ネットワーカーな私は異世界でも不労所得で生きたい 悪役令嬢として婚約破棄を狙ったら、王家全員に謙虚な聖女と勘違いされて外堀を埋められました

来栖とむ

文字の大きさ
2 / 5

第2話 王子の好感度を下げる簡単なお仕事(のはず)

しおりを挟む
翌朝。
豪華な天蓋付きベッドの中で、私は最高の目覚めを迎えていた。

(ああ……最高。満員電車がない。無能な上司からの『至急確認』という名のゴミチャットも飛んでこない)
窓から差し込む朝日は、前世のワンルームマンションで見ていた「絶望の光」とは質が違う。
これが異世界の公爵家クオリティか。

「お嬢様、お目覚めですか? お着替えの準備ができております」
扉の向こうから、ソフィの控えめな声が聞こえる。

「ええ、入ってちょうだい」
私は「微笑みの聖女」モードの仮面を被り、ベッドから体を起こした。
鏡に映る自分は、今日も今日とて神々しいまでに美しい。
だが、この美貌は「王家の看板娘」という激務に私を縛り付けるための呪いでもある。
(早く……早くこの看板を下ろして、田舎で魔法通信三昧の配当生活を送りたい)

着替えをしながら、私はソフィにそれとなく探りを入れた。
「ねえ、ソフィ。私……最近、自分が王妃という重責に耐えられるか不安なの」

「何を仰るのですか、お嬢様! 昨日の凛としたお姿、王太子殿下もいたく感動しておられましたよ!」
(だろうね。それが計算ミスだったんだっての)
「私、もっと『自分に素直に』生きてみようと思うの。例えば、欲しいものを欲しいと言い、嫌なものは嫌と言う。そんな風にね」
「まあ! 素晴らしいですわ! 本音で生きるお嬢様、きっと素敵です!」
ソフィのキラキラした瞳。 純粋無垢な応援。
(よし、メイドの理解は得られた。今日から本格的に『嫌われ作戦』を開始するわよ)



その日の午後。
私は王宮の広大な庭園にいた。
向かいには、今日も黄金のオーラを振りまいている王太子アルフォンス。

「リゼット、体調はもう良いのかい? 無理をさせていないかな」
「ええ、殿下。むしろ気分は爽快ですわ」
(これからお前の好感度をボロ雑巾のように空売りすると思うと、ワクワクして止まらないわ)

私たちは色とりどりの花が咲き誇る庭園を歩く。
アルフォンスが足を止めたのは、庭園の象徴とも言える巨大な噴水の前だった。
曾祖父が作らせたというその噴水は、精緻な彫刻が施され、太陽の光を受けて宝石のように輝いている。

「見てくれ、リゼット。この噴水の彫刻は、この国の平和を象徴しているんだ。美しいだろう?」
キタ。
絶好の「嫌われチャンス」だ。
私は翡翠色の瞳を細め、噴水をじろじろと品定めするように見つめた。
そして、わざとらしく深いため息をつく。

「……殿下。美しさは認めますが、あまりにも非効率的(コスパ最悪)ですわね」
「……え?」

アルフォンスの動きが止まる。
よし、いい反応だ。ここから畳み掛ける。
「この噴水、稼働させるための維持費に年間どれほどかかっていますの? 彫刻の清掃費、水質の管理費。減価償却費を考えても、この国政におけるROI(投資収益率)はマイナスですわ」

「アール、オー……なんだい?」
「要するに、金の無駄ですわ。こんな見栄のためだけの施設、すぐにでも壊して、もっと利回りの良い事業に回すべきです」
私は、冷徹な女投資家の顔で言い放った。

(どうだ! 夢のない女だろ? 先祖の遺産を『金の無駄』とか言っちゃう最低な女だろ? さあ、ドン引きして婚約解消の準備を始めろ!)
だが、数秒の沈黙の後。
アルフォンスの瞳が、なぜか潤み始めた。
「リゼット……! 君という人は……!」

「……はい?」
「君は、そんなにも国の財政を心配してくれていたのか! 確かにこの噴水は、民の税によって維持されている。君は、その重みを誰よりも理解しているんだね」
(は……? いや、ただの資産管理の話なんだけど)
「曾祖父の遺産という『情』に流されず、未来の国益という『理』を優先する。……ああ、なんという慈悲深さ。君のような王妃がいれば、この国の財政は安泰だよ!」

