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7・運命の人
どうして、あなたは
リーリウスはしみじみ感慨深く、レダリオを見つめた。
怯えたようにこちらを見る瞳も、隙あらば逃げ出そうとする素振りも、あの仮装舞踏会の夜、黒衣の麗人が見せた様子とそっくり同じ。
ようやく。ようやく、「見つけた」。
「殿下、わたしは……行かないと……先方を、待たせて」
「本当に? いま私と話す以上に、そちらが大切か?」
ビクッと肩を震わせたレダリオは、哀れなほどうろたえている。
常に客観的かつ合理的で、他人に対してはめったに表情を崩さぬ男が。
彼に憧れる者たちから、「怜悧な美貌」「閨であの冷徹な目に見下されて、傲慢に振舞われたい」などと熱っぽく語られている男が。
「……レダリオ。仮装舞踏会のあの夜、そなたはシュナイゼと共に、親衛隊の副隊長として警備にあたる予定だったな。
なのに異形の姿でそなたは現れた。それが私に、奇跡を起こしてくれたんだよ」
うつむいてしまった顔を両手でつつむと、子供みたいに、いやいやと首を振る。どんな仕草も、いちいちリーリウスを切なくさせる。
こんなにも愛らしいのに、どうして長年、気づかずにいられたのだろう。
「真面目なそなたが任務を放り出してまで、あの場に来た理由は?」
「し、しらな」
「仮装舞踏会は、誰もが意中の人に想いを伝えられる夜だ。常なら許されぬ相手でも、枷を外して愛を求められる、特別な舞台だ」
「わたしは……」
「だから来てくれた。そうだろう? ただ、そなたはやたら自己評価が低いから、本当に私がそなたを見初めるとは思わなかった。違うか?」
「自己評価は!」
それまでおどおどしていたのに、急にキッと睨み返してきた。
「妥当です! 私は殿下やシュナイゼのように何をやらせても優秀とはいかないし、ブサイクで不器用で根暗でつまらない男だし、それに」
「待て待て」
リーリウスはレダリオの鼻先をちょんとつついた。
「何度も言っただろう、そなたは並外れて優秀だと。各界の権威である学識者たちも舌を巻くほど、そなたの知識量と記憶力はずば抜けているのだぞ。周囲は皆そなたを天才と認めているのに、本人だけがいつまでたっても認めない」
「だって違いますから!」
いつも論理的に話すくせに、こんなときばかり理屈もへったくれもなく否定する。
今となってはそんなところも、可愛くて仕方ないのだけれど。
「優秀でなくて、どうして私の学友に選ばれる? 実際、私の希望だけでどうにかなるものではなかったんだよ。そなたの筆記試験はダントツ一位で、みごとな飛び蹴りを決めるくらい運動神経も良いと認められてこそだ。……あの飛び蹴りには、本当に笑った」
当時を思い出したか、レダリオの頬が赤く染まった。
リーリウスは苦笑して、「それに」とレダリオの前髪をかき上げた。
艶やかな黒髪が、サラサラと指に心地いい。
「こんなに繊細で美しいのに、ブサイクだなんて、なぜ思い込めるのだ? これも何度も教えたではないか。私とシュナイゼはそなたを見て、『可愛い子が来た』と注目していたんだと。だから飛び蹴りも見逃さず済んだ」
「もうそれは忘れてください!」
「いいや、こうなったら一生忘れぬ。なんなら臨終のとき思い出すのも、あの場面かもしれん」
「縁起でもないこと言わないでください!」
眼鏡の向こうで、紺青の瞳が潤んだ。
本当は誰より情にもろいくせに、そんな自分も隠そうとする。
長い付き合いだから、リーリウスももうわかっている。
レダリオの自己評価が低いのは、幼い頃、彼を認めず虐げる大人が多すぎたせいだし、心を許した相手との離別がつらいから、最初から甘えまいとする。
レダリオの中には今も、ひとりぼっちで傷を抱える少年がいるのだろう。
「レダリオ。そなたには私のように、大らかで寛容な人間が似合うと思うぞ」
「何を急に」
涙ぐんだり赤面したり、忙しそうだ。
リーリウスは滑らかな頬を撫でながら、話を戻した。
