アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 品のあるベネボルン領主の息子夫妻に深々と頭を下げられながら見送られて、使節団十二名は王都レフュランへ向けて旅立った。領主がつけてくれた護衛の騎士八名が馬に跨り、先導と後方警戒を担当している。
 今回の旅には山﨑も同行していた。彼の長年にわたる現地での経験と人脈は、使節団にとって貴重な財産だった。
「今回は特別に馬車を用意していただけました」
 山﨑が振り返って説明した。
「通常、傭兵や兵士は徒歩が基本ですが、事態が緊急を要するため、王都への移動に時間をかけられないということでご配慮いただいたのです」
 ヨルンヘルドやクロストロフ、そして自衛隊から派遣された特殊部隊員たちも、今回は馬車に乗ることができた。彼らにとっては久しぶりの休息でもあった。
「ありがたいですね」
 財務省の佐藤が馬車の座席に身を沈めながらつぶやいた。
「昨日の徒歩移動は、正直きつかったです」
「でも、我々にとってはいい経験にもなりました」
 久世が窓の外を眺めながら答えた。
「実際にこの世界の地面を歩いて、空気を感じることができました」
 外務省の田中は資料に目を通していた。
「王都までの道のりで、できるだけ多くの情報を収集したいと思います。特に、一般市民の生活状況や戦争の影響について」
 馬車はゆっくりとした速度で進んでいく。急ぐとはいえ、馬の体力を考慮すれば無理はできない。それに、途中の街での情報収集も重要な任務の一部だった。

 最初の宿泊地である街に到着したのは、出発から二日目の夕方だった。城壁に囲まれた中規模の商業都市で、多くの商人や旅人で賑わっている。
 宿屋『銀の鈴』は、街では評判の良い宿だった。清潔で料理も美味しく、何より宿主が親切で話好きなのが使節団にとっては好都合だった。
「いらっしゃいませ。お疲れさまでした」
 宿主のガルシアは、ふくよかな体格の中年男性で、人懐っこい笑顔を浮かべて一行を迎えた。
「東の国からの使節団と伺いましたが、珍しいお客様ですね」
「ええ、久しぶりにこちらの地方を訪れることになりまして」
 田中が外交官らしい丁寧な口調で答えた。この数日間の講習の成果で、現地の言語もかなり上達している。
「それは素晴らしい。当店の料理もぜひ味わってください。この辺りの名物料理をご用意いたします」
 その夜、食堂では使節団のメンバーが現地の料理を楽しみながら、他の宿泊客との交流を深めた。
「あなた方の国では、どのような商売が盛んですか?」
 商人らしい男性が田中に話しかけてきた。
「様々ですが、特に工芸品や織物が有名です」
 田中は事前に用意していた設定に従って答えた。
「それと、少し変わった技術も持っております」
「技術?」
「例えば……」
 田中は手のひらに小さな光球を作り出した。周囲の人々が驚嘆の声を上げる。
「魔法使い様でいらっしゃいましたか!」
 ガルシアが目を輝かせた。
「いえいえ、ほんの心得程度です」
 田中は謙遜しながら光球を消したが、その顔は子供のような笑顔だった。

 二日目の街では、山本が市場で商人たちと情報交換を行った。
「最近の商売はいかがですか?」
「まあまあですね。ただ、北の方の商路が不安定で困っています」
 果物商の老人が心配そうな表情で答えた。
「ナリア皇国で内乱が起きているとかで、商隊も最近はあまり行かないみたいです」
「内乱ですか?」
 山本は興味深そうに聞いた。
「ええ、詳しいことはわかりませんが、かなり深刻らしいです。避難民も少しずつこちらに流れてきていると、噂もあります」
 この情報は重要だった。サミアが言っていたプロネス族の攻撃が、一般的には内乱として認識されているようだ。
 その夜、宿屋の酒場では佐藤が地元の人々と酒を酌み交わしていた。
「あなたは戦士のようですが、どちらで修行を?」
 騎士らしい男性が佐藤に話しかけた。
「えー、東の国の道場です。駆け出しなので」
 佐藤は少し酔いながら答えた。
「剣術はまだまだですが」
「いえいえ、先ほど訓練を見せていただきましたが、なかなかの腕前でした」
 実際、この日の休憩時間に行った訓練で、佐藤は領主の護衛騎士たちから「意外に剣筋がいい」と褒められていた。基本的な体力と反射神経があれば、短期間でもある程度の形にはなるものらしい。
「それに、体に魔法をかける技術も見事でした」
 横から騎士が感心したように言った。
「あれは東の国の秘術ですか?」
「いえ、彼に教わったんです」
 佐藤は近くのテーブルで談笑しているクロストロフの方を見た。
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