37 / 46
8 奈留の役割
5
しおりを挟む
「なんで知世ちゃんに言わなかったの? 誰かにそばにいてほしいなら、知世ちゃんに連絡するのが一番よかったんじゃないの?」
「もう別れたのに迷惑かけられないよ」
「だったら、わたしに連絡してほしかった。前にも言ったでしょ? 勇樹はわたしを救ってくれたんだから、勇樹のためにできることがあるなら何でもするって。それにお母さんは、たとえ短い間だったとしてもわたしのお母さんでもあったんだから」
「でも……やっぱり姉ちゃんにも迷惑かけられないし」
「だから迷惑なんかじゃないんだって」
「何日か前、たまたま車で通りかかって目撃したんだ。カフェのテラス席で、姉ちゃんが楽しそうに男の人と何か見てるの。それもあって、余計に姉ちゃんにも頼っちゃダメだって……」
きっと濱田君と一緒のときのことだ。
「あれはただの大学の同級生だよ。久しぶりに偶然会っただけの」
「もちろん、どういう関係なのかなんてわからないけど、姉ちゃんだって辛いことがあって、やっと誰かとあんなふうに笑えるようになったのに、また俺のゴタゴタに巻き込むのは嫌だったんだ」
「バカじゃないのこんなときに。巻き込んでよ。巻き込んでほしいの。わたしは勇樹が大事なの」
目が合った。昔、家族になりたての頃の勇樹を思い出した。
「明日何時なの? お母さんの手術」
「十時」
「付き添うんでしょ?」
「うん」
「わたしも行く。わたしも勇樹と一緒に付き添う。だけど手術前にお母さんと顔を合わせたりしたらびっくりするだろうから、手術が始まってから行くね」
翌日の十時過ぎ、手術室の手前にある家族の待合室に行くと、他の家族が何組かいる中、勇樹は長椅子に一人で座っていた。大きな病院なので、手術も同時に何件か行われているようだ。
奈瑠は勇樹の隣に腰を下ろした。
「どのくらいかかるんだろうね」
「手術自体は二時間くらいらしいけど、麻酔とかいろいろあるから、全体では四時間くらいだって言ってた」
待合室にいる人たちは、それぞれスマホをいじったり、ついているテレビを眺めたり、小さい声で話をしたりしていた。
奈瑠たちはほとんど話をしなかった。何を話せばいいかわからなかったし、無理に話をするより、ただ隣にいようと思った。
もうすぐ一時になろうという頃、待合室に入って来た中年の女性が、勇樹を見つけて近づいて来た。
「ごめんね。どうしても外せない用があって遅くなっちゃった」
女性は勇樹の向こう隣に座った。勇樹を挟んで顔を合わせ、お互い黙って会釈をする。
「叔母さんなんだ。母さんの妹」
勇樹がまず奈瑠に向かってそう紹介すると、彼女は軽く微笑んでまた少し頭を下げた。
次に叔母さんに向かって奈瑠を紹介しようとして、勇樹は迷ったように言葉を止めた。何と言ったらいいのかわからなかったのだろう。するとすかさず叔母さんが口を開いた。
「あ、何年もおつき合いしてるっていう?」
おそらく知世の存在を知っていて勘違いしたのだろう。勇樹の母親の手術にわざわざ一緒に付き添っているとなれば、そう思われても仕方ない。
「いや、そうじゃないんだけど……」
勇樹はそれだけ言って、後は説明しなかった。言うとすれば「友達」とか「知り合い」とかになるだろうし、それがどうして家族でもないのにこの場にいるのかとなれば、説明がややこしい。この場で話すことでもないだろう。叔母さんはちょっと不思議そうにしていたけれど、それ以上聞かなかった。
それから何十分かして、看護師が待合室に勇樹のお母さんの家族を呼びに来た。手術が終わったらしい。説明をするので先生のところに来てくださいとのことだった。
「じゃあ、わたしはここで」
家族でもないのに、説明にまでついて行くわけにはいかない。
「ああ……うん。ありがとう。後で連絡する」
奈瑠は叔母さんにも挨拶してその場を後にした。
勇樹から電話があったのは夕方五時過ぎだった。
「お母さんの様子はどう?」
〈落ち着いてるよ。今は眠ってる〉
「先生からは、何て?」
〈リンパ節への転移もないって。この後一週間くらい入院して、その後は通院の治療になるらしい〉
「手術は無事成功ってことなんだよね?」
〈うん〉
「よかった。勇樹、今夜は付き添うの?」
〈いや、帰るよ。病院の規則で、大人の患者の夜間の付き添いは原則ナシってなってるしいから〉
「そっか。勇樹も疲れたでしょ。ゆっくり休まなきゃね」
〈姉ちゃん〉
「ん?」
〈ありがとう〉
勇樹の口調は手術前より落ち着いているようで、奈瑠もホッとした。
