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第二章 平民ライフ稼働編

39.彼女と彼は末路を聞く。

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(side リディア)
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 すっかりグラント家の料理長さんと仲良くなってしまった。

 ラディのご家族にハンバーグをごちそうしてから。
 わたしは、時間を見つけては厨房に行っていた。

 ラディには、そんなに働かなくていいよ、って言われたんだけど。
 お料理は言ってみればわたしの趣味だから働いてるつもりは全然なくて。
 ただ楽しくて、料理人のみなさんの驚いた顔や喜んでいる顔を見るのもうれしくて厨房に通ってた。

 とはいっても、今回わたしが伝えられた料理はたいして多くないんだけど。

 ソースは、マヨネーズとケチャップのほかに中濃ソースを作っておいた。
 セロリを持ってこなかったことを後悔したし――レンダルでは今でも普及していない模様――、レンダルには輸入されていない醤油を使うこともできないから代用品ばかり使ったけれど、それっぽい味になったからよしとする。

 あわせて、マスタードと各種ドレッシングの作り置きも勧めて。
 アレンジ方法も教えてみたから、これからのグラント家の料理のバリエーションは増えるはずだ。

 レンダルでは、和食はもとより、魚介類もほとんど食べない。
 だから、作れるお料理も限られるのだけど、グラント家では揚げ物をしたことがないようだったから、コロッケや唐揚げ、野菜の素揚げを教えてあげて。
 最初に鍋に油をどぼどぼと入れたときは、そこかしこから悲鳴らしきものも聞こえたけれど、食べてもらったらすぐに受け入れられた。

 あとはパスタかしら。
 ラディもお義兄様も普通に抵抗なく食べてたから、グラント家ではすっかりおなじみのものだと思いきや。実は食べたことがなかったようなのよね。
 聞いてびっくりしたわ。

 ということで、生パスタの作り方から教えることになったけれど。
 さすがは料理人だけあって、みなさん呑み込みも早いし、アレンジも色々思い付いていて、すぐに自分のものにしていたと思う。
 トマト系、クリーム系、オイル系。もう一通りはできるんじゃないかしら。

 パスタやソースによく使った大蒜は、やっぱりレンダルでは珍しいらしくて。
 生姜もないようだったから、わたしが持ってきていたものを使っていたんだけど、これからも使えるように栽培も勧めてみた。

 ラディには、こっちに来ても畑をやるの?って呆れられたけど。
 そう言いつつも、手伝ってくれるのがラディよね。ありがとう。

 そんなラディは、時々厨房にも来ていたけど、実は持ってきていたバスケットゴールを設置したり、その遊び方をご家族に教えたり、フィン君の勉強をみてあげたり、お義兄様のお仕事を手伝ったりしていたようだった。

 ―――そんな風にして過ごしていたけれど。
 だからと言って、わたしたちも遊んでいたばかりではない。

 魔法転送で送られてくる商会の報告書や相談には返事を出していたし。
 実は指示されていたレンダルの市場調査のために王都周辺に視察に行ったりもしていたのだ。

 グリーンフィールを発つ前にレンダルとの外交再開をお願いしてきたから。
 それを見越して、レンダルで交渉に値するものを探してくるように言われていたのよね。

 王子がやらかしてくれたから、今後の外交はどうなるかわからない。
 でも、ぶっちゃけ、王子たちさえどうにかできれば害はないと思うのよ。
 王妃様はがんばってるし、まともな貴族や文官もいるもの。
 まともじゃないのは王子周辺だけだと思うわ。

 だから、再開を信じて、外交に役立ちそうな情報は収集しておくことにして、市場調査もちゃんとやっていたのだ。

 と言っても、たいした収穫もなかったんだけど。
 相変わらずレンダルは恵みが少ないし、特産物もたいしたことがない。
 何かあったとしたら、王都の八百屋でレンコンを見つけてわたしがテンションを上げたくらいだ。そして、もちろん、大量に購入した。

