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「えっ。これは……」
あまりの出来事に、ヨルンヘルドはそれ以上声にすることができなかった。確かそこはただの崖が続いていた場所のはずだ。ドラゴンから逃れるために、何度も二人で確かめたのに。
が、今は洞窟が現れている。決して大きくはないが、人一人は通ることができる大きさだ。
「さっきの衝撃でできたのか?」
クロストロフが聞いた。
「違うわ。もともとここにあるの」
「そんなわけない。何度も調べたんだ」
「この洞窟はね。ここにあるけど、いつもはないの」
「どういうことだよ」
「三の満月の夜だけ。ほんの僅かの間だけ開くのよ」
サミアの説明に、二人は顔を見合わせた。三の満月――確かに今夜は満月だが、それがどういう意味なのかわからない。
「もう時間がないから行くわよ。説明はあっちに出てからね」
そう言うとサミアは洞窟へと入っていった。
あっちに出るって、山の反対側に出るということか……。
納得のいかない表情で洞窟の前で立ち止まっているヨルンヘルドの腕を、洞窟の中から伸びた白い手が掴む。
「もう! 時間がないって言ったでしょ」
洞窟は暗く、まっすぐに続いていた。入ってすぐは、サミアの小さな杖に灯る灯りも周囲の壁に吸い込まれているように思えた洞窟だったが、しばらく歩くうちに洞内の様子を感じ取ることができるようになってきた。目が慣れてきたのかもしれない。
しかし、その洞窟は誰かが意図的に作ったとしか思えなかった。サミアの照らす灯りによってぼんやり見えるのは、真っ直ぐに続く平坦な地面とまっ平らな壁だった。見えていないが、きっと天井も平らなのだろう。
サミアは無言で歩き続ける。その後を歩いていくクロストロフも無言だ。
洞窟に入ってまだわずかな時間しか経っていないが、このときが無限に続くのではないかとヨルンヘルドは不安になる。
ヨルンヘルドは壁に手を触れてみた。少し冷たいが、その表面は貴族の着る服の布地のようになめらかだった。レンガを敷き詰めてもこんなに平らにはならない。
突然サミアが立ち止まりつぶやいた。
「あった」
「お祖父様の言った通りだわ」
急いでサミアに並び正面を見ると、そこには丸太で組まれたような簡単な門があった。その門全体は赤く塗られており、白い飾りのついた縄がつけられている。扉はない。
「なんだ、これは」
「ああ、見たことないなあ」
赤い門を見上げている二人の横で、サミアは小さなランプを取り出し、火をつけた。
「ここからは魔法はあまり効かないから注意して」
「そんなもの初めから使えないさ」
そう答えるヨルンヘルドに、サミアは少し驚いたような表情で振り返ると、
「そんなはずは……」
と小声で何かを言いかけようとしたが、クロストロフの言葉がそれを遮る。
「結界か?」
「……ええ」
サミアは軽くうなずくと、気を取り直したように続けた。
「まあ、そんなところね」
「行くわよ」
そこから反対の出口まではそう遠くなかった。赤い門を過ぎ、しばらく進むと先に出口が見えた。
この山の反対辺りには、森に囲まれた小さな村がいくつかあったはずだ。以前、依頼の途中で泊めてもらった村もその中にある。この洞窟を抜ければもう大丈夫だろう。とにかく助かった、とヨルンヘルドは思った。
サミアに続いて洞窟を抜けると、そこにはやはり森の中だった。満月に照らされたその森は、青く静かに広がっている。
しかし、予想していた景色とは何かが違う気がする。それに、この季節にしてはじっとりとした暑さを感じる。近くで水の流れる音も聞こえるが、山には似つかわしくない穏やかな流れの音だ。
それでも、ひとまず安心のはずだ。ヨルンヘルドは大きく息を吸うと、安堵の息を吐いた。
「無事出られたようだな」
最後に洞窟を出たクロストロフの顔も、わずかにほころんでいるように思える。
先に出ていたサミアは、すでに森の中にわずかばかりに開けた場所まで進んでいる。辺りの様子を探っているのか、小枝や落ち葉をその足で踏む感触を楽しんでいるのかわからないが、くるくると動き回っている。
青い月明かりに照らされたその姿を、ヨルンヘルドは美しいと思った。
「踊っているようだ」
ヨルンヘルドは思わず声を漏らした。その声にクロストロフは少し呆れた表情で振り向いたが、ヨルンヘルドは気がつかなかった。
突然、見つめていたヨルンヘルドの目とサミアの目が合った。ヨルンヘルドは急に何ともいえない恥ずかしさが込み上げてきて目を逸らそうとしたが、サミアはわずかにスカートを摘むと、満面の笑みとともに軽く会釈をして言った。
「ついたわよ。新世界へようこそ。お二人さん」
そんなサミアの言葉に何か答えなければと考えようとしたヨルンヘルドだったが、急に険しい顔をして剣を抜いた。
いつの間にか三人を囲むように、何人もの黒い人影が立っていたのだ。
「動かないでくださいよ」
低い声が森の静寂を破った。人影たちは、完全に三人を包囲している。その数は少なくとも十人はいるだろう。
サミアは振り返ると、困ったような表情で二人を見た。
「あー、ごめんね。説明するの忘れてた」
「説明って何だよ!」
ヨルンヘルドが剣を構えたまま叫んだ。
