も、どちらもピンときませんねぇ。色恋云々に執着するより、由緒ある侯爵家の一員だという自負心が強いタイプです。父親のドーシア侯のほうは、殿下もよくご存知でしょう?」

「そうだね。今は家業に力を入れているが、国境防衛に尽力した将軍の血筋だけに、考え方も固いというか……特に階級意識が強い御仁だ」
「ええ。その父親の訓示を受けて育った息子ですから。婚約相手に求めるものも、自分と釣り合う見目と品格と家柄だと、いつぞやも吹聴していました」

 シュナイゼは誰に対しても人当たりがよく、老若男女から好感を抱かれやすいけれど、にこやかな顔の裏でしっかり人柄を見極めている。
 その観察力を信頼しているリーリウスは、「ふむ」とうなずいた。

「親同士が決めた婚約なら、その『自分と釣り合う』条件を満たした相手なのだろうに、レダリオに昔の話を持ち出して噛みつく意味がわからないね」

 レダリオはむっつりと眼鏡を押し上げた。

「単に喧嘩を売るための口実だったのかもしれません」
「なんと。我が心の友に喧嘩を売るだと?」
「それを早く言え、レダリオ。俺たちが仇を討ってやる」
「ああもう! だからこの話に触れたくなかったんだ!」

 レダリオの眦が吊り上がった。

「いいですか、昔っから私が唐突に誰かから言いがかりをつけられるときは、その原因の殆どがあなた達でした! 二人のせいで好きな子が振り向いてくれないとか、二人と比べてセ、セック、……房事が下手だと言われてしまったとか!」

「どうして私たちに直接言わないのだろう」
「ヤリチン主従には、下半身でしか言葉が通じないと思われてるのでしょう」

 薄笑いを浮かべたレダリオに、シュナイゼが「おいおい」と眉根を寄せる。

「下半身で意思疎通するのは否定しないが、そうなるとグレイグも、本当に不満をぶつけたかった相手は殿下か俺ということか?」
「知らん! とにかく、先方にちょっかいをかけるなよシュナイゼ。ただでさえ面倒くさそうな相手なのに、これ以上絡まれるのはごめんだからな。殿下もですよ!」

 親友たちの話を聞きながら、リーリウスは改めてグレイグに関する記憶を巡らせた。
 
「ドーシア親子が挨拶に来た折、グレイグとも何度か言葉を交わしたことはある。しかしいつも不機嫌そうに、ツンツンしていたな」
「殿下に拝謁するのに仏頂面とは、良い度胸してますね」
「だがその反応が新鮮で、オモシロイ子息だなと思ったのだ、そういえば」

 連日大勢の人間と会う立場ゆえ、オモシロイと思ったこと自体、忘れていたが。 
 シュナイゼがにやりと笑う。

「その傲岸不遜でツンツンして、我らの友に喧嘩を売るオモシロイ男が、殿下の『運命の人』かもしれませんよ? 舞踏会で何の仮装をしていたかはわかっていませんが、体格は条件に当て嵌まりますし、婚約者がいるなら殿下から逃げたのも納得です」

 リーリウスもにっこり微笑んだ。

「婚約者、か……」
「誰かの婚約者と知っていて手を出すのですか?」

 皮肉を寄こすレダリオに、力強く首肯する。

「だってグレイグがあの夜に求愛を受けてくれた人だとすれば、本当の婚約者は私だろう?」



 そういうわけで、次はグレイグ・リヒテル・ド・ドーシアに会ってみようと決めたはいいが、リーリウスには彼と殆ど接点が無い。

 グレイグは二十二歳。
 ドーシア侯爵家の跡継ぎとして父親から領地経営を学んでいる最中らしく、今のところ、政務や海運事業の指揮を執るリーリウスと関わることは無い。交友関係も重なっていない。

 いずれまた社交界のイベントに父親が息子を連れて来ることもあろうが、目的が目的だけに、父親同伴ではいろいろ面倒くさいことになる。

(ドーシアは特権意識の強い男だから……)

 下手な口実で息子を呼び出せば、「息子は王子から気に入られている」とか、「我が家は王室から必要とされている」とか、拡大解釈して吹聴しかねない人物だ。

 シュナイゼは「来月の夜会に向けて、二人きりで会えるようお膳立てしますよ!」と言ってくれたが、できればもっと早くに、ことを進めたいとリーリウスは思った。

(さて、どうしようか)

 思案しながら王城の廊下を歩いた。
 女官たちが遠巻きにこちらを見つめて、

「リーリウス殿下だわ! 今日はなんだか、悩ましげで素敵」
「きっと政務で難しい問題を抱えてらっしゃるのよ」

 などと話しているのが聞こえてきたが、実際のところは(どのようにグレイグと致すか)という楽しい問題を抱えていた。

 窓から入る夕刻の風は、日中に建物が抱えた熱を優しく冷ましていく。
 オレンジ色の日が凪いだ海を照らし、夕星が夜を連れて来るまでの、穏やかで静かな時間。
 ――が、怒鳴り声で破られた。

「上に立つ者には、使用人を罰する権利があると思うがね!?」

 声は、ゆったりと螺旋を描く階段のほうから聞こえてくる。
 階段の手摺りに肘をついて下を覗くと、踊り場に何人か集まり揉めているようだった。

「申しわけありません、申しわけありませんっ」

 仁王立ちする青年に向かって、侍女服の女性が何度も頭を下げている。
 その足元には花瓶が転がり、床に水が広がっていた。どうやら粗相をして叱られている最中らしい。
 さらに、泣いている侍女を庇うように立っているのは……

(おやおや)

「ここは王城だ。王族の許可なく使用人に私的な制裁を下す権利は、貴公にはない」

 中指で眼鏡のブリッジを押し上げながら淡々と返したのは、レダリオ。
 そして彼のうしろで腕を組み、面白そうに眺めているのはシュナイゼ。
 その二人の視線の先で、「なんだと!」と激高しているのは……

(グレイグじゃないか。なんとまあ)
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