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第四章:虚構の断罪者
閑話:秋空に響く誓い
しおりを挟む鈴木一郎の無罪を勝ち取ってから、数週間が過ぎた。長く厳しい戦いの疲れを癒す間もなく、英里香は新たな案件や、後処理に追われる日々を送っていた。
季節は晩秋。都心の街路樹が鮮やかに色づき、空はどこまでも高く澄み渡っていた。
その日、英里香は兄の嵐、巧、そして姉の明日菜と共に、都心から少し離れた緑豊かな丘の上にある墓地を訪れていた。そこは、大江戸家の菩提寺であり、若くして殉職した父・仁と、その数年後に後を追うように病で亡くなった母が眠る場所だった。
四人はそれぞれの車で現地集合した。英里香の青い「フェアリーテイル」、嵐の紅い「フェアリーテイル」、そして巧と明日菜は大江戸グループの専属運転手が運転する黒塗りのセダン。
並んだ車が、この一族の多様性を象徴しているかのようだ。
「久しぶりだな、四人揃ってここに来るのは」
黒いスーツに身を包んだ嵐が、少し眩しそうに空を見上げながら言った。
彼の隣には、同じく喪服に身を包んだ蝶子が、静かに寄り添っている。
「ええ、それぞれの仕事が忙しいですからね。
でも、父さんと母さんの命日くらいは、こうして顔を合わせないと」
明日菜が、落ち着いた口調で応える。
彼女の隣には、巧とその恋人であるジャンヌが立っていた。
ジャンヌもまた、黒い控えめな服装で、優しい眼差しを兄妹たちに向けている。
いつの間にか、大江戸家の墓参りは、兄妹だけでなく、その大切なパートナーたちも共にする、家族の恒例行事となりつつあった。
墓前に着くと、まず明日菜が慣れた手つきで墓石を清め、巧が持参した美しい白菊の花束を供えた。
そして、嵐が線香に火をつけ、一人一人に手渡していく。
煙が澄んだ空気の中に、細く長く立ち昇っていく。
四人の兄妹は、静かに墓石の前に並び、深く頭を垂れて手を合わせた。
(父さん、母さん、ご無沙汰しています。英里香です)
英里香は心の中で語りかける。
(弁護士になって、少しは父さんのような正義感を持って働けているでしょうか。
まだまだ未熟で、失敗ばかりですが……それでも、先日、無実の罪で苦しんでいた人を救うことができました。
父さんが生きていたら、なんて言ってくれたかな……)
父・大江戸仁。警視庁捜査一課の敏腕刑事であり、多くの後輩たちから慕われた憧れの存在。しかし、ある事件で民間人を守るために命を落とした。
英里香が法曹界を目指したのも、嵐が刑事になったのも、その父の存在が大きい。
(父さん、俺も少しは成長したぜ。まだ足元にも及ばないが、父さんのように、悪を憎み、人を守れる刑事になれるよう、毎日必死だ。
蝶子とも、まあ、うまくやってる。心配するなよ)
嵐もまた、心の中で父に語りかけた。
彼の隣で、蝶子がそっと嵐の腕に触れた。
(お父さん、お母さん。僕は科学の道で、世の中の役に立てるよう努力しています。
最近では、英里香の事件で、科学の力が真実を明らかにする一助となれたことを嬉しく思っています。
ジャンヌという、素晴らしいパートナーも見つけました。きっと、安心していただけますよね)
巧は、冷静な彼らしく、しかし確かな愛情を込めて両親に報告する。ジャンヌが、その言葉を聞いているかのように、優しく微笑んだ。
(お父さん、お母さん。 大江戸グループは、私がしっかりと支えています。
兄さん達や英里香が安心してそれぞれの使命を果たせるように、私が盤石な基盤を守り抜きます。それが、私の役目ですから。
どうぞ、安らかにお眠りください)