「あの黒衣の貴婦人は、群衆の中に咲いた花のようだった。これまで容姿の良い人を何人も見てきたけれど、あんなにも心を捉われたのは生まれて初めてだったよ。
そして正体がそなただとわかったとき、喜びが爆発した」
「わたしでは」
「いいかげん観念しなさい。私は見ただけで相手のサイズがわかると知っておろう」
レダリオは真っ赤になって何か言おうとしたが言葉にならず、身をよじってリーリウスの手から離れ、無言で薄暮の部屋を横切り窓を開けた。
波音と鴎の声が、涼やかな風に乗り流れ込んでくる。
リーリウスも窓辺に並ぶと、長い睫毛が震えていた。
「……どうして……」
「そなただと知って、喜んだか?」
心細げに、こくんとうなずく。
(可愛くてたまらん)
猛烈に抱きしめたくなったが、今は紳士であれとこらえる。
「私も最初は心が浮き立ちすぎて、何がそんなに嬉しいのか謎なほどだった。
だが今ならちゃんと言葉にできるよ。私はあの夜、これまで長いあいだ知らずにいたそなたを見つけたのだ。あんなにドレスが似合うそなたを。あんなに美しく踊るそなたを。そしてあんなに健気に、私を愛してくれていたそなたを。
それを知って、感動せずにいられるか?」
ぽろりと、レダリオの白い頬を涙が伝った。
「……あの夜だけで、よかったのに」
「レダリオ」
ぽろぽろと、真珠が転がるみたいに涙をこぼす瞳が、リーリウスを見据える。
「そうですよ! ずっとあなたが好きでした、これで満足ですか!?」
「レダリオ」
「これが最後のチャンスだと思いました。万にひとつのチャンスを願いました。どうかしてました。あなたのスケベな特技を忘れるくらい切羽詰まってました」
決壊したように感情を吐露するその頬に、涙を拭こうと触れた手は、再び拒まれ押し戻された。
「どうせ選ばれるわけないと思っていたのに! あの夜、人生で初めて馬鹿な挑戦をして、それで『やっぱり駄目だった』って笑って、すっぱり諦めて、誰かと結婚するんだって、そう自分に言い聞かせてたのに!
どうして……どうして、あなたはいつも、わたしの願いに気づいてしまうのですか……っ!」
怯えたようにこちらを見る瞳も、隙あらば逃げ出そうとする素振りも、あの仮装舞踏会の夜、黒衣の麗人が見せた様子とそっくり同じ。
ようやく。ようやく、「見つけた」。
「殿下、わたしは……行かないと……先方を、待たせて」
「本当に? いま私と話す以上に、そちらが大切か?」
ビクッと肩を震わせたレダリオは、哀れなほどうろたえている。
常に客観的かつ合理的で、他人に対してはめったに表情を崩さぬ男が。
彼に憧れる者たちから、「怜悧な美貌」「閨であの冷徹な目に見下されて、傲慢に振舞われたい」などと熱っぽく語られている男が。
「……レダリオ。仮装舞踏会のあの夜、そなたはシュナイゼと共に、親衛隊の副隊長として警備にあたる予定だったな。
なのに異形の姿でそなたは現れた。それが私に、奇跡を起こしてくれたんだよ」
うつむいてしまった顔を両手でつつむと、子供みたいに、いやいやと首を振る。どんな仕草も、いちいちリーリウスを切なくさせる。
こんなにも愛らしいのに、どうして長年、気づかずにいられたのだろう。
「真面目なそなたが任務を放り出してまで、あの場に来た理由は?」
「し、しらな」
「仮装舞踏会は、誰もが意中の人に想いを伝えられる夜だ。常なら許されぬ相手でも、枷を外して愛を求められる、特別な舞台だ」
「わたしは……」
「だから来てくれた。そうだろう? ただ、そなたはやたら自己評価が低いから、本当に私がそなたを見初めるとは思わなかった。違うか?」
「自己評価は!」
それまでおどおどしていたのに、急にキッと睨み返してきた。
「妥当です! 私は殿下やシュナイゼのように何をやらせても優秀とはいかないし、ブサイクで不器用で根暗でつまらない男だし、それに」
「待て待て」
リーリウスはレダリオの鼻先をちょんとつついた。
「何度も言っただろう、そなたは並外れて優秀だと。各界の権威である学識者たちも舌を巻くほど、そなたの知識量と記憶力はずば抜けているのだぞ。周囲は皆そなたを天才と認めているのに、本人だけがいつまでたっても認めない」