 ―――そうして、滞在六日目。
 ここ数日、王宮に詰めていたお義父様が帰宅された。

 王子の書状破棄事件のあとは、わたしは連絡係に徹して、基本的には偉い人たちに任せっきりにしていたのだけど。
 お義父様が帰宅されたということは、一応は一区切りしたのかしら。

 帰宅早々応接室に来るように言われて。
 グラント家全員が集まったところでお義父様が口を開いた。

「連絡が届いていると思うが、陛下と王妃殿下は既にグリーンフィールに向かっている。到着までにはあと五日はかかるだろうから、最終的な結論はまだ出ていないが、現時点で決まっていることを報告する」

 陛下と王妃様が謝罪のためにグリーンフィールに発ったのは聞いている。
 王子がやらかした日のうちに謝罪の手紙は送っているようだけど、きちんとした謝罪と今後の相談のために、おふたりが直々に向かったのだ。
 この件は、当然グリーンフィール側も知っているけれど、両親には、わたしからも連絡を入れておいた。

「殿下と恋人を称する娘、そして、側近には処罰が下りた」

 ってことは、今回は謹慎では済まなかったってことね。

「まずは、殿下の恋人とかいう娘からにしようか。あの娘は、数々の偽証を繰り返したうえに、王宮の出入り禁止命令も守らなかった。よって、高等学院は退学、そして王都追放となった。実家の男爵家で再教育をするようだが、それでも無理なら修道院か娼館落ちだろう」

 え、あの小動物娘って、貴族だったの?それに驚くわ。
 あの礼儀知らず加減は平民だと思ってたけど、それは平民に失礼ね。

 今から施す再教育がどこまで有効かなんてわからないけど、あのまま平民落ちとかになってその辺に放出されたら、周りが迷惑するのは確かだ。
 ご両親は大変だろうけど、がんばって。超がんばって。

「そして、側近の三人は、殿下を諫めるどころか助長させ、殿下の補佐としての仕事もお粗末だった。終いには、ラディンとリディアの拉致までしたからな。彼らも高等学院は退学。あとは実家の判断に任せられたが、全員、実家の貴族家からは除籍された。平民落ちだな」

 わたしとラディを実際に拉致したのは公爵子息だったけれど、実は、魔術師団長子息と騎士団長子息も、砦でわたしたちを待ち構えていたそうだ。
 それも、三人とも、三日前からそれぞれの場所でスタンバっていたとか。

 バカなの?
 そんなことしてる暇があったら仕事すればよかったのに。
 仕事が溜まったのは、そんなことしてたからよ?

 ただ、彼らが張っていた砦は王都に近い二か所で。
 残念ながら、わたしたちは王都から一番遠い南の砦から入国したから、出会うことはなかったのよね。ご愁傷様ね。

「ランクルム公爵の倅には、分家で執事見習いをさせると言っていたな」

 ランクルム公爵は優しいのね。ちゃんと仕事を用意してあげるなんて。
 あのプライドの高いドミニク様からしたら、屈辱的なんだろうけれど。

 公爵とお父様は、公爵家同士だったからそれなりに付き合いはあって。
 わたしが国外追放になったときは謝りに来てくれたと聞いている。
 あの時も殿下たちは謹慎処分をくらっていたけど、ドミニク様が一番長かったという話だ。

 拉致事件の翌日にもグラント家までいらして謝罪してくださったのよね。
 しばらく領地に行かれてたみたいで息子の所業を把握できていなくて。
 それであんなことになって申し訳なかったと、深く頭を下げてくれた。

 息子の教育に失敗したことも重く受け止めていたから。
 その罪滅ぼしのためにも、再出発の場を用意してあげたのかもしれない。
 いつか、ドミニク様がそのことに気づいてくれたらいいのだけど。

「カージェス侯爵の倅は、魔力封じをされたうえで王都追放となったようだ」

 魔術師団長子息は、そのまま放出されてしまったようだ。

 あの人、魔法は得意だったけど、小手先だけだったのよね。
 でも、魔法の英才教育を受けてきたわけだし、知識はあったと思う。

 だから、砦でわたしたちを待ち伏せたりしないで、あの時殿下の執務室にいたら、陛下の書状に魔力が流れていたことに気づいたかもしれない。
 王子の所業を止められたら、ここまでのことはなかったかもしれないわね。

 魔力封じをされたなら、お得意の魔法はもう使えない。
 しかも嫡男だったのに、平民落ちなんて彼に耐え切れるかしら?

