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5.ルイス・ド・コンバルト
太陽みたいな王子様
ルイス・ド・コンバルトは、城の中庭でひとり、大きく深呼吸した。
彼にとっては雲の上の存在であるシュナイゼから、今日のこの時刻、中庭の噴水で待つよう言われてからずっと、緊張状態が続いている。
「『呪い』の件だけど、その手のことに詳しい、信頼できる方に頼んだから。ぜひ相談してみてくれ」
昨日、剣の稽古のあとに呼び止められ、そう言って肩をポンポンされたときには、驚きと感動のあまり腰を抜かしそうになった。
(あんな相談しなきゃよかったと、後悔していたのに……)
初めてシュナイゼの剣術の指導に参加した日、思いがけず声をかけられた。
「筋が良い」と褒めてくれた上、とても気さくに世間話などしてくれて、周りの兵士たちも羨ましげにこちらを見ていた。
嬉しさのあまり舞い上がり、(こんな機会は二度と無い。どうせ二十二歳まで生きられないのなら……!)と、その場の勢いで、呪いの件について話してしまった。
実はこれまでも、事情を知る親戚などに、それとなく口にしたことはあった。
けれど皆、「可哀想に、親が変な霊媒師にハマったばかりに苦労したな」と同情はしてくれるが、口をそろえて「そんなインチキ、気にするな!」と言うばかりで。
どうしても気になるから困っているのに。気にしないぞ! で済むなら、こんなに悩んでいない。
シュナイゼも、誰がどう見ても豪快で心身ともに頑健な人だから、呪いの話なんて笑い飛ばすのだろうと覚悟していた。
けれど両親のことも馬鹿にしなかったし、
「呪いかぁ、本当にあるなら確かめたいな! どうすればわかるんだろ」
なんて言って、からかうでも不気味がるでもなく耳を傾けてくれて。
「わかった。ちょっと当てがあるから、また連絡するな」
そう言い残して去って行くうしろ姿を、夢心地で見送った。
とはいえ、王子の護衛に政務の補佐にと、忙しく飛び回っている人だ。
期待はしつつも、話を聴いてもらえただけで充分と、自分に言い聞かせていたのだけれど。
まさか本当に、「呪いに詳しい、信頼できる方」に頼んでくれたなんて。
震えるほどの感謝と共に、
「どんな方なんだろう……」
まさかと思うが、また新たなる怖い霊媒師を連れてきたらどうしよう。
不安と期待で心臓をバクバクさせていると、
「ルイス?」
背後から、優しい声をかけられた。
「はっ、はい! ルイス・ド・コンバルトで……しゅ……」
名乗りながら振り返り、目に飛び込んできた相手を認識した瞬間、頭の中が真っ白になった。
「待たせてすまない。シュナイゼから話は聞いているよ。私で役に立てると良いのだが」
にっこり笑う、彫像よりも完璧に整った容貌。
蜂蜜みたいに輝く金髪に、煌めく海を映し取った青い瞳。
シュナイゼと並んで遜色のない長身と、そして――
胸にあてた大きな手の、長く綺麗な指に着けた、第二王子の紋章の指輪。
「りっ、りっ、りりり、リーリュ王子でんっ」
緊張に驚愕と焦りが加わって、名前を噛みまくりながら慌ててお辞儀をしたけれど、リーリウス王子は気を悪くした様子もなく、「楽にしておくれ」と微笑んでいる。
楽にするどころか、よけいに激しく高鳴る胸の鼓動が聞こえそうだ。
(このまま心臓が止まって死ぬなら、呪いも悪くないかも……)
そんなことを考えてしまうくらい。
実は、目の前のこの人は、ルイスが心から慕っている人だった。
☆ ★ ☆
ルイスが初めて面と向かってリーリウス王子から声をかけてもらったのは、王室主催の慈善パーティーだった。
コンバルト親子は大勢いる参加者たちの一部に過ぎず、順番を待ち、父に続いて挨拶するのも型通り。
それすら内気なルイスには重すぎる任務で、遠目にも凄まじい存在感を放つ王子が近づいてくると、緊張しすぎて目眩がしてきた。
