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6.フランセ・ブリス・ド・カーロン
カーロン家の人々
フランセ・ブリス・ド・カーロンは、ありがちと言えばありがち、複雑と言えば複雑な家庭に生まれ育った。
カーロン伯爵家は、屋敷にずらりと先祖の肖像画が並ぶ由緒ある家門だ。
しかし現在の当主グスタフに「難あり」という評価は、フランセが生まれる前からあったらしい。
父の最初の妻――つまり敬愛する兄エアハルトの実母が亡くなったのも、父の女癖の悪さのせいで寿命を縮めたのだと、まことしやかに囁かれていた。
フランセは昔、無遠慮に兄に尋ねてしまったことがある。
その噂は真実なのかと。
優しい兄は決して父を責めず、困ったように微笑んだ。
「母上はもともと躰の弱い人だったんだ。他所の人の言うことなんか気にするな。父上はとっても優しい人だって、おれたちは知ってるじゃないか」
……確かに優しい人ではある。あるのだが。
エアハルトからすれば、十歳にして母を亡くし、その一年後には二つ年下のフランセを連れた後妻が現れたのだから、ぶっちゃけ
「浮気した上に子供までつくってたんかい!」
と、怒りのあまり大暴れしても許されたろうとフランセは思う。少なくともフランセならそうした。
しかし兄は、少年ながら、とことん器が大きかった。
母の仇とみなされても仕方なかった継母子……フランセと母のことも、快く迎え入れてくれた。
おかげで、勝ち気だが情に厚く、「エアハルトちゃんと仲良くしたいけれど、きっと憎まれているのでしょうね」と不安がっていた母も、「なんて優しく立派な子なのかしら!」と大感激。以来、何につけてもエアハルトを立てている。
そんな兄は、フランセの面倒もよく見てくれた。
「友達はみんな兄弟がいて、羨ましかったんだ。だから弟ができて嬉しいよ!」
当時、フランセはガリガリに痩せた陰気な子だった。
今では兄の身長を追い越し、性経験の場数も軽く上を行くと思われるが、昔は人見知りで引っ込み思案で、人より虫が大好きだった。
それを心配した母から「お友達をつくらなきゃ」と言われて、
「友達、いる……ロベルトと、トーマスと、スーリー……」
フンコロガシが三匹入った箱を見せたら、母は「友達の見分けつかねえ」と呟いていた。
そんなわけで母すら呆れる子供だったし、友達に自慢できる弟でもなかったのに、兄は虫捕りに付き合ってくれたり、蛍を見に連れ出したりしてくれた。
ゴキブリを普通に捕獲して外に出したら「凄い勇気だ」と褒め称えてくれたし、自室の天井に張られた蜘蛛の巣を楽しく観察していたのに掃除されてしまい、号泣するフランセ少年を慰めてくれたのも兄だけだった。
「フランセは本当に優しくてイイ奴なんだから、自信を持てよ!」
兄のその言葉が、今日のフランセをつくったと言っても過言ではない。
ガリガリの少年は、すくすくと健康的に育った。
緩く波打つ金髪に薄茶色のタレ目という甘いマスクは、多くの人を惹きつけるようにもなった。
兄がいるからカーロン家は、頼りになるようでならない父が幾度女性問題を起こそうと、何とか乗り切ってこられたのだ。
なのにフランセの外見の評価が上がると、昔は彼を馬鹿にしていた親戚たちが群がってきて、やたら口を出すようになった。
早すぎる見合い話はまだしも、「跡継ぎはエアハルトよりフランセのほうが良いのでは」などと言い出す者まで出る始末。
そういうことを言う輩の魂胆はわかりきっている。
兄よりフランセのほうが御しやすいと考え、カーロン本家が握る財や商売に手を出そうというのだ。
成長して人付き合いも上手くなったとはいえ、人より虫が好きという本質はそう変わらない。
諸々面倒になったフランセは、王都を離れてカーロン領で暮らすことにした。
兄と離れるのは寂しかったが、自分の存在が兄の邪魔になることだけは避けたかったから。
父は領地に滞在していることも多いので、母は「悪い影響を受けないように」と散々心配していたが、酒さえ飲まなければ兄の言う通り、とても優しい人なのだ。
父は喜んでフランセを迎えてくれたし、寛容で楽観的なので、フランセが海外で遊学したいと言い出したときも、快く送り出してくれた。
周辺国を観てまわり、学んだり遊んだりする中で、フランセの胸に特に印象深く残ったのは、故国の第二王子リーリウスの、異常なまでの人気の高さだった。
フランセが王都にいた頃は、リーリウス王子をよく知らなかった。
行事の折に国王一家を遠目に見たことはあるが、社交界に関わる前に領地に引っ込んでしまったので、言葉を交わしたこともない。
だが兄と同い年で同じ師から剣術を習っていると、兄から聞いたことはある。素晴らしい腕前なのだと、嬉しそうに笑っていた。
そのリーリウス王子を、二年ほど前にある国で見かけた。
王子は公務でその国を訪れていたのだが、噂に違わぬ大人気で、耳がおかしくなりそうなほど黄色い声を浴びていた。
そのときフランセは実感した。
リーリウス王子が、国内外の人々の心を鷲掴みする理由を。