「もう別れたのに迷惑かけられないよ」
「だったら、わたしに連絡してほしかった。前にも言ったでしょ? 勇樹はわたしを救ってくれたんだから、勇樹のためにできることがあるなら何でもするって。それにお母さんは、たとえ短い間だったとしてもわたしのお母さんでもあったんだから」
「でも……やっぱり姉ちゃんにも迷惑かけられないし」
「だから迷惑なんかじゃないんだって」
「何日か前、たまたま車で通りかかって目撃したんだ。カフェのテラス席で、姉ちゃんが楽しそうに男の人と何か見てるの。それもあって、余計に姉ちゃんにも頼っちゃダメだって……」
きっと濱田君と一緒のときのことだ。
「あれはただの大学の同級生だよ。久しぶりに偶然会っただけの」
「もちろん、どういう関係なのかなんてわからないけど、姉ちゃんだって辛いことがあって、やっと誰かとあんなふうに笑えるようになったのに、また俺のゴタゴタに巻き込むのは嫌だったんだ」
「バカじゃないのこんなときに。巻き込んでよ。巻き込んでほしいの。わたしは勇樹が大事なの」
目が合った。昔、家族になりたての頃の勇樹を思い出した。
「明日何時なの? お母さんの手術」
「十時」
「付き添うんでしょ?」
「うん」
「わたしも行く。わたしも勇樹と一緒に付き添う。だけど手術前にお母さんと顔を合わせたりしたらびっくりするだろうから、手術が始まってから行くね」
翌日の十時過ぎ、手術室の手前にある家族の待合室に行くと、他の家族が何組かいる中、勇樹は長椅子に一人で座っていた。大きな病院なので、手術も同時に何件か行われているようだ。
奈瑠は勇樹の隣に腰を下ろした。
「どのくらいかかるんだろうね」
「手術自体は二時間くらいらしいけど、麻酔とかいろいろあるから、全体では四時間くらいだって言ってた」
待合室にいる人たちは、それぞれスマホをいじったり、ついているテレビを眺めたり、小さい声で話をしたりしていた。
奈瑠たちはほとんど話をしなかった。何を話せばいいかわからなかったし、無理に話をするより、ただ隣にいようと思った。
もうすぐ一時になろうという頃、待合室に入って来た中年の女性が、勇樹を見つけて近づいて来た。
「ごめんね。どうしても外せない用があって遅くなっちゃった」
女性は勇樹の向こう隣に座った。勇樹を挟んで顔を合わせ、お互い黙って会釈をする。
「叔母さんなんだ。母さんの妹」
勇樹がまず奈瑠に向かってそう紹介すると、彼女は軽く微笑んでまた少し頭を下げた。
次に叔母さんに向かって奈瑠を紹介しようとして、勇樹は迷ったように言葉を止めた。何と言ったらいいのかわからなかったのだろう。するとすかさず叔母さんが口を開いた。
「あ、何年もおつき合いしてるっていう?」
おそらく知世の存在を知っていて勘違いしたのだろう。勇樹の母親の手術にわざわざ一緒に付き添っているとなれば、そう思われても仕方ない。
「いや、そうじゃないんだけど……」
勇樹はそれだけ言って、後は説明しなかった。言うとすれば「友達」とか「知り合い」とかになるだろうし、それがどうして家族でもないのにこの場にいるのかとなれば、説明がややこしい。この場で話すことでもないだろう。叔母さんはちょっと不思議そうにしていたけれど、それ以上聞かなかった。
それから何十分かして、看護師が待合室に勇樹のお母さんの家族を呼びに来た。手術が終わったらしい。説明をするので先生のところに来てくださいとのことだった。
「じゃあ、わたしはここで」
家族でもないのに、説明にまでついて行くわけにはいかない。
「ああ……うん。ありがとう。後で連絡する」
奈瑠は叔母さんにも挨拶してその場を後にした。
勇樹から電話があったのは夕方五時過ぎだった。
「お母さんの様子はどう?」
〈落ち着いてるよ。今は眠ってる〉
「先生からは、何て?」
〈リンパ節への転移もないって。この後一週間くらい入院して、その後は通院の治療になるらしい〉
「手術は無事成功ってことなんだよね?」
〈うん〉
「よかった。勇樹、今夜は付き添うの?」
〈いや、帰るよ。病院の規則で、大人の患者の夜間の付き添いは原則ナシってなってるしいから〉
「そっか。勇樹も疲れたでしょ。ゆっくり休まなきゃね」
〈姉ちゃん〉
「ん?」
〈ありがとう〉
勇樹の口調は手術前より落ち着いているようで、奈瑠もホッとした。
0
あなたにおすすめの小説
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる