転生オタク王子の近代化無双 〜不便な中世に絶望したので、科学の力で「おもちゃ」を作ってたら世界最強の盟主になっていた〜

来栖とむ

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第1話 転生王子の絶望と、最初の一枚の紙

俺が死んだのは、徹夜で『中世ヨーロッパの攻城兵器』をまとめたWikiを編集していた時だった。
「違う……トレビュシェットの投射腕に使われるべきは樫(かし)の木だ。この記述を書いた奴は、木材の弾性係数を完全に舐めているのか?」
画面の向こうの見知らぬ編集者と、ボルト一本の太さを巡って数時間に及ぶレスバ(熱い論理的議論)を繰り広げ、渾身の勝利宣言を書き込もうとした瞬間——俺の意識はブラックアウトした。 
脳裏に浮かんだ最期の思考は、「あ、これ明日の農学実習、一限目だけど……単位、飛んだな……」という、絶望的な後悔だった。

次に目が覚めた時、俺はリヒテンベルク王国の第三王子、アルヴィン(五歳)になっていた。
 
1. 黄金の三男坊、ニートへの道
「アルヴィン様、お目覚めでしょうか? お着替えを持ってまいりましたよ」

柔らかな陽光。
天蓋付きのベッド。
そして、俺を「様」付けで呼ぶ若くて可愛い侍女。 

前世の記憶を取り戻して数日。俺は確信した。
(勝った……。俺の人生、ここで完全優勝だわ)

リヒテンベルク王国。大国に挟まれた、いわば「大陸の吹き溜まり」のような小国。 
俺はその国の、王位継承権なんてこれっぽっちも期待されていない第三王子。 
長男は脳筋(武勇担当)、次男はナルシスト(芸術担当)。
三男である俺に課せられた義務は「死なずに生きて、適当に政略結婚の駒になること」だけ。

(最高かよ。責任ゼロ、予算アリ。あとは王室の金で一生Wikiの続きを脳内で編纂しながら、ダラダラ過ごすだけの『高貴なニート』。これぞ転生者の理想郷……!)
そう、思っていたのだ。 五分前までは。
 
2. トイレに神様はいなかった
「……っ、うあああああああああ!」
俺は離宮のトイレスペースで、天を仰いで絶叫した。 

「アルヴィン様!? どうなさいました、お腹が痛いのですか!?」 
扉の向こうで侍女のマーサが狼狽しているが、構っていられない。

(ない……! ないんだよ! 現代文明の結晶、ダブルのトイレットペーパー(フローラルの香り)が……!)

そこに鎮座していたのは、一見豪華そうな陶器。
だが中身はただの「穴」であり、拭くための道具として置かれていたのは、ひどくゴワついた古い布。
下手をすれば藁(わら)を束ねたようなものまである。

(おれの、おれの繊細な……二十一世紀の加護を受けたお尻が、こんな研磨剤みたいな布に耐えられるわけないだろぉ!)

さらに、手を洗おうとすれば石鹸すらない。
あるのは、油の浮いたぬるま湯だけ。 

この瞬間、俺のスローライフ計画に激震が走った。
(不潔だ……! 圧倒的に不潔すぎる! 衛生環境が紀元前レベルだぞ、この国! 感染症で死ぬ前に、精神的ショックで死ぬわ!)
 
3. 文房具という名の拷問器具
「アルヴィン様、お絵描きをなさるのではなくて?」
マーサが気を利かせて持ってきたのは、この世界で最高級とされる羊皮紙(ようひし)と羽ペンだった。 

俺は一縷の望みをかけて、ペンを手に取った。 
俺の脳内にある膨大な「攻城兵器カタログ」や「農作物増産計画」を、忘れないうちに記録しておかねばならない。

(……いや、無理ゲーだろ、これ)

ガリッ、と嫌な音がした。 
羊皮紙は、羊の皮をなめしただけの代物だ。
表面には微かに動物の脂が残り、羽ペンから滴るインクを弾きやがる。 
そのくせ、一度インクが乗ると今度は無残に滲む。
一文字書くごとに数分待たなければ、次の文字が汚れ、ページ全体が「漆黒のシミ」へと変貌する。

(インクを浸すのに三秒、一文字書くのに五秒……。
俺の脳内のWiki、全部書き写すのに何百年かかると思ってんだ! サーバー容量以前に、転送速度がISDNより遅いわ!)