「ここ、異世界なの」
にっこり笑うサミアの顔は月の光に照らされて、怪しいほどに綺麗だった。
あまりの出来事に、ヨルンヘルドはそれ以上声にすることができなかった。確かそこはただの崖が続いていた場所のはずだ。ドラゴンから逃れるために、何度も二人で確かめたのに。
が、今は洞窟が現れている。決して大きくはないが、人一人は通ることができる大きさだ。
「さっきの衝撃でできたのか?」
クロストロフが聞いた。
「違うわ。もともとここにあるの」
「そんなわけない。何度も調べたんだ」
「この洞窟はね。ここにあるけど、いつもはないの」
「どういうことだよ」
「三の満月の夜だけ。ほんの僅かの間だけ開くのよ」
サミアの説明に、二人は顔を見合わせた。三の満月――確かに今夜は満月だが、それがどういう意味なのかわからない。
「もう時間がないから行くわよ。説明はあっちに出てからね」
そう言うとサミアは洞窟へと入っていった。
あっちに出るって、山の反対側に出るということか……。
納得のいかない表情で洞窟の前で立ち止まっているヨルンヘルドの腕を、洞窟の中から伸びた白い手が掴む。
「もう! 時間がないって言ったでしょ」
洞窟は暗く、まっすぐに続いていた。入ってすぐは、サミアの小さな杖に灯る灯りも周囲の壁に吸い込まれているように思えた洞窟だったが、しばらく歩くうちに洞内の様子を感じ取ることができるようになってきた。目が慣れてきたのかもしれない。
しかし、その洞窟は誰かが意図的に作ったとしか思えなかった。サミアの照らす灯りによってぼんやり見えるのは、真っ直ぐに続く平坦な地面とまっ平らな壁だった。見えていないが、きっと天井も平らなのだろう。
サミアは無言で歩き続ける。その後を歩いていくクロストロフも無言だ。
洞窟に入ってまだわずかな時間しか経っていないが、このときが無限に続くのではないかとヨルンヘルドは不安になる。
ヨルンヘルドは壁に手を触れてみた。少し冷たいが、その表面は貴族の着る服の布地のようになめらかだった。レンガを敷き詰めてもこんなに平らにはならない。
突然サミアが立ち止まりつぶやいた。
「あった」
「お祖父様の言った通りだわ」
急いでサミアに並び正面を見ると、そこには丸太で組まれたような簡単な門があった。その門全体は赤く塗られており、白い飾りのついた縄がつけられている。扉はない。
「なんだ、これは」
「ああ、見たことないなあ」
赤い門を見上げている二人の横で、サミアは小さなランプを取り出し、火をつけた。
「ここからは魔法はあまり効かないから注意して」
「そんなもの初めから使えないさ」
そう答えるヨルンヘルドに、サミアは少し驚いたような表情で振り返ると、
「そんなはずは……」
と小声で何かを言いかけようとしたが、クロストロフの言葉がそれを遮る。
「結界か?」
「……ええ」
サミアは軽くうなずくと、気を取り直したように続けた。
「まあ、そんなところね」
「行くわよ」
そこから反対の出口まではそう遠くなかった。赤い門を過ぎ、しばらく進むと先に出口が見えた。
この山の反対辺りには、森に囲まれた小さな村がいくつかあったはずだ。以前、依頼の途中で泊めてもらった村もその中にある。この洞窟を抜ければもう大丈夫だろう。とにかく助かった、とヨルンヘルドは思った。
サミアに続いて洞窟を抜けると、そこにはやはり森の中だった。満月に照らされたその森は、青く静かに広がっている。
しかし、予想していた景色とは何かが違う気がする。それに、この季節にしてはじっとりとした暑さを感じる。近くで水の流れる音も聞こえるが、山には似つかわしくない穏やかな流れの音だ。
それでも、ひとまず安心のはずだ。ヨルンヘルドは大きく息を吸うと、安堵の息を吐いた。
「無事出られたようだな」
最後に洞窟を出たクロストロフの顔も、わずかにほころんでいるように思える。
先に出ていたサミアは、すでに森の中にわずかばかりに開けた場所まで進んでいる。辺りの様子を探っているのか、小枝や落ち葉をその足で踏む感触を楽しんでいるのかわからないが、くるくると動き回っている。
青い月明かりに照らされたその姿を、ヨルンヘルドは美しいと思った。
「踊っているようだ」
ヨルンヘルドは思わず声を漏らした。その声にクロストロフは少し呆れた表情で振り向いたが、ヨルンヘルドは気がつかなかった。
突然、見つめていたヨルンヘルドの目とサミアの目が合った。ヨルンヘルドは急に何ともいえない恥ずかしさが込み上げてきて目を逸らそうとしたが、サミアはわずかにスカートを摘むと、満面の笑みとともに軽く会釈をして言った。
「ついたわよ。新世界へようこそ。お二人さん」
そんなサミアの言葉に何か答えなければと考えようとしたヨルンヘルドだったが、急に険しい顔をして剣を抜いた。
いつの間にか三人を囲むように、何人もの黒い人影が立っていたのだ。
「動かないでくださいよ」
低い声が森の静寂を破った。人影たちは、完全に三人を包囲している。その数は少なくとも十人はいるだろう。
サミアは振り返ると、困ったような表情で二人を見た。
「あー、ごめんね。説明するの忘れてた」
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