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第4唱 ラピスにメロメロ
蝗災と魔法使い
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その夜は、あらかじめジークが借り受けていた農家の空き家に泊まった。
部屋がひとつきりのこじんまりとした家だが、屋根の下で眠れるだけありがたい。
素朴な暖炉の炎を見つめながら、詳しい情報を集めてきたギュンターから話を聞いた。
「ちょうど巡礼の旅が始まった辺りから、トリプト村とその周辺にバッタが大量発生したらしいんだ」
枯れる寸前の雑草や、収穫後の畑の草まで喰い尽くし、収穫した作物用の倉庫、貯蔵庫にも群がっているという。
道中で見た寒々しい景色も、それが理由だったのかもしれない。
「でも、もうすぐ雪が降る時期に、バッタが大量発生するものなのでしょうか」
ラピスの言葉にディードもうなずく。
「そもそもこの辺りにはこれまで、大型バッタの大量発生なんて起こったことがないらしいよ」
ギュンターも「そうなんだよな」と腕を組んで続けた。
「時期的にも地理的にも不自然な発生。そのせいか、大量発生しているものの寿命も短くて、今はまだ住民が避難するほどの被害にはなっていないらしいが……」
「バッタが……バッタバタ死ん」
眠そうにしていたヘンリックの呟きは、言い終えぬうちにディードが振り下ろした手刀で途切れた。「痛い!」と頭を押さえている。
……ディードもクロヴィスの技を学んだのだろうか。
「でも、魔法使いたちがあわてて引き返してくるくらいには、被害が出てるってことですよね?」
ヘンリックの抗議を無視したディードが尋ねると、ギュンターは首肯で返してジークを見た。
「どうしますか、行程を変えますか」
皆が迷っているのは自分がいるからだと、ラピスはわかっている。
ジークもきっと護衛の仕事がなければ、むしろ真っ先に様子を見に行って対処しているに違いない。
でも村の人たちが心配なのは、ラピスとて同じだ。だから。
(お師匠様は、自分で決めてみろって言ってた)
無言でラピスを見つめていたジークを、まっすぐ見つめ返し。
「僕はこのままトリプト村に行きたいです!」
ジークは一瞬、驚いたようにぴくりと片眉を上げた。が、反対する言葉は返らなかった。
「危険と判断したら、すぐ引き返す……」
「おっ、行きますか! それはよかった」
一転、ギュンターが明るい声になったので、皆が目を丸くして彼を見た。
甘いマスクの副団長は、パチンとウィンクで視線に応える。
「実はトリプト村の住民たちは、先行した魔法使いたちに『助けてくれ』と頼んでたらしくて。巡礼に参加するくらいだから、手助けする力もあるだろうと。でもほら、アカデミーの奴らはみんな逃げ帰ってしまうばかりなものだから……」
途端、ディードがギュンターに食ってかかった。
「なんですかそれ。もしやほかの魔法使いたちが投げ出したことを、ラピスの魔法でどうにかしてもらおうとしてます!? 駄目ですよ! ラピスに無理をさせたら、副団長でも許しませんよ!」
ラピスが止める間もなく声を荒らげたディードに、ギュンターはあわてて「いやいや」と両手を振った。
「ラピスに無理をさせる気なんかないって! 俺たちに手助けできることがあるかもしれないだろう、そういう意味!」
しかしじっとりと副団長を見るディードの目は、まったく信用していない者のそれだった。
☆ ☆ ☆
トリプト村に近づくほど、馬車にも馬にも、もちろん人にも、大量のバッタが激突してくるようになった。虫に追われるように逃げてくる魔法使いたちも、どんどん増えている。
「今から村に行くんですって!? やめたほうがいいですわ。作物の備蓄庫にも虫が入り込んでしまって住民が混乱していますし、どこもバッタだらけで、宿に泊まるどころではありません。遠くに逃げて野宿したほうがまだマシですわよ!」
アカデミーの学生らしき女子が、馬車の中から目ざとくジークを見つけて忠告してくれた。その間もバッタが彼女のおでこにぶつかって、「ギャーッ!」と悲鳴をあげている。
ジークが礼を言って扉を閉めさせるや、馭者はほかの馬車と競うように馬を急かして去って行った。
「これ以上虫が増えると、馬も心配ですね」