明日菜は、グループのリーダーとしての責任感と、家族への深い思いを胸に、静かに祈りを捧げた。
しばらくの静寂の後、四人はゆっくりと顔を上げた。その表情には、故人を偲ぶ悲しみだけでなく、それぞれの道を歩む決意と、未来への眼差しが宿っていた。
「しかし、あの鈴木一郎さんの事件、本当に大変だったな」
墓地を後にし、見晴らしの良い場所へと歩きながら、嵐が口火を切った。
「ああ、30年前の冤罪とは……。 科学的な証拠がいかに重要か、改めて思い知らされたよ」
巧が頷く。
「検察の抵抗も、想像以上だったわ。組織の壁って、本当に厚いのね」
英里香が、溜息交じりに言う。
「でも、最終的には勝ったじゃない。あなたの粘り強さと、皆の協力があったからよ。誇りに思うわ、英里香」
明日菜が、珍しく妹をストレートに褒めた。
「……ありがとう、明日菜姉さん。でも、私一人の力じゃない。嵐兄さんの情報、巧兄さんの分析、明日菜姉さんのサポート…そして、御門先生や、由利凛たちの力があってこそよ」
英里香は、少し照れながらも、兄姉たちへの感謝を口にした。
「それにしても、あの由利凛の暴走ぶりは相変わらずだったな!
最後、法廷でクラッカー鳴らす奴があるかよ!」
嵐が苦笑いしながら言うと、皆も思わず笑みを漏らした。
「彼女の行動は予測不能だけど、時に突破口を開くから侮れないのよね…」
明日菜がやれやれといった表情で付け加える。
「まったく、あの子がいると、退屈はしないわね」
穏やかな会話が続く。それぞれの仕事の話、近況、そして他愛のない冗談。厳しい事件の合間に訪れた、心安らぐ時間だった。
ふと、英里香は空を見上げた。どこまでも高く、青い秋の空。その下で、自分たちは生きて、悩み、戦い、そして成長している。
(父さんと母さんが見ていたら、今の私たちを、どう思うだろう…)
きっと、心配しながらも、それぞれの道を懸命に進む子供たちの姿を、温かく見守ってくれているに違いない。そんな気がした。
「さあ、そろそろ戻るか。俺はこの後、まだ仕事が残ってるんだ」
嵐が腕時計を見ながら言った。
「あら、大変ね。蝶子さんも?」明日菜が尋ねる。
「はい。少し気になる未解決事件がありまして…」蝶子が静かに答えた。
(それは、時効となった絹川事件のことだろうか、と英里香は思った)
「僕たちも研究所に戻らないと。新しいプロジェクトが始まるんだ」巧がジャンヌと顔を見合わせる。
「私も午後から重要な会議があるわ」明日菜も頷く。
それぞれの日常が、また始まろうとしていた。
「英里香は? 少しは休めそうなのか?」
嵐が妹を気遣う。
「ええ、少しだけね。でも、またすぐに新しい事件に取り掛かることになると思うわ」
英里香は、穏やかな笑みを浮かべて答えた。
鈴木一郎事件は終わった。
だが、弁護士としての彼女の戦いは、これからも続いていく。
理不尽に苦しむ人々がいる限り、彼女の奔走が終わることはないだろう。
兄姉たちと別れ、英里香は一人、愛車の青い「フェアリーテイル」に乗り込んだ。
エンジンをかけると、静かだが力強い鼓動が伝わってくる。
バックミラーに映る、遠ざかっていく墓地。英里香は心の中で、もう一度両親に誓った。
(父さん、母さん。私は、私の信じる正義を貫きます。この街で、苦しんでいる人のために、力を尽くします。見ていてください)
アクセルを踏み込み、英里香は走り出した。
秋の陽光の中を、次なる戦いの待つ日常へと。
その表情には、迷いはなく、ただ確かな決意だけが宿っていた。
空は高く、どこまでも青かった。
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