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その頃、兵庫県の祖父の家では、結衣の親戚である阿部忠彦が訪れていた。
忠彦は五十代前半の男性で、結衣の祖父の博文とは従兄弟の関係にある。普段は東京で貿易関係の仕事をしているが、今回は神戸への出張のついでに立ち寄ったとのことだった。
「叔父さん、これ、水月堂の新作のお菓子だそうです。あまりに美味しそうだったんで買ってきました」
忠彦は包みを差し出しながら、いつものような人懐っこい笑顔を浮かべた。
「出張で近くまで来たものですから、久しぶりにお顔を見せていただこうと思いまして」
「わざわざすまないね」
博文は客間に忠彦を案内した。
話の中で、結衣の話になった。
「そうですか。結衣ちゃんも高校生になって、きっと大人っぽくなったでしょうね」
忠彦は興味深そうに言った。
「最近はどうですか?」
「まあ、普通だよ。部活の陸上部の方が忙しいみたいだ」
「陸上部ですか。昔から運動は得意でしたものね」
忠彦は何気ない調子で続けた。
「ああ、あの子は足も速いし本当に丈夫でな。生まれてから一度も大きな病気をしたことがない」
博文は孫を自慢するような口調で答えた。
初めは呑気に聞いていた博文だったが、次第に忠彦が来た理由が結衣のことを詳しく知るためではないかと疑い始めた。
会話が続くうちに、忠彦は何度も結衣のことを話題に出した。
「最近、何か変わったことはありませんでしたか? 例えば、新しい友人ができたとか」
「いや、特に変わったことは……」
博文は少し警戒心を抱き始めた。
「なぜそんなことを聞くんだ?」
「いえ、別に深い意味はありません」
忠彦は慌てたように手を振った。
「ただ、最近の若い子は色々と大変だと聞くものですから」
「そうかもしれんな」
博文は曖昧に答えた。しかし、心の中では忠彦の真意を測りかねていた。
一時間ほど他愛もない話を続けた後、忠彦は帰ることになった。玄関まで見送りに出た博文に、忠彦は振り返って言った。
「博文叔父さん、一つだけお伝えしなければならないことがあります」
「何だ?」
「陰陽は、まだ戦っていますよ」
忠彦の表情が急に真剣になった。
「静かに見える日常の中にも、門を起因としたトラブルはたまに起こります。それらに千年も前から対応してきたのは、私たち陰陽の者たちです」
博文は息を呑んだ。いまだに陰陽師が活動していたこと。そして忠彦がその組織の関係者だということを、この瞬間まで知らなかった。
「まさか、お前が……」
「ええ、私も陰陽師の一人です」
忠彦は小さく頷いた。
「結衣ちゃんのことは、すでに我々も把握しています……が、安心してください。絶対に悪いようにはしません。ずっと見守ってきた、かわいい結衣ちゃんですから」
忠彦が去った後、博文は一人で考え込んでいた。陰陽の組織が結衣の存在を把握しているということは、遅かれ早かれ何らかの接触があるということだ。
それが良いことなのか悪いことなのか、博文には判断がつかなかった。ただ、結衣にはできるだけ普通の人生を送ってもらいたいという気持ちに変わりはなかった。
「結衣には、まだ話すべき時ではないかもしれないな」
博文は庭を眺めながらつぶやいた。柿の木には、まだ青い実がたくさん付いている。秋になれば、甘い実をつけてくれるだろう。
忠彦は五十代前半の男性で、結衣の祖父の博文とは従兄弟の関係にある。普段は東京で貿易関係の仕事をしているが、今回は神戸への出張のついでに立ち寄ったとのことだった。
「叔父さん、これ、水月堂の新作のお菓子だそうです。あまりに美味しそうだったんで買ってきました」
忠彦は包みを差し出しながら、いつものような人懐っこい笑顔を浮かべた。
「出張で近くまで来たものですから、久しぶりにお顔を見せていただこうと思いまして」
「わざわざすまないね」
博文は客間に忠彦を案内した。
話の中で、結衣の話になった。
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「最近はどうですか?」
「まあ、普通だよ。部活の陸上部の方が忙しいみたいだ」
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博文は孫を自慢するような口調で答えた。
初めは呑気に聞いていた博文だったが、次第に忠彦が来た理由が結衣のことを詳しく知るためではないかと疑い始めた。
会話が続くうちに、忠彦は何度も結衣のことを話題に出した。
「最近、何か変わったことはありませんでしたか? 例えば、新しい友人ができたとか」
「いや、特に変わったことは……」
博文は少し警戒心を抱き始めた。
「なぜそんなことを聞くんだ?」
「いえ、別に深い意味はありません」
忠彦は慌てたように手を振った。
「ただ、最近の若い子は色々と大変だと聞くものですから」
「そうかもしれんな」
博文は曖昧に答えた。しかし、心の中では忠彦の真意を測りかねていた。
一時間ほど他愛もない話を続けた後、忠彦は帰ることになった。玄関まで見送りに出た博文に、忠彦は振り返って言った。
「博文叔父さん、一つだけお伝えしなければならないことがあります」
「何だ?」
「陰陽は、まだ戦っていますよ」
忠彦の表情が急に真剣になった。
「静かに見える日常の中にも、門を起因としたトラブルはたまに起こります。それらに千年も前から対応してきたのは、私たち陰陽の者たちです」
博文は息を呑んだ。いまだに陰陽師が活動していたこと。そして忠彦がその組織の関係者だということを、この瞬間まで知らなかった。
「まさか、お前が……」
「ええ、私も陰陽師の一人です」
忠彦は小さく頷いた。
「結衣ちゃんのことは、すでに我々も把握しています……が、安心してください。絶対に悪いようにはしません。ずっと見守ってきた、かわいい結衣ちゃんですから」
忠彦が去った後、博文は一人で考え込んでいた。陰陽の組織が結衣の存在を把握しているということは、遅かれ早かれ何らかの接触があるということだ。
それが良いことなのか悪いことなのか、博文には判断がつかなかった。ただ、結衣にはできるだけ普通の人生を送ってもらいたいという気持ちに変わりはなかった。
「結衣には、まだ話すべき時ではないかもしれないな」
博文は庭を眺めながらつぶやいた。柿の木には、まだ青い実がたくさん付いている。秋になれば、甘い実をつけてくれるだろう。
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