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10 新しい季節へ
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開け放った縁側でビールを一気にあおってから、「ふーっ。うまいっ」と言って、勇樹は目をしばたいた。
日に焼けた横顔を、奈瑠は黙って見つめた。
さっき、コンビニにビールを買いに行くという勇樹に、奈瑠は自分が行ってくると言った。勇樹を行かせたくなかったのだ。行かせてしまったら、そのまま勇樹がまたどこかに行ってしまいそうな気がしていた。
「シャワー浴びて早くさっぱりしたいでしょ。その間にわたしがコンビニ行ってくるから」
シャワーを浴びる音を確認してから家を出た。シャワーを浴びている間は、勇樹はどこへも行かない。だから急いでコンビニへと向かった。そして勇樹の好きな銘柄のビールと総菜やおつまみを買い込んで、小走りで家へ戻った。とにかく、一刻も早く家に戻りたかった。
帰り着くのとほぼ同時に、シャワーを終えた勇樹が、ボディソープのさわやかな香りを漂わせながら出てきた。
「姉ちゃんもう帰ってたの? 汗かいてるじゃん。そんなに急がなくてもよかったのに」
そう言う勇樹に、奈瑠は缶ビールを差し出した。
目が合ったけれど、お互いすぐに逸らした。
あんなに情熱的なキスを交わしたのだ。雨宮さんに見つかって怒鳴られ、一度大笑いしたけれど、やっぱりまともに顔を見られないほど恥ずかしかった。
「よくこんなに伸びるよな。水も肥料もあげてないのにさ」
勇樹は庭の方を向いたままそんなことを言った。
「わたしの実家の場所、よく覚えてたね。十五年ぶりでしょ?」
「そりゃあだって二年近く住んだ家だし。それに俺にとってあの二年間は特別だったからね。楽しかった。すごく」
陽が高いうちは暑いくらいだったが、夕方になり、秋めいた空気が辺りを包んでいる。
「もう会えないのかと思ってた」
奈瑠は言った。
「大げさだな」
「だってそうでしょう。いきなりいなくなって、音信不通になっちゃったんだから。どれだけ心配したと思ってるの」
「ごめん」
こうして目の前に勇樹がいることが、泣きたいくらいにうれしかった。
「どこに行ってたの?」
「世界中を旅してた」
「世界中を?」
「知世に言われたんだ。『わたしは勇ちゃんを通してずっと隆治を見てた』って。『それが今、自分ではっきりわかった』って。ショックだった。でもこうも言われた。『勇ちゃんだって、わたしを見てはいなかったでしょう』って。一緒にいることで、過去を償ってるつもりになってただけだって。姉ちゃんに言われたときもそうだったけど、結局俺は反論できなかった。そういうの自分でもわかってて、うやむやにして生きてきたってことだよ。でもさ、だからって急に前向きになれるってもんでもないでしょ。そんな天才的にポジティブな人間だったら、こんなことにはなってないって話だし。とにかく、俺には時間が必要だった」
「それで、旅に?」
「まあ」と言ってから、勇樹は何か考えるように黙り込んだ。奈瑠はそのまま、次の言葉を待った。
「自分の中で答えは決まってたんだ。俺も、ちゃんと過去を過去として受け入れようって。でもそのためには、まず自分自身と向き合わなきゃならない。そうしないと、隆治を解放してやれない。だから一人になって、本当に自分がしたいこと、欲しいものを考えた。でも世界を旅することにしたのは、俺の最後のエゴ」
「最後のエゴ?」
「隆治がさ、いつか世界中を回って写真を撮りたいって言ってたんだ。だから最後に、あいつが行ってみたいって言ってた場所に行って来た。南米とか、アフリカとかいろいろ」
「あの荷物一つで二か月近くも!?」
「いわゆる、バックパッカーってやつ」
「大丈夫だったの!?」
「大丈夫じゃなかったら今ここにはいないよ。でもまあそれなりに危ない目にも遭ったけど」
「うわ……。でもよくそんなお金あったね。二か月近くも海外を旅するなんて」
「全財産はたいた。って言ってもたいした額じゃないけど。それに売れそうなものは売ったよ。車もカメラも。カメラは、今回の旅用に二台だけ残して全部手放した。まあそれでもあんまり金にはならなかったけど。とにかく貧乏旅行。野宿みたいなこともしたし」
勇樹は本気で、しがみついていた過去から手を離そうとしている。いや、手を離したのだと思った。
「これからどうするの?」
「もちろん、俺のしたいように生きていくよ」
「何かしたいことあるの?」
「あるよ」
「何?」
「写真」
「え?」
「写真やりたい。いい写真撮りたいよ。夢はでっかく、ジェイソン・アトキンスみたいな」
そう言った後で、ちょっと考えてから勇樹はまた口を開いた。
「いや、違うな。人の真似じゃなくて、俺は俺の写真を撮りたい。本当はやめるつもりだったんだ。この旅が終わったら。きっぱり。なのに……。写真と出会ったきっかけは後ろ向きだったかもしれない。でもこれからは前を向いて写真を撮りたいんだ。はっきりわかったよ。俺はすごく写真が好きなんだって」
うれしかった。奈瑠は勇樹の撮る写真が好きだ。
「それともう一つ、決めてたことがある」
