ネットワーカーな私は異世界でも不労所得で生きたい 悪役令嬢として婚約破棄を狙ったら、王家全員に謙虚な聖女と勘違いされて外堀を埋められました

来栖とむ

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第1話 転生したら悪役令嬢でした(最高)

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ガタゴトと、不快な振動が脳を揺らしていた。
高級な革張りの座席。 鼻をくすぐる、微かな白百合の香水。 そして、対面に座る家庭教師の、ひたすら退屈な「貴族の系譜」についての講義。

十七歳の公爵令嬢、リゼット・フォン・エルデンバッハは、窓の外を流れる王都の景色を眺めながら、猛烈な「既視感」と戦っていた。

(……なんだろう。この、決定的に「何かが違う」感じ) (というか、この馬車のサスペンション、設定ミスってない?) (突き上げがひどすぎて、フェラーリならとっくに腰をこわしてるレベルなんだけど) (ん?フェラーリって、なんだっけ?)

その時だった。
「お嬢様、危ない!」
御者の叫び声と同時に、凄まじい衝撃が走る。 馬車が大きく傾き、リゼットの体は宙に浮いた。
ゴンッ。
硬い車体に頭を打ち付けた瞬間。 私の脳内に、濁流のような「記憶」が流れ込んできた。
それは、プラチナブロンドの美少女としての記憶ではない。 満員電車に揺られ、モニターの数字と格闘していた、一人の女の記録だった。



前世の名は、堀田麻衣(ほった まい)。 享年二十九歳。 大手金融系IT企業勤務、三期目の社畜――。
……というのは世を忍ぶ仮の姿で、その実体は「ガチの個人投資家」だ。

大学一年の誕生日に「なんとなく響きがかっこいいから」という理由だけでビットコインを一〇万円分購入。 その後、暇つぶしに始めた株式投資にバイト代の全てを注ぎ込んだ。
大学院を修了する二十四歳の時には、既に資産一億二〇〇〇万円、年間配当収入四〇〇万円を達成。 ネットの情報発信でも年間七〇〇万円を稼ぎ出す、いわゆる「勝ち組」だった。

「一度くらい社会人経験も必要かな」と大手企業に就職したものの、そこは想像を絶する「無能の巣窟」だった。
会議で何も決めない、責任回避だけはプロ級の上司。 見た目だけは「意識高い系」だが、中身はスッカスカの先輩。
最後の記憶は、冷房の効きすぎた会議室。
『堀田さん、この資料の円グラフ。合計が九五%にしかなってないんだけど? 残りの五%はどこに行ったのかな?』
ドヤ顔で指摘してきた無能先輩。
(残り五%は、先輩の将来に対する期待値を反映して削っておきました)
なんて言えるはずもなく、私は「表の顔」で完璧な微笑みを浮かべた。
『失礼いたしました。すぐに修正して、先輩の素晴らしいご提案を補足するデータも追加しておきますね(〇ね)』

連日の残業。 休日に愛車フェラーリ488GTBのハンドルを握ることだけが、唯一の救いだった。
「赤くてかっこいい」という直感だけで買った愛車。 計算が得意な私にとって、最適なライン取りでコーナーを抜ける瞬間だけが、無能から解放される時間だったのに。
気づけば、私はデスクの上で意識を失っていた。



「……様! リゼットお嬢様!!」
耳元で叫ぶ声がする。 ゆっくりと目を開けると、そこは転倒した馬車の中だった。

心配そうに覗き込んできたのは、専属メイドのソフィだ。
「……ソフィ? うるさい。ボリューム下げて。脳内S/N比が乱れる」
「お、お嬢様!? 何を仰っているのですか!?」
リゼット――いや、私は、ズキズキ痛む頭を押さえながら、現状を高速でスキャンした。

この世界。 この名前。 そして、この「絶世の美少女だが性格が死んでいる」という設定。
(間違いない。ここは、前世で暇つぶしにプレイしていた乙女ゲーム『聖女マリアの恋愛革命』の世界だ)
そして私は、そのゲームにおける「悪役令嬢」。 王太子アルフォンスの婚約者であり、一年後に現れるヒロインをいじめ抜き、最後には婚約破棄されて国外追放される、リゼット・フォン・エルデンバッハだ。

(……国外、追放?)
私は、震えた。 恐怖で、ではない。
(それって……最高のエグジット案件じゃない?)
私の脳内で、前世で培った「投資脳」がフル回転で演算を開始する。

【現状分析:リゼットのB/S(貸借対照表)】
・資産:エルデンバッハ公爵家の財産(推定五〇〇〇万ゴールド) 
・負債:王太子との婚約(激務、責任、自由なし、上司が王子) 
・純資産:顔面偏差値Sランク、魔力適性高

【予測イベント:婚約破棄及び国外追放】
・発生確率:一〇〇%(ゲームシナリオ通りなら) 
・得られるキャッシュ:婚約破棄による慰謝料(推定一〇〇〇万ゴールド) 
・メリット:全責任からの解放、地方での隠居生活(FIRE達成)

【結論】 このまま「悪役令嬢」として完走すれば、面倒な王室のしきたりから解放され、悠々自適の配当生活が待っている……!