どんな巨匠も生み出せぬであろう完璧な造形美。
優しく笑い、気さくに話しかける品格。
そこに在るだけで太陽のような光輝を放つ人を、フランセは初めて見た。
カーロン伯爵家は、屋敷にずらりと先祖の肖像画が並ぶ由緒ある家門だ。
しかし現在の当主グスタフに「難あり」という評価は、フランセが生まれる前からあったらしい。
父の最初の妻――つまり敬愛する兄エアハルトの実母が亡くなったのも、父の女癖の悪さのせいで寿命を縮めたのだと、まことしやかに囁かれていた。
フランセは昔、無遠慮に兄に尋ねてしまったことがある。
その噂は真実なのかと。
優しい兄は決して父を責めず、困ったように微笑んだ。
「母上はもともと躰の弱い人だったんだ。他所の人の言うことなんか気にするな。父上はとっても優しい人だって、おれたちは知ってるじゃないか」
……確かに優しい人ではある。あるのだが。
エアハルトからすれば、十歳にして母を亡くし、その一年後には二つ年下のフランセを連れた後妻が現れたのだから、ぶっちゃけ
「浮気した上に子供までつくってたんかい!」
と、怒りのあまり大暴れしても許されたろうとフランセは思う。少なくともフランセならそうした。
しかし兄は、少年ながら、とことん器が大きかった。
母の仇とみなされても仕方なかった継母子……フランセと母のことも、快く迎え入れてくれた。
おかげで、勝ち気だが情に厚く、「エアハルトちゃんと仲良くしたいけれど、きっと憎まれているのでしょうね」と不安がっていた母も、「なんて優しく立派な子なのかしら!」と大感激。以来、何につけてもエアハルトを立てている。
そんな兄は、フランセの面倒もよく見てくれた。
「友達はみんな兄弟がいて、羨ましかったんだ。だから弟ができて嬉しいよ!」
当時、フランセはガリガリに痩せた陰気な子だった。
今では兄の身長を追い越し、性経験の場数も軽く上を行くと思われるが、昔は人見知りで引っ込み思案で、人より虫が大好きだった。
それを心配した母から「お友達をつくらなきゃ」と言われて、
「友達、いる……ロベルトと、トーマスと、スーリー……」
フンコロガシが三匹入った箱を見せたら、母は「友達の見分けつかねえ」と呟いていた。
そんなわけで母すら呆れる子供だったし、友達に自慢できる弟でもなかったのに、兄は虫捕りに付き合ってくれたり、蛍を見に連れ出したりしてくれた。
ゴキブリを普通に捕獲して外に出したら「凄い勇気だ」と褒め称えてくれたし、自室の天井に張られた蜘蛛の巣を楽しく観察していたのに掃除されてしまい、号泣するフランセ少年を慰めてくれたのも兄だけだった。
「フランセは本当に優しくてイイ奴なんだから、自信を持てよ!」
兄のその言葉が、今日のフランセをつくったと言っても過言ではない。
ガリガリの少年は、すくすくと健康的に育った。
緩く波打つ金髪に薄茶色のタレ目という甘いマスクは、多くの人を惹きつけるようにもなった。
兄がいるからカーロン家は、頼りになるようでならない父が幾度女性問題を起こそうと、何とか乗り切ってこられたのだ。
なのにフランセの外見の評価が上がると、昔は彼を馬鹿にしていた親戚たちが群がってきて、やたら口を出すようになった。
早すぎる見合い話はまだしも、「跡継ぎはエアハルトよりフランセのほうが良いのでは」などと言い出す者まで出る始末。
そういうことを言う輩の魂胆はわかりきっている。
兄よりフランセのほうが御しやすいと考え、カーロン本家が握る財や商売に手を出そうというのだ。
成長して人付き合いも上手くなったとはいえ、人より虫が好きという本質はそう変わらない。
諸々面倒になったフランセは、王都を離れてカーロン領で暮らすことにした。
兄と離れるのは寂しかったが、自分の存在が兄の邪魔になることだけは避けたかったから。
父は領地に滞在していることも多いので、母は「悪い影響を受けないように」と散々心配していたが、酒さえ飲まなければ兄の言う通り、とても優しい人なのだ。
父は喜んでフランセを迎えてくれたし、寛容で楽観的なので、フランセが海外で遊学したいと言い出したときも、快く送り出してくれた。
周辺国を観てまわり、学んだり遊んだりする中で、フランセの胸に特に印象深く残ったのは、故国の第二王子リーリウスの、異常なまでの人気の高さだった。
フランセが王都にいた頃は、リーリウス王子をよく知らなかった。
行事の折に国王一家を遠目に見たことはあるが、社交界に関わる前に領地に引っ込んでしまったので、言葉を交わしたこともない。
だが兄と同い年で同じ師から剣術を習っていると、兄から聞いたことはある。素晴らしい腕前なのだと、嬉しそうに笑っていた。
そのリーリウス王子を、二年ほど前にある国で見かけた。
王子は公務でその国を訪れていたのだが、噂に違わぬ大人気で、耳がおかしくなりそうなほど黄色い声を浴びていた。
そのときフランセは実感した。
リーリウス王子が、国内外の人々の心を鷲掴みする理由を。
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