「何?」
勇樹はなんとなく言いにくそうにしている。
日に焼けた横顔を、奈瑠は黙って見つめた。
さっき、コンビニにビールを買いに行くという勇樹に、奈瑠は自分が行ってくると言った。勇樹を行かせたくなかったのだ。行かせてしまったら、そのまま勇樹がまたどこかに行ってしまいそうな気がしていた。
「シャワー浴びて早くさっぱりしたいでしょ。その間にわたしがコンビニ行ってくるから」
シャワーを浴びる音を確認してから家を出た。シャワーを浴びている間は、勇樹はどこへも行かない。だから急いでコンビニへと向かった。そして勇樹の好きな銘柄のビールと総菜やおつまみを買い込んで、小走りで家へ戻った。とにかく、一刻も早く家に戻りたかった。
帰り着くのとほぼ同時に、シャワーを終えた勇樹が、ボディソープのさわやかな香りを漂わせながら出てきた。
「姉ちゃんもう帰ってたの? 汗かいてるじゃん。そんなに急がなくてもよかったのに」
そう言う勇樹に、奈瑠は缶ビールを差し出した。
目が合ったけれど、お互いすぐに逸らした。
あんなに情熱的なキスを交わしたのだ。雨宮さんに見つかって怒鳴られ、一度大笑いしたけれど、やっぱりまともに顔を見られないほど恥ずかしかった。
「よくこんなに伸びるよな。水も肥料もあげてないのにさ」
勇樹は庭の方を向いたままそんなことを言った。
「わたしの実家の場所、よく覚えてたね。十五年ぶりでしょ?」
「そりゃあだって二年近く住んだ家だし。それに俺にとってあの二年間は特別だったからね。楽しかった。すごく」
陽が高いうちは暑いくらいだったが、夕方になり、秋めいた空気が辺りを包んでいる。
「もう会えないのかと思ってた」
奈瑠は言った。
「大げさだな」
「だってそうでしょう。いきなりいなくなって、音信不通になっちゃったんだから。どれだけ心配したと思ってるの」
「ごめん」
こうして目の前に勇樹がいることが、泣きたいくらいにうれしかった。
「どこに行ってたの?」
「世界中を旅してた」
「世界中を?」
「知世に言われたんだ。『わたしは勇ちゃんを通してずっと隆治を見てた』って。『それが今、自分ではっきりわかった』って。ショックだった。でもこうも言われた。『勇ちゃんだって、わたしを見てはいなかったでしょう』って。一緒にいることで、過去を償ってるつもりになってただけだって。姉ちゃんに言われたときもそうだったけど、結局俺は反論できなかった。そういうの自分でもわかってて、うやむやにして生きてきたってことだよ。でもさ、だからって急に前向きになれるってもんでもないでしょ。そんな天才的にポジティブな人間だったら、こんなことにはなってないって話だし。とにかく、俺には時間が必要だった」
「それで、旅に?」
「まあ」と言ってから、勇樹は何か考えるように黙り込んだ。奈瑠はそのまま、次の言葉を待った。
「自分の中で答えは決まってたんだ。俺も、ちゃんと過去を過去として受け入れようって。でもそのためには、まず自分自身と向き合わなきゃならない。そうしないと、隆治を解放してやれない。だから一人になって、本当に自分がしたいこと、欲しいものを考えた。でも世界を旅することにしたのは、俺の最後のエゴ」
「最後のエゴ?」
「隆治がさ、いつか世界中を回って写真を撮りたいって言ってたんだ。だから最後に、あいつが行ってみたいって言ってた場所に行って来た。南米とか、アフリカとかいろいろ」
「あの荷物一つで二か月近くも!?」
「いわゆる、バックパッカーってやつ」
「大丈夫だったの!?」
「大丈夫じゃなかったら今ここにはいないよ。でもまあそれなりに危ない目にも遭ったけど」
「うわ……。でもよくそんなお金あったね。二か月近くも海外を旅するなんて」
「全財産はたいた。って言ってもたいした額じゃないけど。それに売れそうなものは売ったよ。車もカメラも。カメラは、今回の旅用に二台だけ残して全部手放した。まあそれでもあんまり金にはならなかったけど。とにかく貧乏旅行。野宿みたいなこともしたし」
勇樹は本気で、しがみついていた過去から手を離そうとしている。いや、手を離したのだと思った。
「これからどうするの?」
「もちろん、俺のしたいように生きていくよ」
「何かしたいことあるの?」
「あるよ」
「何?」
「写真」
「え?」
「写真やりたい。いい写真撮りたいよ。夢はでっかく、ジェイソン・アトキンスみたいな」
そう言った後で、ちょっと考えてから勇樹はまた口を開いた。
「いや、違うな。人の真似じゃなくて、俺は俺の写真を撮りたい。本当はやめるつもりだったんだ。この旅が終わったら。きっぱり。なのに……。写真と出会ったきっかけは後ろ向きだったかもしれない。でもこれからは前を向いて写真を撮りたいんだ。はっきりわかったよ。俺はすごく写真が好きなんだって」
うれしかった。奈瑠は勇樹の撮る写真が好きだ。
「それともう一つ、決めてたことがある」
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勇樹はなんとなく言いにくそうにしている。
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