(最高。ありがとう、乙女ゲーム。最高の転職案件をありがとう)
思わず口端が吊り上がるのを、必死に抑えた。

「お嬢様? 顔色が……ええと、すごく不気味に輝いておりますが」
「なんでもないわ、ソフィ。ただ、人生のポートフォリオを再構築していただけよ」
「ぽーとふぉ……?」

私は優雅に立ち上がり、服の汚れを払った。 鏡を見る。
そこには、プラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳を持つ、ため息が出るほど美しい十七歳の少女がいた。
(顔面偏差値は間違いなくSクラス。この容姿があれば、隠居先でも不自由しないわね) (あとは「いかにして無難に婚約破棄されるか」という出口戦略(エグジット)を立てるだけ)

その時、馬車の外からドタドタと無粋な足音が近づいてきた。
「リゼット! 無事か、リゼット!!」
ノックもなしに、無理やり扉がこじ開けられる。 現れたのは、黄金の髪をなびかせた、いかにも「王子様」な美男子。

この国の王太子であり、私の婚約者――アルフォンスだった。
(ノックしろよ。前の会社の先輩かよ、こいつ)
リゼットの「裏の顔」が毒づく。 しかし、私は長年の社畜生活で鍛え上げた「微笑みの聖女」モードを即座に発動させた。

「まあ、アルフォンス殿下。このような場所まで……お騒がせして申し訳ございません」
私は、折れそうなほどスレンダーな体をしなやかに使い、完璧なカーテシーを披露した。 翡翠色の瞳を少しだけ潤ませ、儚げに微笑む。
「医師を呼んである! 怪我はないか? ああ、その美しい顔に傷でもついたら、私は……」
アルフォンスが、私の手を取ろうとする。 私はそれを、羽虫を払うような自然な動作でかわし、胸の前で手を組んだ。
「お気遣い、痛み入ります。ですが、私は丈夫なことだけが取り柄。殿下の大切なお時間を、私のような者のために割かせるわけにはまいりませんわ」
(ほら、謙虚だろ? つまんないだろ? いい人ぶってるけど、どうせ一年後に捨てるくせに。期待値ゼロの男め)

「……リゼット。君は、以前よりもずっと……控えめになったな。以前の君なら、真っ先に私に抱きついて甘えてきたはずだが」
アルフォンスが、なぜか感心したような、熱っぽい視線を送ってくる。
(え、なにその「おもしれー女」みたいな反応。キモいんだけど。計算ミス?)

「私、今回の事故で悟りましたの。公爵令嬢として、そして殿下の婚約者として、もっと『自立』しなければならないと」
(意訳:さっさと別れて一人になりたい)
「自立……。そうか、君はそこまで成長していたのか。リゼット、君を誤解していたよ。ただの我儘な娘だと思っていたが……」

アルフォンスが、さらに一歩近づいてくる。
(おい、距離感考えろ。パーソナルスペースの侵害はリスク管理上の欠陥だぞ)
「殿下、安静が必要だと医師に言われておりますの。本日はこれにて失礼いたしますわ。……ソフィ、行きましょう」
「あ、はい! お嬢様!」
私は呆然とする王子を置き去りにし、救護用の別の馬車へと乗り込んだ。



自室に戻った私は、即座にソフィを下がらせ、ドアに鍵をかけた。
「さて、リスク分析の時間ね……」
私はベッドにダイブし、ふかふかの枕を抱きしめた。
「目標は一年後の『円満な国外追放』。そのためには、王子の好感度を徐々に、かつ確実に下げていく必要がある」
私は机に向かい、羽ペンを手にした。 白紙の紙に、前世の金融用語を叩き込む。

【第一期:好感度デフレ作戦】 
・「金の亡者」アピール(守銭奴認定を狙う) 
・「合理主義」の徹底(可愛げの消失) 
・「公務サボタージュ」(責任感欠如の印象操作)

「期待値的に考えて、王子は『純粋で、お金に無論着で、少しドジな女の子』が好きなはず」 「……つまり、その真逆をいけばいいわけね」
リゼット・フォン・エルデンバッハは、暗い部屋でニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「二度と、あんなクソみたいな会議には出ない。二度と、無能な上司に振り回されない」 「私はこの異世界で、絶対的不労所得(FIRE)を構築してみせるわ……!」

この時のリゼットは、まだ知らなかった。
彼女が「嫌われるため」に繰り出す合理的でドライな言動が、王家の人々の目には「私欲を捨て、国の未来を憂う謙虚な聖女」の神対応として、とんでもないフィルターを通して変換されてしまうことを。

そして、彼女の隠居への道が、一歩踏み出すごとに遠ざかっていくことを。
ネットワーカーな悪役令嬢リゼットの、計算外だらけの異世界ライフが、今、幕を開けた。
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