「だって違いますから!」
いつも論理的に話すくせに、こんなときばかり理屈もへったくれもなく否定する。
今となってはそんなところも、可愛くて仕方ないのだけれど。
「優秀でなくて、どうして私の学友に選ばれる? 実際、私の希望だけでどうにかなるものではなかったんだよ。そなたの筆記試験はダントツ一位で、みごとな飛び蹴りを決めるくらい運動神経も良いと認められてこそだ。……あの飛び蹴りには、本当に笑った」
当時を思い出したか、レダリオの頬が赤く染まった。
リーリウスは苦笑して、「それに」とレダリオの前髪をかき上げた。
艶やかな黒髪が、サラサラと指に心地いい。
「こんなに繊細で美しいのに、ブサイクだなんて、なぜ思い込めるのだ? これも何度も教えたではないか。私とシュナイゼはそなたを見て、『可愛い子が来た』と注目していたんだと。だから飛び蹴りも見逃さず済んだ」
「もうそれは忘れてください!」
「いいや、こうなったら一生忘れぬ。なんなら臨終のとき思い出すのも、あの場面かもしれん」
「縁起でもないこと言わないでください!」
眼鏡の向こうで、紺青の瞳が潤んだ。
本当は誰より情にもろいくせに、そんな自分も隠そうとする。
長い付き合いだから、リーリウスももうわかっている。
レダリオの自己評価が低いのは、幼い頃、彼を認めず虐げる大人が多すぎたせいだし、心を許した相手との離別がつらいから、最初から甘えまいとする。
レダリオの中には今も、ひとりぼっちで傷を抱える少年がいるのだろう。
「レダリオ。そなたには私のように、大らかで寛容な人間が似合うと思うぞ」
「何を急に」
涙ぐんだり赤面したり、忙しそうだ。
リーリウスは滑らかな頬を撫でながら、話を戻した。
「あの黒衣の貴婦人は、群衆の中に咲いた花のようだった。これまで容姿の良い人を何人も見てきたけれど、あんなにも心を捉われたのは生まれて初めてだったよ。
そして正体がそなただとわかったとき、喜びが爆発した」
「わたしでは」
「いいかげん観念しなさい。私は見ただけで相手のサイズがわかると知っておろう」
レダリオは真っ赤になって何か言おうとしたが言葉にならず、身をよじってリーリウスの手から離れ、無言で薄暮の部屋を横切り窓を開けた。
波音と鴎の声が、涼やかな風に乗り流れ込んでくる。
リーリウスも窓辺に並ぶと、長い睫毛が震えていた。
「……どうして……」
「そなただと知って、喜んだか?」
心細げに、こくんとうなずく。
(可愛くてたまらん)
猛烈に抱きしめたくなったが、今は紳士であれとこらえる。
「私も最初は心が浮き立ちすぎて、何がそんなに嬉しいのか謎なほどだった。
だが今ならちゃんと言葉にできるよ。私はあの夜、これまで長いあいだ知らずにいたそなたを見つけたのだ。あんなにドレスが似合うそなたを。あんなに美しく踊るそなたを。そしてあんなに健気に、私を愛してくれていたそなたを。
それを知って、感動せずにいられるか?」
ぽろりと、レダリオの白い頬を涙が伝った。
「……あの夜だけで、よかったのに」
「レダリオ」
ぽろぽろと、真珠が転がるみたいに涙をこぼす瞳が、リーリウスを見据える。
「そうですよ! ずっとあなたが好きでした、これで満足ですか!?」
「レダリオ」
「これが最後のチャンスだと思いました。万にひとつのチャンスを願いました。どうかしてました。あなたのスケベな特技を忘れるくらい切羽詰まってました」
決壊したように感情を吐露するその頬に、涙を拭こうと触れた手は、再び拒まれ押し戻された。
「どうせ選ばれるわけないと思っていたのに! あの夜、人生で初めて馬鹿な挑戦をして、それで『やっぱり駄目だった』って笑って、すっぱり諦めて、誰かと結婚するんだって、そう自分に言い聞かせてたのに!
どうして……どうして、あなたはいつも、わたしの願いに気づいてしまうのですか……っ!」
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