 にしても、今回の処罰は、結構重いと思う。
 今回は、彼自身は、拉致も未遂で、結局はやってないわけだし。
 あの時殿下の執務室にいなかったのならそこまで罪を問われないと思うのに。
 殿下の側近としてはいろいろ失格だったと思うけど。

 って思ってたら、あの子息、家の金を使い込んでいたらしいわ。
 小動物娘に貢いでいたとか。

 それがバレて、侯爵が怒ってしまったのね。

 それと、王子との暴走は二回目だから。
 周りの貴族からもかなり非難されているらしいわ。
 ――今回の件は、陛下たちが国を離れることもあり、各貴族に説明があったから、多くの人が知っている。

 それで、処罰を重くしたのか。
 侯爵は世間体をすごく気にする人だしね。

 もしくは、正直、次男の方が優秀で魔法のセンスもあるから。
 単に嫡男を切り捨てただけなのかもしれない。

「パウエル伯爵の倅は、辺境の傭兵団に入れられた」

 騎士団長子息は辺境に追いやられたのか。
 あそこの傭兵団はとっても厳しいって聞くけど、大丈夫かしら。

 でも、脳筋バカは剣の腕しかなくて考えることができない人だから。
 行先があるだけよかったわよね。
 いきなり放出されても、世間のことを何にも知らない彼は、生きていくことすらままならなかったと思う。

 この脳筋バカには、卒業パーティーでわたしに切りかかってきた前科がある。
 だから、拉致は未遂にしても、さすがに今回も謹慎だけってわけにはいかなかったんだろうけれど。

 辺境ですか。
 パウエル伯爵は自分から遠い場所に追いやりたかったのかしら。

「そして、最後だが。殿下は、王位継承権を剥奪され、北の塔に幽閉となった。今後は魔力を提供させるそうだ。まあ、結局は飼い殺しだ」

 王子については、グリーンフィールの王様を怒らせてしまったんだから、それなりの処罰になるとは思っていた。

 だから、王位継承権の剥奪は予想していたけど。
 でも、いいとこ、臣下落ちだと思ってたのよね。
 陛下は息子に甘いから。

 聞けば、どうやら、王子は謹慎されてから、謹慎を解くためにカイン陛下に手紙を送ろうと思ったようだ。
 それも、謝罪の手紙かと思えば、わたしを罪人だと断定し――証拠はない――、レンダルで処罰するために国に戻すように要求する内容だったという。

 せめて、書状を破棄してしまったことを詫びるかと思いきやそれもなく。
 わたし、金を返せって言われたことはまだ言ってないのに。
 それも含めて、王子がわたしに掛けている冤罪の内容が延々と書かれてたとか。

 その手紙を送って、わたしをレンダルに戻して処罰すれば、自分が悪くないことを立証できるとでも思ったんだろうか。

 いやいやいや。バカ過ぎない?
 そんなの送られてたら、それこそ兵がやってきたわよ?

 謹慎中の外部との接触は限定されるし、内容も確認されるから。
 手紙が送られることはなかったけれど。

 そんなこともあって、矯正は難しいとなったわけね。
 そうか。もう幽閉しかないのか。

 王子は魔力だけは高いから。まともに使えないけど。
 魔力の提供は、彼にできる唯一の仕事かもしれない。
 他の仕事は無理そうだものね。

 さすがに王子の最後の所業には呆れたけれど。
 これだけの処分が下されたのだから、カイン陛下も溜飲を下げてくれないかしら。

 あとは、オスヴァルト陛下と王妃様の謝罪と交渉次第ね。
 どうか、どうか、穏便に済みますように。
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