世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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竜の棲む穴

合議

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 そして――日が暮れた。

 坑道の入り口は、昼間の惨劇から起きた喧噪は一息が吐き、その後の様はというと、戦の最中さながらに陣営が敷かれ、煌々とした松明が立て掛けられている。


「…!!!!、コータ様――今、何と?」

「――だからぁ、討伐するって言ってんの。

 ほったらかしにしとくワケには、いけないんだからさぁ」


 その陣営の中から響いたのは、驚いた様子のトラメスの声と、イラつき気味なコータの声だった。


 この惨状への更なる対応を決めるため、急ごしらえの陣営に集まり、顔を突き合わせているのは5人――領主であるコータ、執政官のトラメス、現場監督として惨事の仔細を知るグーフォ、一応は竜の専門家に当たるアイリス、そして、コチラも一応はエルフィ貴族ゆえに、身分上ではトラメスを凌ぐ立場であるカミュも、有事相当であるこの合議に加わっていた。

 議論の状況は、閉じられていた坑道に住み着いていた野良竜への対処。

 そこでコータが主張したのは、その野良竜の退治――言わば、害獣たるその竜を、駆除するという提案であった。


「高炉完成に備えて、鉱石増産のために踏み込んだらそんな有様で、オマケとばかりに今までの鉱石採掘も、竜が出てきたら大変だって事で頓挫……これじゃあ、ドワネから来た皆やこれまで採掘を生業にしてた島の人たちは開店休業状態。

 何より、何かの拍子でその竜が外に出て来て、島の住居群や商業街にまで飛んで来たりしちゃあ、昼間の二の舞になりかねないだろ?、ココは、早く手を打つべきでしょうが」

 ――と、コータは眉間にシワを寄せ、そう言いながら人差し指で何度も卓を叩いて見せる。


「領主であられるコータ様に対し、ご説明買って出るのは恐縮にございますが……デュルゴ――”大型野生害獣の討伐”と言えば、ヒュマド軍ならば150~200名の大隊規模を一個師団投入する、軍事作戦相当の大事にございます。

 対して、この島に居るのは城壁棟に住む元からの島の守備隊と、各種族から派遣された衛兵要員を足しても、正規の全戦力は100に届くのがやっと。

 民兵有志を募ったとしても、最低限の規模に至るかは微妙な状況……ココはまず、各国に援軍を要請して戦力を整えるのが肝要かと存じます」

 トラメスは引き攣った表情で、平伏しながらコータにそう進言をした。

「コータ様、ココは軍部の者として申し上げますが、ガムバスマ殿のご意見は尤もにございます。

 幸い、各坑道の入り口は、リンダを例にしても成獣のデュルゴが悠に通れるだけの大きさのモノはございませんので、コータ様が後者に挙げたような危急に陥る可能性は、大きくはないと存じます」

 トラメスの意見に賛同したのは、竜の生態をよく知るアイリス――彼女も、コータを宥める様に、彼の杞憂を払う様な言葉を述べた。

「もちろん、それは最悪な例に過ぎない――でも、相手は崩落を誘発させて襲って来たってハナシだから、そいつぁ決して安心出来る根拠じゃないし、このまま鉱業者の皆が飯の食い上げって方は、何の進歩も無い棚上げ状態、各国に連絡して云々をやってる猶予は無いでしょうが?」

 コータは、グーフォに目配せをしながらそう言うと、グーフォは小刻みに頷き、コータはおもむろに椅子から立ち上がり…

「――第一、竜が通れない狭さのトコに行くのに、100人規模で赴かなきゃってのが、そもそもナンセンスでしょ。

 現場の様子を聞いた限りじゃ、実際に戦える、動けるのはせいぜい4~5人がやっと――だったら、討伐隊の人数はそれぐらいに留めるべきだろうし……」

 ――そう言うと彼は、突如として魔神モードの黒い波動を纏って見せた!

「――それでの戦力不足の方は、既にアテがあるよ。

 俺が、自ら行くつもりだしね」

「なぁ――っ!?」

 コータが不敵な笑みと共に、周りの者に意図を告げると、彼の提案に異を唱える立場だったトラメスとアイリスは、顔を見合わせて驚いた。


「――シュランス谷の戦いで、3族連合軍が先鋒として投入したのは、総勢30騎のヒュマド竜騎士隊、その結果は――魔神に殺されたのが5頭、二度と飛べなくなるレベルの重傷が7頭、竜騎士単体の死亡と、撤退に因る敵前逃亡が6頭分ずつって知らされてる。

 つまり、魔神モードの俺なら、1頭の竜を退治するぐらいなら、単独スタンドアローンでも対処可能なワケだよ」

「――ははっ♪、確かに、地形面の難に因る実働人数の制限で、従来の戦法では無理がある……故に、最終的には坑道の外へと追い遣るリスクを取る必要が出て来るとは思っていましたが、よもや魔神たる御身究極の少数精鋭を送り込むという規格外の発想が出て来るのは、この世界において、サラギナーニアただ御一人しか居られませんでしょうな」

 コータのぶっ飛んだ提案に、カミュは引き攣った苦笑いと共に、呆れた物言いをする。

「『我が、依り代の身体を完全掌握している状態――つまり、”我を宿したまま依り代が死亡し、その身が魔の神そのものと化しておる場合”での結果とは、少し勝手が違うとは思うが、デュルゴの成獣一頭ぐらいならば、魔神もーどにかかれば造作も無かろう』

 ――って、俺の中に居る魔神様オブザーバーからも、お墨付きな策だし、コレが一番、現実的な対処法だと思うけど?」

 コータがダメ押しとばかりに、誰もが恐れる魔神からの神託を告げると、合議に参じた皆は一様に押し黙った。

 そして、コータは、こうも続けた……

「――寝込みを邪魔されたか、空いてたから新居にと思ってた巣穴に、ズカズカと入って来られたのが腹立たしかったのかは知らねぇがぁ……その竜は、ちいとやり過ぎた。

 俺が任されたみんなの命を、ああも無残に奪ったんだ……その『落とし前』は、俺の目の前で着けて貰わねぇと気が済まねぇしな」

 黒い波動の文様が、コータの右の頬にまで広がり、鬼の――いや、それこそ”魔神の形相”で、彼は坑道の入り口を睨む。

「……解りました、ですが単独おひとりでには、近衛の一人として承服致し兼ねます。

 コータ様、私もお連れ下さい」

「同じく――不詳、このカミュもお連れ下さい、コータ様。

 足手まといには、ならない様に致します故」

 ――と、アイリスとカミュは観念した様にその場に跪き、コータに同行を許す事を懇願する。

 その時――陣営を覆う天幕の外から、何かの地面へと置いた金属音がした。

 その天幕の下側には、槍の如き長柄の先に戦斧の刃が付いた、ドワネ兵がよく用いる独特な武具が見えた。

 コータとアイリス、カミュの3人は、それが天幕の外に控えているオルバの武器だと察し、3人は顔を見合わせて、彼の意思を酌んでみせる。

「――解ったよ、犬とキジと猿ってワケじゃあねぇが、何かを退治する時のお供は、現世の昔から3人ってのが相場らしいしね」

 コータはまた、異界の皆には解からない例えを呟くと、気恥ずかしい笑みを見せ、アイリスとカミュが跪いている方から目線を逸らした。
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