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第四章:虚構の断罪者
第21話 決着の時
しおりを挟む長く続いた再審公判は、ついに終結の時を迎えようとしていた。
季節は晩秋に移り変わり、A市の街路樹は赤や黄色に色づき始めていたが、地方裁判所の法廷内だけは、張り詰めた空気が季節の移ろいを忘れさせているかのようだった。
最終弁論の日。
弁護人席に座る英里香の背筋は、これまで以上に伸びていた。
その瞳には、積み重ねてきた証拠と真実への確信が宿っている。
まず、検察官が最終論告を行った。
しかし、その内容は精彩を欠いていた。
DNA鑑定結果や新証人の証言に対し、
「信用性に乏しい」「憶測に過ぎない」
といった従来の主張を繰り返すばかりで、再審公判で明らかになった数々の矛盾点や捜査の瑕疵にはほとんど触れられない。
もはや、有罪を維持するための論拠は尽き、形式的な主張に終始している感が否めなかった。
続いて、英里香が弁護人としての最終弁論に立った。
法廷内が静まり返る中、彼女の声は力強く、明瞭に響き渡った。
「裁判長、そして裁判官の皆様。
長きにわたる審理を経て、真実は明らかになりました。 鈴木一郎氏は、無実です」
英里香は、まずそう断言した。
そして、これまでの審理で提示された証拠を一つ一つ丁寧に振り返りながら、確定判決がいかに脆い土台の上に成り立っていたかを論証していく。
「最新のDNA鑑定は、事件現場に第三者が存在したことを科学的に証明しました。
中村和恵さんの勇気ある証言は、事件の背景にあった動機と、警察・検察による圧力の存在を明らかにしました。
巧研究員が作成したシミュレーション映像は、公式記録にある犯行がいかに物理的に不可能であるかを視覚的に示しました。
そして何より、当時の捜査がいかに杜撰で、自白偏重であり、証拠隠蔽の疑いすらあったかを示す証拠も、我々は提示してまいりました」
英里香は、よどみなく言葉を紡いでいく。
「確定判決は、まさに砂上の楼閣でした。
一度『犯人』と決めつけられた人間に対し、客観的な証拠を無視し、強引な取り調べで得られた自白を鵜呑みにした結果、取り返しのつかない誤判が生じたのです。
これは、単なる一人の人間の悲劇ではありません。
日本の司法そのものが犯した、重大な過ちなのです」
英里香の声に、熱がこもる。
「失われた30年という時間は、決して取り戻すことはできません。
しかし、今、この法廷で、私たちは未来を変えることができます。
鈴木一郎氏の無実を宣言し、彼に正当な名誉を回復させること。
それこそが、司法に残された唯一の道であり、真の正義の実現であると、弁護人は確信いたします」
最後に、英里香は被告人席の鈴木一郎に向き直り、傍聴席にいるであろうトメ子さんや支援者たちにも届くように語りかけた。
「鈴木さん、そしてご家族、支援者の皆様。
長い間、本当によく耐えてこられました。
今日、この法廷で、必ずや正しい判断が下されることを、私たちは信じています」
英里香が弁論を終え、席に戻ると法廷内からはすすり泣きと共に、抑えきれない拍手が自然と湧き起こった。
次に、裁判長に促され、鈴木一郎が証言台の前に立った。
白髪が増え、背中は少し丸くなったが、その瞳には、以前にはなかった力が宿っているように見えた。
彼は、マイクに向かい、震える声で、しかし一言一言噛みしめるように、最後の陳述を始めた。
「わたしは……わたしは、やっていません……。
ただ、普通に……真面目に生きてきただけです……。
なのに、ある日突然、殺人犯にされて……30年間、ずっと、暗い場所で……」
言葉が途切れ、嗚咽が漏れる。 法廷内も、再び静まり返る。
「……もう一度……もう一度だけでいいから……外の空気を吸って……母と一緒に、普通の暮らしがしたい……ただ、それだけなんです……。お願いします……裁判官様……どうか、真実を見てください……」
彼の魂からの叫びは、法廷にいる全ての人の心を強く打った。
そして、運命の判決の日。
晩秋の冷たい雨が降る中、A市地裁の法廷は、前回以上の傍聴者で埋め尽くされていた。
誰もが固唾を飲んで、その瞬間を待っている。
英里香は、隣に座る一郎の肩にそっと手を置いた。
一郎は小さく頷き、前を向いた。
裁判長が入廷し、法廷を見渡し、静かに判決主文を読み上げた。
「主文。被告人、鈴木一郎は、無罪」
その言葉が響いた瞬間、法廷は爆発的な歓声と、抑えきれない嗚咽に包まれた。
「……!」
一郎は、声にならない声を上げ、その場に崩れ落ちるように涙を流した。
トメ子さんは支援者と抱き合い、ただただ泣きじゃくっている。
英里香も、御門も、弁護団のメンバーも、皆、目頭を押さえ、込み上げる感動に打ち震えていた。
嵐や巧たちも、傍聴席で立ち上がり、喜びを爆発させている。
まさにその時だった。
傍聴席の一角で、パンッ!という軽快な破裂音が響き渡り、色とりどりの紙吹雪が宙を舞った!
見ると、潮来由利凛が、自作の安全(?)なクラッカーを手に持ち、満面の笑みで叫んでいた。
「やったのじゃー ! 無罪じゃー !
歴史的勝利じゃー !」
法廷内の厳粛な空気は一変し、一瞬、驚きと笑いが広がった。
廷吏が慌てて由利凛を注意するが、彼女はお構いなしに紙吹雪を撒き散らしている。
(……まったく、この子は……)
英里香は、呆れながらも、思わず笑みがこぼれた。
30年という長きにわたる暗闇の末に訪れた、劇的な決着の瞬間。
それは、法と正義の勝利であると同時に、決して諦めなかった人々の信念と予測不能な天才(?)科学者の起こした奇跡(?)が織りなした、人間ドラマのクライマックスでもあった。
雨はまだ降り続いているが、法廷の外には、きっと虹がかかっているだろう。 そんな気がした。
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