【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

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第八章:生存権の境界線

第52話 見えない不正の証拠

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 港南市での調査は、予想以上に困難を極めていた。

市役所の福祉課は、英里香たちに対してさらに警戒心を強め、情報開示には「個人情報保護」「規定により不可能」の一点張り。
 まるで鉄壁の要塞のように、外部からの追及を頑なにはねつけ続けていた。

 「守る会」を通じて接触できた被害者たちも、その多くが港南市という狭いコミュニティの中での生活があり、市役所からの報復を恐れて、法廷での具体的な証言には二の足を踏んでいた。

「先生の気持ちはありがたいけど、これ以上事を荒立てたら、この街で生きていけなくなる…」という声も少なくない。

 直接的な証拠が掴めないまま、時間だけが過ぎていく焦りが、英里香の胸を重くした。
 そんな膠着状態の中、一条の光が差し込んだのは、ある雨の日の夜だった。

 英里香がホテルの部屋で報告書を整理していると、非通知設定の番号からスマートフォンに着信があった。
 警戒しながら応答すると、息を潜めたような、若い女性の声が聞こえてきた。

「…大江戸先生、でしょうか……?  私、港南市役所の…石田、と申します…」
福祉課の若手職員、石田幸子からだった。

「石田さん! どうかしましたか?」
英里香は声を低めて尋ねた。

「あの…今、大丈夫でしょうか? …少しだけ、先生にお渡ししたいものが…例の、山岡係長の指示について……」
声は恐怖で震えていた。

 彼女は、組織の中で声を上げることの危険性を十分に理解しているのだろう。
 それでも、良心の呵責と、斎藤のような人々を見過ごせないという思いが、彼女を突き動かしているようだった。

 二人は、人目を避けられるよう、深夜のファミリーレストランで落ち合った。
 フードを目深にかぶり、周囲を気にする石田は、やつれた様子だった。

「…これを」

 彼女は震える手で、小さなUSBメモリを英里香に差し出した。

「係長が、過去の会議で配布した内部メモのコピーです……。
 斎藤さんの件についても、指示が書かれているはず…でも、これが限界です。私、怖くて……」

「石田さん、危険を冒してまで…本当にありがとうございます。
 あなたの勇気は、絶対に無駄にはしません」

 英里香はUSBメモリをしっかりと受け取り、彼女の身の安全を案じる言葉をかけた。

「何かあれば、すぐに私か、兄(警察)に連絡してください」
石田は小さく頷くと、足早に店を後にした。

 ホテルに戻り、英里香は厳重なセキュリティチェックの後、ノートパソコンでUSBメモリの中身を確認した。
 そこには、石田が言った通り、山岡係長が部下に出したと思われる指示メモのデータが複数保存されていた。
 日付や宛名は巧妙に伏せられていたが、その中にはっきりと「斎藤案件:申請意思無しと判断。要指導継続」「分割支給記録:『本人の希望による金銭管理支援』と明記のこと」といった、違法性を裏付けるような記述があった。

 さらに、別のファイルには、福祉課のキャビネットに大量の利用者の認印が保管されている様子を隠し撮りしたと思われる写真データも含まれていた。

「……これは、動かぬ証拠になるかもしれない…!」英里香は息をのんだ。

 並行して、英里香は弁護士法に基づき、港南市に対して生活保護関連の決裁文書や過去の監査記録などの情報公開請求を行っていた。
 数週間後、ようやく届いた書類の束は、しかし、その大部分が黒く塗りつぶされていた。
 特に予算の使途や、過去の監査での指摘事項、そして山岡係長の人事評価に関する部分は、徹底的に隠蔽されている。

「これでは、何も分からないじゃない…!」

 英里香は苛立ちを覚えたが、すぐに巧に連絡を取り、黒塗り資料のスキャンデータを送った。

『なるほど、見事なまでに黒塗りだな』
巧は冷静に分析を開始した。

『だが、塗りつぶされた箇所や、その前後の文脈、他の公開文書との比較から、隠されている情報の種類はある程度推測できる。
 例えば、この予算項目……おそらく、警察OBの雇用に関する不透明な支出だろう。
 そして、監査記録の部分……過去にも同様の分割支給や申請権侵害について、県から軽微な指摘を受けていた可能性が高い。
それを無視し続けていた証拠だ』

 巧の分析は直接的な証拠にはならなくとも、市の隠蔽体質と追及すべき核心部分を浮き彫りにする上で大きな助けとなった。

 東京の事務所では、明日菜が今回の件を社会問題として広く提起するための戦略を練っていた。

『英里香、この問題は港南市だけの問題ではないわ。
 全国的な課題として、メディアや国会議員にも働きかける必要があるかもしれない。
 人権派の弁護士ネットワークとも連携して、他の自治体の事例も集めてみましょう。
 世論を動かすことが、行政を動かす力になる』

 明日菜の提案は個別の訴訟を超えた、より大きな視点での戦い方を示唆していた。

 一方、ジャンヌは、ビデオ通話などを通じて、精神的に不安定になっている斎藤や恐怖と罪悪感に苛まれる石田のカウンセリングを続けていた。

「大丈夫ですよ、石田さん。あなたは正しいことをしようとしています。決して一人ではありませんから」

 ジャンヌの穏やかで優しい言葉は、彼らの心を少しずつ支えていた。
 そんなシリアスな状況が続く中、ある日の御門法律事務所。
 潮来由利凛が「これで悪徳役人の本音も丸裸じゃ!」と、手のひらサイズのテントウムシ型ロボットを持ち込んできた。

「妾の最新発明!超小型遠隔操作式盗聴器『お耳拝借てんとくん』じゃ!
  これをターゲットにこっそりくっつければ、半径500メートル以内の会話をクリアに受信!」

 由利凛は得意満面に説明し、デモンストレーションとして、ソファで新聞を読んでいた御門所長の背中に、てんとくんをそっと取り付けた。そして、受信機のスイッチを入れると、スピーカーから御門の心の声(?)らしきものが流れ出した。

『……(ふむ、今日の昼はカツ丼にするか、それとも天ぷらそばか…いや、待てよ、昨日の残り物もあったな…しかし、あの書類の件も気になるし…ぶつぶつ…)……ん?』

 自分の思考が漏れていることに気づいたのか、御門が怪訝な顔で周囲を見回す。
 英里香と他の事務員たちは、必死で笑いを堪えていた。

「こら、由利凛!何してるの!」
 英里香は慌てて受信機のスイッチを切り、御門の背中からてんとくんを剥がした。

「こんなもので証拠を集めようなんて考えないでよ!」

「むぅ、せっかくの高性能メカが…」
由利凛は不満そうに唇を尖らせた。

 英里香は、由利凛の騒動に溜息をつきつつも、石田から新たに受け取ったUSBメモリ(ハンコの保管状況の写真データなどが入っていた)を握りしめた。
 内部告発者の勇気、仲間のサポート、そして少しずつ見えてきた不正の証拠。厚い壁の向こう側にある真実に、確実に近づいている手応えがあった。

(次は、法廷で白黒つける番ね…)

 英里香は、港南市への反撃の狼煙を上げるべく、訴訟提起に向けた最終準備に取り掛かった。
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