世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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領主として

領主として

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「『コータ様が、意外にも公務に執心されるモノで、”仕事”が実にし難いのです』――と、ガムバスマ殿は、憚りもせずに愚痴っておられましたよ」

 ココで場面は転じ――ワールアークの都、ベルスタン城内にあるアルム王子の執務室。

 今のセリフは、ランジュルデ島の対岸、ヤッセルの町に駐留する軍を統べる将軍職に就いたジャンセンのモノである。

「ははっ♪、”仕事”と来たかい――あくまでも、暗黙の了解的なモノとして黙認されていた、かの島での不正行為をそう評するなんて、少しお笑いぐさだね」

 ジャンセンからの言葉を聞いたアルムは、苦笑を表情に交えながら、目前の膳に置かれたかぐわしいコルベが発する湯気を鼻腔に燻らせ、おもむろにそれを口に含んだ。


 先の稿でも少し触れたが、ワールアークとランジュルデ島の間には、数時間の時差がある――ランジュルデ島のコータが朝食を終え、執務に入った今頃は……ワールアークのアルムたちは、昼食の真っ只中と言った時刻に居る――なので、アルムとジャンセンは、いわゆる”ランチミーティング”に及んでいる恰好となる。


「――で、ジャンセンキミの下に届いたのが、魔法印の封印解除を求める進上書ってワケかぁ……

 ちゃんと『身体に支障をお持ちな領主様に、煩わしい公務を強いるは、臣下として実に忍びなく……』という、立派な陳情文まで付きで」

 コルベを喉に流したアルムは、苦笑の表情を失笑のソレへと変じながら、ジャンセンから受け取っていた、その書状を卓の端へと置く。

「南西地方の治政に関わる事柄の、定例報告のために上洛致しましたが……この書状に関しては、殿下個人への陳情に等しきモノと判断し、軍部へと赴く前に持って参りました」

「ありがとう――気を利かせてくれて助かるよ、あっ、アイリスからの密書の方もね」

 ジャンセンが、アルムに倣う様に食後のコルベで唇を潤してから、そう此度の接見の理由を告げると、アルムはそう応えながら口を拭った。

「ふふっ♪――さしづめ、ランジュルデ絡みの文官や軍部の間では……『王子殿下は、早くもエルフィが姫君の尻の下に敷かれ、市井由来の異界人も御せぬ憂目に陥らせる体たらく』――とでも言われているのだろうね?」

 ――と、アルムが自嘲的にそう呟くと……

「……ええ。

 不敬を承知で伝えさせて貰えば――ほぼ同文同意の御身への嘲りを、一切耳にしていないと言えば嘘になりまする」

 ――対するジャンセンは表情を曇らせ、口中に残るコルベの味わいと同義な苦みを胸中に覚えた。

「まあ、大まかには正しいからねぇ……ミレーヌの強い主張に因り執政官ガムバへの権限委託が難しい形に収まってしまった事で、ウチの文官らが企んでいた、帳簿の操作が面倒になったワケだし」

 アルムは、自らへの皮肉を込める態でそう言うが……ソレに反する様に、その表情は実に楽し気で、その口調も含み笑いを交えたモノであるコトは、幾分奇妙にも観える……

「無骨者ゆえ、相も変わらず私は政治の事はよく解りませぬが、殿下の御心中には別の――いや、新たな思惑が芽生えてお有りなのでは?」

「ふふっ……♪、解かるかい?

 ミレーヌから、あの主張を告げられた時には、確かに少し戸惑ったけれど……考え様に因っては、コレは”僕にとっての”良い方向へと、流れを持って行く上では行幸になるのではと思ったのさ」

 アルムはそう呟くと、更なる破顔も見せて――もう一つの書状である、アイリスからのモノという一通の封筒を、トントンと指差すのだった。



 場面は再び、ランジュルデ城へと戻り――打ち合わせも終わって、コータの部屋の扉が閉まると共に、トラメスが部屋から去って行った。


(――さて)

 すると――コータは例の書類の束の前に座り、少し波動の勢いを抑えた形で、響く音を和らげ、彼は魔神モードを発動させたっ!

(――へっ!、どーせ俺がコッチの字は読めねぇと踏んでんだろうが、読めるんですよ~っ!、魔神モードで!)


 以前、サラキオスも触れていた様に――魔神モードは、別に戦闘特化のチートスキルというワケではなく、全ての面において、コータをスペシャリストへと昇華させる超万能スキルなのだ!

 ――なので、発動させればクートフィリア語の識字などは容易いモノだし、複雑に書かれた行政書類の内容把握もお手の物なのである。


「――やっぱ、今日も細々と誤魔化してやがるねぇ……

 ホント、絵に描いた様な悪代官だぜ、あのおっさんは」

 コータは苦虫を噛んだ様な渋い表情でそう呟き、書面に並んだ数字とにらめっこをしている。


 コータが島中を行き来していた理由は、ただの暇潰しなどではなかった――前出の着任早々の心中に然り、コータはトラメスに漂う『悪代官オーラ』をアッサリと見抜き、この3ヶ月の間……彼の不正の類を独自に調べたり、そのウラ獲りに労力を注いでいたのだった。

「解っちゃうんだよぉ、悪代官オーラが。

 まさか、暇人生活の友だった時代劇の再放送が、こんな形で役立つとはね」

 コータは、何やら複雑な気分で呟き、書類のチェックを続ける。

(――そう思ってはいても、お前はそのまま捺印してやっているであろう?)

(ああ、一応、事業全体の流れを狂わす様な不正は無いからね……チビチビ小銭を懐に入れるだけの。

 これを理由に事業を止めちまうと、逆にソッチの方が島の経済に悪影響を及ぼす……ソコが、巧妙なんだよね)

 コータは書類の束から一旦目を離して、ミアが淹れて行った茶を一口含んだ。

「手工業団地の高炉新設や、種族別移民住居街とか、まずは一緒に移って来た皆の暮らしを安定させるまでは、大ナタは振るい難い。

 それに決定的、徹底的に糾弾出来るだけの証拠も、悪代官一派の全貌も、ガッチリ掴んでいるとは言えねぇ……ったく、もどかしいよ」

 コータはくしゃくしゃと頭を掻き、悔し気に小さな溜息を吐き……

(何より、この魔神モードでもフォロー出来ない力――人望とか信用、信頼……そーいう目には見えないし、何かで計れもしない力が……今の俺には圧倒的に足りない。

 不正に対する正義感だけで突っ走ってたんじゃ、島の皆を巻き込んで返って苦しめる結果になるだけだし、今は『見』を決め込む事が、領主として選べる最良の策――って、”魔神モードの中の誰か”が言ってる気がするんだ……どんなに悔しくても、今は動くなって)

 ――と、指と指の間から見える、ランジュルデ島を照らす春の日差しを見やり、彼は書類への捺印をし始めるのだった。
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