「………………は?」
アルフォンスが私の手を取り、熱っぽく握りしめる。
(おい、お前の脳内フィルター、不純物取り除きすぎて機能してないんじゃないの? どこをどう読んだら『慈悲深い』になるわけ?)
期待値、大幅上昇。 嫌われ作戦、大失敗。



ティータイムに移っても、私の不運は続いた。

高級な茶葉の香りが漂う中、私は最後のカードを切ることにした。
「守銭奴(金の亡者)」アピールだ。
私はバッグから、自作の「計算盤(アバカス的な魔法具)」を取り出した。

「殿下、ティータイムも結構ですが、私は今、エルデンバッハ商会の株価チェックで忙しいんですの。ふふふ、また一〇%も値上がりしていますわ。笑いが止まりませんこと」
「……株価、かい?」
「ええ。資産が増える数字を見るのが、私の唯一の快楽なんです。殿下との会話よりも、この複利計算の推移を見ている方が、ずっと『期待値』が高いですわ」
(よし。これだ。「男より金」という最低な女の典型。これで完璧に嫌われるはず)
私は計算盤の数字を見つめ、あえてゲスい笑みを浮かべてみせた。

しかし、アルフォンスの背後に控えていた侍従たちが、ざわざわと囁き始める。
「聞いたか? リゼット様はエルデンバッハ商会の経営にも関わっておられるのか……」
「あの商会、最近の流通改革で急成長している。あれはリゼット様の知略だったのか!」
「王太子妃が経済に明るいとは、なんと心強い……」

(違う! 違うの! 私はただ、自分の懐を温めたいだけの強欲女なのよ!)
アルフォンスに至っては、もはや崇拝に近い眼差しで私を見つめている。
「リゼット……君は、私と結婚した後も、王家の家計を支えてくれるつもりなんだね。私のような無学な男を助け、共に国を豊かにしようという、君の献身……。私は、なんて幸せ者なんだ」

(〇ね! 誰が献身だ! 複利の奴隷って呼べよ!)
「ああ、そうだ。この後、陛下に君の素晴らしい経済感覚について報告してくるよ。きっと父上も喜ばれる!」
「待って! 殿下! それは……!」
私の制止も虚しく、王子はキラキラした笑顔で去っていった。
(終わった……。エグジット戦略が、一転して合併(M&A)の強化案件に変わっちゃった……)



夕暮れ時。
自室に戻った私は、魂が抜けたようにソファに沈んでいた。

「……ソフィ」
「はい、お嬢様! 今日のデートも大成功だったようですね! 王宮中の噂になっておりますわよ。リゼット様こそが『王国の救世主』であると!」

「…………もういいわ、寝かせて。私のメンタルがロスカット基準を超えたわ」
(なんで……なんでこうなるの。前世でもそうだった)
(有能なふりをしてる無能をバカにしたら、『君はストイックで素晴らしい!』と評価され、余計な仕事を押し付けられた)
(結局、異世界に行っても私は『有能の呪い』から逃げられないわけ?)

その時。
激しく扉が叩かれた。
「リゼット嬢! 失礼する!」
現れたのは、王室の使者だ。

その顔は、いつになく緊張に満ちている。
「リゼット様、国王陛下がお呼びです」
(……国王? 王子じゃなくて?)
「陛下は仰いました。『我が国の財政難を解決する光が、エルデンバッハ家に見つかった。今すぐ経済顧問として参内せよ』と!」
私は、手に持っていた高級茶器を落としそうになった。

(顧問……? 仕事……?)
(不労所得どこいったあああああああ!!)
私の脳内計算機が、激しく警告音を鳴らす。

【警告:責任の増大を検知】 
【分析:自由時間の消失確率……九八%】 
【期待値:絶望】

「リゼット様、お急ぎを!」
私は、ひきつった「微笑みの聖女」の顔で立ち上がった。
(ああ……計算ミス。またしても、致命的な計算ミスですわ……!)

不労所得で生きたいネットワーカー、リゼット。
婚約破棄を狙ったはずが、国家の「頭脳」として外堀を埋められ始める。
隠居への道は、さらに一万キロ遠ざかった。
 
次回予告
「リゼット嬢、君にこの国の財務状況をすべて開示しよう。好きに改革してくれ」
「(……めんどくせぇ。マジで帰りてぇ)」
「おそれながら……関税を一律五%引き下げれば、消費が促進され……(あ、これ前世の教科書のパクリだわ)」
「「「「おおおおお!! 賢者様だ!!」」」」
次回、第3話「前世スキルが裏目に出る件」
だから、私はただダラダラしたいだけなんですってば!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

処理中です...