さらに、羽ペンがすぐに磨り減る。
そのたびに小刀で先を削らねばならない。 
俺は、自分の小さな五歳児の手を見つめた。 
握力は乏しく、指は短い。
こんな未開な道具で精密な図面を描こうものなら、腱鞘炎になる前に発狂するのが目に見えている。

(……ああ、そうか。俺は確信した。神様は俺に『ニートになれ』と言ったんじゃない。この不毛な世界を『俺のオタク趣味が楽しめるレベルまで改造しろ』って言ってるんだな!?)
 
4. 砂上の絶望と、青い炎
俺は離宮の庭へと猛ダッシュした。 

「アルヴィン様、どこへ!? お靴が汚れますわ!」 
マーサの悲鳴をBGMに、俺は噴水の裏の砂場へ滑り込んだ。

(まずは情報インフラだ。記録できなきゃ、俺の知識はただの妄想で終わる)

俺は砂を平らにならし、人差し指で設計図を描き始めた。 
周囲から見れば、泥だらけになって遊んでいる幼児にしか見えないだろう。 
だが、俺の脳内では、現代の化学と工学の知識がフル回転していた。

(紙だ。パルプをアルカリで煮込み、繊維を叩解(こうかい)し、サイズ剤で滲みを止める。膠(にかわ)とデンプンを混ぜれば、羽ペンでもスラスラ書ける『本物の紙』ができるはずだ)

砂の上に描かれる、製紙枠の断面図。 
[ サイズ剤 = 膠 + デンプン ] [ 工程 = 繊維の叩解 + アルカリ煮沸 ]
「……くふ、ふふふ。見てろよ。まずはこの離宮を『俺専用のハイテク基地』にしてやる」

「……アルヴィン様? なぜ砂を指でつつきながら、そんな悪いお顔で笑っていらっしゃるのですか?」
マーサが恐る恐る近づいてくる。 

俺はハッと我に返った。いけない、今はまだ「可愛い、無害な第三王子」でいなければならない。

「マーサ! お砂でお山作ってるの! すごく楽しいぉ!」
俺は泥だらけの手を振り、満面の笑み(幼児特有のキラキラしたやつ)を浮かべた。 
心の中では、帝国を滅ぼすレベルの投石機の再設計を終えながら。

「あらあら、なんて可愛い……。アルヴィン様は本当にお健やかでいらっしゃるわ。
きっと、素晴らしい『お城』を作っていらっしゃるのね」
マーサがハンカチを片手に、感動の涙を浮かべている。 

そう、お城だ。 
これは、俺がこの不便な世界で最高のスローライフを送るための、本気の「拠点防衛」なんだよ。

俺は立ち上がり、汚れた手をポンと叩いた。 
最初の一枚、そして最初の一歩。 
転生王子のオタク知識による「中世魔改造計画」が、今、高らかに(心の中で)宣言された。
 
あとがき
第1話をお読みいただき、ありがとうございます!
いやぁ、転生したら王族! よっしゃニート確定! ……と思いきや、待っていたのは「お尻の危機」でした。トイレットペーパーのない世界なんて、現代人からすれば立派なディストピアですよね。
アルヴィン君、五歳にして早くも「快適な引きこもり生活」のために文明を再発明することを決意しました。動機がひどく個人的ですが、これが後に国を救うことになるんだから世の中分かりません。
皆さんも、もし中世に転生したら、まずは「紙」と「石鹸」の確保から始めることをお勧めします。
次回予告
「紙がないなら作ればいいじゃない!」 というわけで、アルヴィンが泥だらけになりながら最初の一枚を爆誕させます。
しかし、そこに描き込まれたのは可愛いお花……ではなく、物理法則を詰め込んだ「巨大兵器」の図面!? 「あらあら、お上手ねぇ」と微笑む周囲をよそに、王子の離宮がどんどんヤバい秘密基地へと変貌していきます。
次回、第2話「五歳児が設計図を描く日」。 お楽しみに! 王子の本気(と書いて趣味と読む)が火を噴くぜ!
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