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第四章: 内なる敵、外からの脅威
第16話 揺れる尾張、それぞれの戦い
しおりを挟む【視点は大地(信長)です。】
親父、織田信秀の病状が悪化の一途を辿るにつれ、那古野城内の空気は目に見えて険悪になっていった。
俺、織田信長に対する家臣たちの視線は、以前にも増して冷ややかで、侮りが含まれているのを感じる。
特に林秀貞や柴田勝家といった宿老たちは、俺が廊下を通るだけで、わざとらしく顔を背けたり聞こえよがしに弟・信行の「聡明さ」を褒め称えたりする始末だ。
(完全に舐められてるな、こりゃ……)
うつけの仮面は、こういう時には厄介だ。
彼らは、俺を織田家を背負って立つ器では無いと本気で思っているのだろう。
そして、その代わりとして品行方正な弟・信行を担ぎ上げようとしている。
このままでは、史実通り血を見る争いは避けられない。
何とかしなければ……。
そう思いつつも、具体的な行動を起こせずにいた俺は、意を決して弟の信行と直接顔を合わせることにした。
話し合えば、あるいは……そんな淡い期待も、正直ゼロではなかった。
城の一室で向き合った信行は、噂通り礼儀正しく穏やかな青年だった。
歳は俺より二つ下。
涼やかな顔立ちは母上によく似ていて、物腰も柔らかい。
「兄上、わざわざお呼び立ていただき、恐縮に存じます」
深々とお辞儀をする信行に、俺はどう切り出したものか迷った。
「……いや、まあ、なんだ。 最近、お前の周りが騒がしいと聞いてな」
探るような俺の言葉に、信行は少し困ったように微笑んだ。
「はは……母上様や、林様たちが何かと気にかけてくださる故、ご心配をおかけしているのかもしれませぬ。
某は、ただ兄上のご快復と、父上のご回復を祈るばかりにございますが」
その言葉に嘘はないのかもしれない。
だが、彼の瞳の奥には野心の色とも、あるいは周囲の期待に流されているだけのような戸惑いの色とも取れる複雑な光が揺らめいていた。
結局、俺は弟の本心を探り当てることはできず、当たり障りのない会話だけで、その場は終わってしまった。
同腹の兄弟なのに離れて生活していたせいか、その微妙な距離感が俺たちの間には確かに存在していた。
一方、空と海も、それぞれのやり方でこの状況を打開しようと動いてくれていた。
空(吉乃)は宣言通り、母上 土田御前に接触を試みたらしい。
だが、結果は芳しくなかった。
「全然ダメだった……。『側室風情が差し出がましい!』って追い返されちゃって……」
密会の場で、空は悔しそうに唇を噛んでいた。
側室という立場の低さ、そして何より母上の俺に対する根深い嫌悪感が、空の真っ直ぐな想いを阻んでいるようだった。
それでも諦めきれない空は、奥の侍女たちを通じて、どうにか母上の気持ちを変えられないかと画策しているらしいが、前途は多難に見えた。
彼女の焦りが、俺にも痛いほど伝わってきた。
対照的に海(帰蝶)は冷静だった。
彼女は感情で動くのではなく、緻密な計算に基づいて、水面下で布石を打ち始めていた。
「林秀貞と柴田勝家の間には、以前から微妙な対立関係があるようです。
そこに、信行様への期待度の違いという情報を流し、彼らの結束に揺さぶりをかけています」
海は淡々と報告する。
「また、信行派の中でも日和見的な家臣もおります。
彼らに、楓を通じて『殿(信長)はうつけにあらず、深慮遠謀あり』といった噂を流し、疑念を植え付けています。
同時に、まだどちらにも与していない中立派の家臣には、ささやかな便宜を図るなどして、恩を売っています」
まさに、月影の策士だ。
直接的な対決を避けながら情報操作や切り崩しによって、信行派の足元を静かに、しかし確実に揺るがそうとしている。
空の情と、海の理。
二人のやり方は違えど、俺を、そして織田家を守ろうとしてくれている気持ちは同じだ。
そのことが苦悩する俺にとって、どれほどの支えになっているか分からない。
だが、最終的に決断を下すのは、俺自身だ。
弟を殺すのか?
それとも、別の道を探すのか?
史実の結末(信行粛清)が、何度も頭をよぎる。
それが、最も確実で、手っ取り早い方法なのかもしれない。
だが、俺はその道を選びたくなかった。
殺さずに、この家督争いを終わらせる方法……海が言っていた、『権力を奪い、監視下に置く』という方法を軸に、俺は考えを巡らせていた。
具体的にどうすれば、遺恨を最小限に抑えつつ、信行を無力化できるのか……
そんな俺の葛藤を嘲笑うかのように、親父の容態が急変したという知らせが飛び込んできた。
もう、時間がない。
信行派の家臣たちも、いよいよ本格的に俺の廃嫡に向けて動き出すだろう。
内なる敵との対決は、もう目前に迫っている。
俺は、うつけの仮面の下で固く拳を握りしめた。
空の想いも、海の知恵も、全て力に変えて、この戦国の世で、俺だけの「正解」を見つけ出してやる。
当主として、兄として、転生者として……
俺の覚悟が今、試されようとしていた。
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