(もう駄目だ。殿下に挨拶する前に倒れる)
意識が朦朧としてきたそのとき、とうとう王子が目の前に立った。
だが、倒れることはなかった。
むしろすべての雑念が消えて、ただひとつ、リーリウス王子に見惚れることだけに集中していた。
(美しいとは、この方のことを言うんだ)
ただ造形が整っているというだけではない。
最も印象に焼きついたのは、太陽のような光輝。
限られた時間の中で丁寧に話しかけてくれる、優しさと品格。
王子が父子の前から離れたあとも、木漏れ日を浴びているみたいな心地良さが消えなかった。
そしてその衝撃的な感動を味わったのは、父も同じだったのだ。
それまでずっと、コンバルト家は、暗い淵の中で澱んでいた。
二人の子を喪った痛みを、霊媒師に頼ることで埋めてきた両親は、家の財もその者に注ぎ込み、親戚たちが総出で「目をさませ」と説得しようと、耳を貸さなかった。
子供はルイスのほかにも弟が二人いる。
それでも両親の目には、亡くなった子たちしか映っていなくて。
ルイスにとってももはや、それが日常だった。
だがリーリウス王子と会ったその夜、帰りの馬車の中で、父子は王子の話に花を咲かせた。
帰宅後は母に、王子がどれほど魅力的だったかを二人で話して聞かせ、すると母も、
「わたくしも行けばよかったわ。次は必ず連れて行ってくださいな!」
実に久し振りに、明るく笑ってくれた。
それだけのことなのに、それをきっかけに、両親は変わった。
いや、両親だけでなくルイス自身も。コンバルト家まるごと。
両親は兄たちばかりでなくルイスや弟たちにも目を向けてくれるようになったし、親戚たちの話にも耳を傾けるようになって、霊媒師とも距離を置いた。
それはまるで、太陽に照らされて憑きものが落ちたみたいに。
だから――
王子は、自分のことなどおぼえていないだろうけれど。
ルイスはずっと、お礼を言いたかった。
そのために。
賑やかな場は大の苦手だが、ルイスは生まれて初めて、仮装舞踏会にも参加していた。
彼にとっては雲の上の存在であるシュナイゼから、今日のこの時刻、中庭の噴水で待つよう言われてからずっと、緊張状態が続いている。
「『呪い』の件だけど、その手のことに詳しい、信頼できる方に頼んだから。ぜひ相談してみてくれ」
昨日、剣の稽古のあとに呼び止められ、そう言って肩をポンポンされたときには、驚きと感動のあまり腰を抜かしそうになった。
(あんな相談しなきゃよかったと、後悔していたのに……)
初めてシュナイゼの剣術の指導に参加した日、思いがけず声をかけられた。
「筋が良い」と褒めてくれた上、とても気さくに世間話などしてくれて、周りの兵士たちも羨ましげにこちらを見ていた。
嬉しさのあまり舞い上がり、(こんな機会は二度と無い。どうせ二十二歳まで生きられないのなら……!)と、その場の勢いで、呪いの件について話してしまった。
実はこれまでも、事情を知る親戚などに、それとなく口にしたことはあった。
けれど皆、「可哀想に、親が変な霊媒師にハマったばかりに苦労したな」と同情はしてくれるが、口をそろえて「そんなインチキ、気にするな!」と言うばかりで。
どうしても気になるから困っているのに。気にしないぞ! で済むなら、こんなに悩んでいない。
シュナイゼも、誰がどう見ても豪快で心身ともに頑健な人だから、呪いの話なんて笑い飛ばすのだろうと覚悟していた。
けれど両親のことも馬鹿にしなかったし、
「呪いかぁ、本当にあるなら確かめたいな! どうすればわかるんだろ」
なんて言って、からかうでも不気味がるでもなく耳を傾けてくれて。
「わかった。ちょっと当てがあるから、また連絡するな」
そう言い残して去って行くうしろ姿を、夢心地で見送った。
とはいえ、王子の護衛に政務の補佐にと、忙しく飛び回っている人だ。
期待はしつつも、話を聴いてもらえただけで充分と、自分に言い聞かせていたのだけれど。
