縁カウンセラー朝日奈恋九郎 〜愛と運命を導くタロット〜 ②焦げた青が星になる夜《星(The Star)/XVII》神崎 璃々花

慈孝

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「消えた色」― 希望は夜の底から―

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《星(The Star)/XVII》
番号:17
主な意味(正位置):
 • 希望・信頼・未来への癒し
 • 再生の予兆・純粋なインスピレーション
 • “祈りが届く”瞬間
 • 心を開くことで流れ込む新しい縁
 • 導きの光――見上げる勇気

逆位置:
 • 希望の喪失・迷い・過去への執着
 • 理想と現実のずれ
 • 信頼の欠如・他者との断絶
 • 見えない未来への不安
 • 光を見失った心が、再び“祈り”を思い出す時

「消えた色」― 希望は夜の底から―


――希望は、夜の底からしか見えない。

 春の午後。
 由比ヶ浜の砂浜に、ひとりの少女が座り込んでいた。
 折れた絵筆。
 濡れた青のスカーフ。

 波が寄せては返し、そのすぐ先で彼女は動かなかった。
 通りがかった円城あかりは、迷わず傘を閉じた。
 しゃがみ込み、彼女の視線の高さまで腰を落とす。

「……大丈夫?」

 少女はかすかに顔を上げた。
 瞳の奥で、光が死んでいた。
 あかりは、ゆっくりと呼吸を合わせる。

「吸って、吐いて。……はい、もう一度」

 四秒吸って、六秒吐く。
 少女の肩が少しだけ動いた。

「今、“苦しい”って言えたら、縁が動くよ」

 その一言に、少女はわずかにうなずいた。

「……苦しい、です」

「よし。じゃあ、行こうか」

 あかりは立ち上がり、そっと手を差し伸べた。

「私が風になるから」

         *

 白い壁。木の机。潮風と沈香の香。
 ここは、Kokū Counseling。
 湯呑の湯気が、柔らかく空気を満たす。

「神崎 璃々花さん、ですね」

 朝比奈恋九郎は、穏やかな声で名を呼んだ。

「はい……」

「眠れていますか?」

「……あまり」

「食事は?」

「……ほとんど」

 恋九郎は頷き、窓を少し開ける。

「言葉の前に、空気を変えましょう。
 これが、私たちのやり方です」

 潮の香が入る。
 璃々花の瞳が、ほんのわずか動いた。

「あなたの心の流れを、少しだけ映してみましょうか」

 黒い箱から、タロットカードが静かに滑る。

 三枚。
 彼は指先で並べた。

 一枚目――《月(The Moon)》逆。

 二枚目――《剣の9》。

 三枚目――《星(The Star)》正。

「これは、“希望”のカードです」

「……希望なんて、もうありません」

「星は、夜しか見えません」

 恋九郎の声が静かに落ちる。

「暗いからこそ、光の方向がわかる。
 あなたは今、夜の真ん中にいるだけです」

 あかりが湯呑を差し替える。

「今日は冷えましたね。温かいの、どうぞ」

 璃々花は、湯気を見つめながら小さく息をした。
 手の震えが、ほんの少しだけ止まる。

        *

「――描けなくなったんです」

 ぽつりと、璃々花は言った。

「筆を持つと、手が震えて。……怖い」

「何があったのか、話してもいいですか」

 恋九郎は、慰めを入れない声で促す。
 少しの沈黙。
 そして、途切れ途切れに言葉がこぼれた。

「……美大にいました。
 学内公募で描いた作品を、恋人に盗まれました。
 構図も、色も。
 その人が賞を取りました。
 『君は下塗りが上手い』って、笑われたんです。
 ……あの言葉が、まだ耳に残ってて」

 その瞬間、筆を持つと手が止まるのだという。
 何度も挑んだが、
 線を引くたびに、灰色が広がってしまう。

 あかりは、静かに言った。

「盗まれたのは、評価だけですよ」

「え?」

「“色”はまだ、あなたの手に残ってる。
 それだけは、誰にも奪えません」

 璃々花の目に、わずかに光が戻った。

         *

 恋九郎は、カードを一枚伏せた。

「少しだけ、宿題を出してもいいですか」

「宿題……?」

「“行動が縁を変える”――これが私の流儀です」

 彼は、紙片に三つ書いた。

 ① 十五分の青
  →明日の朝、青一色だけで何かを描く。A6メモ紙でいい。

 ② 五つの光
  →帰り道で、五つの“光”を写真に撮る。
   街灯でも水面でも構わない。

 ③ 丁寧の三点
  →靴を磨く。窓を拭く。筆を洗って干す。

「それが、今日からのあなたの“風”です」

 彼は、机の下から小瓶を取り出した。

「これは海の水。ここに少し、真水を足しました。
 絵の横に置いてください。濁ったら、また汲みに来なさい」

 璃々花は、手のひらで瓶を受け取った。
 中の水が、かすかに揺れる。

「最後にひとつだけ」

 恋九郎は、微笑んだ。

「星は“描く”ものではなく、“見つける”ものです。
 描けなければ、見つけて持ってきてください」

「……やってみます」

 璃々花の声が、少しだけ強くなった。

         *

 相談を終え、三人は海沿いを歩いた。
 夕陽が沈みかけ、街灯が灯る。
 璃々花はスマホを構えた。

 ひとつ、街灯。
 ふたつ、ショーウィンドウ。
 みっつ、車のヘッドライト。
 よっつ、カフェの灯。

 そして最後に――
 波打ち際に映る光を撮った。

 五つの光。
 風が吹く。
 髪が揺れ、潮の匂いが漂った。

「あの星、どこから来たと思います?」

 あかりが笑う。

「風ですよ。風が、光を運ぶんです」

 恋九郎も微笑む。

「だから窓は、少しだけ開けておく。
 風が通れるように」

 璃々花は、静かに頷いた。
 頬を撫でた風が、少しあたたかかった。

        *

 夜。
 璃々花の部屋。
 靴を磨く。
 筆を洗う。
 窓を拭く。

 机にA6の紙を置き、青だけで線を引く。
 一筆、震え。
 二筆、滲み。

 三筆目で、ようやく、線がまっすぐになった。
 小瓶の水を見ると、わずかに濁っていた。
 ベランダで蓋を開け、新しい水を足す。
 風が頬を撫でる。

「……まだ、描ける」

 スマホを開く。
 撮った五つの光の中で、
 海面に映ったひとつだけが、星の形に見えた。

 その瞬間、メッセージが届く。
 Kokū Counseling
 〈明日も、必要なところへ風が届きます〉

 璃々花は、小さく笑った。
 筆を取る。
 青の最後の一筆を置いた。
 ――夜の底で、ひとつの星が灯る。
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