【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

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第五章:償いの天秤

第28話 最高裁への道 (修正版)

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 冬の日差しが、厳粛げんしゅくな雰囲気の東京高等裁判所の法廷に淡い光の筋を描いていた。

 長く続いた控訴審の判決言い渡し。
 英里香は隣の中村誠と共に、固唾を飲んで裁判官の言葉を待っていた。
 法廷内は、地裁の判決時とはまた違う、静かで張り詰めた空気に満ちている。

「主文。本件控訴を棄却する」

 裁判長が読み上げたのは、第一審判決を支持する言葉だった。
 再び、退職金の一部支給が認められたのだ。

「……!」

 中村の目から、またしても涙が溢れた。
 安堵の表情で、彼は深く頭を下げた。
 英里香も、ほっと胸を撫で下ろす。
 高裁の壁を、なんとか乗り越えることができた。
 しかし、県側の代理人弁護士の表情は険しいままだった。

 閉廷後、英里香が中村と共に廊下に出ると、代理人は無言で彼らの前を通り過ぎていった。
 その背中には、まだ戦いを諦めていないという強い意志が感じられた。
 その予感は、数週間後に現実のものとなった。
 英里香の元に、最高裁判所から通知が届いたのだ。

 新潟県側が行った上告受理申立てが、最高裁によって受理されたという知らせだった。

「…最高裁…ですか……」

 電話で報告を受けた中村の声は、絶望の色を帯びていた。

「もう、どこまで行けば、私は許されるんでしょうか……」

「中村さん、気を落とさないでください!」
 英里香は受話器を握りしめ、力強く言った。

「最高裁が受理したのは、この問題がそれだけ重要な法的論点を含んでいると判断したからです。  逆に言えば、ここで私たちの主張が認められれば、それは今後の判例にもなりうる、大きな意味を持つ勝利になります。
 最後の戦いです。一緒に乗り越えましょう!」

 英里香は中村を励はげましながらも、事態の重さを改めて認識していた。
 最高裁。 そこは、法律審であり、事実認定を争う場ではない。

 憲法解釈や、法の適用に関する極めて高度な論争が繰り広げられる、まさに最後の砦だ。
 準備はこれまで以上に緻密さが求められる。
 
 英里香はすぐに御門所長に報告し、対策を練り始めた。

「最高裁となると、正面から争うのは処分の妥当性、つまり行政裁量権の逸脱・濫用という点になるだろう。だが、それだけでは弱いかもしれん」
 
 御門は厳しい表情で指摘した。

「憲法論も視野に入れるべきだ。
 特に、他の公務員の処分事例との比較から、憲法14条の平等原則違反を主張できないか。
 あるいは、退職金全額不支給が、実質的に生存権(憲法25条)を脅かすほどの過酷な処分である、という視点も必要かもしれん」

 英里香は、御門の助言を受け、憲法学者や行政法の専門家にも意見を求め、県側の上告理由に反論するための準備書面の作成に取り掛かった。
 それは、これまでの主張をさらに深化させ、法律家としての総合力が問われる作業だった。

 一方、この事件はメディアでも大きく取り上げられるようになっていた。

「教師の飲酒運転と退職金」

「一度の過ちと人生設計」

 といった見出しで、新聞やテレビの特集が組まれ、ネット上でも様々な意見が飛び交った。

「飲酒運転は厳罰にすべきだ」

「いや、長年の功績も考慮すべきでは ?」

「他の公務員と比べて不公平だ」

「退職金は老後の命綱だ」

 ……賛否両論が渦巻き、事件は単なる一地方の争いを超え、社会全体に「処分のあり方」「法の公平性」を問いかける大きな議論へと発展していった。

 そんなプレッシャーの中で、英里香が事務所で深夜まで資料と格闘していると、ふわりと懐かしいお茶の香りがした。
 顔を上げると、そこには潮来由利子が、湯気の立つ湯呑みを差し出して立っていた。

「英里香、少し休みなさい。
 根を詰めすぎても良い考えは浮かびませんよ」

 その穏やかな声と存在感に、英里香は張り詰めていた糸が少し緩むのを感じた。

「…由利子さん…ありがとうございます」

「最高裁、大変な戦いになりましたね」

 由利子は、英里香の向かいに静かに座った。

「迷いはありますか?」

「……正直、あります。最高裁の壁は厚い。私たちの主張が、本当に届くのかどうか…」

 英里香は、思わず弱音を漏らした。
 由利子は、じっと英里香の目を見つめた後、静かに言った。

「英里香。道が正しいかどうかは、歩き終えるまで誰にも分かりません。
 ですが、あなたが依頼者のために最善を尽くそうとしている、その『志』は間違いなく正しい。
 迷うな。あなたが信じる正義を、曇りなき心で、ただ真っ直ぐに貫きなさい。
 結果は、その先にしかありません」

 由利子の言葉には、不思議な力が宿っていた。
 それは、武術の達人としての気迫とも、長年多くの教え子を見守ってきた慈愛とも違う、もっと根源的な、人の心を奮い立たせる力だった。
 英里香の心の中から、迷いがすっと消えていくのを感じた。

「…はい。ありがとうございます、由利子さん」

 翌日、英里香の元に、大江戸グループのサーバーを経由して、姉の明日菜から膨大な分析データが送られてきた。

『最高裁の類似判例、裁判官の過去の判決傾向、関連する憲法学説の動向……AIで多角的に分析しておいたわ。参考に』

 相変わらずクールだが、妹を思う確かなサポートだった。
 そして、その直後……

『英里香ちゃーん! 最高裁進出おめでとう!
 これを持っていけば百戦危うからずじゃ!
 妾が霊験あらたかな神社で祈祷してもらった「絶対勝訴・最高裁バージョン」のお守りなのじゃ!
 効果は保証付き(当社比)じゃぞ!』

 というメッセージと共に、由利凛から怪しげな刺繍が施された、妙に分厚いお守りの画像が送られてきた。
 中には小型GPSでも仕込まれているのではないかと、英里香は少し疑った。

(…まあ、気持ちだけは受け取っておくか…)

 英里香は苦笑し、明日菜からのデータとお守りの画像(だけ)を保存した。

 憲法の専門家との打ち合わせ、書面の推敲すいこう、そして仲間たちの様々な形でのサポート。
 最高裁での弁論期日は、刻一刻と近づいている。英里香は、これまでの戦いを支えてくれた全ての人々の思いを背負い、最後の戦いに臨む覚悟を固める。

 法と社会、個人と組織、過ちと償い。
 様々な要素が複雑に絡み合うこの事件の終着点は、どこにあるのか。

 英里香は澄み切った冬の空を見上げ、決意を新たにペンを握った。

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