まさか本当に、「呪いに詳しい、信頼できる方」に頼んでくれたなんて。
震えるほどの感謝と共に、
「どんな方なんだろう……」
まさかと思うが、また新たなる怖い霊媒師を連れてきたらどうしよう。
不安と期待で心臓をバクバクさせていると、
「ルイス?」
背後から、優しい声をかけられた。
「はっ、はい! ルイス・ド・コンバルトで……しゅ……」
名乗りながら振り返り、目に飛び込んできた相手を認識した瞬間、頭の中が真っ白になった。
「待たせてすまない。シュナイゼから話は聞いているよ。私で役に立てると良いのだが」
にっこり笑う、彫像よりも完璧に整った容貌。
蜂蜜みたいに輝く金髪に、煌めく海を映し取った青い瞳。
シュナイゼと並んで遜色のない長身と、そして――
胸にあてた大きな手の、長く綺麗な指に着けた、第二王子の紋章の指輪。
「りっ、りっ、りりり、リーリュ王子でんっ」
緊張に驚愕と焦りが加わって、名前を噛みまくりながら慌ててお辞儀をしたけれど、リーリウス王子は気を悪くした様子もなく、「楽にしておくれ」と微笑んでいる。
楽にするどころか、よけいに激しく高鳴る胸の鼓動が聞こえそうだ。
(このまま心臓が止まって死ぬなら、呪いも悪くないかも……)
そんなことを考えてしまうくらい。
実は、目の前のこの人は、ルイスが心から慕っている人だった。
☆ ★ ☆
ルイスが初めて面と向かってリーリウス王子から声をかけてもらったのは、王室主催の慈善パーティーだった。
コンバルト親子は大勢いる参加者たちの一部に過ぎず、順番を待ち、父に続いて挨拶するのも型通り。
それすら内気なルイスには重すぎる任務で、遠目にも凄まじい存在感を放つ王子が近づいてくると、緊張しすぎて目眩がしてきた。
(もう駄目だ。殿下に挨拶する前に倒れる)
意識が朦朧としてきたそのとき、とうとう王子が目の前に立った。
だが、倒れることはなかった。
むしろすべての雑念が消えて、ただひとつ、リーリウス王子に見惚れることだけに集中していた。
(美しいとは、この方のことを言うんだ)
ただ造形が整っているというだけではない。
最も印象に焼きついたのは、太陽のような光輝。
限られた時間の中で丁寧に話しかけてくれる、優しさと品格。
王子が父子の前から離れたあとも、木漏れ日を浴びているみたいな心地良さが消えなかった。
そしてその衝撃的な感動を味わったのは、父も同じだったのだ。
それまでずっと、コンバルト家は、暗い淵の中で澱んでいた。
二人の子を喪った痛みを、霊媒師に頼ることで埋めてきた両親は、家の財もその者に注ぎ込み、親戚たちが総出で「目をさませ」と説得しようと、耳を貸さなかった。
子供はルイスのほかにも弟が二人いる。
それでも両親の目には、亡くなった子たちしか映っていなくて。
ルイスにとってももはや、それが日常だった。
だがリーリウス王子と会ったその夜、帰りの馬車の中で、父子は王子の話に花を咲かせた。
帰宅後は母に、王子がどれほど魅力的だったかを二人で話して聞かせ、すると母も、
「わたくしも行けばよかったわ。次は必ず連れて行ってくださいな!」
実に久し振りに、明るく笑ってくれた。
それだけのことなのに、それをきっかけに、両親は変わった。
いや、両親だけでなくルイス自身も。コンバルト家まるごと。
両親は兄たちばかりでなくルイスや弟たちにも目を向けてくれるようになったし、親戚たちの話にも耳を傾けるようになって、霊媒師とも距離を置いた。
それはまるで、太陽に照らされて憑きものが落ちたみたいに。
だから――
王子は、自分のことなどおぼえていないだろうけれど。
ルイスはずっと、お礼を言いたかった。
そのために。
賑やかな場は大の苦手だが、ルイスは生まれて初めて、仮装舞踏会にも参加していた。
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