虫を払いながら声を上げたディードに、ジークが首肯を返す。
人も馬も顔に布を巻いてしのいでいるが、これでは村に辿り着くことすら困難だ。細く扉を開けて様子を窺っていたら馬車の中にもバッタが飛び込んできて、あわてたディードに閉められてしまった。
「そうだ」
ラピスは鞄から雑記帳を取り出した。
クロヴィスの家に移り住んですぐの頃に作ってもらった、お気に入りの帳面。
これには師から学んだことが、びっしりと書き込まれている。
「えっと、えっと……これだ!」
窓越しにディードに合図を送ると、すぐに馬車を止めさせてくれた。
部屋がひとつきりのこじんまりとした家だが、屋根の下で眠れるだけありがたい。
素朴な暖炉の炎を見つめながら、詳しい情報を集めてきたギュンターから話を聞いた。
「ちょうど巡礼の旅が始まった辺りから、トリプト村とその周辺にバッタが大量発生したらしいんだ」
枯れる寸前の雑草や、収穫後の畑の草まで喰い尽くし、収穫した作物用の倉庫、貯蔵庫にも群がっているという。
道中で見た寒々しい景色も、それが理由だったのかもしれない。
「でも、もうすぐ雪が降る時期に、バッタが大量発生するものなのでしょうか」
ラピスの言葉にディードもうなずく。
「そもそもこの辺りにはこれまで、大型バッタの大量発生なんて起こったことがないらしいよ」
ギュンターも「そうなんだよな」と腕を組んで続けた。
「時期的にも地理的にも不自然な発生。そのせいか、大量発生しているものの寿命も短くて、今はまだ住民が避難するほどの被害にはなっていないらしいが……」
「バッタが……バッタバタ死ん」
眠そうにしていたヘンリックの呟きは、言い終えぬうちにディードが振り下ろした手刀で途切れた。「痛い!」と頭を押さえている。
……ディードもクロヴィスの技を学んだのだろうか。
「でも、魔法使いたちがあわてて引き返してくるくらいには、被害が出てるってことですよね?」
ヘンリックの抗議を無視したディードが尋ねると、ギュンターは首肯で返してジークを見た。
「どうしますか、行程を変えますか」
皆が迷っているのは自分がいるからだと、ラピスはわかっている。
ジークもきっと護衛の仕事がなければ、むしろ真っ先に様子を見に行って対処しているに違いない。
でも村の人たちが心配なのは、ラピスとて同じだ。だから。
(お師匠様は、自分で決めてみろって言ってた)
無言でラピスを見つめていたジークを、まっすぐ見つめ返し。
「僕はこのままトリプト村に行きたいです!」
ジークは一瞬、驚いたようにぴくりと片眉を上げた。が、反対する言葉は返らなかった。
「危険と判断したら、すぐ引き返す……」
「おっ、行きますか! それはよかった」
一転、ギュンターが明るい声になったので、皆が目を丸くして彼を見た。
甘いマスクの副団長は、パチンとウィンクで視線に応える。
「実はトリプト村の住民たちは、先行した魔法使いたちに『助けてくれ』と頼んでたらしくて。巡礼に参加するくらいだから、手助けする力もあるだろうと。でもほら、アカデミーの奴らはみんな逃げ帰ってしまうばかりなものだから……」
途端、ディードがギュンターに食ってかかった。
「なんですかそれ。もしやほかの魔法使いたちが投げ出したことを、ラピスの魔法でどうにかしてもらおうとしてます!? 駄目ですよ! ラピスに無理をさせたら、副団長でも許しませんよ!」
ラピスが止める間もなく声を荒らげたディードに、ギュンターはあわてて「いやいや」と両手を振った。
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ジークが礼を言って扉を閉めさせるや、馭者はほかの馬車と競うように馬を急かして去って行った。
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虫を払いながら声を上げたディードに、ジークが首肯を返す。
人も馬も顔に布を巻いてしのいでいるが、これでは村に辿り着くことすら困難だ。細く扉を開けて様子を窺っていたら馬車の中にもバッタが飛び込んできて、あわてたディードに閉められてしまった。
「そうだ」
ラピスは鞄から雑記帳を取り出した。
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