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第四章: 内なる敵、外からの脅威
第15話 嵐の前の静けさ、あるいは……
しおりを挟む【視点は大地(信長)です。】
空、海との再会と秘密同盟の結成。
そして、叔父・信光の謀反の芽を早期に察知できたこと(まだ完全に解決したわけではないが)。
俺たちの連携は、確実に成果を上げ始めていた。
うつけの仮面の下で、俺は少しだけ、この戦国時代で生き抜いていく自信を持ち始めていた……かもしれない。
だが、この時代は俺に息つく暇を与えてはくれなかった。
平穏に見えた日常の水面下で、新たな、そしてより深刻な問題が静かに進行していたのだ。
発端は親父、織田信秀の病状が悪化したことだった。
もともと病がちだったとは聞いていたが、ここ最近、目に見えて衰弱が進んでいるらしい。
傅役の平手政秀が、苦渋に満ちた表情で俺にその事実を告げた。
親父の死期が近い……。その事実は、織田家という組織に、不穏な変化をもたらし始めていた。
それは、次期当主の座を巡る、目に見えない権力闘争の始まりだった。
俺は、織田信秀の嫡男だ。順当にいけば、俺が家督を継ぐはず。
だが、俺には「うつけ」という致命的な(?)レッテルが貼られている。
家臣たちの多くは、俺の奇行に呆れ、その器量を疑っていた。
そんな中で、俄然注目を集め始めたのが、俺の弟・織田信行、通称・勘十郎だ。
弟の信行は、俺とは正反対。品行方正、文武両道(らしい)、そして何より、母上である土田御前の寵愛を一身に受けている。
母上は、俺のことを出来損ないのうつけとして疎んじ、聡明な(と彼女は思っている)信行こそが織田家を継ぐべきだと、公言して憚らない。
その母上の意向を後ろ盾に、信行派とでも言うべき一派が、徐々に形成されつつあった。
筆頭は、織田家の宿老である林秀貞や、勇猛さで知られる柴田勝家といった、家中の重鎮たちだ。
彼らは、俺のうつけぶりを苦々しく思い、安定を求めて信行に期待を寄せている。
水面下で、信行を次期当主に擁立しようとする動きが活発になっているという情報は、海がもたらしてくれた。
(……来たか、家督争い)
俺は、うつけの仮面の下で重い溜息をついた。
史実を知る俺は、この家督争いが、いずれ血を見る争いに発展することを知っている。
信行は、母や家臣に担がれ、兄である俺に牙をむくのだ。
そして、史実の織田信長は、最終的にその弟を……粛清する。
(殺すのか……? 俺が、この手で、弟を?)
現代日本で生きてきた俺にとって、「弟を殺す」という選択肢は、あまりにも重く、受け入れがたいものだった。
たとえ、それが自分の身を守るためであったとしても。 倫理観が、生理的な嫌悪感が、その決断を拒絶する。
深夜の密会で、俺はこの状況を空と海に打ち明けた。二人の反応は、予想通り対照的だった。
「そんなのダメだよ! 兄弟なんでしょ!? ちゃんと話し合えば、きっと分かり合えるって!
わたし、お義母様(土田御前)にも話してみる!」
情に厚い空は、涙ぐみながら訴えた。
彼女らしい、真っ直ぐで、そして少しだけ甘い意見だ。
一方、海は冷静だった。
「……気持ちは分かります。ですが、ここは戦国です。感情論だけで家は守れません。
信行様を放置すれば、彼自身にその気がなくとも、周りの家臣が担ぎ上げ、いずれ必ず織田家は二つに割れるでしょう。それは避けなければなりません」
彼女は淡々と、しかし有無を言わせぬ迫力で続けた。
「ただし、単純な粛清が最善とは限りません。信行様の命を奪えば、母上様や旧臣たちの恨みを買い、後々まで禍根を残します。粛清するにしても、もっと別の方法……例えば、権力を完全に奪い、厳重な監視下に置くなど、遺恨を最小限に抑える方策を探るべきです」
空の情と、海の理。
どちらも間違ってはいない。
どちらの意見も、俺には痛いほどよく分かった。
だからこそ、俺の苦悩は深まるばかりだった。
うつけの仮面を被り、家臣たちの前では飄々と振る舞いながらも、俺の心の中は嵐が吹き荒れていた。
当主として、兄として、そして転生者として……俺は、最初の、そしておそらく最も重い決断を迫られようとしていた。
弟と、どう向き合うべきか。
血塗られた史実の道をなぞるのか、それとも、新たな道を探し出すのか。
答えはまだ、見えない。
だが、決めなければならない時は、刻一刻と迫ってきている。
尾張の空に漂う、嵐の前の不気味な静けさ。
それは、これから始まるであろう激動の日々の、ほんの序章に過ぎなかった。
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