王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢

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7・運命の人

動揺

 想い出に浸りきっていた自分に気づき、レダリオは「いかんいかん」と頭を振った。
 そんな場合ではない。
 またリーリウスの邪魔が入る前に、帰宅しなければ。
 そして着替えて、待ち合わせ場所の一流レストランで令嬢と食事して、求婚して……。

 段取りを確認しながら、視線は勝手に書架の最上段へと向かう。
 どうして人の仕事場にやたら物を持ち込むのかと、リーリウスに訊いたことがある。すると彼は不思議そうに、

「だって、そなたに似合うだろう?」

 そう言った。
 貝や万華鏡のどの辺を指して「似合う」なのかさっぱりわからないが、文句を言いつつ、本当は嬉しかった。
 自分がいないところで、自分を想い出してくれたことが。
 だから大事に、いちばん目につくところに飾った。

 王子と出会えた幸運を、どう表現すれば良いのだろう。
 あの試験の日のことは、今も鮮明に思い出せる。
 みじめに城を去ろうとしていたボロボロの自分を、リーリウスが呼び止めてくれた。
 その上なんと、レダリオを友にすると、自ら宣言してくれたのだ。

 レダリオはもちろん、父も継母もザシャも呆然として、しばらく何が起こったのかわからなかった。
 リーリウスがレダリオを指名してくれたのは、たぶん、血だらけで肩を落として歩く子供を見つけて、放っておけなかったからだろう。実際、すぐに傷の手当を受けさせてくれたし。

(ザシャにはどれほど感謝しても足りないな)

 ザシャにどつかれたおかげで、王子の視界に入ったのだろうから。
 ただ当時は、降って湧いた幸運を素直に喜べなかった。
 自分など、王子をがっかりさせるに決まっているから、「やっぱり断ってください」と父に頼んだくらいだ。
 しかし父が聞き入れてくれるはずもなく、それどころか「馬鹿者、我が儘を言うな! 大変な名誉なのだぞ!」と一喝されてしまった。

 どうすれば断れるのかと途方に暮れていたレダリオの考えを変えたのは、ほかならぬ継母だった。

「どうしてザシャじゃなく、あの子が選ばれたんですか!」

 悔しがって泣きわめくザシャを抱いて慰めながら、継母が父に食ってかかるのを見たレダリオは一転、(とにかく頑張ってみよう)と思った。
 継母たちへのあてつけで、コロリと考えを変えたのだ。

 本当に性格が悪いと自覚しつつも、これで苦しかった日常が変わると気づいた。
 どう変わるのかはわからないが、少なくとも継母たちより、見知らぬ子供の怪我を気遣ってくれる王子と一緒にいたい。
 そのために頑張ってみよう。そう思えた。 

「――ああ、また」

 再び思考が過去へと飛んでいたことに気づく。
 現実から逃避していないで、アレクシス伯爵家の跡継ぎとして、やるべきことをやらねば。
 今度こそ帰ろうと扉まで歩いて、もう一度、

「忘れ物は、無い」

 自分に言い聞かせた。 
 夕暮れが迫る室内に静かにこぼれた声は、他人のもののよう。

 中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、レダリオは扉の把手に手をかけた。
 と、同時に、廊下側から「レダリオ!」と大声と共に扉がひらかれる。
 驚いたレダリオは思わず「わっ!」と声を上げ、「おお、すまぬ」とよく知った声が返った。

「もう帰ってしまったのではないかと、あわてて来たものだから。ノックもせずに失礼した。大丈夫か、どこか打っていないか?」

 心配してくれる青い瞳は、出会った頃のリーリウス王子そのままだ。
 ただ、こんなに振り回されるようになるとは思わなかったが。

「打っていません、大丈夫です」
「そうか、よかった」

 安堵する笑顔も、どこまでもカッコイイ。
 何年も見ているのに、毎度カッコイイ。
 ずるい。

 それはともかく、珍しく少し息が乱れているから、急いで来たのは事実のようだ。
 レダリオはわざと大きくため息をついた。

「殿下。何をお急ぎなのか知りませんが、今日はもう、誰かの調査も下着店へのお使いもしませんからね。わたしはこれから、求婚という人生の一大事を控えているんです!」
「うむ。そんなものは放っておけ」
「……はあぁ!?」

 思い切り顔をしかめると、愉快そうに笑ったリーリウスに「まあまあ」と肩を抱かれ、室内に戻された。
 今日こそは相手のペースに乗るものかと、レダリオは「まあまあって何ですか!」と、きつく睨みつける。

「ご自分の結婚には人を巻き込んで大騒ぎするくせに、わたしの求婚は『放っておけ』って!」
「そうとも、大騒ぎしたのだ。当然そなたも巻き込むさ。私の『運命の人』は、ちっとも声を上げてくれないから」
「……だ、だから、その人を捜しているのでしょう」

 視線を逸らしてしまった。
 声もちょっぴり裏返った気がする。
 不自然だったろうか。いや、大丈夫なはず。
 隠すことは慣れている。

 もう一度顔を上げると、じっとこちらを見つめる青い瞳。
 ドクンと心臓が跳ね上がった。

(大丈夫、な、はず。バレてはいない、はず)

 胸を押さえても、せわしない鼓動は抑えられない。
 表情だけはいつものように取り繕ったが、気づけば手が震えている。

「『運命の人』を捜すため、片っ端から候補者を抱く。そう言えば嫉妬してくれるのではないか、名乗り出る気になってくれるのではないか。
 ――私はずっと、それを待っていた。彼と『再会』できる、そのときを」

 リーリウスはもう、笑っていない。
 悲しそうな、苛立ったような。どちらにしても、めったにしない表情。
 レダリオは動揺を悟られぬよう、肩を抱く手から逃れようとした。
 が、かえって大きな手のひらに、グッと力が込められる。

「殿下。放してください」
「嫌だ」

 震えがレダリオの全身に広がっていく。
 こんな強い調子で要求を撥ねつけられたのも、これが初めて。

「五人の候補者との対面を終えるまでは、待とうと思っていた。だが悲しいことに、それでもなお名乗り出てくれないのなら――」

 夕日が翳りを運んできた部屋で、怖いほど真摯なリーリウスの瞳がレダリオを射抜く。

「私から会いに行くと、決めていた」

 確かに今、心臓が止まったと、レダリオは思った。
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